10 静かなる対峙
【現在のステータス】
桜 LV 6(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 5(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
【現在の場所】地上の古代遺跡
闇のつるぎが納められていた礼拝堂――。
仮面の男は、天井の穴からこちらを覗き込んでいる桜と楓花へ目を向けた。
その手には、先ほど台座から抜き取った闇のつるぎが握られている。
その横に立つクロザールが、二人を見上げて口元に笑みを浮かべた。
「また会ったな、お嬢ちゃんたち。偶然ってことは、もうないんでしょうな。旦那、どうします?」
クロザールは、仮面の男の表情をうかがった。
だが、その答えは無言だった。
「……やっぱり、見逃すんですかい?」
洞窟で出会ったときも、その先の地下の古代遺跡で出会ったときも、仮面の男は結局、桜たちを見逃している。
今回も、答えるまでもないということなのだろう。
その甘さを、クロザールは苦々しく思っていた。
だが、それを口にすることはない。
かわりに、天井のほうへ話しかけた。
「お嬢ちゃん、ひょっとして、闇のつるぎも手に入れようとして、ここまで追ってきたのか?」
桜たちは答えなかった。
だが、その言葉に仮面の男が反応した。
「闇のつるぎも」――。
その一言が、妙に引っかかった。
仮面の男は、何かに思い当たったように桜を見上げる。
するどい眼光が、まっすぐに射し込んできた。
そして、ふと気づいたように口を開いた。
「光のつるぎは、あなたが手に入れたのか」
桜の腰にある剣は、ここからでは見えるはずもない。
それでも、仮面の男は何かを感じ取ったかのように、そう尋ねた。
桜は思わず、腰にあるつるぎの柄へ手を当てた。
光のつるぎ。
桜は言葉を出すことをためらった。
だが、その動きを確認すると、仮面の男は不意にクロザールへ視線を戻した。
ひとつの疑惑が、確信に変わった。
「ところで、今さら確認するが、いつ、この娘が光のつるぎを手に入れたことを知ったのだ?」
「……?」
クロザールの笑みが、ほんのわずかに止まる。
「そういう芝居は、私としても時間の無駄だ。さきほども言ったが、いちいちおぬしのことを詮索するつもりはない。だが、せめて必要な情報くらいは教えてほしいものだ」
仮面の男は、手にした闇のつるぎへ目を落とした。
「まあ、よい。闇のつるぎのほうは手に入った」
その刀身を見つめる。
「光のつるぎもそうだが、この剣は人を選ぶという。私は闇のつるぎに選ばれたということだ」
そこで、わずかに間を置いた。
「だが、なぜ光のつるぎのほうは、この娘を選んだのか……興味はある」
そこまで言って、仮面の男は口を閉じた。
自分ではなく、なぜ、この少女なのか。
それも、いずれ考える必要があるだろう。
しかし、それと同時に、余計なことまで話した――そう思ったのかもしれない。
クロザールも、まだ何かを隠している。
自分が闇のつるぎを抜いたとき、この男は、ほかの何かを期待するような表情を見せた。光のつるぎが抜かれていることを知っていたのだから、両方の剣が抜かれたことに、何か意味があったということだろうか。
いや。
今は、これ以上考えても答えは出ないだろう。
闇のつるぎは手に入った。
その成果でよしとしよう。
ここまでに得たものを整理すれば、急いで答えを求める必要もない。
仮面の男は、闇のつるぎを握り直した。
桜と楓花は、このまま、仮面の男がいる下へ降りるわけにはいかなかった。かりに呼ばれたとしても、危険が増すだけである。
さきほどのゴーレムとの戦いを目の当たりにした今となっては、階層が違うことなど、仮面の男からすれば障壁にすらならないように思えた。
いまはクロザールが何かをけしかけようとしても、仮面の男が二人に手を出そうとはしない。大人の対応といったところなのだろうか。だが、その態度が、この先も変わらないという保証はどこにもなかった。
「ここを離れようか」
楓花がそう提案した。
「うん」
桜も異論はなかった。
仮面の男が闇のつるぎを手に入れるために、この遺跡を探していた。そして、実際にそれを手に入れた。そのことが確認できただけでも、桜の中では何かが腑に落ちたような気がしていた。
「それに、ひょっとしたら、まだ小屋で、あのおじさんと娘さんが待っているかもしれないし」
そう言って、二人はこの場所を離れた。来たときよりも少し足を速めながら、古代遺跡をあとにする。
二人のあとを追うように、ルフェルンも桜の肩の少し上を浮かんでいた。
――結局、仮面の男は追ってこなかった。
二人は迷いの森の中を走る、入り組んだ道を戻っていった。
すでに一度、往復した道である。険しい森の中とはいえ、来た道を戻るだけなら迷うこともなかったし、楓花が木々につけておいた目印も役に立った。
