7 兵士長ディードリヒ
【現在のステータス】
桜 LV 7(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 6(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
ハンナ LV 10(神官)
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】ルフトブルクの王城
案内の兵士に連れられ、ルフトブルクの王城へ足を踏み入れると、外から見ていた堅牢な城塞とはまた違った景色が広がっていた。
厚い石壁や太い柱はいかにも戦いに備えた城らしい重厚さを感じさせる一方、磨かれた石の床には色鮮やかな絨毯が敷かれ、壁には王家の紋章をあしらった旗が掲げられている。
高い窓から差し込む光が広い廊下を照らし、王族の住まう場所らしい華やかさも備えていた。
三人は兵士の後について、城内の廊下を進んでいった。
「こちらです」
兵士はそう告げると、階段を上がり、二階へと向かった。
「……二階?」
桜が不思議そうに尋ねた。
幼いころ、父について王城を訪れたときには、一階にある兵士たちの詰所へ案内された記憶がある。
「はい。兵士長の執務室は二階にあります」
「そうか。お父さん、兵士長だったよね」
桜はあらためて確かめるようにつぶやき、階段の先を見上げた。
もちろん、父が王都の兵士長を務めていることは知っている。けれど、父は仕事の話をほとんどしないため、普段どのような仕事をしているのか、桜は詳しく知らなかった。
「まあ、仕事の話なんて、しないからね」
桜がそう言うと、楓花は何も言わず、少しだけ桜の顔を見た。
このところ、父は王都とクヴェル村を行き来することが多く、ブルーメンの家を留守にしていた。そのため、桜が一人で家にいることも珍しくなかった。
そして、父がなぜクヴェル村へ通い、はじまりの神殿について何かを調べていたのか――桜は幼いころから、そんな疑問を抱いていた。
けれど、父に尋ねたことはない。
聞いたところで、父が仕事の話をするとは思えなかったからだ。
二階の廊下をしばらく進むと、一枚の大きな扉の前で兵士が足を止めた。
「こちらです」
兵士が扉を軽く叩く。
「ディートリヒ殿、サクラ殿をお連れしました」
「入れ」
中から、落ち着いた男の声が返ってきた。
兵士が扉を開いた。
桜たち三人が部屋に入ると、奥に一人の男が立っていた。
少し長めの髪には白いものが混じり、その顔には長年の務めを感じさせる落ち着きがある。王都の兵士長らしい威厳を備えた男だったが、桜の姿を目にすると、その表情がわずかに和らいだ。
「……桜か」
「うん。お父さん、久しぶり」
短いやり取りだったが、ディートリヒの顔には、娘の姿を見た安堵が浮かんでいた。
風紋の胸当てを身につけた桜を見つめ、何か言葉をかけようとしているようだった。娘が立派になったことを素直に口にするのは、少し照れくさいのかもしれない。
「元気そうだな」
「うん。お父さんも」
桜が答えると、ディートリヒは小さく笑った。
そのとき、桜がふと思い出したように口を開いた。
再会したばかりではあるが、先に聞いておきたいことがあった。
「そういえば、お父さん。クヴェル村の、マルタおばさんのところに置いてあった手紙……」
ディートリヒの表情が、ほんのわずかに変わった。
あの手紙は、大臣のグスタフから父へ宛てられたものだった。
月の魔女を名乗る者から、リディア王女をさらうという予告があったこと。その時点ですでに、王宮でもリディアの所在を確認できていなかったこと。
さらに、王城の図書室から、はじまりの神殿に関する古い文書が何者かによって持ち出されていた。グスタフは、それも月の魔女と関係しているのではないかと考えていた。
手紙には、ディートリヒが以前から調べている、はじまりの神殿に関する事柄とも関係している可能性が記され、王都へ戻るよう求められていた。
桜は、手紙を一言一句まで覚えているわけではない。それでも、書かれていた内容は妙に記憶に残っていた。
旅の途中で立ち寄ることがあれば、ブルーメンの学長コンラートにも話を聞くように――そんな趣旨のことも書かれていた。
けれど、コンラートは父が訪ねてきていないと言っていた。まだ学長のもとを訪れていないのだろう。まあ、忙しいのかもしれない。
