09 風の国の王女
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 砕けたのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 3(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 3(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 3(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】クヴェル村
兵士に案内され、四人は宿屋の二階へ上がった。
洞窟で仮面の男に倒され、一時は気を失っていた兵士だったが、いまは足取りもすっかり元に戻っている。
階段を上りきったところで、別の兵士が待っていた。
こちらは、薬草を探しに洞窟へ向かった兵士を探してほしいと、四人にそれとなく頼んだ、あの兵士である。
「皆さん、こちらへ」
兵士はそう言って、廊下の奥にある部屋の前まで四人を案内した。
扉の脇には、ひとりの少女が立っていた。
四人と同じ、十五歳ほどに見える。
淡い銀髪を頭の後ろで上品にまとめ、青い瞳で静かに四人を見つめている。
整った顔立ちに加え、すらりとした長身と均整のとれた姿は、同年代の少女とは思えないほど目を引いた。
ただ、その美しさにはどこか近寄りがたいものがあった。
表情の変化が少なく、静かに立っているだけなのに、周囲から一歩離れているような孤高の雰囲気をまとっている。
その姿を見たひまわりは、何となく隣のカメリアと見比べた。
腰まで届く銀髪のカメリアと、頭の後ろでまとめられた目の前の少女の銀髪。同じ銀髪でも、カメリアのほうが白に近い。
髪の長さこそ違うものの、白い肌や整った顔立ちには、たしかにどこか似たところがある。
「なんだか、カメリアに似ているね」
ひまわりが、思ったままを口にした。
「ひまわり。初対面で失礼だよ」
楓花が小声でたしなめる。
「え、そうなん?」
ひまわりは悪びれた様子もない。
少女は少しだけ目を細めたが、気を悪くした様子はなかった。
一方、名前を出されたカメリアは、どう返していいものか分からないような顔をしている。
「ありがとうございます」
少女が穏やかに答えた。
その言葉に、四人が顔を上げる。
「薬草を届けた兵士から、事の子細は聞いています。皆さんに助けていただいたおかげで、リディア殿下も、ずいぶん元気になりました」
少女はそう言って、部屋のほうへ一度だけ視線を向けた。
「泉癒草……でしたね。聞いていた以上の効能です」
そして、四人を部屋の中へ促した。
部屋は、この宿屋では一番広い部屋なのだろう。
とはいえ、王女が滞在するには、いささか質素である。大きめのベッドに小さな机、椅子が数脚。それだけで、壁にも家具にも、目を引くような飾りはなかった。
少女はベッドのそばまで歩み寄った。
そのベッドの上に、もうひとりの少女がいた。
布団を胸元までかけ、上半身を起こしている。
七歳くらいだろうか。
炎を思わせる赤い短髪が頬のあたりで揺れ、大きな瞳が、珍しいものでも見るように四人を眺めていた。
「この人たち?」
少女が尋ねる。
「はい」
兵士が答えると、少女の顔がぱっと明るくなった。
「ほんとうに?」
そして、四人に向かって、
「ありがとう!」
と元気よく言った。
その声に、桜は思わず笑みを浮かべた。黒髪の長い髪が肩からさらりと揺れる。
「元気になったみたいで、よかった」
「うん。もう元気! そうだよね、イリス先生」
赤毛の少女は、そう言って胸を張った。
その横に立っていた、イリスと呼ばれた銀髪の少女が、わずかに眉を寄せる。
「まだ無理をなさっては」
「でも、リディア、元気だよ?」
「病気が治ったばかりです」
「ほんとに元気なのに」
リディアは頬を少し膨らませた。
二人のやり取りを見て、桜は小さく笑う。
どうやら、この光景は今日に始まったものではないらしい。
そのとき、リディアが何かを思い出したように言った。
「この村に来て、儀式をしようとしたら、急に頭が痛くなったんだよ。それで神殿の神官さんに診てもらったら、流行り病とか、呪いみたいな病気かもしれないって。みんな慌ててた」
「殿下」
イリスが静かに口を挟んだ。
「それで儀式を中断して、この宿屋で休んでたの」
リディアは、最後まで話してしまった。
イリスは一度、目を閉じた。
そして、ごく小さな声で何かを呟く。
……また、余計なことまで。そこまで話さなくてもいいでしょうに。
声が小さかったため、四人には何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
