9 仮面の男と闇のつるぎ
【現在のステータス】
桜 LV 6(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 5(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
【現在の場所】地上の古代遺跡
迷いの森に隠されていた古代遺跡への道が開かれたあと、仮面の男とクロザールを追うようにして、桜と楓花は神殿の入口をくぐった。
そして二人の男が去っていった先にある広い空間へ、足音を忍ばせながら進んでいく。
一昨日、桜たちが訪れた地下の古代遺跡の床や壁にも、音や気配を吸い込むような効果があった。
ここも同じだった。
ただ、完全に音が消えるわけではない。
足音も、衣服が擦れる音も、かすかに残る。
それでも、周囲の静けさが保たれていることに変わりはなかった。
――やはり、同じ遺跡なのだろうか。
そこにあったのは、一枚の大きな石碑と、その足元に置かれた空の石棺だった。
「……なんの石碑?」
桜が小さく呟いた。
隣では楓花が、石碑の表面に刻まれた文字をじっと見つめている。
見たことのない文字らしく、しばらく眺めても首を傾げるばかりだった。
――もし、この場にカメリアがいれば、もっと違う展開になったのかもしれない。
そういえば、仮面の男とクロザールは、この前で何かを話していた。
距離があってよく聞こえなかったが、「ユディス」「光のつるぎ」「闇のつるぎ」という言葉が、かすかに聞こえてきた。
桜は気になることがあり、鞄――カメリアの姉のリゼットから預かった、古びた革製の肩掛け鞄――から、光のつるぎを取り出してみた。
楓花は驚いた。
だが、楓花が驚いたのは光のつるぎのほうではない。この鞄のほうだった。
詰め込めばなんでも入る魔法の鞄――いったい、どういう仕組みになっているのだろう。
桜は、そんな楓花をよそに、あらためて光のつるぎを見つめた。
この剣には、どんな由来があるのだろう。
考えてみても、一般的な古代文字でさえ、授業で教わるときにしか目にしない桜には、この石碑の文書から何かの答えを導き出せそうにはなかった。
――桜は、光のつるぎを腰に下げた。
ここでは、なにかのお守りになるのだろうか。
なんの根拠もないことだが、石碑にその名が記されているからには、何かあるのかもしれない。
肩の少し上に浮かんでいる妖精のルフェルンが、黙ったままだ。
ひょっとして、石碑の文字を解読できるのか。
妖精なのだから、そういうことができてもおかしくないような気がする。もっとも、それは言いがかりの類なのかもしれない。
「……ルフェルン?」
呼びかけると、赤い髪がかすかに揺れた。
「どうしたの?」
しばらくして、ルフェルンがこちらを向く。
「……なんでもない」
「本当かなあ。さっきからおかしいよ。おなかがすいているとか」
ふと思えば、妖精は何を食べているのだろう。
以前、カメリアから花蜜や夜露などを口にするのだと聞いたことがある。
それならいかにも妖精らしくて少し夢があるけれど、学校の授業では、妖精の食性について昆虫や小動物などを挙げていたような気もする。
もっとも、目の前にいるルフェルンが昆虫を食べている姿だけは、どうにも想像できなかった。
「……?」
ルフェルンは、何とも言えない苦笑のような表情を浮かべると、再び石碑と石棺のほうへ視線を戻した。
桜は、そんなルフェルンを少し眺めた。
仮面の男は、石碑と石棺のあった空間から離れると、奥へ続く通路へと歩いていった。
クロザールも、その後ろをついていく。
やがて二人は、行き止まりと思われる部屋へと入っていった。
仮面の男は壁面をしばらく眺めたあと、その一角にある小さなくぼみを見つけると、指を差し入れ、ためらいなく押し込んだ。
そこにくぼみがあることを、どこかの文献から得た情報なのだろうか。
その動きに迷いがなかった。
背後から遠目に見ているだけの桜には、これほどまでに遺跡のことを知っている仮面の男が、少し不気味にも思えた。はじめてここを訪れたのだとすれば、よほど念入りに調べてきたに違いない。