そこまで思い返した桜は、改めて父の顔を見た。
ディートリヒは苦笑した。
「ああ。心配をかけたようだ」
それだけだった。手紙を勝手に読んだことを咎めるでもなく、問いかけをはぐらかすでもない。ただ、それ以上、仕事の話をしようとはしなかった。
娘に詳しく話す必要はないと考えているのだろう。それに、自分の事情に桜を巻き込みたくないという気持ちもあるのかもしれない。
桜にも、そのことはなんとなく分かった。だから、それ以上は尋ねなかった。
「それよりも、本題だな。ヨハンという神官のことだろう?」
「えっ……」
桜が驚いた顔をする。
「察しがいいですね」
ハンナが微笑んだ。
「先ほど、神官の女性も一緒に来たと聞いていたからな。あなたを見て、彼のことだろうと思った」
ディートリヒは穏やかに答えた。
「兵士から聞いた話だけで判断したが、彼が嘘をついているようには見えなかったのでな。城内の一室で軟禁することにしている」
「牢屋じゃないんだ」
桜は、ほっとしたように言った。
戻ってきたマティアスの話では、ヨハンはかなり切迫した状況に置かれているようだったからだ。
「それで、神官長からは何と? 神官長は同行はしていないようだな。あの方のことだ、何か書面でも寄越しているのではないかと思うが」
「実は……」
ハンナが、これまでの経緯を説明した。
危険回避の結界によって神官長自身も飛ばされ、いまだに行方が分からないこと。そして、ヨハンも、なぜ自分たちがそのような場所へ飛ばされたのか、その前後の事情までは把握していないこと。
「なんと……そんなことになっていたのか」
ディートリヒは驚いたようにつぶやいた。
結界の詳しい仕組みまでは分からなかったが、神官長もヨハンたちも、意図せず別の場所へ飛ばされてしまったということは理解できたようだった。
しばらく黙ったあと、ディートリヒはふっと表情を和らげた。
「実はな、桜が無事なのかと心配していた。無事だという話は耳にしていたんだが、いろいろと情報が混乱していてな」
その言葉には、兵士長としてではなく、娘を案じる父親としての気持ちがにじんでいた。
とはいえ、ディートリヒは娘を心配するあまり、自分の立場を利用して人を動かすようなことはしなかった。私情と務めを分けるのが、彼の信条だった。
「となると、神官長からの証明が得られない以上、ヨハンを解放することもできないのか」
「ハンナさんでは、証明にならないの? それに、桜もいるのに」
楓花が尋ねた。
神殿の神官であるハンナが証言し、桜や自分も事情を説明すれば、二人の身元を証明できるのではないか。そう考えるのは、ごく自然なことだった。
「私には、マティアスとヨハンが無実であることは分かる。だが、今回必要なのは、二人が正式な神官であると神官長に証明してもらうことだ。他の者の証言では、納得してもらえないかもしれない。これは国王と相談した上で決めたことだからな」
ディートリヒは、そこだけは譲らなかった。
宝物庫に侵入した者がいるとなれば、国王の耳に入るのも当然だ。本来なら、重大な罪として扱われてもおかしくない。
それでも、ヨハンを牢に入れず、城内の一室での軟禁にとどめている。父なりの配慮なのだろうと、桜には分かっていた。
「そのお気持ちは分かります」
ハンナが静かに口を開いた。
「でしたら、こういうのはどうでしょう。恐れながら、リディア様に身元を保証していただく、というのは」
「リディア殿から?」
ディートリヒが顔を上げた。
「はい。あの日の国王継承の儀で、マティアス様もヨハン様も、リディア様と顔を合わせています。リディア様なら、お二人が神殿の神官であることもご存じのはずです」
その言葉に、ディートリヒの表情が曇った。
「国王継承の儀?」
「えっ……ご存じなかったのですか?」
ハンナも驚いたように目を瞬かせた。
「私はその儀式の場にはいませんでしたので、直接見たわけではありませんが……そういう話でした」
ディートリヒは眉を寄せた。
「いったい、なんのことだ?」
リディアがお忍びでクヴェル村へ向かっていたことは知っている。だが、そこで何が行われていたのかまでは知らされていなかった。
今になって思えば、国王が自ら事情を説明したことも、少し妙ではあった。
