02 ――ルフェルン
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 兵士の剣/ かわのふく
【現在の場所】はじまりの神殿
「国王の継承の儀式」のさなか、爆発によって破壊された祭壇の間へ、二人の兵士と数人の神官が集まっていた。
桜は、自分が見たことを順を追って話した。
ただし、桜自身にも分からないことは多かった。
「最初に、男の人が入ってきたの。その人が、魔法……なのかな。そんな感じの小さな箱を持っていて」
桜はそこで少し言葉を探した。
洞窟や地下の古代遺跡で見かけた、仮面の男のそばにいた人物だ。けれど、ここにいる神官たちが、その男のことを知っているのかは分からない。
そもそも、あのとき何が起きたのか、桜自身もまだうまく整理できていなかった。
「それが、突然爆発したんだと思う」
「爆発……」
神官の一人が、崩れた祭壇の間を見回した。
桜は頷いた。
「うん。すごい勢いだったよ。よく分からなかったけど、カメリアとイリスさんが、何かの魔法みたいなもので壁を作ってくれたから、みんな助かったんだと思う。でも……建物までは無理だったみたい」
桜は天井を見上げた。
大きく崩れた梁と石材が、そこにあったはずの神殿の姿を無残に変えている。
「みんな助かった? お嬢さんとリディア様の、二人しか見えないが」
神官の一人が、当然の疑問を口にした。
改めて祭壇の間を見回す。
そこにいるのは、桜と風の国ルフトの王女リディア、それに駆けつけてきた二人の兵士と数人の神官だけだった。
神官長と儀式を手伝っていた二人の神官、巡礼に来ていた楓花、カメリア、ひまわり、そして王女付きのイリスもいない。
神官たちは顔を見合わせた。
ここにいる者と、いなくなった者を確認するだけでも精一杯だった。
また、爆発の直前に、この祭壇の間へ入ってきた男のことを神官たちは知らない。駆け付けた者のなかで、その男を知っているのは、直前までその場にいた二人の兵士だけだった。
「……いったい、皆は、どこへ行ったのだ」
誰かが呟いた。
桜には答えられなかった。
ただ、そのときのことを思い出す。
「そのあと、床から光が出てきたの」
「床から……光?」
神官の一人が怪訝そうに眉を寄せた。
「そんなことは聞いたことがありません。でも、神官長なら……」
言葉が途切れる。
「そうか……。神官長も、いないのか」
誰も答えなかった。
桜も黙って頷いた。
「それで、その床から出た光というのは?」
別の神官が尋ねた。
「分からない。ただ……その光に包まれた人たちは、消えちゃったの」
「消えた?」
「うん」
桜は少しだけ考えた。
「でも、大丈夫だと思う」
そう言いながらも、桜自身に確信があるわけではなかった。
桜は、目の前に浮かんでいる小さな妖精へ目を向けた。
赤い髪をした幼い少女。妖精は桜の視線に気づくと、安心させるように、にっこりと微笑んだ。
――仲間たちは無事。
そう、妖精は言っていた。
けれど、それをそのまま神官たちに話してもいいのだろうか。
妖精の姿も声も、自分にしか届いていない。
「ここにいる妖精がそう言ってるの」と説明したところで、かえって話をややこしくしてしまうだろう。
それに、信じてもらえるとも思えなかった。
ならば、今は自分なりに考えたこととして伝えるしかない。
みんなが無事だと信じてもらえれば、それでいい。
桜はもう一度、神官たちへ向き直った。
「たぶん……人をどこか安全なところへ移すためのものだったんじゃないかな」
「人を移すため……」
神官たちは顔を見合わせた。
「そんなものが、この神殿に?」
「私にも分からないよ」
桜は正直に答えた。
「ただ、あの光が出たあとに、みんながいなくなったから」
そして、もう一つのことを話した。
