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1 王都へ

【現在のステータス】

桜 LV 6(戦士)

 E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾

楓花 LV 5(盗賊)

 E : ルミナスナイフ / ぬののふく


【現在の場所】ヴィータ神の小さな祠


迷いの森を抜けると、見覚えのある道が現れた。


クヴェル村とブルーメンを結ぶ街道。その分かれ道に、小さな祠がひっそりと建っている。

簡素な石造りの祠だった。中央には、生命の神ヴィータをかたどった石像が置かれている。


桜と楓花は、ようやく戻ってきたのだ。


桜は朝、この場所から迷いの森へ向かった。けれど今は、すでに夕刻前である。長い一日だった。

それでも、そこで楓花と再会することができたのだ。


黒髪を風に揺らしながら、桜は祠を見上げた。

疲れは隠せないものの、その表情にはようやく見慣れた場所へ戻ってきた安堵が浮かんでいる。


その隣では、楓花が眼鏡の位置を直しながら、祠をじっと見つめていた。

黒いボブの髪には森を抜けてきた名残があり、いつものように周囲を観察している。


祠の東側には、平原を通る街道が見える。その先は、すぐ向こうにある深い森へと延びていた。


楓花は祠を見つめたまま、しばらく黙っていた。


「……ここ」


「ん?」


桜が振り返る。


「この地下室に、飛ばされた」


楓花は祠の足元へ視線を落とした。


「ふーん。この祠に地下があったんだ。知らなかった」


桜は少し意外そうに祠を見上げ、それから楓花の顔を見る。


「小さな部屋だったけどな。昔は貯蔵庫として使われていた、打ち捨てられた物置なのだろう」


楓花はそう言いながら、祠の周囲を見回した。


そして、迷いの森のほうへ目を向ける。


仮面の男も、クロザールもいない。


それが確認できると、楓花はそこで一度、息をついた。


一昨日の、はじまりの神殿の祭壇の間――。


あのときは何が起こったのかも分からず、ただ目の前の景色が一瞬にして変わった。


記憶が前後しているかもしれないが、桜と王女リディアを残して、カメリアもひまわりも、王女の付き人イリスも、神官たちも光の中へ消えていった。自分も、そしてクロザールも、同じように。


