10 四人のひととき
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 砕けたのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 3(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 3(魔法使い)
E : カメリアのステッキ/ ぬののローブ
ひまわり LV 3(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】クヴェル村
王女が泊まっていた宿屋を出ると、四人は先ほどギュンターと別れた通りへ向かった。
武器屋の看板は、通りの角からでもよく見える。
扉を開けると、油と革、それに鉄の匂いが混ざった独特の空気が流れてきた。
「桜ちゃん、来てくれたんだね」
店の奥から、武器屋の主人――ギュンターが顔を出した。
「うん。さっき言ってた剣をもらいに来たの」
「はーい。これだ」
ギュンターが差し出したのは、一本の剣だった。
桜は、普段ならこういうときにも遠慮するところだが、相手は幼いころから知っているギュンターである。
今回は素直に手を伸ばした。
「兵士の剣だ」
桜は受け取ると、鞘から少しだけ刀身を抜いてみた。
黒髪が肩からさらりと落ち、柔らかな黒い瞳が剣に向けられる。
「ありがとう」
「どういたしまして。まあ、銅のつるぎよりはずっと使いやすいだろう。今度は大事にしてくれよ」
ギュンターはそう言ったが、ついに銅のつるぎが折れた理由については、何も聞かなかった。
その横から、楓花が覗き込んだ。
低い位置でまとめた黒髪の団子が小さく揺れる。
細いスクエア型の眼鏡の奥で、琥珀色の瞳が剣の柄から鍔、鞘へと順番に動いていった。
「すごい。兵士の剣」
「分かるのかい?」
「実戦向けですね。無駄が少ない。握ったときに力が逃げにくい造りになってる」
楓花は剣を眺めながら、ほとんど独り言のように続けた。
「大量生産するなら、こういう構造のほうが合理的」
「こいつの良さが分かるのかい」
ギュンターが嬉しそうに笑った。
「お嬢ちゃんには、こっちだ」
そう言って差し出したのは、小ぶりのナイフだった。
「ルミナスナイフ」
女神の髪を模した神聖な彫刻が鍔に施されている短剣だ。刃には、錆びることのない鉄が使われている――学生にはもったいないくらいの代物だ。
「いいの?」
楓花が目を輝かせて受け取る。
「代金は?」
「いいってことよ。桜ちゃんの友だちから、お金なんてもらえないよ」
ギュンターは笑いながら、わざとらしく腕を組んだ
「まあ、ディードリヒのつけにでもしておこうかな」
「お父さんの?」
桜が苦笑する。
「冗談だよ」
その横で、ひまわりがじっとナイフを見ていた。
茶色のポニーテールが肩の後ろで揺れ、黄色みがかった黒い瞳が、ルミナスナイフからギュンターの顔へ、そしてまたナイフへと移る。
その視線に気づいたギュンターが、ひまわりを見る。
「そっちのお嬢ちゃんたちは、魔法使いだよね。見れば分かるよ」
「せやねん!」
ひまわりが嬉しそうに答える。
「悪いが、うちはそういうのがないんだよ。杖とか魔道具とかは扱ってなくてね」
「えー」
ひまわりの肩が落ちた。
その隣では、腰まで届く銀髪を揺らしながら、カメリアが静かに店内を見渡していた。
青い瞳はいつものように落ち着いていて、特に何も言わない。
「まあ、魔法使い向けの商品まで置いたら、今度は何屋なのか分からなくなるからね」
ギュンターが苦笑する。
「そっかぁ」
そのとき、楓花の足が止まった。
壁際に掛けられていた革の鎧である。
なめし革を何枚か重ね、肩や脇の部分には動きやすくするための切れ込みが入っている。
楓花はルミナスナイフを片手に持ったまま、もう片方の手で鎧の留め具を眺めていた。
「……なるほど」
「お嬢ちゃん」
ギュンターが声をかける。
「そっちはあげられないよ。商売っていうものがあるからね」
楓花が顔を上げた。
「いや、そんなつもりは」
「ふふっ」
桜が横から笑った。
「誤解されて当然だよ、楓花」
「……桜」
楓花が眼鏡を押し上げる。
「私は構造を見ていただけ」
「うん。知ってるよ」
桜は楽しそうに笑った。
「でも、ギュンターさんには欲しそうに見えたんじゃないかな?」
「……」
楓花は何も言い返せなかった。
ギュンターが豪快に笑う。
「まあ、また何か面白いものが入ったら見せてやるよ」