護衛の兵士を動かす以上、兵士長である自分に最低限の事情を伝えておく必要があったのだろう。とはいえ、国王自身から説明を受けた以上、それ以上を問いただすわけにもいかなかった。
そもそも、マティアスやヨハンのことなら、最初からリディア本人に尋ねればよかったのではないか。
もちろん、まだ七歳のリディアに余計な負担をかけたくないという、親としての配慮だったのかもしれない。そう考えれば、理解できないこともなかった。
いずれにせよ、ディートリヒは兵士長という立場にある。王宮内部の事情に、むやみに踏み込むべきではないのだろう。
「そういえば、クヴェル村へ同行した兵士たちも、詳しいことは知らされていなかった様子でした」
ハンナが答えた。
ディートリヒは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「となると、知っていたのはリディア様と……イリス殿くらいか」
イリスは、クヴェル村へ向かったリディアの付き人であり、家庭教師でもある少女だった。国王がいたく気に入っていることも、ディートリヒには以前から少し気にかかっていた。
だが、そのイリスもまた、危険回避の結界によって、今は行方が分からないという。
リディアも桜も無事だった。そのことに、ディートリヒは安堵していた。ほかの者の行方も気がかりではあったが、今は確かめる手立てがない。
そもそも、なぜリディアがクヴェル村へ向かい、そこで何をしようとしていたのか。ディートリヒは、その事情すら知らされていなかった。クヴェル村へ向かう日程も知らされず、リディアが村を訪れたことを事後に説明されたにすぎない。
王族内部の事情が関係しているのなら、兵士長である自分に詳しい話が伝わっていなかったことにも説明はつく。
もっとも、当時のことを思い返せば、ディートリヒ自身も王城を離れ、クヴェル村に仮住まいしていた。ちょうどリディアが村へ向かった時期と重なり、互いに入れ違いになってしまったのかもしれない。
急遽決まった話だったのなら、事前に詳しい説明がなかったのも無理はない。ディートリヒは、そう考えた。
「それにしても、はじまりの神殿と関係があるとは思っていたが……それが国王継承の儀というものとは……」
ディートリヒがつぶやいた。
国王継承の儀がどのようなものなのか、彼には詳しい知識がない。そもそも、国王が健在であるにもかかわらず、なぜそのような儀式が行われようとしていたのかも分からなかった。
もちろん、国王自身は事情を知っているのだろう。だが、それ以上のことをディートリヒが勝手に詮索する立場でもなかった。
まして、七歳のリディアに直接尋ねるのもためらわれる。彼女自身が、儀式の意味をどこまで理解していたのかも分からないのだ。
しかも、儀式は最後まで行われたわけではなかった。不審な男が現れ、その直後に危険回避の結界が発動したことで、中断されている。
ディートリヒは腕を組んだまま、しばらく考えた。
だが、いくら考えても答えは出ない。まずは、目の前の問題を片づける必要があった。
ハンナの提案どおり、リディアがマティアスやヨハンのことを知っているのなら、神官長に代わって二人の身元を保証してもらえる。
これ以上、確かな証明はないだろう。
「妙案だな。リディア様が二人のことを知っているということであれば、国王も事情を理解してくださるだろう。私からも説明しておこう」
ディートリヒがそう言ったところで、部屋の外から声がした。
「失礼します」
一人の兵士が入ってくる。
ディートリヒは、その兵士と短く言葉を交わすと、三人へ視線を戻した。
「少し待っていてくれ」
そう言って部屋を出ると、廊下にいた別の兵士へ声をかける。
「リディア様の部屋へ、この者たちを案内してくれ。私の許可が下りたと伝えれば、それでいい」
「はっ」
兵士は敬礼すると、すぐに三人の前へ戻ってきた。
どうやら、ディートリヒの意図は、それだけで十分に伝わったらしい。
リディア王女に直接確認してみる。
それで王女がヨハンとマティアスのことを知っているのであれば、それで話は決まる。
ディートリヒはそれ以上何も言わず、三人を見送った。
その肩のあたりでは、いつの間に戻ってきたのか、ルフェルンが城の中を興味深そうに眺めている。
もちろん、その姿に気づいているのは桜だけだった。




