10 錬金工房
【現在のステータス】
桜 LV 4(戦士)
E : 兵士の剣/ かわのふく
【現在の場所】ブルーメンの町
――さて、これからどうするべきか。
リゼットとカメリア、二人の姉妹の家を後にして、桜はブルーメンの町の路地を歩きながら考えていた。
三人を探さなければならない。それは分かっている。けれど、どこへ行けばいいのかが分からない。
ブルーメンの町は、桜の迷いと不安をよそに、交易都市としての賑わいを見せていた。
人々の会話が飛び交い、商人たちの呼び声に混じって、さまざまな品物が行き交っている。
城壁に囲まれた大きな都市には、いくつもの街路や広場があり、その沿道には建物が途切れることなく並んでいた。
ただ、ここは桜が育った町でもある。
町の様子は、だいたい頭に入っていた。もちろん、一学生が踏み入れることのできる場所には限りがある。それでも、幼いころから好奇心の強かった桜は、同じ年頃の子供たちよりも、ずっと広い範囲を知っている。
幼いころは、いつものように、楓花と一緒に、狭く入り組んだ路地をいくつも駆け回っていたものである。
町の中をくまなく探すという手もある。
だが、三人がすでにブルーメンまで来ていたのなら、まず自分たちの家へ戻っている可能性のほうが高いだろう。いつまでも町の中を歩き回っているとは考えにくい。
――ならば、町の外へ出るしかない。
風の国ルフトを南北に貫く大陸街道を進むか。西へ向かう街道を辿り、ゼーリヒ湖まで行ってみるか。それとも、いったんクヴェル村へ戻って、何か手がかりがないか確かめるか。
十字路の街と呼ばれるだけあって、ブルーメンから伸びる道は多かった。
四方向へ伸びる街道だけではない。そこからさらに枝道が伸び、近隣の村や集落へと続いている。
道が多いのは、本来なら便利なことなのだろう。
けれど、今の桜にとっては、それがかえって悩ましかった。
――どの道を選んでも、結局は一人で進むことになる。
そのことを考えると、胸の奥が少しだけ重くなった。
今までなら、隣には楓花がいて、カメリアがいて、ひまわりがいた。何かを決めるときも、三人の顔を見れば、それだけで気持ちが落ち着いた。
けれど、今はいない。
「……どうしようかな」
思わず声が漏れた。
もちろん、立ち止まって悩み続けているわけにもいかない。
今日のうちに何か一つでも準備をしておけば、行き先が決まったときにすぐ動ける。
何も準備をしないまま町を出ても、この時間からでは、そのまま街道のどこかで野宿ということになりかねない。
「とりあえず、家に戻ろう」
桜はそう決めて、来た道を引き返した。
通りの中央に立つライオン像を横目に歩く。
いつもなら、ここで三人と待ち合わせをして、それから町のあちこちを歩き回っていた。
だが、今日は、ひとりだった。
家に戻ると、桜は旅に持っていけそうなものを探した。
街道を歩くだけなら、まだ安全だ。
それでも、さきほどのように魔物に出くわすこともある。
貧弱な装備で一人旅をしていれば、旅人狩りの標的にされる可能性だってある。
街道の途中で夜を明かすことになれば、街道沿いといえども、夜になれば魔物がうろついているという話も耳にする。
まして、もし街道から外れて廃墟や深い森へ入り込むとなれば、どんな魔物が潜んでいるか分かったものではない。
日帰りの旅ならともかく、今回はそういうわけにはいかないだろう。
そこで目に入ったのが、昔から使っていた若葉のよろいだった。
学府の学生たちが訓練に使うもので、怪我をしない程度の丈夫さはあるが、本格的な戦闘用というほどではない。
桜はそれを手に取った。
「……重たい」
考えてみれば当然だった。
