03 村での捜索
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 兵士の剣/ かわのふく
【現在の場所】はじまりの神殿
風の国ルフトの王女リディアは、宿屋の二階の寝室で眠っていた。
はじまりの神殿で何が起きたのか、まだ幼い彼女には理解できないだろう。疲れ果てていたのだろう、ベッドに横になると、ほとんど目を覚ますことなく眠り続けている。
その部屋の外で、二人の兵士が控えていた。
桜が扉を開けると、二人はすぐに姿勢を正した。
「王女さまは、よく眠っておられます」
「ありがとうございました。私たちは、早々に村を出ます。いまから馬を飛ばせば、夜までには中継地点まで行けるでしょう」
二人の兵士は、「国王の継承の儀式」がどういうものなのか、その詳細までは知らされていなかった。ただ、あれが正常に終わらなかったことだけは分かっている。
神官長は行方知れず、祭壇の間も破壊されていた。いまは、とても儀式どころではないだろう。
そして、これまで同行していた王女の付き人兼家庭教師でもあるイリスが行方不明になっていることが、何よりも痛い。彼女から王宮の指示を受けていたため、自分たち二人だけで、この先のことを判断することはできないからだ。
ならば、一刻も早く、このことを国へ報告する。そして何より、王女を無事に城へ戻す。それが、いま自分たちにできることだった。
「そっか……」
桜は眠っているリディアを振り返った。
本当なら、もう少し何か言ってあげたかった。神殿では一緒に危険な目に遭ったのだから、きちんと別れの挨拶くらいしたい。
けれど、そんな場合ではないことも分かっていた。
「じゃあ、気をつけてね」
「はい。サクラ殿も、どうかお気をつけて」
二人の兵士は、深く頭を下げた。
「サクラ殿」と呼ばれ、桜は少し戸惑った。会ったときには、ただの巡礼者の少女としか見ていなかったのだろう。
兵士たちからしてみれば、洞窟では助けられた。そして祭壇の間では、身を挺してリディアを守ってくれた。
それだけではない。桜もまた、三人の仲間を探している。
自分たちだけが大変なわけではない――二人の兵士も、そんな思いを抱いているようだった。
「お互い、これから大変ですな」
兵士の一人が、静かにそう言った。
「うん……」
桜は小さく頷いた。
「じゃあ、またね」
「はい」
二人の兵士は、眠っているリディアを連れて、宿屋をあとにした。
宿屋の亭主は、何も尋ねなかった。
「またのお越しを」
ただ、いつもと変わらない調子で、そう声をかける。
急な出立ではあったが、客の事情には深入りしない。それが、この宿屋の亭主の流儀なのだろう。
宿屋の脇には、二頭の馬が繋がれていた。
兵士たちは慎重にリディアを馬へ乗せる。眠ったままの身体が揺れないよう、できるだけ丁寧に支えてから、自分たちもそれぞれ馬にまたがった。
出発しようとしたところで、一人の兵士がふと思い出したように桜を振り返った。
「もし、王女の付き人――イリスさんと出会ったら、伝えてください」
「うん?」
「我々は、先に王女様を連れて城へ戻る、と。彼女なら、それで分かってくれると思います」
「分かりました」
桜は頷いた。
「気をつけて」
兵士たちはもう一度だけ頭を下げた。
そして、馬を歩かせる。
桜はその背中を見送った。
眠ったままのリディアの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
「……王女さまも、気をつけてね」
桜は呟いた。
やがて、二頭の馬の姿が村の入口の向こうへ消えていった。
桜はしばらく、その方角を見つめていた。
「……行っちゃったね」
そう呟いたときだった。
ふと、目の前に赤い髪が浮かんだ。
「わっ」
思わず一歩、後ずさる。
いつからそこにいたのか、桜の目の前には小さな妖精が浮かんでいた。羽のついた、手のひらほどの大きさの幼い女の子。
赤い髪を揺らしながら、ルフェルンがにっこりと笑っている。
「びっくりした。いきなり現れないでよ」
「そう言われてもな。こうやって人前に姿を見せるのも、それなりに苦労しておるのじゃぞ」
「そんなに苦労しているようには見えないけど」
桜は苦笑した。
そもそも、ルフェルンの姿が見えているのは自分だけなのだろう。自分に姿を見せることに、どれほど苦労があるというのか。
「それより、これからほかの三人を探しに行くんじゃろう?」
ルフェルンは桜の顔を覗き込んだ。
「えーと……、長い銀髪の女の子、たしかカメリアといったかな。それと……眼鏡と、ポニーテール」
あまりにも雑な呼び方に、桜は思わず苦笑した。
「そうだね」
言われるまでもない。
カメリア、楓花、ひまわり。
三人を探さなければならない。
ここにいるルフェルンは、仲間は無事だと言っていた。
けれど、それだけでは安心できるものでもない。
無事なら、どうしてここへ戻ってこないのだろう。
もしかすると、どこかで道に迷っているのかもしれない。
それとも、かなり遠くへと飛ばされたのだろうか。
そう考えると、じっとしてはいられなかった。
「探してみよう」
桜はそう言って、村の中へ向き直った。
まず向かったのは、マルタおばさんの家だった。
今日この村を訪れたとき、最初に父に会おうと向かった場所だ。結局、父ディートリヒは出発したばかりで会えなかったが、桜にとっては幼いころから何かと世話になってきた家でもある。
それにしても、今日一日で、いったいどれほどのことが起きたのだろう。
そんなことを考えながら、桜は扉を開けた。
「大丈夫だった?」
家へ入るなり、マルタが心配そうに桜を見た。