「そのあと、その小箱から黒い煙みたいなものが出てきたの。だから……もしかしたら、あの光は、その煙からみんなを守るためのものだったのかもしれない」
この話を聞いて、神官たちの顔から、さらに色が失われた。
目の前には崩れ落ちた祭壇の間があり、その惨状のなかで生き残った桜が、今こうして自分たちの前で語っている。その話を疑う理由を、神官たちは見つけられなかった。
たしかに、神官長がここにいれば、これらの謎について何か分かったのかもしれない。彼が、どこまで事情を知っていたのか、それすら桜には分からない。
あるいは、こういうときいつも助けてくれたカメリアなら、何か分かったかもしれない。
けれど、その神官長も、カメリアも、もういない。
残された神官たちは、目の前で起きたことに戸惑うばかりだった。
「私と王女さまも危なかった。でも……」
桜は腕の中で眠っているリディアを見た。
「なんとか助かったんだと思う」
自分でも、どうして助かったのか分からない。ただ、今ここに二人が残っているという事実だけがあった。
「とりあえず、王女様がご無事のようでよかった」
二人の兵士のうち、一人が安堵したように言った。
その瞬間、神官たちの視線が一斉に兵士へ向いた。
兵士はその視線を受けて、少し居心地が悪そうに肩をすくめる。
もちろん、王女が無事だったことは喜ばしい。だが、目の前にあるのは崩れた祭壇の間であり、神官長と二人の神官が行方不明になっている。
「……それは、そうですが」
一人の神官が疲れたように息を吐いた。
「これから、どうすればいいのでしょう」
そのとき、祭壇の間の入口近くにいた女神官が、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば……」
「何です?」
「この前に、見るからに胡散臭い男が、この祭壇の間へ向かっていました」
神官たちの視線が集まる。
「なぜ止めなかったのです?」
問い詰められた女神官は、少し困ったような顔をした。
「それが……人のよさそうな方だったので、つい」
「つい、もあるか!」
思わず別の神官が声を上げた。
「まさか、あんなことをする人には見えなかったものですから」
女神官は小さくなって答える。
神官は何か言い返そうとしたものの、結局、深いため息をついた。
「もういい。今さら責めても仕方がない」
そこで全員が黙った。
誰も、この先どうすればいいのか分からない。
――桜がそんな大人たちを見回していると、すぐそばから声がした。
「そんなことを言い合っても、仕方がないのに」
小さな妖精が、桜の肩のあたりに浮かんでいる。
「そうだね。でも……」
桜が答えると、神官の一人が不思議そうにこちらを見た。
「どうかされましたか?」
「ううん。なんでもない」
桜は妖精へ目を向けた。
「やっぱり、ほかの人には見えないんだね」
「そのようじゃな。神官といっても、普通の人じゃ。そなた以外には、わしの姿も声も届かぬようじゃ」
幼女の姿に似合わない古めかしい口調だったが、その話し方には不思議な愛嬌があった。
「そっか。じゃあ、私が一人でしゃべってるように見えるのかな」
「そうじゃろうな」
「……ちょっと恥ずかしいかも」
妖精がくすりと笑った。
「今さらではないか」
「それ、どういう意味?」
桜は思わず苦笑した。
少しだけ、いつもの調子が戻ってきた。
けれど、楓花も、カメリアも、ひまわりも、まだどこにいるのか分からない。
――三人が無事だ。
妖精は、そう言った。
今は、その言葉を信じるしかなかった。
「うん。きっと大丈夫」
桜は小さく呟いた。
それから、兵士たちへ目を向ける。
「王女さまを、安全なところで休ませたほうがよさそうですね」
二人の兵士も、眠っているリディアへ目を向けた。
「そうだな」
「しかし……」
二人は顔を見合わせた。
王女を守ることが任務である。それ以外の詳細な指示は聞かされていない。こんな事態になったとき、王女をどこへ連れていけばいいのかまでは、二人にも判断がつかなかった。
