11 はじまりの神殿
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 兵士の剣 / かわのふく
楓花 LV 3(盗賊)
E : ルミナスナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 3(魔法使い)
E : カメリアのステッキ/ ぬののローブ
ひまわり LV 3(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】はじまりの神殿
はじまりの神殿の中へ入ると、正面に受付があった。
受付には、神官の女性がひとり座っている。黒に近い青紫の髪の女性であった。
「十五歳の巡礼の方ですね。お待たせしました。受付を再開します」
神官は四人が差し出した書類に目を通していく。
「サクラさん、フーカさん、カメリアさん……」
そこで、わずかに目を止めた。
「ヒマワリ……さん?」
顔を上げ、ひまわりを見る。
「珍しい響きのお名前ですね。東方のご出身ですか?」
そう言ってから、書類を確認する。
「はい。間違いありませんね。それでは、受付はこれで終わりです」
「これから、すぐ儀式ですか?」
桜が尋ねる。
「いえ。前の方の儀式が終わりましたら再開ですので、準備ができ次第、お呼びします。それまで、控室でお待ちください」
「分かりました」
桜が答える。
四人は神官に頭を下げ、案内された控室へ向かった。
祭壇の間へ続く扉の前には、小さな控室が設けられていた。神殿の内部だけあって、外の村の賑わいはほとんど聞こえない。
壁際には簡素な長椅子が並んでいる。
四人はそこへ並んで座った。
待っているのは自分たちだけだが、扉の前には宿屋で会った兵士二人が控えている。
「きっと王女さまがいるのだろう」
楓花が小声で言った。
「うん。無事に終わるといいね」
桜も声を落として答える。
――たしか、「国王の継承の儀式」といった。
「もうすぐかな? うちらは、いつ呼ばれるんやろ」
ひまわりが扉を見ながら尋ねると、楓花がすぐに人差し指を唇へ当てた。
「しー。神殿なんだから、もう少し静かに」
「はいはい」
ひまわりは素直に口を閉じたが、反省しているというより、仕方なく従ったという顔だった。
カメリアは何も言わなかった。ただ、ひまわりのほうをちらりと見る。その表情には、声に出さない「また始まった」という諦めが浮かんでいた。
そのとき、扉の向こうで何かが倒れるような音がした。
四人がそろって顔を上げる。
「おーい。蝋燭台の光が消えたぞ。何をやっているんだ」
少し慌てた男の声が響いた。
「申し訳ありません。すぐに用意いたします」
別の声が落ち着いて応じる。
しばらくして、扉が開いた。
神官のひとりが出てきて、何事かを確かめるように周囲を見回す。そのまま急ぎ足で廊下の奥へ向かっていった。
慌てていたのか、扉は閉められないままだった。
――その隙間から、祭壇の間が見えた。
控室よりもずっと薄暗い。
それでも、四人の目には不思議なほど奥まで見えた。さきほどまで洞窟の暗闇を歩いていたせいかもしれない。
大きな建物にしては、この祭壇の間は、ずいぶんと控えめな礼拝堂の一室のようだ。
はじまりの神殿は、生命の神ヴィータを祀るこの主祭壇――祭壇の間を中心に、いくつもの礼拝堂が配置された複雑な造りになっている。主祭壇だからといって、とりわけ大きく造られているわけでもない。
その祭壇の間、長椅子の向こうには、生命の神ヴィータをかたどった大きな女神像が立っている。
その足元には、儀式を執り行っているらしい神官長がいて、そのさらに手前には、小さな赤い髪の幼女の後ろ姿が見えた。
風の国ルフトの王女、リディアだった。
桜が目を凝らした、そのときだった。
――ふと、視界の端に淡い光が浮かんだ。
小さな光の粒が、宙に漂っている。
桜は思わず目を瞬かせた。
光は消えない。それどころか、まるで桜を待っているかのように、ゆっくりと扉の向こうへ進んでいく。
洞窟でも、地下の古代遺跡でも、桜の行く先を導いてきた光。
桜にしか見えない、不思議な案内人だった。
「……え?」
桜が声を漏らした。
「どうしたの?」
楓花が尋ねる。
「光が……」
桜が指差した先を、三人も見る。しかし、やはり、その光は見えない。
カメリアだけが、桜の顔と、その視線の先を交互に見た。
「桜を、祭壇の間へ案内しているんだね?」
「うん」
「じゃあ、行ってみれば?」
あまりにも簡単に言われて、桜はカメリアを見る。
「いいのかな」
「うん。分からないけど、また何かがあると思う」
楓花も少し考えてから、うなずいた。
「うちらも行くで」
ひまわりが立ち上がる。
「ひまわり、勝手に――」