――すると足元から低い音が響き、石の床がゆっくりと沈み込んで、その下に人ひとりが入れるほどの穴が現れた。
「これは……」
クロザールが穴を覗き込む。
「隠し通路だ……落とし穴というべきか」
仮面の男は床下を確かめると、迷うことなく穴の中へ身を滑らせた。
クロザールも一瞬ためらったものの、すぐにそのあとを追っていく。
距離を取って見ていた桜と楓花は顔を見合わせた。
「……下に行った?」
楓花はそう呟くと、床に開いた穴から下を覗き込んだ。
その先には、ひとつ下の階層があった。
魔法灯の淡い光が、薄暗い部屋を照らしている。正面には女神像、その前に祭壇と台座があり、長椅子が左右に並んでいた。
「……ここ、一昨日の」
桜も隣から覗き込んで、すぐに気づいた。
見覚えがある。
一昨日、四人で訪れた地下の古代遺跡。そのときに見た、光のつるぎが納められていた礼拝堂とよく似ている。
ただ、こちらの台座に置かれているのは光のつるぎではなかった。そもそも、光のつるぎはすでに桜自身の手によって抜かれている。いまは、戦いのときに使う兵士の剣と並べて、腰に下げている。
では、もうひとつの礼拝堂か。
その礼拝堂にあった剣は、刀身の周囲だけが妙に暗く、まるで闇そのものがそこにまとわりついているように見えた。
薄暗い部屋を照らす魔法灯の光さえ吸い込んでしまうかのような、その異様な剣を、桜たちは一昨日、目にしていた。
闇のつるぎ。
仮面の男は祭壇中央の台座まで歩み寄ると、剣の柄を握った。
しばらくそのまま手を止め、柄の感触を確かめるように指をわずかに動かす。
「光のつるぎには嫌われたが、闇のつるぎには認められたわけか……まあ、私らしいか」
自嘲をにじませるようにそう呟くと、仮面の男はゆっくりと剣を引き抜いた。
その動きには、力を込めた様子がなかった。
長いあいだ台座に収められていた剣は、まるで最初から抜かれることを知っていたかのように、何の抵抗もなく静かにその場所を離れていく。
やがて、闇のつるぎが完全に姿を現した。
それを見届けた、次の瞬間だった。
クロザールが、突然――彼以外の者が見れば、そう思えたであろう。闇のつるぎではなく、部屋の周囲を見渡しはじめた。
まるで、何かを待っているような笑みを浮かべている。
上から様子を見ていた桜は、思わず目を見開いた。
隣では楓花も、不審そうにクロザールを見つめている。
一方の仮面の男も、何事かとクロザールへ顔を向けた。この男でも、一瞬だけとはいえ、平常心を揺らがせることがあるらしい。
「何があった?」
この問いかけに、クロザールは答えなかった。
ただ、周囲を見回しつづけている。
けれど、何も起こらない。
礼拝堂は静かなままだった。
床が揺れることも、壁が崩れることもなく、魔法灯の淡い光が、何事もなかったかのように二人の男と祭壇を照らしている。その光を受けた創生の女神クレアの像も、ただ静かにほほ笑んでいるだけだった。
「……どうして?」
クロザールの笑みが消えた。
「なぜ……?」
その様子を見て、桜は背筋に小さな寒気を覚えた。
――この男が、はじまりの神殿に持ち込んだ魔法の小箱――漆黒の魔石箱が引き金となって、楓花自身も飛ばされ、カメリアもひまわりもいまだ行方知れずなのだ。
まさに憎むべき男であった。それでも、このときばかりは、なぜか哀れささえ感じた。
そして、桜の肩の少し上では、妖精のルフェルンがじっと下の礼拝堂を見つめていた。
相変わらず、何も言わない。
けれど、その小さな身体が、ほんのわずかに強張っているように見えた。
仮面の男は、手にした闇のつるぎへ一度だけ視線を落とした。
それから、ふたたびクロザールを見る。
「何かを期待していたようだな」
その言葉に、クロザールは一瞬だけ黙った。
だが、次の瞬間には、いつもの調子を取り戻していた。
「そう見えましたか? 闇のつるぎを手に入れられたのですから、まずは、おめでとうございます」
さっきまでの動揺が嘘だったかのように、口元にはいつもの笑みが戻っている。
仮面の男は、それ以上何も言わなかった。
もともとクロザールを信用しているわけではない様子だった。やはり、問いただしたところ、まともな答えが返ってくるとは思えなかったのだろう。
