11 聞き取り調査
【現在のステータス】
桜 LV 4(戦士)
E : 兵士の剣/ かわのふく
【現在の場所】ブルーメンの町
錬金工房を出ると、桜は商店街の通りを歩いた。
大時計塔へ続く大通りには、武器屋や道具屋、衣料品店など、旅に必要なものを扱う店が軒を連ねている。通りを行き交う人々のあいだには、これから旅に出るらしい者の姿もちらほらと見えた。
ブルーメンの町でも、ひときわ賑やかなところだ。
桜は、その中から防具屋を探した。
――旅に出るなら、盾もあったほうがいい。
家には、父が昔使っていた盾がある。けれど、あれは桜が持ち歩くには重すぎた。父親が使っていたものだから当然なのかもしれないが、あれを構えて戦うところを想像すると、それだけで肩が重くなってくる。
学府でも盾の扱い方は習うが、訓練用のものはもう一回り小さい。
両手がふさがることもあって、盾を使うことには少し苦手意識がある。それでも、一人で旅をする以上、あらゆる場面を考えておいたほうがいいだろう。
「やっぱり、買ったほうがいいかな」
そう呟きながら歩いていると、武器屋と道具屋に挟まれるように、一軒の防具屋が見えてきた。
店先には鎧や兜が並べられ、その脇には大小さまざまな盾が立てかけられている。
磨かれた金属が陽の光を反射するものもあれば、革や木を使った素朴なものもあった。
桜は扉を開けた。
店の中は、外の賑わいが嘘のように静かだった。革の匂いに混じって、油を馴染ませた金属の匂いがする。壁には鎧が並び、棚には手入れ用の道具や小さな防具が整然と置かれていた。
夫婦で営んでいるらしく、奥では主人らしい男が革を縫い合わせ、店先では女が帳面を眺めている。
桜は店内を見渡し、それから盾の並ぶ一角へ向かった。
皮の盾なら、手が届く値段だ。
うろこの盾になると、少し高くなる。
桜は一つひとつ手に取って、値段と造りを見比べた。
「まあ……これかなあ」
桜が手に取ったのは、皮の盾だった。
木の板に、動物のなめし皮を貼り付けた丸い盾だ。
そのとき、
「こっちの盾のほうが綺麗じゃぞ」
肩のあたりから、ルフェルンの声がした。
桜が視線を向けると、ルフェルンが指している先には、大きな鱗を何枚も重ねた盾が飾られていた。
「ちょっと値が張るね。ここでお金を使いすぎると、旅先の宿で使う路銀がなくなってしまうよ」
「そんな盾、ださいぞ。女の子に似合わん。こっちのうろこの盾にしたほうがいい」
「……ルフェルンが持つわけじゃないんでしょ?」
桜は呆れたようにルフェルンを見る。
「それに、さっき錬金で使おうとしたお金も浮いたではないか」
「それは……そうだけど」
ルフェルンは、いかにも当然のことを言っているような顔をしている。
桜がため息をついた、そのときだった。
「ずいぶん熱心に見ているね」
店先にいた女が、笑いながら声をかけてきた。
「そういえば、この前に来ていた眼鏡の女の子も、その盾を熱心に見ていたよ」
「え?」
桜が振り向く。
女は、うろこの盾を指した。
「何の鱗を使っているのか、どう貼り合わせているのか、細かいところまで見ていた。そうだね……お嬢ちゃんと同じくらいの歳の子だったかな」
やっぱり。
桜には、誰のことなのかすぐに分かった。
「まあ、結局はいろんな盾を食い入るように見ていたけど、何も買わずに帰ったけどね」
やっぱり楓花だ。
桜は、少しだけ笑った。
「おまえの友達は、変わったのが多いな」
ルフェルンが言った。
「そういえば、ルフェルンには友達いるの?」
桜は、少しからかうように尋ねた。
「友達はつくらない主義じゃ」
「じゃあ、私が最初の友達ね」
「……」
宙に浮いていたルフェルンが、ぴたりと黙った。
「ん?」
女が首をかしげる。
妖精のルフェルンが見えていない以上、桜も楓花と同じように、真剣な顔で盾を品定めしているように見えたのだろう。
「……学校で何か行事でもあるのかしら?」
女はそう言って笑い、それ以上は気にしなかった。
「で、買うの? 買わないの?」
「あ……」
桜は、もう一度うろこの盾を見る。
