5 二人の追跡
【現在のステータス】
桜 LV 5(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 4(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
【現在の場所】迷いの森
桜と楓花によって人面樹が倒されると、舞い上がった土煙が木々の間へゆっくりと消えていき、それとともに、さきほどまで激しい戦いの気配に満ちていた森にも、再び静けさが戻ってきた。
二人はその場で少し休みながら、はじまりの神殿で離れてから再会するまでのことを、互いに簡単に話した。
祭壇の間では、仮面の男に付き従っていた男が持ち込んだ漆黒の魔石箱によって、危険を回避するための結界が作動したこと。その結果、その場にいた楓花だけでなく、カメリア、ひまわり、王女の家庭教師兼付き人であるイリス、さらに三人の神官と、あの付き人の男までもが、どこかへ転移してしまったこと。
――王女リディアと、桜だけをその場に残して。
桜は、いったんブルーメンの町へ戻り、楓花、カメリア、ひまわりを探しに出たこと。そして、楓花らしい人物を見たという情報をもとに、この迷いの森へ入ったことを話した。
一方の楓花は、結界によって近くの祠へ飛ばされたという。そして、そこで出会った老人から、盗まれたサファイアのペンダントを取り戻してほしいと頼まれ、逃げた追い剥ぎを追って迷いの森へ入ったのだという。
その話は、先ほど桜が老人の娘から聞いたものとも一致していた。
「じゃあ、まだ見つかってないんやね」
「はい。途中で見失いました」
「そっか」
桜は少し考えるように森の奥へ目を向けた。
「じゃあ、もう少し探してみようか」
「追い剥ぎを?」
「うん。大事なものなんやろ?」
「そうですね」
楓花はそう答えると、周囲の木々へ視線を走らせ、それからしゃがみ込んだ。
地面に残った足跡や、途中で折れた枝の状態をひとつずつ確かめながら、いくつかの痕跡を追っていく。
「こっちです」
「分かるの?」
「人の真新しい足跡があります。それと、折れた枝も新しいです」
「なるほど」
桜は感心したように笑うと、楓花が見つけた痕跡を追うように、その後について歩き出した。
「ふーん。見るところが、いちいち細かいね」
「はいはい」
「ふふっ」
そんなやり取りを交わしながら、二人は並んで森の奥へ進んでいった。
そのとき、桜の肩の上には、小さな妖精がちょこんと浮かんでいた。
赤く透き通った髪に、小さな翼。見た目だけなら七歳くらいの幼い少女にしか見えないルフェルンである。
けれど、桜はどうやら、その存在をすっかり忘れていた。
しばらく黙って二人のあとをついていたルフェルンも、とうとう我慢できなくなったらしい。
「おい。忘れていないか」
「……あ」
その声でようやく思い出した桜が足を止める。
「ごめん。ごめん」
「ん? どうした?」
振り返った楓花に、桜は自分の肩を指さした。
「この肩の上の妖精、見える?」
楓花は桜の肩へ目を向けた。
そこに何かいるのだろうという桜の言葉を疑う様子はないものの、琥珀色の瞳は何もない空間をしばらく探るだけだった。
「まったくだな」
「やっぱり?」
「何もいません」
「そっかぁ」
桜は少し残念そうに肩の上を見上げた。
「この子、ずっとここにいるんよ」
「……ずっと?」
「うん。はじまりの神殿で会って、それからずっと一緒」
桜は、ルフェルンと出会った経緯や、これまで一緒に行動してきたことを、楓花に簡単に説明した。
話を聞きながら、楓花は何度か桜の肩のあたりへ目を向けたが、やはりそこには何も見えないらしい。
「なるほど……」
少し考えてから、楓花は桜のほうへ顔を戻した。
「ほかの人が言うならともかく。桜がいうなら信じるよ。でも、見えないよ」
「そうなんや」
桜がもう一度、肩の上を見る。
「ルフェルン、聞いた?」
「うむ。まったく失礼な話じゃな」
ルフェルンは見えていないことなど少しも気にしていないらしく、むしろ得意そうに胸を張った。
「わしほど由緒ある妖精を見落とすとは、見る目がないのう」
「……なんで威張ってるの?」
「さあな」