――そうしたやりとりがあった、その直後のことである。
部屋の扉の向こうから、石を引きずるような音が聞こえてきた。
ズ……。
続いて、低い振動が床を伝わってくる。
二人の男が、同時にそちらへ顔を向けた。
仮面の男は、闇のつるぎを手にしたまま扉へ歩いていく。
そして、扉の前で足を止めた。
一昨日、開かなかった扉だった。
だが――。
仮面の男が手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いた。
桜には、その理由が分かっていた。楓花とカメリアが、すでにこの扉を開錠していたからだ。もちろん、仮面の男がそれを知るはずもない。
「……?」
仮面の男の動きが、一瞬だけ止まる。
その扉を開けたのが、合図になったのだろうか。
何かがこの部屋へ入り込もうとする気配を、桜は感じ取った。
その向こうに現れたものを見て、桜は息を呑んだ。
巨大な石の腕だった。
続いて、その腕の持ち主が姿を現す。
「……石巨人」
一昨日、桜たち四人が激闘の末に倒した、あの石巨人だった。
ただ、今度は様子が違う。
一昨日は、この先の広い通路で戦った。今回は、狭い扉からこの部屋へ入り込もうとしている。
石巨人の巨体に対して、扉はあまりにも小さかった。人が通るためのものなのだろう。大人が一人、余裕をもって通れる程度の幅しかない。
その狭い入口へ、石巨人は身体を押し込むようにして入ってくる。
大きな肩をかがめ、石の身体を横へ向けながら、無理やり入り口をくぐっていく。肩や腕が壁に擦れるたび、古い石壁から細かな欠片がこぼれ落ちた。
それでも石巨人は止まらない。
巨体をさらに低く屈め、礼拝堂の中へと入り込んでくる。
その姿を見ながら、桜は一昨日の戦いを思い出していた。
――あれだけ苦労して倒した相手なのに、やはり復活していたのだ。
いま、石巨人が向かい合っているのは、仮面の男だ。その光景だけは、はっきりと見えていた。
仮面の男は、迫ってくる石巨人を静かに見上げていた。
そして、手にしていた闇のつるぎを床へ置く。
まるで、これから始まることには必要ないとでもいうように、あまりにも自然な動作だった。
――闇のつるぎもまた、光のつるぎと同じく、本来のあるべき力を失っているのか。
そんな疑念が、一瞬だけ頭をよぎる。
次いで、腰の長剣へ手を伸ばす。
その動作には、慌てた様子が少しもない。
石巨人が一歩踏み出した。
次の瞬間、巨体に似合わぬ速さで右腕を大きく振り上げ、そのまま仮面の男へ叩きつける。
だが、男の姿はそこにはなかった。
身をかわした仮面の男は、攻撃の勢いを利用するように一歩踏み込み、長剣を鋭く走らせた。
石でできているはずの首が、すっと切れる。
頭部が胴体から離れ、重い音を立てて床へ落ちた。
それでも石巨人は止まらなかった。――一昨日、桜たちが戦ったときもそうだった。あのときも、ひまわりの魔法攻撃で頭部を吹き飛ばされたあとも、なお立ち続けていた。
首を失った巨体が、よろめきながら左腕を振り回す。
仮面の男は、その一撃も紙一重でかわした。
そして、振り抜かれた腕へ足を乗せる。
まるで階段でも上るような自然な動きでその腕を駆け上がると、長剣を大きく振りかぶった。
刃が、首のあったところから真っすぐに走る。
石の巨体が、縦に両断された。恐るべき剛剣であった。
二つに分かれた石巨人は、轟音とともに床へ崩れ落ちる。
桜は、しばらく言葉が出なかった。
自分たちがどれほど苦労して倒した相手だったかを思えば、今目の前で起きたことが、同じ石の化け物との戦いだとは思えない。
仮面の男は、そんな桜の驚きなど知る由もなく、床へ置いた闇のつるぎを拾い上げた。
そして、何事もなかったかのように、ふと天井を見上げる。
「いつまで、そこで見ているんだ」
桜の身体が固まった。
「……二人か。ずっと私をつけてきたようだったが」
桜と楓花は、同時に顔を見合わせた。
気づかれていた。
いつからだったのだろう。
この遺跡に入ったときなのだろうか。それとも、もっと前からだったのか。
そんなことを考えている場合ではない。
桜は穴の下にいる仮面の男を見つめながら、これからどうするべきかを必死に考えた。