「だって、桜ひとりだけ行ったら、桜だけ神官に怒られるで」
よく分からない理屈だったが、このときはなぜか、それで納得してしまった。
「……それもそうね」
カメリアは何も言わず、三人のあとに続いた。
祭壇の間の扉のそばにいた兵士が気づいて、慌てて四人の前に出る。
「お待ちください。儀式の最中ですから、関係者以外は――」
そこまで言って、兵士は桜の顔を見た。
洞窟で自分たちを助けてくれた少女である。止めなければならないのは分かっているのに、命を救われた相手に対して、ただ規則だからという理由だけで立ちはだかることには、どうしてもためらいがあった。
「……少しだけですよ」
結局、兵士はそう言って道を空けた。
「ありがとうございます」
桜は頭を下げると、光のあとを追って祭壇の間へ入った。
その瞬間、祭壇のそばにいたイリスが振り返った。
王女の家庭教師兼付き人――桜たちと同年代の少女である。
頭の後ろで上品にまとめられた銀色に近い淡い髪。
その青い瞳が、桜を捉えた。普段と変わらない静かな表情だったが、その目だけが、ほんのわずかに揺れた。
桜の腰には二振りの剣がある。一つは平凡な剣だが、もうひとつ――それは、光のつるぎだった。
イリスの視線が、その光のつるぎへ向く。
けれど、何も言わなかった。
ただ、その顔には、長いあいだ探し続けていた答えを突然目の前に見つけた人間だけが見せる、かすかな驚きが浮かんでいた。
「……」
桜はそんなことには気づかず、光に導かれるまま祭壇へ近づいていく。
そのことを確認したのだろうか。
光は、桜の視界からふっと消えた。
――そのときだった。
「いやあ、ここで儀式が行われているんですな」
場違いなほど気さくな声だった。
祭壇の間へ、ひとりの男が入ろうとする。
それは、桜たちが洞窟でも、地下の古代遺跡でも見た顔だった。
仮面の男の横にいた、付き人のような男――ただ、今回は仮面の男の姿はない。
男は人のよさそうな笑顔を浮かべ、まるで偶然ここへ来ただけのような顔をしている。
服装にも、これといった特徴はない。
ただ、その目だけは笑っていなかった。
奥には祭壇があり、神官長と二人の神官、王女と付き人の少女――そして桜たち四人へと、視線だけが忙しく動いている。
扉の手前には、兵士が二人いる。
「こんなところでお会いするとは、いやあ、奇遇ですな」
「何者だ!」
二人の兵士が同時に声を上げる。
少なくとも一人は、この男を初めて見るわけではないはずだ。だが、そのときは横にいた仮面の男に気を取られ、そこまで意識が回らなかったのだろう。
男は困ったように両手を上げた。
「まあまあ、そんな怖い顔をなさらずに。ちょっとした用事があっただけですよ」
「ここは関係者以外――」
兵士が一歩踏み出した。
男の指先が、ごく小さく動く。
白い粉のようなものが、ふっと舞った。
次の瞬間、二人の兵士の身体がぐらりと揺れ、そのまま床へ崩れ落ちた。
「兵士さん!」
桜が振り返り、入り口で起きた異変に気づいて叫ぶ。
男は悪びれもせず、むしろ申し訳なさそうな顔をした。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと眠っていただいただけです。命まで取るつもりはありませんよ」
そう言いながら、男は何事もなかったように祭壇へ歩みを進める。
その様子に、イリスの警戒が強まった。
「あなた……」
彼女の視線が男の手元へ向く。
そこには、手のひらほどの小箱――そこには見慣れない文様が入っていた。
「それを、どこで――」
「さて、どこでしょう」
男が笑う。
その瞬間、イリスが動いた。
「リディア殿下から離れなさい!」
あえて名を呼んだのは、リディア自身に危険を知らせるためだった。
男が装置を掲げる。
「それは、ちょっと難しい相談ですな」
そして、装置が作動した。
その瞬間、イリスがリディアの前へ出た。
何かを唱える声が聞こえたわけでもない。
ただ、彼女が手をかざした次の瞬間、小箱と桜たちの間に淡い光の障壁が現れた。
「えっ……」
桜が息をのむ。
家庭教師だと思っていたイリスが、魔法を使ったように見えた。
しかも、それが何の魔法なのか、目の前に現れた障壁が何なのか、桜にはあまりにも突然のことで理解が追いつかない。
そして、次の瞬間、男が持っていた装置から凄まじい衝撃が祭壇の間を襲った。
轟音とともに、爆発の力が淡い光の障壁へ叩きつけられる。
その衝撃を、淡い光の障壁がまともに受け止めた。
だが、もはや何が起きたのかを考える暇などなかった。
「――防幕の呪文」
カメリアもほとんど同時に魔力を放ち、淡い光の障壁へもう一枚の防壁を重ねた。
二重の防壁が、爆発の力を受け止める。
爆発音は凄まじかった。それでも、その力の多くは二重の防壁によって押さえ込まれていた。