もっとも、森のほうが二人を素直に帰してくれるつもりだったわけではない。
途中、木の上から三匹の巨森猿が襲いかかってきた。
三匹はそれぞれ別の方向から飛びかかり、互いの動きを補うように桜と楓花を追い詰めようとする。以前、桜が一人で戦った個体よりも小柄ではあったが、三匹が同時に動けば、それなりの脅威だった。
だが、桜は慌てなかった。いまは一人ではない。隣に楓花がいる。
一匹が正面から飛び込んできた。桜は身体をずらしてかわし、その勢いが落ちるより早く、兵士の剣を振り抜く。斬撃を受けた巨森猿が地面へ転がった。
残る二匹が、ほとんど同時に楓花へ向きを変える。
楓花は後ろへ下がるのではなく、一匹を誘うように身体をかわした。もう一匹がその横を抜けようとした瞬間、手にしたルミナスナイフが閃く。
「そこ」
短い声とともに急所を突かれ、一匹が倒れる。
もう一匹も続けて襲いかかってきたが、楓花はその動きを見切り、身をひねるようにかわした。次の瞬間には、懐へ入り込んでいた。
ルミナスナイフが、再び閃く。
三匹が倒れるまで、それほど時間はかからなかった。
いくつかの実戦を経て、二人の動きも滑らかで理にかなったものとなっていた。間合いの取り方もうまくなり、自分の動きだけで精一杯になるような慌ただしさもない。
桜が一匹を引き受けているあいだに、楓花が残る二匹の動きを見ている。楓花が一匹をかわしたときには、桜もまた、もう一匹の動きを邪魔しない位置へと移っている。
言葉を交わさなくても、互いがどこにいるのか分かっていた。
これまでの戦いで身につけてきたものが、いつの間にか二人の動きを噛み合わせていた。
―――やがて、二人は森の中の小屋へたどり着いた。
しかし、そこにはもう、あの老人と娘の姿はなかった。
桜たちへの礼も渡し、別れも済ませている。二人にとって、もうこの森に留まる理由はない。魔物や野獣が出る場所でもある。桜たちが戻ってくるのを待つより、先に森を出ることを選んだのだろう。
「無事に森から出ていればいいんだけど」
桜がそう言うと、楓花もうなずいた。
そして、ふと手元に目を落とす。
「……それで、いくら頂いたのだろう」
楓花は、受け取った小さな包みを開いた。
妻の形見であるペンダントを、追い剥ぎの男から取り戻したことへの礼だった。
中には、金貨が一枚と銀貨が二枚入っていた。
「金貨一枚と銀貨二枚」
そう口にした楓花の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
老人が手持ちの金から工面したものなのだろう。金貨一枚は銀貨十枚、銅貨百枚に相当する。金貨一枚であれば、庶民なら半月ほどの生活をまかなえる。学生である二人にとっては、いわゆる大金だった。
「ふーん。さっそく開けたんだ」
桜が、少しからかうように言った。
「確認しただけだ」
「ほんとかなあ?」
桜にも同じように包みが渡されている。中身も同額なのだろう。わざわざ開けなくても、手にした感触で、なんとなく分かっていた。
「桜だって気になっているでしょう」
「まあね」
桜は笑った。
そのときだった。
「よかったね。これでおいしいものが食べられそうじゃ」
肩の少し上から、ルフェルンの声がした。
桜は、思わずそちらを見上げた。
「いつもの調子だね。やっぱり、おなかがすいてたの?」
「……」
ルフェルンは、少しだけ困ったような顔をした。
その様子を見て、桜はなんとなく安心した。
さっきまで、ずっと黙っていたからだ。
「でも、いったいルフェルンは、何を食べて生きているの?」
桜が尋ねた。以前から、聞いてみたかったことだった。
「……夜露だ」
ルフェルンは、少し照れたように答えた。
「ふーん。本当かなあ。それだけじゃ、身体が持たないよ。まあ、小さい身体だしなあ」
桜が笑う。
「それじゃ、おいしいものっていっても、高価な水ってことになるのかなあ。どういう水かわからないけど……。あ、そうだ。このあたりの水、おいしそうだし。だったら、このまま森にいたほうがいいのかな」
そのやり取りを、楓花は不思議そうに眺めていた。
「……何を話しているの?」
もちろん、楓花にはルフェルンの姿も、その声も聞こえていない。
「うらやましいの?」
桜が言った。
「何が?」
「私が見えない妖精と話せること」
「……不思議だと思っただけだ」
楓花はそう言って、わずかに苦笑した。
それ以上は興味がないというように、手元の包みへ視線を戻す。
仮面の男とクロザールと、途中で出くわす可能性がないわけではなかった。それでも、古代遺跡で張りつめていた緊張からようやく離れたことで、二人――いや、ルフェルンを加えれば三人のあいだにも、久しぶりに穏やかな空気が戻ってきていた。
やがて三人は小屋をあとにし、迷いの森を抜けて、外の世界へ戻っていった。




