2 馬泥棒
【現在のステータス】
桜 LV 6(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 5(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
【現在の場所】クヴェル村
クヴェル村――。
桜と楓花は、マルタの家で一晩を過ごすことにした。
神殿の神官は、神殿内の客室を使うことを提案してくれたが、桜は小さい頃からお世話になっているマルタおばさんの家で休むことにした。
桜の顔を見ると、マルタは「あら、今度は、ずいぶん早いのね」と、無事を確かめるように声をかけてきた。たしかに、一昨日に別れを告げたばかりである。
桜たちは簡単に事情を話したが、マルタはそれ以上、詳しく聞こうとはしなかった。
桜の父、ディートリヒがこの家に間借りをしていた頃から、そういうことにはあまり口を出さない人だった。
それでも、二人が自分を頼って来てくれたことは、嬉しかったのだろう。マルタは手際よく楓花の分まで寝床を用意してくれた。
夜が明けると、桜はマルタに挨拶をして家を出た。
待ち合わせ場所である村の入口へ向かっていると、途中で武器屋のギュンターおじさんが待っていた。
たぶん、桜たちが戻ってきたことを聞きつけたのだろう。
「サクラちゃん、ずいぶんと立派になったね」
そう思うのも無理はない。
風紋の胸当てに、うろこの盾。
立派な戦士である――身なりだけは。
「うん。行ってくるね」
「ああ。次は、もう少しゆっくり帰ってこいよ」
幼いころから桜を知っているギュンターは、そう言って笑った。
「うん」
桜も笑って手を振った。
それから村の入口へ向かう。
入口には、すでに一台の馬車が待っていた。
神殿が手配した巡礼馬車である。
そのそばには、ハンナが立っていた。
桜や楓花よりも年長らしい、落ち着いた雰囲気の女性神官である。
「おはようございます」
「おはよう、ハンナさん」
桜が手を振ると、ハンナも穏やかに微笑んだ。
「よく眠れましたか?」
「うん」
三人は馬車へ乗り込んだ。
そして妖精ルフェルンも、当然のように桜の肩に居座っている。
「では、行きますよ」
御者の男が声をかけた。
少しやせた男だったが、長く馬車を走らせてきたのだろう。落ち着いた物腰には、経験を積んでいることが感じられた。
まず向かうのは、ブルーメンの町だ。そこで小休止をとり、そのまま北へ向かって王都ルフトブルクを目指す。馬車なら、3日後には到着する予定だった。
やがて、馬車はクヴェル村を出発した。
桜は振り返り、少しずつ遠ざかっていく村をしばらく眺めていた。
予定どおり、馬車はブルーメンへ到着した。
ここまでの道中、魔物に遭遇することもなく、特に問題はなかった。
三人は町で小休止をとることにした。
せっかくブルーメンまで来たのだから、まずは学長のコンラートに顔を出しておこうということになった。
ハンナとは、北門の入口で待ち合わせることにした。神官であるハンナが一緒に歩けば、どうしても目立ってしまう。それを避けるためだった。
コンラートに伝えることはいくつかある。
楓花を発見したこと。そして、漆黒の魔石箱を持っていたクロザールも発見したこと。
もっとも、楓花については、本人がすぐ隣にいるのだが。
――ところが、肝心のコンラートは不在だった。
「忙しい人なんだな。まあ、とりあえず、楓花も来ていたってだけ伝えてもらおうか」
桜がそう言うと、隣にいた楓花も、いかにも本人らしく殊勝に会釈した。
「よろしくお願いします」
コンラートに直接会えなかった以上、仕方がない。
続いて、楓花の祖父のところへも挨拶に行くかと尋ねると、楓花は少し考えた。
「まあ、いい時間ないし」
あっさりした答えだった。
楓花の両親は、港町ハーフェンで漁師をしている。この騒ぎについても、まだ何も知らないはずだ。
祖父も、楓花が少しくらい帰ってこないからといって、大騒ぎするような人ではないだろう。
少なくとも楓花は、そう考えているらしい。
「ふーん。あまり会いたくないのかな。苦手だとか?」