――けれど、建物そのものは耐えられなかった。
天井を組んでいた木材が大きく軋み、ゆっくりと傾いていく。
やがて重みに耐えかねたように崩れていくが、激しい轟音を立てることはなく、砂埃と小さな石片がぱらぱらと床へ降り注いだ。
壁には亀裂が走り、ところどころが崩れ落ちていく。
それでも、防壁がなければ、これだけの被害では済まなかっただろう。
楓花が、崩れた壁には目もくれず、男の手元に残る小箱へ視線を戻した。
「この小箱……まだ何かある」
「いやあ、察しがいいお嬢さんだ」
男が笑う。
楓花は迷わず男へ向かった。
「おっと」
男は軽く身をかわした。その動きが、どこか不自然だった。
楓花の手が、その服の袖をかすめる。
「魔法……」
楓花が呟いた。
――物理的な攻撃を避けるための魔法のようだ。
「ええ。私も一応、少しばかり心得がありましてね」
男はそううそぶいてみせた。
楓花は、その動きに使われたものが、何らかの魔法の道具だと見抜いていた。
だが、それを指摘している余裕はない。
ひまわりが杖へ手を伸ばす。
「うちも――」
だが、杖を取り出すより早く、床の様子が変わった。
祭壇の間の床一面に、古びた紋様が浮かび上がった。
「……何?」
カメリアが足元を見る。
淡い光が床から立ち上がり、祭壇の間を満たしていく。
それは人の身体を包むように広がり、触れた者の姿をゆっくりと薄くしていった。
神官長が驚いて振り返る。
「これは……? 神殿の――」
最後まで言葉を続けることはできなかった。
身体が光の中へ溶けるように消えたからである。
二人の神官も同じだった。
「え、ちょ……なんなん、これ!」
ひまわりが声を上げたときには、すでに足元から光が身体を包み始めていた。
カメリアもその異変を理解しようとしたが、考えるより先に身体が薄くなっていく。
「カメリア!」
桜が叫ぶ。
「大丈夫」
カメリアはいつもの落ち着いた声で答えた。
「たぶん、守るためのものだから」
その言葉を残して、カメリアの姿が消えた。
イリスもまた光に包まれていた。
彼女は最後まで祭壇のリディアを見ていたが、その姿もやがて淡い光の中へ消えていった。
楓花も同じように光に包まれた。
ただ、彼女だけは少し様子が違った。
身体が薄くなり始めたところで、なぜか一度、その光が止まったのである。
「……?」
楓花は自分の手を見た。
光が迷っているように見えた。
ほんのわずかな時間だった。
だが、次の瞬間には楓花の身体も光に包まれ、その場から消えた。
男は、その様子を見ていた。
そして、自分の足元にも同じ光が広がっていることに気づいた。
「……これは、私もですか?」
初めて、その笑顔から余裕が消えた。
男の姿も、淡い光の中へ消えていった――小箱を残して。
祭壇の間から、人の気配が消えた。
残されたのは、桜とリディアだけだった。
――その直後だった。
床へ転がっていた小箱の奥から、黒い霧のようなものが出てきた。
これまで桜が見たことのない、禍々しい黒い煙だった。
殺気と憎悪の意志さえ、ひしひしと感じられる。
――恐ろしいほどに黒い、漆黒の煙が、たちまち祭壇の間全体へ広がっていく。
まるで、この場にいたすべての命を奪おうとするかのように。
けれど、その場に残っている者は、もう二人しかいなかった。
先ほどまでそこにいた人々は、床から放たれた淡い光に包まれ、すでに姿を消している。
黒い煙は、そのことを知るはずもない。
それでも、煙は二人へ向かって伸びてくる。
桜は考えるより先に、リディアの前へ出ていた。
「危ない!」
小さな身体をかばうように両腕を広げる。
まさに、その瞬間だった。
桜とリディアのあたりで、白い光が強く輝いた。
それは、床から発せられた光とは別のものだった。
桜には、自分にしか見えない、あの光と同じもののように思えた。
そして、光は桜とリディアをやさしく包み込む。
まるで二人を覆う薄い膜のように広がり、黒い煙が触れようとすると、その力を静かに押し返した。
桜には不思議な安心感があった。
誰かが自分のすぐそばにいて、何も言わずに守ってくれている。
そんな感覚だった。
黒い煙は祭壇の間を走り抜け、やがて消えた。
小箱もまた、すべてを見届けたかのように、静かに消えていった。
桜とリディアを包み込んでいた光もまた、消えた。
――静かになった。
桜は腕の中のリディアを見る。
あまりのできごとに、元気そうだった幼女も言葉を失っている。
それでも――少女は無事だった。
けれど、周囲には誰もいない。
楓花も、カメリアも、ひまわりも、イリスも、神官たちも、そしてあの男も消えてしまった。
崩れかけた神殿の中で、桜は途方に暮れたようにあたりを見回した。
「みんな……どこへ行ったの?」
答える者はいない。