しばらく迷った末、桜はうろこの盾を手に取った。
そして、覚悟を決める。
「これでお願いします」
桜が言うと、肩のあたりでルフェルンが満足そうに頷いた。
「うむ」
その一言には、ようやく決まったか、とでも言いたげな響きがあった。
桜は苦笑しながら代金を払い、うろこの盾を受け取った。
――こうして、桜は旅に持っていく盾を手に入れた。
防具屋を出ると、再び商店街の賑わいが耳に戻ってきた。
防具屋を出てからも、まだ時間はあった。
錬金工房に預けた若葉のよろいが仕上がるのは、今日の夜だ。それまでに、少しでも三人の行き先について手がかりを見つけておきたい。
町へ入ってくる旅人や商人なら、何か知っているかもしれない。
そう考えて、桜はいくつかの宿屋や食堂、それに旅人が立ち寄りそうな露店の前を歩いてみた。
――けれど、なかなか声をかけられない。
桜は人と話すことが嫌いなわけではない。むしろ、知っている相手なら自然に話しかけられるほうだ。ただ、初対面の旅人に、いったい何と切り出せばいいのかとなると、話は別だった。
「ひまわりを見かけませんでしたか?」
そんな直接的な聞き方をしても、その人物を知らない相手に通じるわけがない。
それに、そんなことを聞けば、どうしたって人を探しているように見える。そこから話が広まって、三人が行方知れずだということまで知られてしまうかもしれない。
騒ぎになってからでは、取り返しがつかない。
桜には、うまい情報収集の方法が思いつかなかった。
こういうことは、学校でも教わっていない。
「……どうしようかな」
宿屋の前を通り過ぎ、また戻ってくる。
交易都市だけあって、旅人の数は多い。それなのに、誰に何を聞けばいいのかが分からない。
それに、宿屋ひとつとっても数が多い。目についた店を一軒ずつ訪ねていたら、それだけで日が暮れてしまうだろう。
頭では分かっていたことだった。
けれど、実際に町を歩いてみると、そのことをあらためて実感する。
「これでは、骨折り損のくたびれ儲けじゃな」
肩のあたりから、ルフェルンの声がした。
「……分かってるよ」
桜は少し困ったように答えた。
「でも、何もしないよりはいいかなって」
「それはそうじゃな」
ルフェルンは、あっさりと頷いた。
「さて、どうしたものかのう」
桜も、もう一度あたりを見回した。
行き交う旅人たちの姿は多い。
その中に、三人の姿を知る者がいるかもしれない。
――問題は、どうやってその人にたどり着くかだった。
結局、街中を行き交う人々を、さりげなく眺めて回るだけになった。
黒髪のボブを見かければ、楓花だろうかと思い、長い銀髪の後ろ姿を見れば、カメリアかもしれないと目で追う。茶髪のポニーテールを見かければ、ひまわりではないかと振り返る。
けれど、それだけだった。
ようは、探す術を見失っていたのである。
――十五歳の学生なのだ。探偵のような技能も経験も持ち合わせていない。
すでに手がかりを探し始めてから、かなりの時間が経っていた。
このままでは、長旅に出る準備を整えたところで、明日の出発までに何の手がかりも得られないかもしれない。そうなれば、大陸街道を北へ進むのか、南へ進むのか、それとも別の道を選ぶのか――それさえ決められない。
どんな小さな情報でもいい。明日の行き先を決めるための判断材料が、何かひとつでも欲しかった。
そうして歩いているうちに、桜はいつの間にか、通りの奥まったところまで来ていた。
通りの様子が、少しずつ変わってくる。
酒場の看板が目立つようになり、まだ夜を迎えていないというのに、酔客の声が聞こえてくる。その先には旅人相手の店や、子供にはあまり縁のなさそうな店まで軒を連ねていた。
「さすがに、ここはないか」
桜はそう呟いて、引き返そうとした。
そのときだった。
「姉ちゃん、暇してるの? いっしょにどうだい」
横から男が近づいてきた。
夜はこれからだというのに、あたりにはもう酒の匂いが漂っている。顔も赤く、足取りも少し危うい。
桜の肩に浮かんでいたルフェルンが、露骨に顔をしかめた。。