「お願いします」
楓花だけは真面目だった。
「そこは本気なんだね」
桜が笑う。
四人はギュンターに礼を言って、武器屋をあとにした。
通りへ出ると、昼過ぎの村には朝とは違った賑わいが生まれていた。店先には人が集まり、広場のほうからは甘い匂いが流れてくる。
その匂いを最初に見つけたのは、もちろんひまわりだった。
「……あっ」
茶色のポニーテールがぴんと跳ねる。
「どうしたの?」
桜が振り返った。
ひまわりは広場の屋台を指差した。
「お菓子や!」
「ああ」
桜も思い出した。
朝、この村に入ったとき、ひまわりが楽しみにしていたものだ。
「そういえば、食べてなかったね」
「せやろ?」
ひまわりは嬉しそうに笑った。
「神殿行く前に、ちょっとだけ食べよ」
「ちょっとだけ、ね」
楓花が念を押す。
「巡礼の時間、大丈夫?」
「王女様の儀式が終わらないと、十五歳の巡礼の儀式は再開しないってことだから、まだ、じゃないかなあ」
桜が答えた。
「うんうん」
ひまわりは、もう屋台の前に立っている。
楓花は呆れたように眼鏡を押し上げたが、結局ついていった。
やがて、ひまわりの手には焼き菓子がひとつ乗っていた。
「いただきます」
一口かじる。
「……めっちゃええやん!」
その顔には、先ほど武器屋で魔法使い用の武器がないと知ったときとは比べものにならないほどの喜びが浮かんでいる。
「朝から楽しみにしてた甲斐があったね」
桜が笑う。
「うん。これは大当たりや」
ひまわりは満足そうに頷きながら、もう一口かじった。
その様子を眺めていた楓花が、ふと口を開く。
「ところで、国王継承の儀式って、なんなんだろう?」
宿屋で王女のリディアが話していた儀式のことだ。それが中断されているため、十五歳の巡礼の儀式も、まだ再開されていない。
ひまわりが口を動かしたまま楓花を見る。
「国王が代わって、次の国王がその地位を継承する儀式のことだね」
カメリアが静かに答えた。
「うん。風の国ルフトでは、クヴェル村のはじまりの神殿で、生命の神ヴィータの前で、それを宣言する」
「それくらいは分かっている」
楓花は即座に返した。
「でも、なんで秘密にして行うの? そもそも、今の国王って亡くなってないだろう」
「うーん」
桜が少し考えた。
「秘密にする理由は分からないけど、必ずしも国王が亡くなったから、国王が交代するってわけじゃないよ」
「うん。そうだね。そのあたりに極秘裏にする理由があるんだろうね」
カメリアが静かに言った。
銀髪が肩から胸元へ流れ、青い瞳が遠くを見る。
「王女さまの家庭教師兼付き人と言っていたイリスさんも、何か事情を知っているのかもしれないね」
「たとえば――」
楓花が言葉を選ぶ。
「簒奪?」
「ええ……それって悪者やん」
ひまわりが眉を寄せる。
どうやら「簒奪」という言葉の響きだけで、すっかり悪事だと決めつけたらしい。
桜がくすりと笑う。
「そういうところ、楓花の悪い癖だよ」
「何が?」
「悪いほうから考えるところ」
「決めつけていない。私は可能性を挙げただけ」
楓花は眼鏡を押し上げた。
「可能性を考えることと、結論を出すことは別」
「まあね」
桜は楽しそうに楓花の顔を覗き込む。
「でも、悪いほうから考えるのは好きだよね」
「……可能性のひとつ」
「でも……王女様って、リディアちゃんといったっけ。あんな小さいのに、国王継承の儀式なんだよね」
「そう」
「本人が望んだことなのかな」
「周りの側近たちが、そそのかしたとか」
「小説の読みすぎじゃない?」
桜が笑う。
「もう、桜も楓花も。そんな話ばっかりしてたら、お菓子がまずくなるよ」
ひまわりが、残った菓子を大事そうに持ちながら言った。
「せっかくめっちゃおいしいのに」
「それは確かに」
桜が頷く。
カメリアも小さく笑った。
楓花はまだ考えたそうな顔をしていたが、それ以上は口にしなかった。
四人はお菓子を食べ終えると、今度こそ、はじまりの神殿へ向かって歩き出した。
広場を抜ける。
村の建物が少しずつ途切れ、その先に、木組みの大きな建物が見えてきた。
はじまりの神殿。
四人がこの旅の目的地として目指してきた場所だった。
桜は思わず歩みを緩めた。
今日、ここを訪れるのは、これで三度目だ。
一度目は、儀式がまだ始まらないと言われ、引き返した。
二度目は、地下の古代遺跡から、地下の物置へと抜け出した。
三度目は――どうなるのだろう。
黒髪が風に揺れる。
見上げた先にある神殿の姿に、黒い瞳が輝いた。




