7 古代遺跡
【現在のステータス】
桜 LV 6(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 5(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
【現在の場所】迷いの森
迷いの森の中で入り組んだ道を抜けていくと、前方に二つの人影が見えてきた。
一人は黒い外套をまとい、顔には白い仮面をつけた青年だった。仮面に隠され、実際の年齢はうかがい知れない。だが、その立ち姿には妙に落ち着いたところがあり、周囲の状況をすべて見通しているかのような静かな威圧感があった。
その少し後ろを歩くのは、三十代前半ほどの男――クロザールである。
彼もまた、楓花と同じく、はじまりの神殿で危険回避の結界によって飛ばされたはずだが、どうやら無事だったらしい。
仮面の男とは対照的に、どこか気の抜けたような笑みを浮かべている。軽口を叩くことにも慣れているようだが、ときおり見せる目には油断がなく、その軽さが本心なのかどうかはわからない。
桜と楓花は、二人を見失わない程度の距離を保ちながら、木の陰を選んで後を追った。幸い、今のところ二人はこちらの存在に気づいていないようだった。もっとも、それすら相手がそう思わせているだけなのかもしれず、二人とも決して油断はしなかった。
やがて、見覚えのある場所が近づいてきた。
先ほど、仮面の男たちが「道がない」と立ち止まっていた場所だった。相変わらず木々は密集し、その先には道らしいものなどどこにも見えない。
追い剥ぎの男は、もう姿を消しているようである。
「……また、ここやね」
桜が小声で言うと、楓花も頷いた。
そのとき、前方でクロザールが懐から何かを取り出した。
あの木彫りの像だった。
小屋から持ち去った、生命の神ヴィータの像である。
「何をするつもりだ」
楓花の声がわずかに低くなる。
仮面の男はクロザールから像を受け取ると、何かを確かめるようにしばらく眺め、それから静かに腕を上げた。
小さなヴィータ像が頭上へ掲げられる。その両目には、黒真珠のように輝く石が埋め込まれていた。
森の中には、木々の葉を透かして淡い光が差し込んでいた。
その光が像の両目に埋め込まれた黒い石を捉えたとき、二つの石が一瞬だけ鋭く光った。
次いで、森の奥から低い音が響いた。
「……ん?」
クロザールが顔を上げる。
風ではない。地の底から響いてくるような、何かが軋む音だった。
耳を澄ませているうちに、その音は少しずつ大きくなり、やがて目の前に立っていた一本の木が、ゆっくりと動き始めた。
それを見たクロザールが、思わず一歩後ろへ退く。
だが、動いたのは一本だけではなかった。
その隣の木も、さらにその奥に立つ木々も、長い年月のあいだそこに根を張っていたことなど忘れてしまったかのように、わずかずつ位置を変えていく。太い枝と枝が擦れ合い、葉がざわめくたびに、地面の下では張り巡らされた根までもが軋んでいるらしい。
森そのものが、ゆっくりと身じろぎしているようだった。
そして、道を塞いでいた木々が左右へ開き始めた。
「これは……」
クロザールが呟く。
木々の向こうに、これまで隠されていた細い道が現れていく。
森の奥へ向かって続くその道は、最初からそこに存在していたのに、木々によって覆い隠されていたかのようだった。
桜は思わず息を呑んだ。
「……木が、動いた」
楓花も目の前の光景から目を離さない。
「像を掲げた直後に動き始めた」
その声には驚きだけではなく、仕組みを確かめようとするときの、いつもの好奇心が滲んでいた。
一方、クロザールは開かれていく道をしばらく呆然と眺めていた。
「いやはや……これは驚きましたね」
仮面の男は何も答えなかった。
白い仮面に覆われた顔からは、驚いているのか、あるいはこうなることを予想していたのか、その表情をうかがうことはできない。
ただ、手にした像を静かに下ろすと、何事もなかったように開かれた道へ歩き始めた。
「旦那、お待ちを」
クロザールが後を追う。
しばらく歩いたところで、クロザールが改めて口を開いた。
「さすが旦那。よく、あの地図から紐解きましたね。それに、どうして、あの小屋にこの像があると?」
仮面の男は歩みを止めなかった。手にしたヴィータ像へ一度だけ目を落とす。
「地図に付記されていたのは、この地方で使われていた古代文字だ。そこには、この森の中にあるヴィータ像が鍵になるとあった」
「なるほど」
「だが、この森の中にはヴィータを祀る祠が見当たらなかった。ならば、あの小屋に残されているのではないかと考えた」
クロザールは、少し意外そうに眉を上げた。
「しかし、それだけの情報から、よくあの小屋までたどり着きましたな」
「まあ、そこに人がいたのは計算違いだったがな」
仮面の男は、さして興味もなさそうに言った。
クロザールは小さく笑いながら、その後を歩く。
「それにしても、あの古代文字まで読めるとは。さすが旦那ですね」
仮面の男は歩みを止めず、前を向いたまま答えた。
「だが、そういう文字を読むのは専門ではなかったのか。それを見落としたのは……それとも、私を試したのか」
その声には責めるような響きはなかった。ただ、相手の真意を確かめるような、静かな問いかけだった。