学生の訓練用としては十分な造りでも、実戦を想定したものではない。防具としての丈夫さを保つため、余計な重さまで抱えている。
これを着たまま、さらに剣を二本持って旅をするとなれば、さすがに動きづらい。
――光のつるぎを家に置いていくという選択肢もあった。
はじまりの神殿の地下にある古代遺跡に眠っていた剣なのだから、きっと何か由緒のあるものなのだろう。けれど、実際にどんな剣なのか、桜にはまだ分からない。
クヴェル村の武器屋、ギュンターおじさんも、実戦用の剣ではなく、いわゆる祭儀用の剣だと言っていた。
それでも、なぜか家に置いていく気にはなれなかった。
――この光のつるぎも、いっしょに旅へ持っていったほうがいい。
理由といえば、それだけだった。直感でしかない。
荷物の問題は、それだけではない。
着替えや小道具、ほかにも旅に必要なものはいくらでもある。
一人で長旅をするとなれば、荷物もそれだけ増える。
――これを全部、一人で持っていくとなると、それだけで重労働だ。
そう考えていたときだった。
「こういうときに、それを使うものじゃろう」
桜の肩のあたりから、妖精のルフェルンの声がした。
見ると、ルフェルンは、カメリアの姉――リゼットからもらった鞄を見ている。
「いたんだ」
「いたんだ、とはなんじゃ。ずっとおぬしの肩におったではないか」
ルフェルンは、少しふてくされたように頬を膨らませる。
口にする言葉だけを聞けば、ずいぶん古めかしい。けれど、その声には幼い子供らしい響きがあり、そんな言葉遣いさえ妙に似合っている。
桜は思わず笑った。
「冗談だよ」
「まったく、おぬしは……」
「たしかに……うん。せっかくだしね」
桜は笑った。
魔法の力を帯びた革製の肩掛け鞄。
もともとはカメリアのものだが、リゼットは「どうせなら、桜さんも使っていいよ」と言っていた。
――長い旅になることまで考えてくれていたのかな。
桜は、少しだけリゼットの笑顔を思い出した。
「……あの鞄、使ってみよう」
桜は鞄を手に取った。
「カメリア、悪いけど、使わせてもらうね」
そこにいない友人へ、桜はそっと声をかけた。
――ほかに旅に必要なものはないか。
桜は部屋のまわりを見渡した。
「これ……使えるかな」
さきほど街道沿いで手に入れた風鳴り草のことが頭に浮かんだ。それに、家にあった銀砂もある。
ふと思い当たることがあり、桜は鞄の口を開いた。
ひとまず若葉のよろいを入れる。
続いて風鳴り草と銀砂を収め、――それから腰の光のつるぎにも目を向けた。
「……これも入れておこう」
荷物をまとめ終えると、桜は鞄を肩に掛けた。
旅の行き先は、まだ決まっていない。
それでも、何もせずに悩んでいるよりはいい。
桜は家を出ると、まず町の錬金工房へ向かった。
学府のある地区を離れ、大時計塔のある大通りへ入る。
やがて、石造りの大時計塔が見えてきた。塔の下を街道が通り抜ける、ブルーメンの町の中心ともいえる場所である。
その大通りに並ぶ商店街の一角に、桜が目指す錬金工房があった。
ブルーメンには、いくつかの錬金工房がある。そのなかでも、ここはとくに腕の良さで知られていた。
楓花の祖父に錬金術を学んだ男が、独立して構えた店でもある。
桜は鞄のなかから、風鳴り草と銀砂を取り出した。
店の扉を開けると、薬品や鉱石、それに乾燥させた植物の匂いが混ざった、錬金工房独特の空気が流れてきた。
「こんにちは」
桜が声をかける。
幸い、店には先客がいなかった。
「おや、サクラちゃんか」
奥から出てきた男が、桜の顔を見て笑った。
その肩のあたりには、ルフェルンがふわりと浮かんでいる。もちろん、職人の男には、その姿も見えていない。
