04 二階建ての宿
【現在のステータス】
桜 LV 1 (戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 1 (盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 1 (魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 1 (魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】クヴェルの村
クヴェル村で一番大きな二階建ての宿の扉を押すと、小さな鈴が澄んだ音を立てた。
四人の姿に気づいた宿の亭主が、帳場から顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
五十代半ばほどの、恰幅のよい男だった。
桜を見るなり、その表情が柔らかくなる。
「おや、サクラちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」
「こんにちは」
「はじまりの神殿への巡礼だったねぇ。もうそんな歳になるとは」
亭主は目を細めた。
その眼差しは、ディートリヒに連れられてよく遊びに来ていた幼い桜の面影を重ねているようだった。
桜も少し照れくさそうに笑う。
宿の中は思いのほか静かだった。
木張りの床はよく磨かれ、太い梁が高い天井を支えている。
暖炉には小さく火が入り、薪のはぜる音だけが静かに響いていた。
厨房の奥からは焼きたてのパンと煮込み料理の香りが漂い、どこか家庭的な温もりを感じさせる。
しかし、食堂に客の姿はない。
昼前だからだろうか。
宿の中は妙なほど静まり返っていた。
二階には人の気配があった。
それでも、宿は妙なほど静まり返っている。
表にはたしかに「満室御礼」の札が掛かっていたはずである。
桜は店内を見回し、不思議そうに首をかしげた。
「今日は、お客さん多いの?」
亭主は笑みを崩さないまま頷く。
「今日はちょっとね」
それだけだった。
それ以上は何も言わない。
武器屋のギュンターの言葉どおり、この亭主は口が堅いらしい。
桜も、それ以上は尋ねなかった。
そのときだった。
コホッ。
小さな咳が聞こえた。
桜は思わず二階を見上げる。
「……?」
「どうしたん?」
ひまわりが尋ねる。
「今、誰か……」
だが、それきりだった。
その隣では、カメリアも静かに二階を見つめている。
やがて、二階からゆっくりと足音が響いてきた。
鎧が触れ合う、かすかな金属音。
一人の兵士が階段を降りてくる。
三十代半ばほどだろうか。
実戦向きの鎧をまとい、腰には長剣を佩いている。
鍛えられた体つきとは裏腹に、その表情には疲れが色濃く浮かんでいた。
兵士は亭主の前まで来ると、低い声で尋ねる。
「まだ戻らないか」
亭主は静かに首を振った。
「ええ……まだです」
兵士は小さく息を吐く。
「連れの者が、病によく効くという薬草を採りに行ったきり帰ってこない」
誰へ向けるでもない独り言だった。
「洞窟にあるという話を聞いて向かったんだが……どうなっているやら」
窓の外へ目を向ける。
「様子を見に行きたいところだが、俺はここを離れるわけにはいかん」
短く黙り込み、肩を落とした。
そこでようやく桜たちに気づく。
「あ……」
兵士は照れくさそうに苦笑した。
「聞いてましたか」
四人は顔を見合わせる。
「いや、その……」
兵士は頭をかきながら笑う。
「ただの独り言です」
そう言い残し、再び二階への階段を上がっていった。
鎧の音は次第に遠ざかり、やがて静かな宿の中へ溶け込むように消えていった。
四人が宿を出ると、村にはいつもの賑わいが戻っていた。
巡礼者たちは石畳を歩き、店先では焼きたてのパンの香りが風に乗って流れてくる。
さっきまでいた宿の静けさが、かえって現実離れしたもののように思われた。
もっとも、その巡礼者たちも、どこか落ち着かない様子である。
神殿へ向かったかと思えば、ほどなく引き返してくる者もいる。石段の下で立ち話をする者、手持ち無沙汰に広場を歩き回る者もいた。
どうやら待ちぼうけを食っているのは、桜たちだけではないらしい。
桜は何気なく振り返る。
二階の窓は、あいかわらず厚いカーテンに閉ざされたままである。
