8 王女リディア
【現在のステータス】
桜 LV 7(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 6(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】ルフトブルクの王城
桜、楓花、ハンナの三人は案内役の兵士に連れられ、城の三階にある王族の居住区へ向かった。
その間も、ルフェルンは桜の肩に姿を現さなかった。
王城という場所は、妖精にとって居心地が悪いのだろうか。それとも、単にルフェルンの気分なのか。いまさら気にも留めない。なにしろ、気まぐれと思われる部分が多く、桜にはよく分からないことだった。
二階までの廊下とは少し雰囲気が違い、足音が響かないように敷かれた絨毯の上を歩いていくと、やがて一つの扉の前で兵士が足を止めた。
その左右には、二人の護衛が立っている。クヴェル村のはじまりの神殿でリディアが襲われたこともあってか、二人とも周囲を警戒するように、険しい目をしていた。
護衛でもない桜が鎧姿で帯剣していることにも気づいたようだったが、これまで誰からも咎められていない。王城内での帯剣を許されているのだろう。
「兵士長ディードリヒ殿の許可をいただいている。こちらの方々を、リディア様のところへお連れするようにとのことだ」
案内役の兵士が告げると、護衛は三人へ目を向け、それから小さく頷いた。
「分かった」
護衛の一人が扉の前から身を引いた。
兵士が扉を開く。
「リディア様、お客様です」
「はい」
部屋の中から、幼い少女の声が返ってきた。
桜たちが部屋へ入ると、窓から差し込む柔らかな光の中に、一人の少女が立っていた。
七歳のリディアは、クヴェル村で見たときと変わらない、赤い短い髪をしていた。炎を思わせる髪が頬のあたりで揺れ、大きな瞳には、まだ幼さの残る素直な輝きがある。
けれど、その瞳の奥には、どこか落ち着かないものが残っていた。クヴェル村で起きた出来事から、まだそれほど日が経っていない。幼い少女の心に不安が残っているのも、無理のないことだった。
少女は、突然現れた三人を珍しそうに見つめていたが、やがてその視線が桜のところで止まった。
「あ……」
次の瞬間、その顔がぱっと明るくなる。
「桜?!」
「王女様、久しぶり」
桜も笑顔で応えた。
クヴェル村の宿屋で出会い、はじまりの神殿でも顔を合わせたとはいえ、リディアと桜が一緒にいた時間は、ほんのわずかだった。それでも、幼い少女は桜のことをちゃんと覚えていたらしい。
「どうしてここにいるの?」
リディアが嬉しそうに尋ねる。
そのあとで、桜の後ろにいる楓花とハンナへ視線を移した。
「あれ? たしか四人じゃないの?」
「うん。でも、今は私と楓花だけ。それと神官さん」
桜が答えると、リディアは少し首を傾げた。
いまは、状況を詳しく説明しても仕方がない。ここでカメリアとひまわりが行方知れずになっているなどと話せば、幼いリディアを不安にさせるだけである。
リディアは、ハンナの顔をじっと見つめる。
「それと、たしか……ハ、ハンナさん?」
「はい。覚えていただいて光栄です」
ハンナが微笑む。
「はじまりの神殿で、お会いしましたね。私は受付におりました」
「うん」
リディアは納得したように頷いた。
「それで、今日はどうしたの?」
素直な問いかけに、ハンナが一歩前へ出た。
「実は、少し困ったことがありまして……」
「困ったこと?」
「はい。マティアスとヨハンという神官の方を、覚えていらっしゃいますか?」
リディアは、大きな瞳を少し上に向けて考えた。
「マティアス……? ヨハン……?」
「国王継承の儀のときに、神官長と一緒に、祈りを捧げていた方です」
「ああ」
リディアの顔が明るくなる。
「マティアスさんとヨハンさんですね。もちろん、覚えてます」
顔は覚えているとしても、さすがに名前まで覚えているのだろうか。そもそも、あのとき二人が自分から名乗っていたのかも怪しい。
――まあ、そのあたりは、幼いなりに話を合わせてみせたのだろう。
「はい。そのマティアス様とヨハン様のことで、お願いしたいことがあるのです」
ハンナは、七歳の少女にも分かるように、言葉を選びながら事情を話した。
ヨハンが王城の一室で軟禁されていること。そして、神官であることを証明できる人がいないため、すぐには自由にしてもらえないこと。自分たちが説明しても、それだけでは認めてもらえそうにないこと。