四十歳ほどだろうか。日に焼けた顔に太い眉、袖をまくった作業着姿で、指先にはいくつもの細かな傷がある。飾り気のない身なりといい、仕事道具を見る目つきといい、いかにも職人らしい男だった。
「一人とは珍しいね。今日は何か持ってきたんだい?」
「これなんだけど」
桜は若葉のよろいと素材を見せた。
「風鳴り草と銀砂を使って、この鎧を錬金してほしいの」
職人は素材を手に取ると、しばらく黙って眺めた。
「なるほどね……」
やがて、若葉のよろいに目を移す。
「悪くない組み合わせだ」
「本当?」
「ああ。ただし、元が若葉のよろいだからね。鉄のよろいみたいに頑丈なものを期待されても困る」
桜は素直に頷いた。
「旅で使えるくらいになれば、それで十分」
「いやいや。桜ちゃんが選んだ組み合わせがいいから、軽くていいものができると思うよ。あと、この銀砂だけどさ……」
職人は銀砂を指先でつまんだ。
「もし、良質の銀をこんなふうにたくさん持っていたら、今ごろ桜ちゃんは大金持ちだよ。ははは」
「あ……」
桜は、どう返していいのか分からず、銀砂を見つめた。
職人も自分の冗談が少し分かりにくかったことに気づいたらしい。
「ごほん」
ひとつ咳払いをして、銀砂を元の場所へ戻した。
「まあ、冗談はさておき。それなら、やってみよう。風の霊力をうまく馴染ませれば、面白いものになるかもしれない」
「どのくらいかかる?」
そう。桜が気になっていたのは、それだった。
明日の朝にでも町を出ることになるかもしれない。できるなら、今日のうちに仕上がってほしい。
「今日の夜には渡せるよ」
「えっ、そんなに早いの?」
「先客もいないしね。それに、誰に習ったと思ってるんだい?」
職人は、少し得意そうに笑った。
「フーカのお祖父さんの愛弟子だよ。腕だけは、まだまだ負けちゃいないさ」
「ふふっ。それなら、安心だね」
桜も笑った。
楓花から、この職人の手際のよさは聞いていた。実際に話してみると、その評判が大げさではなかったことが分かる。
「じゃあ、お願いします」
桜が頭を下げようとしたときだった。
「そういえば、フーカはどこにいるの?」
職人が、何気なく尋ねた。
「桜ちゃんが一人でここに来るのって、初めてだよね」
「えーと……」
桜は言葉を濁した。
どこにいるのか、と聞きたいのはこちらのほうだった。
けれど、本当のことを話せば、楓花の祖父の耳にも入るかもしれない。そうなれば、きっと大騒ぎになる。
「そうか」
職人は、桜の顔を見て何かを察したのか、勝手に話を進めた。
「フーカはここに来ても、工具や鉱物をじっと眺めていただけだものね。客の邪魔になると思ったのかな。ようやく大人になったってことか。そっか」
「……」
桜は曖昧に笑った。
職人はそんな桜の顔を見て、ふと口を閉じた。
「……ああ、お代か」
「え?」
「お代はいらないよ。もちろん、後払いでもない」
「それは困ります。用意はしています」
桜が財布を取り出そうとすると、職人は手を振った。
「いいってことよ。あとで、そのことを楓花に伝えてくれれば、自分の株も上がるってものさ」
それから、少し笑って続ける。
「サクラちゃんとフーカと違って、こういうところで遠慮するんだね。まあ、それも子供の特権ってことでいいさ」
それでも桜は、すぐには頷けなかった。
「こっちもちょうど客が引いて、暇を持て余していたところなんだ。そこへ、腕を試すにはちょうどいい仕事が入った。それだけだよ」
そう言われてしまえば、これ以上遠慮するほうが、かえって失礼なのかもしれない。
桜は財布から手を離した。
「……ありがとう」
素直に礼を言うと、職人は満足そうに頷いた。