桜が何気なく尋ねる。
「そんなことはない」
返事は即答だった。
「そっか」
桜はそれ以上、聞かなかった。
それならばと、二人はカメリアと姉のリゼットが暮らす家へ向かった。
妖精のルフェルンは、このときばかりは桜の肩から姿を隠している。
たぶん、リゼットに対しては苦手意識があるのだろう。桜以外には見えないはずの自分の姿が、彼女には見えていたからだ。
二人が家を訪ねると、出迎えたのは、やはりリゼットだった。
紫水晶を思わせる光沢を帯びた銀灰色の長い髪は、後ろでひとつにまとめられている。
「カメリアは、まだ戻ってきていないのね」
桜が尋ねると、リゼットは静かにうなずいた。
「ええ。まだよ」
そして、少し間を置いてから続けた。
「ひまわりもまだ帰ってきていないと、あの子のご両親から聞いたわ。まあ、カメリアと一緒に旅でもしてるんじゃないかって、適当に言っておいたけど」
つまり、二人が行方知れずになっているという状況は変わらないといったところだ。
ただ、リゼットは、あまり深刻そうな顔をしていない。
けれど、桜の表情を見ると、少しだけ目を細めた。
「カメリアなら、たぶん大丈夫。そこは心配してないわ」
そう言ってから、少し考えるように続ける。
「ただ、何か厄介ごとに巻き込まれていないかと言われれば、それは心配ね。あの子、そういうところは要領がいいとは思えないから」
「たしかに」
桜は苦笑した。
カメリアなら、危険に遭遇しても慌てることはないだろう。
けれど、自分から危険を避けて、さっさと逃げるというのも、あまり想像できなかった。
「これから王都へ?」
「うん」
「じゃあ、気をつけてね」
「うん。ありがとう」
短いやり取りだった。
それでも、桜には少しだけ心強かった。
「そうそう」
リゼットが、ふと思い出したように言った。
「妖精さんも隠れてないで、また来てねって伝えておいて」
桜は、思わず肩のあたりを見た。
姿を隠していたルフェルンが、ようやく姿を現す。どことなく恥ずかしそうで、いつになく無口だった。
リゼットは、そんな桜とルフェルンの様子を見て、何でもないことのように微笑んでいた。
まるですべて分かっているかのような顔だった。
――その後、楓花は、せっかくブルーメンまで来たのだからと、旅人用の服を新調することにした。どうやら、前から決めていたらしい。
迷いの森で老人と娘を助けたお礼として、金貨一枚と銀貨二枚をもらっている。服を買っても、銀貨二枚でお釣りがくるくらいの値段だった。
二人は、いくつかの食料や旅に必要な備品も、ついでに買いそろえた。
買い物を終えて北門へと向かう。北門では、すでにハンナと御者が待っていた。
三人は馬車に乗り込んだ。
御者は「では、行きますよ」と出発の合図を告げた。
ブルーメンを出ると、馬車は北へ向かった。
町を離れるにつれて、道の両側に広がる景色も少しずつ変わっていく。
ここは起伏の少ない平原地帯だ。王都と交易都市を結ぶ街道だけに、行き交う馬や人も多い。
やがて馬車は、大きな川沿いにある小さな船着き場へたどり着いた。
ここには何隻もの船が停泊しており、荷物の積み下ろしをする人々が忙しそうに行き交っている。
海や王都ルフトブルクから船で運ばれてくる物資は、ここで荷降ろしされ、ブルーメンへと運ばれるのだ。
巡礼馬車は、その一角に停められた。
「ここで少し休憩しましょう」
御者がそう告げた。夕方前までに王都へ着く算段がついたのであろう。
桜たちは馬車を降り、川の近くで足を休めることにした。
ハンナも周囲を眺めていたが、そのとき、少し離れたところから声が聞こえてきた。
「おい、大丈夫か!」
荷物を積み込んでいた船員が、木箱を取り落としたらしい。
箱の下敷きになったわけではないようだが、腕を強く打ったらしく、その場にしゃがみ込んでいる。
ハンナはすぐにそちらへ向かった。
「動かさないでください。少し見せてください」
「いや、大したことは……」
「念のためです」
ハンナは男の腕を確かめると、静かに――「回復の呪文」と詠唱する。
