06 十字路の街
【現在のステータス】
桜 LV 4(戦士)
E : 兵士の剣/ かわのふく
【現在の場所】ブルーメンの町
ブルーメンの町の東門をくぐると、今朝までいたクヴェル村とは違う賑わいが桜を迎えた。
ブルーメンの町は、大きな城壁に囲まれた都市である。
その城壁には東西南北に四つの門があり、東にあるこの門は、そのまま「東門」と呼ばれている。
西には「西門」、北には「北門」、南には「南門」があり、それぞれの門から街道が町の外へと伸びていた。
大陸街道を行き交う商人たち。巡礼のために歩く人々。荷物を積んだ馬車。さまざまな土地からやってきた人々が、四方からブルーメンの町へ入り、また四方へと出ていく。
東西南北の街道が交わる、この町。
いつしか人々は、ブルーメンの町を――「十字路の街」と呼ぶようになっていた。
桜は慣れた足取りで、町の中心へと向かっていく。
石畳の大通りを荷馬車が行き交い、その脇を商人や旅人が歩いている。
通りに面した木組みの家々には店が並び、パンを焼く匂いや、昼の仕込みに追われる店からの声が、賑やかな通りに混じっていた。
桜の肩のあたりには、赤い髪をした小さな妖精がふわりと浮かんでいる。
手のひらほどの身体に小さな羽を生やした幼女の姿だが、行き交う人々がその存在に気づく様子はない。見えているのは、桜だけだった。
「なかなかの賑わいじゃのう」
ルフェルンが、感心したように町を見回した。
「そう?」
「そうじゃ。まるで大陸の中の富を独占しているような賑わいじゃのう」
「おおげさだな。まあ、ブルーメンだからね。そこらへんの町と違うよ」
桜にとっては見慣れた景色だった。
ここは、桜が暮らしている町――そう、楓花、カメリア、ひまわりも暮らしている町だ。
昨日、この町を出発して、クヴェル村へと向かった。あのときは四人いっしょだったが。
ブルーメンの町は、風の国ルフトを南北に縦断する大陸街道と、東西へ伸びる街道が交わる場所にある。
東へ行けば、今朝までいたクヴェル村と、はじまりの神殿がある。
西へ向かえば、その先にはゼーリヒ湖と、その湖畔にあるいくつかの集落がある。
南と北からも人と荷物が集まるため、ブルーメンの町には一年を通して多くの商人や旅人が訪れていた。
そのため、町の規模も大きい。
高い城壁に囲まれた市街には、商店や工房だけでなく、宿屋や市場、住宅まで広がっている。
大通りを少し外れれば、古い木組みの家々が並ぶ静かな通りもあった。
桜はそんな町の中を、迷うことなく歩いていく。
やがて、大時計塔が見えてきた。
石造りの大きな塔である。塔の上には大きな時計が据えられ、その下を街道が通り抜けている。ブルーメンを訪れる者にとっては、町の中心を示す目印でもあった。
桜は時計塔を見上げることもなく、その脇の道へ入った。
「こっちでいいのか?」
「うん。いつもの道だから」
大時計塔を抜けると、道はゆるやかな坂になった。
――風見の坂である。
古い二本の塔に挟まれた石畳の坂道で、坂の上からはブルーメンの屋根が連なって見える。
塔の先では風見が風に合わせてゆっくりと向きを変えていた。
ここもブルーメンではよく知られた場所だったが、桜にとっては観光名所というより、学校へ向かう途中のいつもの道にすぎなかった。
そのとき、坂の途中にある小さな広場が目に入った。
広場の中央には、石造りのライオン像が立っている。
桜は、ふと足を緩めた。
「……やっぱりいないか」
「なんじゃ?」
「あのライオン。私たち、よくここで待ち合わせしてたんだ」
楓花とカメリアとひまわり。四人で町へ出るときには、いつもここに集まった。
桜は、ライオン像をしばらく眺めた。昨日までなら、ここで三人と待ち合わせていたはずだった。
「これがライオンか」
ルフェルンが像を見上げた。
「うん」
「ずいぶん偉そうな顔をしておるな」
「そうかな」
「じゃが、目印にはなるの」
桜は少しだけ笑った。
「分かりやすいからね」
それ以上は何も言わず、坂を下っていった。
風見の坂を抜けると、通りの雰囲気が少しずつ変わっていく。店の数が減り、代わりに住宅が増えてきた。
――その一角に、桜の家があった。
二階建ての木組みの家で、白い漆喰の壁に濃い木材の梁が組まれている。赤茶色の屋根も、周囲の家々とよく似ていた。
大きな家ではないが、桜が幼いころから暮らしてきた、見慣れた家である。
桜は扉の前で足を止め、鍵を取り出した。
「ちょっとだけ、休んでいこうかな」
「うむ。歩き通しじゃったからの」
―――ルフェルンは歩いてないけど。