王宮からの指示を伝えるのはイリスの役目だった。王女の家庭教師であり、付き人でもある彼女が、必要なことを判断して二人に伝えていたのである。
しかし、そのイリスも今はいない。
「とりあえず、宿屋に戻りましょう」
桜が言った。
「二階の寝室なら、王女さまを休ませられると思う」
「それがよいでしょう」
兵士の一人が頷いた。
「我々もお供します」
桜は眠っているリディアを抱き直した。
「うん。お願い」
三人は、崩れた祭壇の間をあとにした。
はじまりの神殿を出るころには、村のあちこちから人の声が聞こえていた。
何が起きたのかを知ろうとする者、神殿の被害を確かめる者。そして、再開された巡礼の受付へ向かおうとしていた者。
神官たちは、そんな人々を前にして、事態を収拾しようとしていた。
「ご心配には及びません」
「現在、確認を行っておりますので、しばらくお待ちください」
そんな言葉を繰り返すしかない。
実際には、神官たち自身も何が起きたのか分かっていないのだ。それでも、人々を不安にさせるわけにはいかなかった。
クヴェル村は、いつもの静かな巡礼の村ではなくなっていた。
その喧騒を背に、桜はリディアを抱いたまま、兵士たちとともに二階建ての宿屋へ戻った。
宿屋の亭主は、桜が王女を抱いていることに一瞬だけ違和感を覚えたようだった。
しかし、何も尋ねない。客の事情には深入りしない。それが、この宿屋の亭主の主義らしかった。
――二階へ上がり、寝室へ入る。
兵士たちは扉の外で、律儀に控えていた。
桜はベッドへ、眠ったままの少女をそっと寝かせた。
リディアは一度だけ小さく身じろぎしたものの、目を覚ますことはなかった。
「よく眠ってるね」
桜が囁く。
兵士の一人が寝室の扉の前に立った。
「我々は、ここでお守りします」
「うん」
桜は頷いた。
そして扉が閉まる。
桜はベッドのそばに置かれた椅子へ腰を下ろした。
ふわりと宙に浮かぶ小さな妖精へ目を向ける。
「妖精さん……」
「なんじゃ?」
「いや。名前で呼んだほうがいいのかな」
「特にこだわらぬ。妖精さんでよい」
「それは、こっちが困るよ」
桜は少し笑った。
「うーん……」
妖精は小さな腕を組み、考え込むように宙で首を傾げた。
「名付けてもらえなかったのかな」
桜が冗談めかして言う。
「そういうわけではない」
「じゃあ、あるんだ」
「うーん……」
妖精はもう一度考えた。
しばらくして、ようやく顔を上げる。
「……ルフェルン」
「え?」
「ルフェルン。そう呼んでもらってよい」
「ルフェルンさん、よろしくね」
「それもまどろっこしい。ルフェルンでよい」
「じゃあ、私も桜と呼んでね」
「桜か」
妖精はその名を口の中で転がすように、もう一度呟いた。
洞窟や地下遺跡で現れた光が、この妖精の正体なのだとすれば、桜という名前は、とっくに知っていたのだろう。
それでも、こうして声に出して呼ぶことが、どこか嬉しいらしい。
「桜か。ずいぶん可愛らしい名じゃな」
「そう?」
「うむ。なんとなく、そなたらしい」
桜は少しだけ笑った。
「じゃあ、ルフェルンはどういう意味?」
「うーん……」
ルフェルンはまた考え込んだ。
「そういえば、知らぬな」
「ふーん」
桜は少しだけ目を細めた。
そして、もう一度、王女のリディアへ目を向ける。
いつもなら元気いっぱいなのだろう。そんなことを感じさせる少女が、今はすっかり疲れ果てて眠っている。
燃えるような赤い髪が、枕の上に広がっていた。
その色が、隣に浮かぶ妖精の髪とよく似ている。
桜はちらりと妖精のほうを見た。
同じ赤でも、ルフェルンの髪は、水に溶かしたルビーのような、どこか透き通った赤だった。
――楓花も、カメリアも、ひまわりも、どこかで無事にいる。
今は、それを信じるしかなかった。