淡い光が傷ついた腕を包み込む。
「これで大丈夫でしょう。痛みが残るようなら、無理に動かさないでくださいね」
「あんた、神官様か。助かったよ」
「いえ。お大事に」
その様子を、桜と楓花も少し離れたところから見ていた。
「ハンナさん、こういうことにも慣れてるんやね」
「神官というのは、そういうもの」
楓花は淡々と答えた。
「それはそうだけど、自分たちの旅にいてくれたら心強いね」
桜が笑った。
四人の中には、回復魔法を専門とする者がいない。
桜や楓花は魔法を使えないし、カメリアやひまわりは魔法使いではあっても、僧侶ではない。もし旅の途中で怪我をすれば、薬草などに頼るしかなかった。いまは、そのカメリアもひまわりもいないが。
そのときだった。
「おい、そこの馬!」
誰かが叫んだ。
三人が振り向くと、巡礼馬車の近くに一人の男が立っていた。
男は馬の手綱をつかんでいる。
「……何してるんだろう?」
桜が首を傾げる。
楓花は男をじっと見た。
「馬を連れていこうとしている」
「え?」
桜が声を上げた。
男はその声に気づいたのか、手綱を引いて走り出そうとした。
だが、馬は突然引かれたことに驚き、大きく首を振った。
「わっ!」
男がよろめく。
その拍子に手綱が馬具に絡まり、男が慌てて引っ張った。
「ちょ、ちょっと!」
御者が叫ぶ。
次の瞬間、馬具の一部が大きな音を立てて外れた。
男は手綱を放し、尻もちをつく。
馬も驚いた様子で、その場で足踏みをしている。
その隙に、ハンナが駆け寄った。
「その馬を放してください」
穏やかな声だった。
男は地面に座ったまま、慌てて首を横に振る。
「ち、違う。ただ、少し借りようと……」
「持ち主の許可は?」
「……ない、です」
御者も近くまで来て、首を横に振った。
「私に何も言わずに連れていこうとした時点で、それは借りるとは言いませんよ」
ハンナは淡々と言った。
男は何か言い返そうとしたが、壊れた馬具を見て口を閉じた。
「……すみません」
ハンナは男ではなく、まず馬のほうへ目を向けた。
「馬は大丈夫そうですね」
御者が馬の様子を確かめる。
「ああ。驚いてはいますが、怪我はなさそうです」
「それならよかったです」
ハンナはそう言ってから、男を見る。
「あなたも、もう逃げようとはしないでくださいね」
「……はい」
桜は思わず楓花の顔を見る。
楓花も、何とも言えない表情をしていた。
「……神官って、大変やね」
「そういう仕事だから」
楓花はそれだけ答えた。
こうして小さな騒ぎは収まったものの、驚いた馬が暴れたことで、馬具の一部が壊れてしまった。
どうやら、男は別の馬と勘違いしていたらしい。
とはいえ、勝手に手綱をつかんで連れていこうとしたのだから、事情を知らない者からすれば、どう見ても馬泥棒である。そこで慌てたようだ。
本人も、思った以上に話が大きくなってしまったことに気づいたらしく、すっかり困った顔をしていた。
御者が壊れた馬具を確認すると、しばらく考え込んだ末に首を振った。
「この状態では、この先まで馬車を走らせるのは難しいですね」
「そうなんですか?」
桜が尋ねる。
「ああ。たしかに馬は大丈夫ですが、無理をさせるわけにもいきません」
ハンナは壊れた馬具を見て、それから北へ続く街道へ目を向けた。
「では、ここからは歩きましょう」
あまりにもあっさりと言うので、桜は少し驚いた。
「歩く?」
「はい。王都まではまだありますが、馬車を修理して待つより、そのほうが早いでしょう」
「それは一理ありますね。馬もおびえているようなので、無理をさせるのも可哀想です」
楓花がうなずいた。御者も同じ考えのようだ。
桜は北へ続く街道を眺めた。
ルフトブルクまでは、まだ遠い。急いで歩いたとしても、到着までには五日ほどかかる。日没までに着けなければ、城門は夜間閉鎖されるため、道中のどこかでもう一夜を明かすことになる。
「じゃあ、行こっか。行けるところまでいこう」
桜はそう言って、歩き出した。
楓花とハンナ、そして妖精のルフェルンも、その後に続いた。
四人は北へ続く街道を歩き始めた。




