3 宿場町ヴァルトハイム
【現在のステータス】
桜 LV 6(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 5(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
ハンナ LV 10(神官)
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】川の船着き場
街道には、商人の荷馬車や旅人が行き交い、ときおり王都方面から来た騎馬の兵士ともすれ違う。
交易都市ブルーメンと王都ルフトブルクを結ぶ主要街道だけあって、馬車がなくなったあとも、寂しさを感じることはなかった。
桜、楓花と、女性神官のハンナは、川の船着き場での出来事から、馬車から徒歩へ切り替えざるをえなくなったのだ。
ただ、馬車に比べれば歩みは遅い。
どこかで一泊して、王都へ向かうこととした。
太陽が少しずつ西へ傾き始めると、桜たちも王都までの距離が気になってきた。
「この先に宿場町がありましたよね。そこで泊まりましょうか」
ハンナは街道の先、北へと目を向けた。
「ヴァルトハイムですね」
楓花が答える。
ブルーメンとルフトブルクの中間あたりに位置するヴァルトハイムには、街道沿いに十数軒ほどの宿が並んでいる。
この町は、もともと旅人や商人を泊めるための宿場として発展してきた。そのため、宿屋や旅人向けの店は街道沿いに集まっているものの、その周囲に町が形成されているわけではない。
宿を探す旅人にとっては便利な町だが、そこに暮らす人々のための町というより、街道を行き交う人々のために作られた宿場町――それがヴァルトハイムだった。
主要街道とはいえ、ブルーメンからルフトブルクまでは馬車なら半日ほど。徒歩でも一日とかからない距離だ。そのため、途中で宿を取る旅人はそれほど多くなく、街道沿いの宿場町としては、さほど大きく発展していない。
「たしかにヴァルトハイムなら、ちょうどいいかもしれません。でも……」
ハンナの返事は、どこか歯切れが悪かった。
その懸念が何を意味するのかは、フェルトハイムに着いてから分かった。
フェルトハイムは、街道の両側に宿屋が並ぶ、いかにも宿場町らしい造りになっていた。
二階建ての宿屋が街道を挟んで十軒ずつほど並び、街道に面した間口はどこも狭い。そのかわり、建物は街道の奥へ向かって細長く伸びている。
一階は食堂や酒場、街道沿いの物産を扱う店などに使われ、二階が宿泊客のための部屋になっている。その造りまでほとんど統一されているのが、この町の特徴だった。
宿場町なのだから、人が多いのは分かる。
それでも、桜は少し驚いた。
街道には荷物を積んだ商人たちがひっきりなしに行き交い、宿の前には旅人が立ち止まっている。食堂からは料理の匂いが漂い、あちこちから人の話し声や笑い声が聞こえてくる。
宿を探しているらしい旅人が、荷物を抱えたまま宿屋の看板を見上げ、次の店へ向かっていく姿もあった。
「……なんだか、思っていたより賑やかやね」
桜がそう言うと、肩のあたりに浮かんでいた妖精のルフェルンが、街並みを眺めながら口を開いた。
「宿を探しておる者も多いようじゃな。もしかすると、どこも満室かもしれぬぞ」
「確かに多いね」
「このまま宿が見つからなければ、野宿かもしれぬな」
「縁起でもないことを言わない」
桜が苦笑する。
そのやり取りを、ハンナは不思議そうな顔で見ていた。
桜が誰かと話しているように見えるのだが、周囲には誰もいない。最初から事情を知らなければ、独り言を言っているようにも見える。
楓花はそんなハンナの様子に気づくと、淡々と声をかけた。
「私も最初は不思議だったのですが、もう慣れました」
「……そうなのですね」
ハンナは少し困ったように微笑んだ。