昼の陽射しを避ける理由など思いつかなかったが、あの咳の主があの部屋にいるのだろう、と何となく思った。
「……分かりやすい」
楓花がぽつりと言った。
「え?」
「あの兵士」
桜は思わず苦笑する。
「『洞窟に行って様子を見てきてくれ』って言いたかったんだろうね」
「本人は独り言って言っとったけど」
ひまわりが笑う。
「独り言にしては、よう聞こえたな」
四人は顔を見合わせて笑ったが、その笑いは自然と途切れた。
薬草を採りに行った者が帰らないという話は、冗談として笑い飛ばせる種類のものではない。
「……洞窟」
桜が小さくつぶやく。
幼いころ、父に連れられて森を歩いたことがある。
「知っているの?」
カメリアが尋ねる。
「うん。森の奥だよ。道さえ分かっていれば、それほど遠くはない」
「そうなんだね」
カメリアはそれだけ言うと黙り、楓花も腕を組んだまま考え込んでいた。
ひまわりは森の方を眺め、それから桜の横顔を見る。
「放っとけへんな」
その一言で十分だった。
宿では病人が薬草を待ち、薬草を採りに洞窟へ行った者はまだ戻らない。
誰から頼まれたわけでもないが、そのまま知らないふりをして帰る気には、四人ともなれなかったのである。
「巡礼ってさ」
桜が言う。
三人が振り向く。
「神殿でお祈りするだけじゃないような気がする」
楓花はわずかに口元をゆるめた。
「たまには、いいことを言う」
「『たまには』は余計」
ひまわりが吹き出し、カメリアもごくわずかに笑みを見せる。
四人は顔を見合わせると、そのまま村外れへ向かって歩き始めた。
森に囲まれたクヴェル村の村外れまで来ると、家並みは少しずつ途切れ、石畳もやがて土の道へと変わった。
道の両側には若葉をまとった木々が枝を広げ、春の風が梢を揺らすたび、木漏れ日がゆらゆらと揺れる。
家々から聞こえていた生活の音も、歩みを進めるごとに遠ざかり、やがて鳥のさえずりだけが耳に残った。
桜は迷うことなく先へ進む。
ためらう様子はない。
幼い頃に歩いた道とはいえ、その足取りには確かな記憶が残っているようだった。
三人も何も言わず、そのあとに続く。
「本当に覚えてるんだ」
ひまわりが感心したように言う。
「何度か来たことがあるから」
桜は前を向いたまま答えた。
「もっとも、入口までだけだけど」
父のディートリヒと歩いたのは、もう何年も前のことだった。
春になると薬草を採りに来る村人を見かけることもあったが、父は決まって途中で足を止め、「ここから先は近づくな」とだけ言った。その理由を尋ねても、答えは返ってこなかった。
楓花が周囲を見回す。
「人が通る道には見えないね」
「普段は来る人も少ないから」
桜はそう答えた。
「薬草を採る人くらいかな。もっとも、洞窟には入らず、この辺りで採っている人だけど」
カメリアは返事をする代わりに、道端に咲く草花へ静かに目を向けた。
「……この辺りは、湿り気が多いですね」
「そんなん分かるん?」
ひまわりが目を丸くする。
「うん。そうだね。生えている植物を見れば分かる」
それだけ言うと、カメリアはまた前を向いた。
ひまわりは小さく笑う。
「カメちゃんがおると、なんや安心やな」
カメリアは首をかしげた。
「そう」
それだけだった。
森は少しずつ表情を変えていく。
木々は高くなり、陽の光は葉に遮られて地面まで届きにくくなった。
風も弱まり、足元では落ち葉を踏む音だけが静かに響いている。
しばらく歩いたところで、桜が足を止めた。
「ここから少し道が悪くなる」
目の前には岩肌が現れ、その縁を縫うように細い山道が続いていた。
距離は短い。
だが、片側は切り立った崖で、反対側には木々が斜面を覆っている。人がすれ違うには窮屈なほどの幅しかない。
「気をつけて」
桜はそう言うと、自分からその細道へ足を踏み入れた。
楓花、カメリア、ひまわりも、間を空けてあとに続く。
岩の割れ目からは細い草が伸び、小さな白い花が風に揺れていた。
見上げれば木々の梢が重なり、青空は細く切り取られて見えるだけである。
坂を登りきると、不意に風が変わった。
森の空気とは違う。
ひんやりとした冷気が頬をなでる。
桜はその冷たさを覚えていた。
「……あそこね」
三人も視線を向ける。
崖の奥、岩壁が裂けたような場所に、黒い口を開けた洞窟があった。
入口は思ったほど大きくない。
だが、その奥は昼なお暗く、光は数歩先で途切れている。
洞窟の奥から流れてくる冷気だけが、黙って四人を迎えていた。