「それで、リディア様から、お父様にヨハン様のことをお話しいただけないでしょうか」
「お父さんに?」
「はい。ディートリヒ殿とご相談いただければ、それで大丈夫です」
リディアは少し考えるように黙ったあと、素直に頷いた。
「いいよ」
「ありがとうございます」
「ヨハンさんのこと、覚えてるから」
リディアはそう言って、にこりと笑った。自分にも役に立てることがあると分かったのが、嬉しいのだろう。
それを見て、ハンナもほっとしたように微笑む。
すると、楓花がふと口を開いた。
「そういえば、あのとき話していたけど……国王継承の儀式って何?」
リディアが、きょとんとした顔で楓花を見る。
「国王継承の儀式?」
「うん。はじまりの神殿でやっていたんだよね?」
「うん」
リディアは素直に頷いた。
けれど、その表情を見る限り、その儀式が何を意味するのかまでは、よく分かっていないようだった。
「……よく分からないの。お父様に聞けば分かると思うけど。イリスさんも教えてくれなかったんだ」
「そう」
楓花は、それ以上、問い詰めなかった。自分たちが国王に直接尋ねるような立場でもない。
「ねえ……」
その声が、少しだけ弱くなる。
「イリスさんは、どこへ行ったの?」
桜は、その問いにすぐには答えられなかった。
イリスが危険回避の結界によって飛ばされたことは、リディアもある程度は聞いているのだろう。
それでも、いつも自分のそばにいた付き人であり、家庭教師でもある少女が突然いなくなったことを、七歳のリディアが簡単に受け入れられるはずもない。
「こうして、ヨハン様もマティアス様も無事だと分かっています。イリスさんも、ご無事なはずです」
ハンナが、安心させるように答えた。
「私もね」
楓花が、静かに口を挟む。
リディアが楓花を見る。
「私も、同じように飛ばされたけど、こうして戻ってきたから」
「……そうなの?」
「うん。だから、きっと大丈夫」
楓花は、それだけを静かに告げた。
リディアはしばらく楓花の顔を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「うん……」
その表情から、完全に不安が消えたわけではない。
それでも、ほんの少しだけ、安心したようだった。
三人がリディアの部屋を出ると、先ほどの護衛の兵士が声をかけてきた。
「ディードリヒ殿から伝言を預かっております」
「お父さんから?」
桜が振り返る。
その何気ないつぶやきを聞いた兵士が、思わず背筋を伸ばしたことに、桜は気づかなかった。
兵士は少し言葉を選ぶようにしてから、伝えた。
「はい。しばらくしたら部屋に戻るので、それまで王城でゆっくりしていてくれ、とのことです。それと――」
そこで一度言葉を切り、続ける。
「リディア様の遊び相手になってくれてもいい、と」
「遊び相手?」
桜が目を丸くする。
「イリスさんがいなくなって、リディア様も少し寂しがっておられるようでして」
「そっか……」
桜は、先ほどのリディアの顔を思い浮かべた。イリスのことを尋ねたとき、声がわずかに弱くなっていたことを思い出す。
「じゃあ、もう少し一緒にいてあげようか」
「それなら」
楓花が静かに口を開いた。
「リディア様に、城の中を案内してもらえばいい」
「城の中を?」
桜が楓花を見る。
その表情には、王城には自分たちの知らない珍しいものがあるのではないかという、隠しきれない興味が浮かんでいた。
「うん。せっかくだから、少し探検してみたい」
その言葉に、リディアの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、案内してあげる!」
七歳の少女にとって、自分の暮らす王城を友達に見せて回るというのは、それだけで楽しいことなのだろう。先ほどまでイリスのことで見せていた寂しげな表情も、いつの間にか薄れている。
「では、私もお供します」
護衛の兵士が後に続こうとすると、リディアが振り返った。
「大丈夫。あとでお父様に説明するから、いいよ」
「……承知しました」
兵士は少し迷ったものの、王城の中でのことであり、リディア自身も父親に話をすると言っている。それに、何かあったとしても、ディートリヒ殿なら責任を持ってくれるだろう。
そう考えたのか、兵士はそれ以上何も言わず、部屋の前に残った。
「じゃあ、行こう!」
リディアが桜たちを振り返る。
「うん」
桜も笑って頷いた。
こうして三人は、七歳の王女に案内されながら、王城の中を歩いてみることになった。