桜が誰かと話していることは分かる。けれど、その相手の姿も声も、ハンナには分からない。
気まぐれのように、ときどき桜の前に姿を現しているらしいのだが、見えない相手にどう接すればいいのか、ハンナとしても戸惑うところがあるのだろう。
桜たちは、まず目についた宿屋へ入った。
豪華さはないものの、建物はきちんと手入れされている。食堂も広く、旅人が必要とするものは一通り揃っていそうだった。
楓花は店内を見回しながら、値段と設備の釣り合いが取れている宿だと判断した。
「すみません。今夜、三人泊まれますか?」
ハンナが尋ねる。
そのとき、桜の肩に浮かんでいたルフェルンが小さくつぶやいた。
「三人ではなく、四人じゃぞ」
もちろん、その声は桜にしか聞こえていない。
宿屋の主人は申し訳なさそうに首を振った。
「悪いね。今日は満室なんだ」
「そうですか」
桜たちは宿を出た。
次の宿屋へ向かった。
しかし、そこも満室だった。
その次も、やはり空いていない。
十数軒あるという宿をいくつか回ったが、状況は変わらなかった。
「どこもいっぱいですね」
桜が少し考えるように周囲を見回した。
「ここ数日のうちに、急に宿泊客が多くなったそうですね」
「何かあったんでしょうか」
楓花がそう尋ねると、最後に訪れた宿屋の主人は、少し困ったように笑った。
「何でも王都の警備が急に厳しくなったらしくてね。ここで泊まって、時間の余裕をつくってから王都へ向かおうという人も多くなった」
主人は声を少し落とした。
「なぜ警備が厳しくなったのか、詳しいことまでは知らないんだけどね」
ハンナは桜と楓花に聞こえるよう、声を低くした。
「さきほどブルーメンで聞いたのですが、ヴァルトハイムの宿が取りづらくなっているそうなのです。夕方に王都へ着いたのでは、足止めをくらって、城門の前で一夜を明かすことになりかねません」
ルフトブルクの城門は、夜間になると閉ざされる。
王都へ入ることができるのは、原則として門が開いている時間だけだ。
そのため、夕方になってから王都へ到着するよりも、手前の町で一泊して、翌朝に余裕を持って向かう旅人が増えているのだという。
そして、最近になって警備が厳しくなった理由についても、街道では一つの噂が流れていた。
クヴェル村のはじまりの神殿が襲撃されたこと。
そして、その場には風の国ルフトの王族に関係する誰かがいたこと。
王族やその関係者が標的となったのであれば、王都の警備が厳しくなるのも当然だろう。
もっとも、王女リディアがはじまりの神殿を訪れていたこと自体、非公式なものだった。事件についても正式な発表があったわけでもない。
だから、街道で囁かれている話は、あくまで無責任な噂の域を出ていないらしい。
けれど、桜も楓花も、そしてはじまりの神殿の神官であるハンナも、それが単なる噂ではないことを知っていた。
「……王女様は、無事に王都へ帰れたのかな」
桜が、ふとつぶやいた。
脳裏に浮かんだのは、炎を思わせる赤い短髪の少女だった。
頬のあたりで揺れる赤い髪。まだ幼さの残る顔立ち。
王女リディア。
年齢だけでいえば、桜の肩の上で浮かんでいるルフェルンと、それほど変わらないようにも見えた。
もっとも、ルフェルンの実際の年齢については、桜にもよく分からない。
赤い髪という共通点はあるものの、妖精の年齢を人間の物差しで測ることなど、そもそもできるのかどうかも怪しい。
「……なんにか失礼なことを考えておるな」
ルフェルンが、じろりと桜を見る。
「えっ、分かるん?」
「顔に出ておる」
「出てないと思うけどなあ」
桜はそう言いながら、少しだけ笑った。
もちろん、そのやり取りを宿屋の主人が理解することはない。
主人は何かを思い出したように、再び口を開いた。
「ただ……街道から少し離れるが、客の少ない宿屋が一軒あるよ」
「客の少ない?」
桜が聞き返す。
「ああ。街道から外れるから、わざわざ泊まりに行く人が少ないらしい。部屋は空いていると思うよ」