ただ、カメリアだけが、ほんのわずかに顔を上げた。
「儀式っていうと、十五歳の巡礼ですか?」
ひまわりが尋ねた。
リディアの話を聞いて、てっきり自分と同年代の少女――イリスが、自分たちと同じ儀式を受けるものだと思ったらしい。
「話の流れからして、そこは王女様のほうの儀式でしょ」
眼鏡の奥の琥珀色の瞳を細め、楓花が小声で言った。
イリスが、そこでようやく四人へ向き直った。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
口調は穏やかだが、どこか隙がない。
「こちらが、リディア・ヴァルデン殿下。風の国ルフトの王女です。そして私は、イリス・カリステ。殿下の家庭教師兼、付き人といったところです」
その名乗り方は簡潔だった。
必要なことだけを伝え、それ以上は何も語らない。
そして、桜たち四人も簡単に名乗る。
「それで――ああ、そういうことか。儀式っていうのは、リディアさんのほうなんやね」
ひまわりが、ぽんと手を打つように言った。
茶色のポニーテールが、その動きに合わせて揺れる。
「うん」
リディアは素直にうなずいた。
「国王継承の儀式なんだよ。でも、リディアのせいで中断したんだ」
その声が、ほんの少しだけ小さくなる。
「国王継承の儀式」
――もっとも、リディア自身は「コクオウケイショウのギ」と、まるで意味を理解していないような棒読みだった。
その言葉を聞いた瞬間、四人の表情が変わった。
ただの祭事ではない。
王国の未来に関わる、重大な儀式なのだろう。その程度のことは、四人にも分かった。
「リディアのせいで……」
桜が、思わず繰り返す。
イリスが静かにリディアを見る。
「殿下」
その声には、先ほどまでより少しだけ強い響きがあった。
「なんでも話せばいいというものではありません。また、小うるさい従者たちに怒られますよ」
「だって、本当のことだもん」
「それでもです」
リディアは少し考えた。
そして、あっさりとうなずく。
「うん。リディア、わかった」
本当に分かったのか、それとも、とりあえず返事をしただけなのか。
四人には、まだ判断がつかなかった。
ただ、先ほどまで病気で寝込んでいた少女とは思えないほど、リディアが元気を取り戻していることだけは、はっきりと分かった。
そのとき、リディアが小さく咳をした。
「ごほん」
イリスの視線がすぐに向く。
「もうすぐ儀式も再開されますので、無理なさらないでください」
その言葉に、桜はそっと立ち上がった。
「じゃあ、自分たちはここで失礼したほうがいいですね」
「そうしていただけると助かります」
イリスが答える。
そして、四人を見渡した。
「それと、ここで話したことは公言なさらないようお願いします。殿下がこの村を訪れていること自体、極秘裏のことですので」
「どうして?」
ひまわりが首を傾げる。
「ひまわり」
楓花がまた小声でたしなめる。
「いえいえ」
イリスは穏やかに笑った。
「疑問に思われるのも当然です。ただ、こちらにはこちらの事情がありますので」
それ以上は語らない。
桜も、それ以上は尋ねなかった。
四人が部屋を出ようとすると、背後から声がした。
「また来てね!」
リディアだった。
「殿下、お待ちください」
イリスが言うより早く、リディアは布団を跳ねのけ、元気よくベッドから立ち上がっていた。
「もう……」
イリスが額に手を当てる。
「病み上がりだと言っているでしょう」
「でも、みんな帰っちゃうよ」
「お見送りは必要ありません」
「えー」
リディアは不満そうな顔をした。
その様子に、ひまわりが思わず笑う。
桜もつられて笑い、カメリアは静かに目を細めた。
楓花だけが、やっぱりまだ休んだほうがいいと思う、と言いたげな顔をしている。
四人は最後にもう一度、王女へ頭を下げた。
――ただ、その直前。
桜は気づかなかったが、イリスの視線が一瞬だけ、桜の腰に下げられた光のつるぎへ向いていた。
まるで、何かを確かめるように。
やがて、扉が閉じる。
廊下へ出た桜たちは、誰からともなく顔を見合わせた。
王女と直接会い、言葉を交わす。
それだけでも、普通に暮らしていれば、そうそう経験できることではない。
まして四人の暮らすブルーメンの町から、王都ルフトブルグまでは遠い。王族の人間を間近に見る機会など、ほとんどないのだ。
――クヴェル村に着いてから、まだ一日も経っていない。
それなのに。
洞窟に潜り、魔物と戦い、兵士を助け、仮面の男に襲われ、地下の古代遺跡を見つけ、謎の光と光のつるぎに出会い、石の巨人とも戦い、地下から地上へ抜け出した。
そして今度は、風の国ルフトの王女とまで言葉を交わした。
今日という一日には、いったいどれだけの「初めて」が詰め込まれているのだろう。
四人は、そんなことを思いながら、しばらく廊下に立っていた。