「しかたないね」
桜は小さく笑うと、今度こそ森の奥へ向き直った。
その肩の上では、ルフェルンが相変わらず胸を張っている。
やがて道は緩やかに下り始め、森の中にできた窪地の底へ差しかかっていった。
ただ、うっとうしいほど木々が生い茂っていることに変わりはない。
曲がりくねった道を進むにつれて地面は少しずつ低くなり、なんとなくではあるものの、クヴェル村の方向へ向かっているようにも思えた。
木々の間を抜けるたびに周囲の木立はさらに高く、さらに密になり、頭上を覆う枝葉の隙間から見えていた空も、いつの間にかほとんど見えなくなっていた。
桜は歩きながら、ふと思い出したように楓花へ尋ねた。
「うん。そういえば楓花は、ここに来たことあった?」
「私は小さい頃に、父に連れられて一度だけ」
「へぇー。じゃあ、道を覚えてるんや」
「道は、あまり。それに、ここまでは行ったことがあるかどうか……」
「そこは覚えてないんやね」
桜が小さく笑った、そのときだった。
二人は同時に足を止めた。
前方から、人の気配がする。
桜と楓花は顔を見合わせると、なかば本能的に道の脇にある木の陰へ身を寄せ、そこからそっと前方をうかがった。
少し離れた場所に、二人の男が立っている。
一人は黒い外套に身を包み、白い仮面をつけていた。その半歩後ろには、以前と同じように男が付き従っている。
桜は目を細めた。
「……あの二人」
「はい。洞窟や地下神殿で会った人たち」
二人にとっては、あえて言葉にするまでもないことだった。
付き人の男とは、その後、はじまりの神殿の祭壇の間でも顔を合わせている。あのとき四人がばらばらになるきっかけをつくったのも、この男だった。
――ということは、この男も祭壇の間からどこかへ飛ばされたものの、それほど遠くには転移しなかったのだろうか。
楓花はそんなことを考えながら、隣にいる桜とともに、木の陰から男たちの様子をうかがっていた。
距離があるため、桜たちのところまで届く声は風に紛れ、会話の内容をすべて聞き取ることはできない。
「この先に、闇のつるぎがあるのだな?」
「そのとおりです。すでに調査済みです」
「調査済みといっても、実際には見ておらぬのであろう。どうせ文献や口伝えとやらをまとめた情報なのだろう?」
「これは手厳しい」
二人の視線の先には、険しい斜面と、道らしい道も見えない木立が広がっていた。
付き人の男がしばらく森の奥を眺めてから、困ったように首を傾げた。
「……道がない。そんなはずは……」
男はもう一度、木々の間を覗き込むと、懐から古びた地図を取り出した。
広げた紙と目の前の森とを交互に見比べながら、現在の位置を確かめるように指を動かしていく。
「文献では、たしかにこの先へ続いていたはずなのですが」
「それは、いつ頃の話だ?」
「……二百年ほど前、ですかね」
「ずいぶんと胡散臭い情報をつかまされたものだな」
付き人の男は苦笑した。
「調査不足、お許しください」
「あるいは、何かが足りないのか……」
仮面の男は、付き人の男が持っていた古びた地図を取り上げると、紙面へ目を落とした。
指で現在の位置を確かめるように地図を追いながら、森の様子と照らし合わせるように、ゆっくりと視線を走らせていく。地図には、なにやら文字らしきものも添えられていた。
「……ヴィータの像」
仮面の男が、小さく呟いた。
しばらく考え込んでいた仮面の男だったが、ふと、その動きがわずかに止まった。
古地図へ向けていた顔が、ほんの少しだけ横へ動く。
視線の先には、二人が立っている場所からさらに離れた一本の木があった。
付き人の男は、まだ気づいていない。
仮面の男は何も言わず、その木をじっと見つめていた。
やがて、付き人の男も主人の視線の先に何かを感じ取ったらしい。
「……ん?」
目を細め、木々の間を探る。
「なにやつだ」
その声に反応するように、一本の木の陰から男が飛び出した。
腰には三日月刀がある。
桜と楓花は思わず息をのんだ。
「……追い剥ぎ」
探していた男だった。
どうやら追い剥ぎは、仮面の男たちの近くにある木の陰へ身を潜めていたらしい。
桜たちとは別の方向にいたため、こちらの存在には気づかなかったのだろう。