「場所は分かりますか?」
ハンナが尋ねる。
「この町を出て北へ少し行ったところに分かれ道がある。そこから西へ入れば、しばらくして見えてくるはずだ。今からなら、日没までには着くと思うよ」
「ありがとうございます」
ハンナが礼を言った。
「とりあえず、急ぎましょうか」
桜が声をかける。
町を出るころには、太陽はかなり低くなっていた。
街道から外れると、人の姿は急に少なくなった。さきほどまで聞こえていた荷馬車の音も遠ざかり、草むらを風が揺らす音ばかりが耳に残る。
宿屋の主人からの情報のとおり、フェルトハイムの宿場町を出て北へ少し行ったところに分かれ道があった。そこから西へと脇道に逸れている。
「本当に、こっちは人がおらんね」
桜が周囲を見ながら言った。
「宿があるなら、もう少し人が通っていてもよさそうですが。それとも穴場の宿なのかな」
楓花も道の先を見つめる。
「日没の時間も近いことですし、こういうときには魔物に注意をしたほうがいいですね」
ハンナは落ち着いた様子で答えた。
そうしたやり取りをしていた矢先だった。
道の脇に生い茂った草が、大きく揺れた。
「……ん?」
桜が足を止める。
次の瞬間、草むらから二匹の魔物が飛び出してきた。
狼に似た姿をしているが、普通の狼よりも一回り大きい。人間ほどではないものの、灰色の毛に覆われた身体はがっしりとしている。
それが狼でないことは、異形の顔を見れば一目で分かった。低く身構え、鋭い牙を剥いている。
――灰狼。
「気を付けて」
楓花が言った。
「ハンナさんは後ろにいて」
一五歳の桜が、年長者の女性神官に気を使った。戦士としての自覚が、そうさせたのだろう。
身に着けた風紋の胸当ても、どこか誇らしげだ。
桜は腰の剣に手をかけた。
「私は大丈夫です。自分の身は自分で守れます」
ハンナがそう言った直後、一匹が桜へ向かって飛びかかった。
「そこっ!」
桜は身体を横へずらし、魔物の爪をかわした。そのまま振り向きざまに兵士の剣を振るう。
刃が魔物の身体を捉え、魔物は地面へ転がった。
間合いの取り方といい、落ち着きの払った剣さばきといい、桜はすっかり一人前の戦士として成長したようだ。
もう一匹が、その隙を狙うように楓花へ向かう。前足が伸びる。
「楓花っ!」
「分かっています」
楓花は慌てることなく、腰から取り出したルミナスナイフを魔物の右前足へ一閃した。
素早い動きに魔物は対処できず、苦悶の表情を浮かべてひるむ。
「今です」
「了解っ」
桜が踏み込み、残った一匹を斬り伏せる。
二匹の魔物は、それ以上動かなくなった。
そして、黒いすすのようになって消えていった。
魔物は絶命すると、こうして消えていくのだ。
桜は剣についたものを軽く振り払い、息を整えた。
「もう、こういうのばっかりだね」
「ムカデや猿の化け物もそうだけど、こういう魔物が、急に増えたように思う」
楓花が答える。
「楓花が呼び込んでいるんじゃない?」
からかうように桜が言う。
楓花は反論するのも馬鹿らしいといった様子で、桜を見た。
ハンナは二人の様子を確認すると、少しだけ微笑んだ。
「怪我はありませんか?」
「うん。楓花も?」
「問題ありません」
「それなら、よかったです」
ハンナはそう言って、再び道の先へ目を向けた。
「宿までは、もう少しなのでしょう。暗くなる前に着きたいですね」
「急ごうか」
桜は剣を鞘へ戻した。
――たしかに、急に魔物が増えたような気がする。
自分たちの行動範囲が広がるにつれて、そうした魔物と出会う機会も増える。それなら、もっともな話なのかもしれない。
けれど、街道の脇に逸れただけで魔物に遭遇するということは、これまでなかった。
なにかが起きようとしている。
そんな漠然とした感覚だった。
そして、こういう感覚を抱いているのは、たぶん桜だけではないはずだった。