今になって考えれば、ここへ飛ばされたことにも理由があったのだろう。


「危険回避の結界(エヴァトラン・クスト)の効果だな」


桜の肩のあたりで、ルフェルンが言った。


赤い髪と透明な羽を揺らしながら、小さな妖精が宙に浮かんでいる。


もちろん、その声は楓花には届かない。


ルフェルンは、これまでも同じことを桜に話していた。


けれど、今度は少し違った。


楓花もこの場所へ飛ばされた理由を考えている。ならば、もう一度、順を追って話しておいたほうがよいのだろう。


「クロザールが持ち込んだ漆黒の魔石箱(アルカ・ニグラ)からの危険を避けるために、それぞれ別の場所へ飛ばされた、ということ?」


桜が尋ねる。


「そうじゃ。飛ばされた先が安全であれば、それで役目を果たしたことになる」


ルフェルンは小さな腕を組んだ。


「さすがに、どういう理屈で飛ばす場所を選んでいるのかまでは教えぬがな。魔法をかけた者に聞けば、教えてくれるかもしれぬ」


ルフェルンは少し考えるように首を傾げた。


「……まあ、もういないかもしれないが」


どこか意味ありげな言い方だった。


「それもそうだね。古代の魔法なんでしょう?」


桜は祠を見つめた。


だとすれば、いったい誰がこのような結界を残したのだろう。


それは、危険回避の結界(エヴァトラン・クスト)。ブルーメンの学長コンラートによれば、二百年前にも作動したという。


少なくとも、それ以前から存在していたことになる。はるか昔に作られたものなのだろう。


楓花やクロザールが遠くへ飛ばされなかった理由がわかれば、カメリアやひまわりを探す手がかりになるかもしれない。


ルフェルンの話では、魔力や霊力に反応し、大きなものほど遠くへ飛ばすという。


桜や王女リディアには魔力がないから、何も反応しなかった。


カメリアやひまわりが遠くへ飛ばされたとしても、それなら分かる。


でも、楓花には魔力がないはずだ――おそらく。


直前のクロザールとの接触で、楓花は魔法の道具のようなもので攻撃をかわされたという。そのときに何らかの魔力を帯び、それに結界が反応したのだろうか。


そう考えれば、楓花が飛ばされたことにも説明はつく。

魔力を帯びただけだから、それほど遠くへは飛ばされなかったのだろう。


ただ、今の桜には、その答えが出せそうにない。


少なくとも、その結界に救われたことは確かだった。


それでも桜としては、転送する以外に、もう少しまっとうな危険回避の方法はなかったのだろうかと思ってしまう。おかげで、ずいぶん苦労させられている。


桜は小さく息を吐くと、楓花を見た。


「これからどうしよう?」


楓花は少し考えてから答えた。


「とりあえずは、クヴェル村のはじまりの神殿に戻ろう」


「うん。そうやね」


二人は街道を東へ向かって歩き始めた。


桜がブルーメンから来たことを考えれば、このままクヴェル村へ戻るのが自然だった。はじまりの神殿に戻れば、あれから何か分かったことがあるかもしれない。


祠からクヴェル村までは、それほど遠くない。


けれど、もう夕暮れが近い。ここで長居をしている余裕はなかった。


二人は自然と歩調を速めた。


振り返れば、歩いてきた西の空が夕日に赤く染まっている。

その光を背に、桜と楓花は東へ続く街道を急いだ。





やがて、クヴェル村を囲む森を越え、村へと入ると、はじまりの神殿が見えてきた。


木組みの大きな建物も、入口へ続く階段も、周囲の静かな空気も、出ていったときのままである。ただ、祭壇の間のあたりは、一部が破壊され、まだ薄っすらと煙が立ち込めていた。


「え……と。たしかフーカさんですね。ご無事だったんですね」


残っていた神官の一人が言った。


「フーカさんだけでも戻ったことは、まだ光明が残っているということです」


楓花は簡単に礼を述べ、桜もうなずいた。


ただ、二人は残念な表情を隠しきれなかった。その言葉は、つまり、まだ他の人は誰も戻っていないということでもあった。


そこで桜は、危険回避の結界について、これまで分かってきたことを話した。それで神官たちも、幾分か安心するだろう。


ただ、仮面の男や闇のつるぎについてまでは話さなかった。隠しているわけではない。桜自身、まだ頭の中で整理できていないこともあったし、ここで話し始めれば、話が逸れてしまう気もした。


今は、分かっていることを伝えればいい。桜はそう考えて、話を要点に絞った。


「学長のコンラートさんも、そう言っていました」


神官たちは顔を見合わせた。


十五歳の少女の言葉だけでは、どうしても確信は持てない。けれど、ブルーメンの学長であるコンラートが同じことを言っていたとなれば、話は別らしい。


桜は、そんな神官たちの様子を見ながら思った。


――やっぱり、肩書きって大きいんだな。


「で……あの男は?」


「漆黒の魔石箱(アルカ・ニグラ)を持ち込んだ男のこと?」


桜が聞き返す。つまり、クロザールのことである。


「はい」


「生きてる。あの人も、楓花たちと同じように飛ばされたみたい。迷いの森で見かけた」


それを聞いた神官の男が、少し残念そうに息をついた。


命は平等だというのが、生命の神ヴィータの教えの根幹のはずだ。


……まあ、まだまだ修行が足りないのかもしれない。


別の神官が桜に尋ねた。


「サクラさんは、なぜ、その男がこのようなことをしたのか聞かれたのですか?」


「……咄嗟のことで、そこまで聞けなかった」


桜は素直に答えた。


クロザールのすぐそばには、仮面の男がいた。何が起きるのか分からない状況で、桜自身も、どう動けばいいのか定まってはいなかった。


たしかに、今になって考えれば、聞いておけばよかったと思う。カメリアも、ひまわりも、行方知れずになったきっかけを作ったのは、この男だった。


けれど、あの場でそんな余裕があったとは思えない。


それに、これは直感でしかないのかもしれないが、そもそもクロザールは、この結界の存在を知らなかった。ほかの者の行方まで把握しているようにも思えなかった。


第一、もし分かっていたとしても、答えはしないだろう。


「そうですか……」


神官がうなずいた、そのときだった。





――神殿の入口から、ひとりの男が入ってきた。


服はところどころ汚れ、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。歩けてはいるものの、足取りは重かった。