突然姿を見つけられた追い剥ぎは、逃げ道を探すように周囲を見回したものの、やがて追い詰められたと思ったのか、腰の三日月刀を抜き放った。
「くそっ!」
男は、そのまま仮面の男へ突きかかった。
桜の身体が強張る。
しかし、仮面の男は剣を抜こうともしなかった。
迫る刃を半身になってかわすと、すれ違いざまに男の腕をつかみ、その勢いを利用するように身体をひねって腕をねじり上げる。追い剥ぎの身体は大きく崩れ、そのまま地面へ叩き伏せられた。
「ぐっ……!」
あまりにも一瞬の出来事だった。
付き人の男は、地面に倒れた追い剥ぎを見下ろすと、呆れたように肩をすくめた。
「旦那に食ってかかるなんて、間抜けなやつだ」
仮面の男は何も言わない。
やがて倒れた追い剥ぎへ目を向けると、付き人の男が尋ねた。
「旦那、どうします?」
「どうとは?」
「いや……殺さなくていいんですか」
仮面の男は、地面に倒れた追い剥ぎをしばらく見下ろした。
「もう気絶している。捨ておけ」
「そうですね」
付き人の男は、あっさりとうなずいた。
仮面の男はそのまま森の奥へ視線を戻した。
「ところで聞きたかったのだが、おぬし、なにか隠しておらぬか」
「え。滅相もございません」
男はいかにも心外だと言わんばかりに両手を広げる。
「闇のつるぎだが、最初から、あのときの地下の古代遺跡の扉から入るべきではなかったか」
「いや。あのとき説明したとおり、あの部屋の扉には強力な魔法による鍵がかけられておりまして、そちらからは入れないのでございます」
「この先にあるという別に通じる入り口とやらも、結局このざまではないか。どうも合点がいかぬ」
「調査不足、お許しください」
男は頭を下げた。
だが、その仕草にはどこか芝居がかったところがある。
「あの後、しばらく姿が見えなかったようだし、なにやら隠しておらぬか?」
「いやいや」
男は困ったような笑みを浮かべ、わざとらしく恐縮してみせた。
仮面の男はしばらく男を見ていたが、やがて興味を失ったように視線を外した。
「まあよい。お互い名前を明かさぬ仲だ。考えても無益か。役に立ってくれればよい」
「……あれ?」
男が顔を上げる。
「私、自分の名を名乗っておりませんでしたか?」
仮面の男は黙っている。
「敢えて聞かれませんでしたので、こちらも申し上げなかっただけなのですが」
男は少しおどけるように笑った。
「あらためまして、私は、クロザールと申します」
「興味がないな」
「……これまた手厳しい」
「それに、本当の名か確かめようもないからな」
クロザールと名乗った男は、また肩をすくめた。
その一連のやり取りを、桜と楓花は木の陰から遠く眺めていた。
二人のところまで届く声は風に紛れ、会話の内容まではほとんど聞き取れなかった。
それでも、目の前にいる二人が、ただの旅人や修行僧同士の会話をしているはずもないことだけは、二人にも分かっていた。
やがて、仮面の男が閉ざされた行く手を見やる。
「まあ、よい。ひとまず出直すとしよう。あのふたつの剣は、逃げたりはせぬだろう」
そう言うと、仮面の男は踵を返した。
楓花は隣にいる桜へ、そっと視線を向ける。
どうやら仮面の男は、もう一方の剣――光のつるぎが、すでに桜によって抜かれ、その手に渡っていることを知らないらしい。
その事実を考えると、楓花の胸の奥に小さな疑問が浮かんだ。
なぜ、あの男たちは光のつるぎを手に入れようとしたのか。そして今、なぜ闇のつるぎを追っているのか。
楓花には、その二つの剣がどう結びついているのか、まだ分からなかった。
気になることはいくつもあったが、今はそれを考えている場合ではない。
目の前には、探していた追い剥ぎが倒れている。
仮面の男とクロザールは、その追い剥ぎを一瞥することもなく、桜たちが通ってきた道とは別の方向へ進み、そのまま森の奥へ姿を消していった。
クロザールと名乗った男は途中で一度だけ振り返り、道を塞ぐように広がった木々と、その先の行き止まりを苦々しげに眺めた。
その一方で、仮面の男は一度も振り返らない。
ただ、二人が森の奥へ消えていく途中、誰にも聞こえないほどの声で、ぽつりと呟いた。
「……まだ、ねずみが二匹いるようだな」