そういえば、この妖精さん、ときおり姿を消しては、話すときになるとふわりと現れる。あれも、それなりに力を使うのだろうか。姿を消しているときは、どうなっているんだろう。
いつか本人に聞いてみよう。
扉を開ける。
「ただいま」
返事はなかった。
いつものことだった。
父のディートリヒは、王宮の仕事やクヴェル村への派遣で家を空けることが多い。
母は桜が物心つく前に亡くなっている。
静かな家だった。
桜はそのまま家の中へ入り、荷物をいつもの場所に置いた。
クヴェル村でいろいろなことがあったあと、一晩を過ごしたからだろうか。見慣れた家具も、いつもの匂いも、妙に懐かしく感じられる。
桜は椅子に腰を下ろし、水を一杯飲んだ。
「ふう……」
身体の力が少し抜けた。
昨日からずっと気を張っていたのだ。こうして自分の家に戻ってくると、ほんの少しだけ安心できる。
けれど、休んでいるわけにもいかなかった。
三人を探さなければならない。
楓花、カメリア、ひまわり。
三人が家に戻っている可能性だってある。けれど、いきなり三人の家を訪ねる気にはなれなかった。
もし家族に会ったら、何と説明すればいいのだろう。
三人がどこへ行ったのか、桜にも分からない。
昨日の出来事を、どう話せばいいのかも、まだ自分の中で整理できていなかった。
それなら、先に学長へ相談したほうがいい。
父に宛てた大臣の手紙にも、学長の名前が出ていた。
はじまりの神殿について調べている人物のことを、何か知っているらしい。
とすれば、はじまりの神殿についても詳しいのかもしれない。
三人を探す手がかりを、何か知っている可能性もある。
そう考えたからこそ、桜は、まずブルーメンの町へ戻ってきたのだった。
「……学校へ行こう」
「うむ」
桜は立ち上がった。
荷物を整え、もう一度身支度を確かめると、家を出た。
風見の坂を下った先が、ブルーメン学府の学府区だった。
ブルーメン学府は、一つの建物にまとまっているわけではない。
校舎や実習場、図書館、講堂などが町の一区画に点在し、その間には普通の住宅や小さな店も混じっている。
教師の家や学生の住む寮もあれば、昔からこの場所で暮らしている人々の家もあった。
学校というより、町の中に学府がある――そんな場所だった。
桜は、その見慣れた通りを迷うことなく進んでいった。
角を曲がったところで、三人の学生とすれ違った。
男が二人と、女の子が一人。十五歳の桜と同じ年頃の、顔なじみの同級生たちだった。
軽く会釈を交わす。
「あ、そういえば」
女の子が足を止めた。
「ヒマワリの親がね、ヒマワリが家に帰ってきてないって、ちょっと心配してたよ。まあ、カメリアさんも一緒だから大丈夫だろうとは言ってたけど」
桜は、何と答えればいいのか分からなかった。
「桜さんが戻ってきたってことは、ひまわりも一緒に戻ってきたのかな」
「……」
桜が言葉を探しているうちに、女の子は答えを待つことなく、二人の男の子と一緒に歩き出した。
「じゃあね、サクラさん」
「……うん」
三人の姿が通りの向こうへ消えていく。
桜はしばらく、その背中を見送っていた。
やがて、ブルーメン学府の本館が見えてきた。
学府の管理や学務を担う建物で、学長室もここにある。
桜は正面から中へ入り、一階の受付へ向かった。
受付にいた女性が顔を上げる。
「あら……桜さん?」
「こんにちは」
「今日は休校日ですよね。どうしたんですか?」
女性は少し不思議そうに桜を見る。
「あの……学長にお会いしたいんです」
「学長先生に? 担任の先生ではなくて?」
「……うん」
「ああ。今日は担任の先生、お休みなんですよ。だから、学長先生に?」
どう答えればいいのか分からず、桜は一瞬黙った。
すると、肩のあたりに浮かんでいたルフェルンが小さな声で言った。
「詳しく話すと、ややこしくなるぞ」
もちろん、その声は受付の女性には聞こえない。
「『はじまりの神殿のことで話がしたい』と、それだけ言えばよい。ここは、そのほうが話が早いじゃろう」
桜は少し考えた。
たしかに、その通りかもしれない。
「あの……はじまりの神殿のことで、学長にお話ししたいんです」
受付の女性の表情が変わった。
「はじまりの神殿のことで?」
「はい」
「……ちょっと待ってください。聞いてみますね」
女性はそう言って、受付の奥へ入っていった。
しばらくして戻ってくる。
「今なら、お会いできるそうです」
「本当ですか?」
「はい。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
桜は小さく頭を下げた。
受付の女性に案内され、桜は学府本館の奥へと進んでいく。
その先に、学長室があった。