「……マティアスさん?」


神官たちが驚いた声を上げる。


「戻られたのですか!」


マティアスと呼ばれた神官は、苦しそうに息を整えた。

中年の細身の男で、長旅にはあまり向いていないように見える。


楓花やクロザールたちと同じく、危険回避の結界(エヴァトラン・クスト)によって光の中へ消えた神官の一人だった。


「ええ……なんとか」


回復の魔法で傷そのものは治っていたが、魔物に襲われたあとも、王都ルフトブルクからここまで徒歩で戻ってきたという。傷が癒えても、疲労までは消えない。


桜は心配そうに近づいた。


「大丈夫?」


「はい。傷はもう問題ありません。ただ……少し疲れました」


そう言って、マティアスは苦笑した。


彼の話によれば、結界によって飛ばされた先は、王都だったという。

しかも、もう一人の神官とともに、王宮の宝物庫の中へ。


二人はすぐに巡回していた兵士たちに見つかった。


事情を説明したものの、突然、宝物庫に現れた人間の言葉を、兵士たちがそのまま信じるわけにはいかなかった。


兵士たちにも、神官姿の二人の説明は、それなりに辻褄が合っているように思えた。だが、魔法そのものに詳しいわけではない。突然、宝物庫の中に現れたという話を、簡単に信じるわけにもいかなかった。


そもそも、神官の二人自身も、自分たちが置かれている状況を正確に説明することができなかった。


――もし本当に宝物を狙って侵入したのであれば、二人を待っているのは極刑である。


だからこそ、兵士たちも簡単には決めつけられなかった。


結局、兵士たちは兵士長に相談し、判断を仰いだという。


「……それで、一人は王都に残り、もう一人がこちらへ戻ってきたのですね」


楓花が確認する。


つまり、残された一人が人質というわけだ。


「はい。神官長に、私たちが神官であることと、今回のことが意図したものではないことを証明していただければ、それでいいということになりました」


「なるほど」


楓花はうなずいた。


マティアスはといえば、その神官長も、自分たちと同じく行方知れずになっていると聞かされ、どうするべきか迷っている状況であった。


桜はそこで、ふと顔を上げた。


「その兵士長って……たしか、ディートリヒと?」


「はい。ルフトブルクの兵士長というのはディートリヒ殿だと思います。直接は話をしていないので、わかりませんが」


「ああ……私の父だね」


桜が何気なく言った。


マティアスの目が、わずかに見開かれた。


「お父上が……?」


「うん。それなら、神官長じゃなくても、私が説明すればいいんだね」


桜はそう言って、楓花を見る。


「王都へ行こう」


「はい。そうしましょう」


しかし、そこでマティアスが申し訳なさそうに頭を下げた。


ディートリヒがこのクヴェル村にしばしば滞在していたことは、マティアスも知っていた。実際に会ったことはない。それもあって、王都で兵士長の名前を聞いたとき、それが桜の父であることには気づかなかった。


もし気づいていれば、直接会って事情を説明することもできたのかもしれない。


そう思うと、少し悔やまれた。


「……申し訳ない」


「マティアスさん?」


「私は……同行できそうにありません」


神殿に残っていた神官が、静かに口を開いた。もちろん、マティアスの身体を気遣ってのことだ。


「祭殿の間も壊れたまま。神官長もいない。なんとか別の場所で再開したばかりで、人手を割ける余裕もない……これもやむを得ない」


その言葉を聞いて、ひとりの女性神官が前へ出た。


神殿の受付を務めている、二十歳の神官だった。黒に近い青紫の髪をきちんと整え、穏やかな表情を浮かべている。派手さはないが、身なりはきちんとしており、真面目で几帳面な性格がうかがえた。


「それでしたら、私が同行します」


女性神官――ハンナは穏やかに言った。


「まさか十五歳の少女二人だけで、王都まで行かせるつもりですか」


「ハンナさん……」


マティアスが顔を上げる。


「お気になさらないでください。マティアスさんは、ここで休んでいてください。この場は私よりマティアスさんのほうが仕切れますので」


ハンナはそう言うと、桜たちへ向き直った。


「では、夜が明けたら参りましょう」


こうして、桜と楓花、そしてハンナは、ルフトブルクへ向かうことになった。


妖精ルフェルンは桜の肩の上で、黙ってそのやり取りを聞いていた。

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