「なんでも、はじまりの神殿が大変なことになっているらしいじゃない。十五の巡礼は終わらせたの?」
「それが……」
桜は言葉を探した。
「そうか。そういえば、なかなか受付が始まらなかったらしいから、まだだったのか」
マルタは勝手に納得したようだった。
「実はね……」
桜は、そこまで言って口を閉じた。
いったい、どこから話せばいいのだろう。
そもそも桜自身、何が起きたのかをまだ整理できていなかった。話していいことと、話さないほうがいいことの区別もつかない。
「……なんだかわからないけど、大変だったのは分かるよ」
マルタは、それ以上を聞かなかった。桜が無事なら、それでいいというように。
「そういえば、ほかの三人は?」
「ううん。大丈夫」
桜は小さく笑った。
それにしても、「大丈夫」とは、なんと便利な言葉なのだろう。桜は、自分の語彙の少なさを棚に上げて、そんなことを思った。
「まあ、けんかしているなら、仲直りしな」
「……うん」
桜はマルタの家をあとにした。
それから桜は、道具屋を覗き、広場にも行き、小さな酒場にも足を運んだ。巡礼者が集まりそうな場所を一つずつ回り、村の小さな通りも歩いた。
三人を見なかったかと尋ねても、返ってくるのは知らないという答えばかりだった。
ふたたび神殿の周辺にも足を運んだ。
崩れた祭壇の間の近くを見て回り、そこにいる神官たちにも尋ねた。
けれど、三人の姿はどこにもなかった。
「……ここにもいないか」
桜は小さく呟いた。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
ふと、神殿へ向かう前に立ち寄った場所を思い出す。
ギュンターおじさんの武器屋だ。
桜は店の扉を開けた。
「おや、サクラちゃん」
ギュンターが顔を上げた。
「どうした? 忘れ物かい?」
「ううん。楓花たちを探してるの。見なかった?」
「うーん。いないね。どうしたの?」
「そっか……」
桜が肩を落とす。
そのとき、ギュンターの視線が桜の腰へ向いた。
「ちょっと、気になっていたんだが、それは何の剣だ?」
「これ?」
「ちょっと見せて」
「今?」
桜は少し困った顔をした。
仲間を探している最中なのに、と思わないでもない。
だが、ギュンターはすでに武器屋の顔になっている。
こういうものを目の前にすると、商売人としての血が騒ぐらしい。
あるいは、この剣――光のつるぎに、何か手がかりがあると踏んだのかもしれない。
桜は鞘代わりに巻きつけていた分厚い布から剣を抜き、ギュンターへ渡した。
ギュンターは受け取ると、刀身をひっくり返したり、光にかざしたりしながら、しばらく黙って眺めていた。
やがて、首を傾げる。
「でも、実戦の剣としてはまるで使えないね。いわゆる祭儀用の剣だ」
その言葉を聞いた桜の肩のあたりで、ふわりと赤い髪が揺れた。
ルフェルンが宙に浮かんでいる。
「うーん……武器屋といっても、地方の店ではこの程度かのう。見たところ兵士の腕はそれなりだったようじゃが、武器そのものについては、あまり詳しくないようじゃな」
桜は思わずルフェルンを見た。
ギュンターには、その声も姿も届いていない。
――それ、ギュンターおじさんには言わないほうがいいよ。
そう思ったものの、口には出さなかった。
「まあ、実戦の剣としては使えない、というところまでは、いまのところ当たっておるがな」
ルフェルンは、そう付け加えた。
その言葉の意味を尋ねる余裕もなく、桜はギュンターから剣を返してもらった。
「ありがとう」
「何か分かったら、またおいで」
「うん」
桜は店を出た。
それからも、桜は村を歩き回った。
何度も同じ道を通り、同じ店を覗いては、村を囲む森にも目を向けた。
三人がどこかで迷っているのなら、村の中だけにいるとは限らない。けれど、今の自分が動ける範囲はたかが知れている。かといって、ここを離れてしまえば、かえって行き違いになるかもしれない。
気がつけば、日もかなり傾いている。
村の入り口まで来たところで、そこにいた村人の男が声をかけてきた。
「夜の街道は危ない。魔物も出るからね」
桜も、それは知っていた。
三人を探したい気持ちはある。
けれど、暗くなれば、自分まで帰れなくなるかもしれない。それに、村人が心配して止めてくれているのに、それを無視して勝手に外へ出るわけにもいかなかった。
「……うん。分かった」
桜は、ようやく足を止めた。
その日のうちに、三人を見つけることはできなかった。
マルタおばさんの家へ戻ると、彼女は桜の顔を見るなり、
「これからどうするの? もう遅いよ」
と言った。
「そうそう、巡礼の馬車も、とっくに行ってしまった時間だよ。ブルーメンの街に戻るとなると明日だね。泊まっていき」
「……そうか。もう、そんな時間なんだ」
今日一日で起きたことがあまりにも多すぎて、時間の感覚までおかしくなっていたらしい。
「まあ、いまさら遠慮しても遅いよ。今晩はディートリヒの部屋で寝な」
「ありがとう」
桜はそう言って、父の部屋へ向かった。
食事のことまで気が回らなかった。
荷物の中に残っていた焼き菓子をいくつか口にすると、それだけで済ませる。
そういえば、父はどうしているのだろう。
マルタおばさんによれば、ディートリヒは今朝、王宮へ呼ばれて出ていったらしい。
そのことを聞いても、今の桜には、それ以上考える余裕がなかった。
桜は父の部屋のベッドへ横になった。
父との思い出に感傷を抱く余裕もない。
今日一日、いろいろなことがありすぎた。
桜は、そのまま眠りに落ちた。
その頭の上で、小さな妖精――ルフェルンが、桜の疲れをねぎらうような表情で、静かに見つめていた。




