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04 父宛ての手紙

【現在のステータス】

桜 LV 3(戦士)

 E : 兵士の剣/ かわのふく


【現在の場所】クヴェル村

クヴェル村に朝が来た――。


昨日起きたはじまりの神殿のひと騒動が嘘のように、村は静まり返っていた。


だが、その神殿の一部は大きく壊れており、昨日の出来事が決して嘘ではなかったことを物語っている。


窓から差し込む光が、見慣れない天井を淡く照らしている。桜はしばらくぼんやりとそれを眺めていたが、やがて自分がどこで眠っていたのかを思い出した。


マルタおばさんの家の中。

父が借りていた部屋だ。


そして――。


「……そうだった」


桜は身体を起こした。


昨日の出来事が、一気に頭へ戻ってくる。


洞窟。はじまりの神殿。仮面の男。光のつるぎ。王女。国王の継承の儀式。その最中に現れた男。そして、あの小箱から放たれた爆発。床から現れた光に包まれ、消えていった人々。


楓花、カメリア、ひまわり。


三人は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。


桜はベッドから降りると、窓辺へ歩いていった。


窓の向こう、木々の間からは神殿前の広場が見える。早朝の広場には、まだ人影もなかった。


「おはよう、桜」


声に振り向くと、窓の近くに小さな赤い髪が浮かんでいた。ルフェルンが、朝の挨拶をするようにふわふわと宙を漂っている――その姿は、桜にしか見えていない。


「おはよう、ルフェルン」


「よく眠っておったな」


「うん。……ちょっと疲れてたみたい」


昨日初めて会ったばかりだというのに、二人のやり取りは、まるで気心の知れた友人同士の朝の挨拶のようだった。

そんなことを不思議に思うより先に、桜の頭には三人のことが浮かんだ。


「ねえ、ルフェルン。昨日の、神殿の床の光のこと、もう少し教えてくれない?」


「昨日の光?」


「祭壇の間で、みんなが消えた、あれ」


ルフェルンは、少し考えるように宙で腕を組んだ。


「あの仕掛けについて、わしが知っておるのは、それほど多くないぞ」


「そうなの?」


「うむ。魔術師どもが施した危機回避のための結界――生命の危険が迫ったとき、そこにいる者を別の場所へ移すためのもの。そして、魔力の強い者ほど、より遠くへ飛ばされる。それくらいじゃ」


本当に「それくらい」なのか――。


桜はそう正面から訊ねても、ルフェルンが素直に答えてくれるとは思えなかった。

もしかすると、もっと知っているのかもしれない。


それでも、「それくらい」という話だけでも、桜にとっては十分に驚くべきことだった。


はじまりの神殿にそんな仕掛けがあることも、魔力の強さによって飛ばされる距離が変わることも、桜はもちろん、普通の人間なら知る機会すらないだろう。


――妖精というのは、こういうことまで知っているものなのだろうか。


すぐに頭へ浮かんだのは、カメリアとひまわりのことだった。二人とも、学生とはいえ魔法使いである。ならば、二人はかなり遠くへ飛ばされたということなのだろうか。


――かなり遠く。


いったい、どこまでなのだろう。


村に行くまでにあった祠なのか。それとも、海の向こうなのか。そもそも、ルフェルンの言う「遠く」が、どれほどの距離なのか、桜にはまったく分からなかった。


「じゃあ、三人がどこにいるのかは……」


「それは、わしにも分からぬ」


「どれくらい遠く?」


「さあな」


ルフェルンは、それだけ答えた。


桜はしばらく黙っていた。


三人が無事だということは、昨日、ルフェルンから聞いている。その言葉こそが、桜を勇気づけ、正気を保たせていた。


それでも、どこにいるのか分からないという事実は変わらない。


クヴェル村の中を探しても見つからなかった以上、ここで待っているだけでは何も始まらない。


だが、どこを探せばいいのだろう。


父ディートリヒは王宮の戦士だ。王宮に常駐しているわけではなく、娘の桜をブレーメンに置いて、ここクヴェル村に滞在していた。何の仕事をしているのか、桜も詳しくは知らない。


父なら、何か知っているのだろうか。


こういう方面には、あまり詳しくないようにも思う。それでも、困ったときには頼りになる父だった。


ふと、机のほうへ目を向けた。


そのときだった。


机の隅に、一通の手紙が置かれているのに気づいた。


「これ……」


桜は手に取った。


宛名を見ると、父ディートリヒの名が記されている。差出人はグスタフ・フォン・ヴァイゼンベルク――たしか風の国ルフトの大臣の名前だ。


封はすでに開かれていた。

中の文書も封筒から出されたまま、無造作に机へ置かれている。


いかにも父らしい、と桜は思った。とはいえ、これほど大事そうな手紙を、こんなふうに置きっぱなしにするだろうか。よほど慌てていたのかもしれない。


桜は文書を手にしたまま、少し迷った。


父宛ての手紙を勝手に読むのは、やっぱりよくない。


そう思ったところで、横からルフェルンが覗き込んだ。


「なんじゃ、手紙か」


「うん。でも……」


桜が答えるより早く、ルフェルンが文書を肩越しに覗き込み、読み上げ始めた。


「――あの月の魔女と名乗る者から、王女リディア様をさらうとの予告があった。実のところ、王宮でもリディア様のお姿を確認できていない。至急、城に戻られよ――」


「ちょっと、ルフェルン」


「なんじゃ?」


「それ、読んじゃっていいの?」


「もう読んでしまったではないか」


「そうだけど……」


桜は困ったように苦笑した。


ルフェルンにとっては、人間の手紙を勝手に読むことなど、あまり気にすることではないらしい。


机に置かれている文書を、ルフェルンは肩越しに覗き込んでいる。自分では紙一枚動かせないのだが、文字を読むことには何の不自由もないようだった。


さらに手紙には、別のことも記されていた。


何者かがはじまりの神殿について探っているらしいという。


――先日も城の図書室から、いくつかのはじまりの神殿に関する古文書が盗まれるという事件があった。それ自体は取るに足らぬことだが、このことが月の魔女とも関係しているかもしれない。はじまりの神殿と聞いて、おぬしが調べているあの件とも関係しているのではないかと思った――。