「……」
桜がどう返そうか迷っていると、男がじっと顔を覗き込んだ。
そして、
「あっ」
と声を上げた。
「……サクラちゃんか?」
「え?」
今度は桜が男の顔を見た。
見覚えがあるような、ないような。
男は、そんな桜の表情を見ると、少し笑った。
「ひさしぶりだね。一瞬、分からなかったよ」
「……」
やっぱり、誰だっけ。
桜が思い出そうとしていると、男は自分から名乗った。
「俺だよ。ディートリヒの部下の……」
そこまで言って、男は少し考えるように眉を寄せた。
「まあ、分からないのも無理ないか。桜ちゃんが小さいころ、何度かディートリヒに連れられて詰所に来ていただろう?」
「あ……」
そこまで聞いて、桜にも少しずつ記憶が戻ってきた。
たしかに、父は何度か桜を衛兵の詰所に連れてきていた。今にして思えば、幼い娘を一人で家に残しておくのが心配だったのかもしれない。
もっとも、桜が学生の年齢になってからは、さすがに詰所へ連れていかれることもなくなった。
「そういえば……」
「だろ?」
男は嬉しそうに笑った。
そして、急に声を潜める。
「それより、お父さんには、俺が桜ちゃんに声をかけたことは内緒だよ」
「え?」
桜は思わず苦笑した。
この人、昔からこういう人だったのだろうか。
「で、こんなところで何してるの?」
男に尋ねられ、桜は少し考えた。
三人のことを話していいものか。
けれど、ここまで来ても手がかりは何もない。
桜は、慎重に言葉を選んだ。
「……人を探しているの」
「ああ、楓花ちゃんね」
「え?」
桜の顔が上がった。
男は、こともなげに言う。
「なんでも、フーカちゃんに似た子を見かけたって話が、さっき詰所で話題になってたんだよ」
その言葉に、桜は耳を傾けた。
そのとき、通りを歩いていた男が、桜をちらりと見た。場違いなところへ迷い込んだ学生が珍しいのか、露骨な好奇の目だった。
桜は気にしなかった。
「……それ、いつの話?」
「いやあ、俺は宿直明けだから、その話を聞いたところで帰っちまってな」
男は頭を掻いた。
「で、ここで飲んでたわけさ」
また、酒の匂いがした。
「どうして楓花のことを知ってるの?」
「ん?」
男は一瞬きょとんとしたあと、何かに気づいたように笑った。
「ああ、いけない。これは内緒な」
「?」
「兵士の一人に、ほら、いつもサクラちゃんと一緒にいる女の子を気に入ってる奴がいてな。そいつから、あの子が楓花ちゃんだって聞いたんだよ」
男は声を落とした。
「兵士たちの間じゃ、ひそかな人気者なんだ。まあ、俺としては、いいかげん自分の年を考えろって言いたいけどな」
酔っているためか、口がよく回る。
桜は、少し呆れながら聞いていた。
それにしても、なぜ名前まで知っているのだろう。
詰所の衛兵なのだから、町を行き交う人々を見ているうちに、自然と顔や名前を覚えていくのかもしれない。あるいは、兵士同士で話をすることもあるのだろう。
いずれにしても、この情報は使える。
「その、楓花に似た子を見たっていうのは、いつの話ですか? どこで見たんですか?」
「ああ、それな」
男は少し眉を寄せた。
「なんでも、クヴェル村から来た人の話を耳にしたんだ。ごめんな。詳しいところまでは聞いてないんだよ」
「そう……」
「こういうことなら、ちゃんと聞いとけばよかったな」
男は頭を掻いた。
「あ、そうそう。ヴァルターって男だ。その人なら、まだ詰所にいるはずだよ」
「本当?」
「ああ。その人に聞けばいい。俺より詳しいはずだから」
「ありがとう」
桜が礼を言うと、男は慌てたように付け加えた。
「あ、俺が言ったっていうのは内緒な」
「うん」
「それから……お父さんにも言わないでね」
「……」
「……あれ? そういや、お父さん、今クヴェル村にいるんだっけ?」
男は一人で勝手に話を続けている。
桜は、もう一度だけ苦笑した。
「ありがとう」
それだけ言って、桜は男と別れた。
けれど、今度は少しだけ足取りが軽かった。
ようやく、三人を探すための糸口が見えた気がした。