「いやいや。とんでもない」
クロザールは両手を軽く広げると、いかにも心外だと言わんばかりに笑った。
「旦那がすごいだけですよ。古代文字といっても種類が多い。私も、そこまで精通しているわけではありませんからね」
そう言って、クロザールは肩をすくめた。
その仕草には、恐縮しているようでいて、どこか人を食ったような軽さがあった。
桜と楓花は、二人の姿が木々の向こうへ消えていくのを待った。
「……行こうか」
「はい」
やがて二人も木陰から姿を現し、開かれた道へと足を踏み入れる。
もちろん、桜の肩の上には、赤く透ける髪の小さな妖精も浮かんでいる。
先に進む仮面の男とクロザールとの距離は、十分に保っておかなくてはならない。
どこかに身を隠して待ち伏せし、不意打ちを仕掛けてくる可能性もないわけではなかったが、不思議なことに、あの仮面の男がそういうことをする人物ではないという妙な確信が、二人にはあった。
それでも警戒を解くことなく、二人は木々の間を進んでいく。
森の薄暗い光の中を歩くたび、桜の長い黒髪が肩から背へと静かに揺れた。
その隣では、小柄な楓花が眼鏡越しに周囲へ視線を走らせている。
低い位置でまとめた黒髪のお団子が歩みに合わせてわずかに揺れ、その琥珀色の瞳は、道そのものだけでなく、足元の土や木々の様子まで細かく追っていた。
開かれた道を進むにつれ、森の様子が少しずつ変わっていった。
足元に石が増え、土の中からは四角く切り出された石材がところどころ顔を覗かせている。やがて苔に覆われた階段が現れ、その先には、太い木の根に抱かれるようにして古びた石柱が立っていた。
桜は、自然と歩みを緩めた。
「……これ」
楓花も足を止め、黙って周囲を見回す。
森の中に、人工物がある。
しかも、それは二人にとって見覚えのあるものだった。
さらに進んだところで、今度は巨大な石壁が二人の前に姿を現した。
壁の大部分は土に埋まり、太い木の根が何本も絡みついている。それでも、その石の造りや、表面に刻まれた飾り気の少ない模様を、二人ははっきりと覚えていた。
クヴェル村にある、はじまりの神殿。
その地下にあったもの――そう、あの地下の古代遺跡で見たものと同じだった。
あのときは、桜、楓花、カメリア、ひまわりの四人で洞窟の奥へ進み、その先にあった地下の古代遺跡を抜け、さらに隠し階段を見つけて、はじまりの神殿にある地下倉庫へと出たのだ。
「……古代遺跡」
楓花が静かに呟いた。
桜は答えず、目の前に広がる光景を見つめていた。
壁も、石柱も、階段も、長い年月のあいだに少しずつ土に埋まり、その上から木々が根を伸ばしている。かつてそこに建っていたものが、そのまま森に呑み込まれ、地中へ沈んでいったかのようだった。
桜の脳裏に、あの地下の古代遺跡の光景がよみがえる。
「……じゃあ、あれは……」
その先の言葉が続かなかった。
楓花も、同じことに気づいたらしい。
「もしかして、地下にあったのではなく……」
少し間を置いて、楓花が続ける。
「この森の中にあった遺跡が、長い年月のあいだに森に呑み込まれて、沈んでいったんですね」
桜は、ゆっくりと頷いた。
もちろん、それはまだ彼女の直感にすぎない。
まったく別の遺跡が存在し、それが同じ年代に造られ、同じような造りをしていたという可能性だってある。
けれど、この迷いの森はクヴェル村の周囲を覆う深い森の奥深くまで入り組んでおり、二人がいま立っている場所も、かつて地下遺跡を見つけた場所と重なるように思えた。
道が複雑に入り組んでいる以上、見当違いの場所にたどり着いている可能性もないとは言い切れない。それでも、地図を見ることに慣れている桜には、ここがまったく別の場所だとはどうしても思えなかった。
それに、この周辺は窪地になっている。森の中へ進むにつれて、地面は明らかに低くなっていた。つまり、ここはクヴェル村よりも低い位置にあるはずだ。
いくつもの記憶と、目の前にある地形が、少しずつ一つにつながっていく。
やはり、そうなのだ。
森の奥には、古代神殿の入口があった。
かつて二人が地下深くで見つけたものと同じ時代の建造物が、今度は森の中で、その姿を半ば地中に埋めたまま、長い眠りから目を覚ますことなく静かに残されている。
ふと、二人は同時に思った。
こういうとき、カメリアがいれば、いったい何と説明しただろう。
古文書に精通し、古代の歴史や魔法について調べている彼女なら、これが何なのか、なぜこのような姿になっているのか、すぐに答えを出せなかったとしても、少なくとも何かしらの手がかりを示してくれたはずだ。
――だが、いま彼女はいない。
そのことを改めて思いながら、二人は目の前の入口を見つめた。
そして、その入口の向こうへ、先ほどの二人の姿が消えていった。
桜は剣の柄へ手を添えた。
楓花も短剣へ手を伸ばす。
ここから先に何が待っているのか、二人はまだ知らない。
その桜の肩の上では、妖精のルフェルンがいつものように浮かんでいた。
けれど、彼女にしては珍しく、何も口にしない。
赤く透けるような髪が森の薄暗い光の中でかすかに揺れ、小さな翼だけが静かに動いている。
ただ、森の中から姿を現した古代遺跡を、じっと覗き込むように見つめていた。