そこまで読み上げたところで、ルフェルンがちらりと桜を見る。


「ほう」


「なに?」


「なかなか面白そうな話ではないか」


桜は手紙の続きを見た。


「――いまはおぬしが頼りだ。城に戻られよ」


さらに、その「はじまりの神殿」を探っている人物について、ブルーメンの学長が何らかの情報を得ているらしい、と付記されていた。


「――もし途中に立ち寄ることがあれば、学長に話を聞かれたし……」


桜は、しばらくその文面を見つめた。


学長。


学校の全体集会で姿を見たことはある。六十歳くらいの男性で、学問についてはかなり詳しい人だと聞いている。それに、若いころには、このクヴェル村で教師をしていたという話も聞いたことがあった。


もちろん、神殿のことなら、はじまりの神殿の神官長が詳しいはずだ。だが、その神官長は、祭壇の間の床に現れた光によって、行方知れずになっている。ほかの神官たちも、詳しいことは知らない様子だった。


ならば、今の自分が頼れるところは――手紙の付記に名前の出ていた、ブルーメンの学長なのかもしれない。


「学長なら、何か知っているかもしれない」


桜は呟いた。


どこをどう探してよいのか見当がつかない以上、まずは学長を頼って、いったんブルーメンに戻るべきなのだろうか。


そもそも、今回の異変については、三人の家族や学校にも知らせなければならない。学生一人で背負うには、あまりにも大きなことだった。


それに、ブルーメンへ向かう途中で、三人とばったり出会えるかもしれない。


そんな都合のいいことが起こるとは思えない。

それでも、桜は心のどこかで、そんな淡い期待を捨てきれずにいた。


「月の魔女……?」


ふと、その言葉が頭に浮かんだ。これは、いったい誰なのだろう。


桜が手紙の一節を思い出して呟くと、肩のあたりに浮かんでいたルフェルンが、ふっと笑った。


「ほう。月の魔女ときたか。こいつはおもしろい」


「知ってるの?」


「さてな」


ルフェルンは、それ以上は答えなかった。





――このときの桜は、あまりにも多くのことが一度に起きていたため、そこまで気に留めなかった。


けれど、後になって、あの手紙の内容を思い返すことになる。


大臣からの手紙には、たしかに「王女リディア様の姿が見えない」と書かれていた。


それはつまり、大臣の知らないところで、リディアが城を離れて、はじまりの神殿まで来ていたということなのだろうか。


それとも、本当に月の魔女に誘拐されたのか。


――いや、そんなことはない。


王女に付き添っていた兵士たちは、リディアを守ろうとしていた。家庭教師兼付き人のイリスも、悪い人には見えなかった。


何より、リディア自身の様子を見ると、どう考えても誘拐されているようには見えない。


今は、それだけ分かっていれば十分だった。


そもそも、いくら考えても仕方がない。

学生である自分が想像できることなど、たかが知れている。


それよりも、今は三人を探し出すことが大事だ。





桜は手紙を机へ戻すと、旅の支度を始めた。


「じゃあ、準備しようかな」


「うむ」


ほどなくして階下へ降りると、マルタおばさんが朝食の支度をしていた。


「おや、もう起きたのかい。ゆっくりしていきな」


「ありがとう。でも、そうもいかないかな」


桜は椅子に腰を下ろしながら答え、急いでブルーメンの町に戻らなければならないことを告げた。


「三人を探しに行かないと」


マルタは少しだけ桜の顔を見つめ、それ以上は何も聞かなかった。


何かが起きていることは、その表情を見れば分かる。けれど、どう声をかければいいのか、マルタ自身も分からないのかもしれない。


「またディートリヒが来たら、先にブルーメンに帰ったって伝えておくよ」


「うん。お願い」


「寂しがっていたってことも、ついでに言っておこうかね」


「もう、おばさんったら」


桜は苦笑した。


マルタおばさんなりの、気の利いた言葉なのだと桜にも分かった。


朝食を済ませ、荷物を整えると、桜は玄関へ向かった。マルタも外まで見送りに出てくれる。


「気をつけるんだよ」


「うん。おばさんもね」


桜は一度振り返り、それから村の出口へ向かって歩き出した。


途中、はじまりの神殿に立ち寄り、神官たちにも話を聞いた。けれど、やはり新しい情報は何もないという。


三人の巡礼者――楓花、カメリア、ひまわり。王女付きのイリス。神官長と二人の神官。そして、今回の騒ぎを起こした男。


その全員が、依然として行方知れずのままだった。


桜は、それ以上考えるのを振り切るように、そばに浮かぶ自分にしか見えない妖精へ声をかけた。


「さあ、行こうかの」


「うん」


昨日、この村を訪れたときは、友達三人と一緒に歩いていた道だった。


今日は、一人だった。


――いや。


新たに、妖精が一人加わった。


桜は、ふわふわと隣を飛ぶルフェルンとともに、村の出口へ歩いていった。

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