01 巡礼馬車
【現在のステータス】
桜 LV 1 (戦士)
E : なまくらのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 1 (盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 1 (魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 1 (魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】巡礼馬車
四人の少女を乗せた馬車は、春を待つ風を受けながら、街道が四方へ伸びるブルーメンの町を後にしていた。
「巡礼馬車か。思ったより乗り心地がいいや」
早朝から東へ向かって走り続けてきた桜は、馬車の揺れに身をまかせながら、そんな感想をもらした。
幼い頃から、父に連れられてこの先のクヴェル村へ何度か来たことがある。そのときは父の操る馬だったから、こうして馬車に揺られていくのは、ずいぶんと勝手が違った。
車輪の振動に身を任せていると、街道の景色のほうが自分の前をゆっくり流れていくように感じられる。
歩いて向かう巡礼者も少なくないなか、馬車に揺られていくのは、十五歳を迎えた者に許された、ちょっとした贅沢なのかもしれない。
何より今日は、十五歳の巡礼――一人前として認められるための、大切な日だった。
馬車の揺れに合わせ、桜の黒い髪が肩で揺れる。自然に分かれた前髪の下の黒い瞳は柔らかな目元に包まれ、どこか人を安心させるような親しみやすさを持っていた。
小ぶりな巡礼馬車は屋根こそなく、雨になれば簡単な幌を張る程度の造りだが、長年この街道を往復してきただけあって丈夫である。
車輪が固く踏み固められた街道を軽快に転がり、馬の蹄が乾いた音を響かせていた。
御者は手綱をわずかに操るだけで、馬の歩みを乱さず馬車を走らせていた。
吹き抜ける風は、まだ少し冷たい。
草原には湿った土の匂いが残り、街道沿いの木々も冬の面影を色濃くとどめている。それでも枝先には小さな芽がふくらみ始め、季節が確かに春へと向かっていることを知らせていた。
やがて小さな石造りの祠を過ぎると、街道の先に木立が見え始めた。
馬車は森へ向かって、ゆるやかに進んでいく。
桜は頬を撫でる風を受けながら、その先に広がる木々を静かに眺めていた。
この道を進めば、やがて深い森に入り、その森に囲まれたクヴェル村へ着く。
ブルーメンの町からは、徒歩でも早朝に出れば日暮れまでには往復できる距離だ。馬車なら、その半分ほどの時間で済む。
桜にとっても、幼い頃から、父に連れられて何度も訪れた村だった。
もっとも、桜はほかの子どもとは少し違っていた。木組みの家、石積みの城、長い年月を重ねた神殿――物心ついた頃から、そうした建物がどのように造られているのかを見るのが好きだったのである。
父が国の兵士として各地へ赴任するたび、桜はその土地の建物に目を輝かせ、まだ見たことのない城や神殿については、本や人の話から想像を膨らませていた。
けれど学校へ通うようになってからは、町を離れて遠くの建物を見に行く機会もなくなった。父だけが赴任地へ向かい、桜は町に残ることが多くなったからである。
だからこそ、今日の巡礼は少し楽しみだった。
久しぶりにクヴェル村を訪れ、あの神殿を自分の目で見られる。それだけでも十分に楽しみだったが――もう一つは……。
「また神殿のこと考えてる?」
向かいから声が飛んできた。
団子髪に細い眼鏡をかけた、小柄な少女――楓花だった。
桜は我に返り、少しだけ笑う。
「分かった?」
「顔を見れば」
「そんなに分かりやすいかな」
「分かりやすい」
即答だった。
桜は思わず笑う。
こうなると、もう少し聞いてみたくなる。
「じゃあ、楓花は何を考えてたの?」
「揺れが少ない」
「……え?」
「この馬車」
楓花はそう言って、馬車の外へ視線を向けた。
桜もつられて足元を見る。けれど、言われても何が違うのかはよく分からない。
「車輪だけじゃない。車体を革で吊ってあるし、振動がうまく逃げるように造られている。古い形式だけど、かなりよく考えられてる」
楓花の話によれば、この形式は土の国アーデンで古くから使われてきたものらしい。
そこから街道を行き交う人々とともに各地へ伝わり、今では珍しいものではなくなっているという。
「ふーん」
桜はそこで話を切った。
話そのものがつまらないわけではない。桜だって、古い技術がどのように広まったのかには興味がある。ただ、それ以上に、こういう話を始めた楓花がこのあとどこまで熱く語るのか――そちらのほうが気になった。
「楓花は、巡礼より馬車のほうが気になるんだ」
楓花は何か言い返そうとして、やめた。
御者がすぐ前にいる手前、余計な言い合いをするつもりはないらしい。
それに今は、桜の言葉よりも、この馬車がどのような仕組みで揺れを抑えているのかを確かめることのほうが気になっているようだった。
桜は口元に笑みを浮かべた。
やっぱり、昔から変わらない。
町へ出れば、楓花が最初に探すのは景色ではなく道具屋や骨董屋であり、古い建物へ入れば、壁画や調度品よりも先に歯車や機械仕掛けを探し始める。
楓花にとって世界とは、美しい景色を眺めるだけのものではない。
どう動くのか。どう造られているのか。なぜ、その形になっているのか。
その仕組みを知ることこそが、彼女にとって世界を知ることだった。
「うちは、その村のお菓子が楽しみやけどな」
それまで荷物に身体を預けていたひまわりが、のんびりと口を開いた。
茶色の髪をポニーテールにまとめた少女で、明るい瞳には、いかにも楽しそうな色が浮かんでいる。
「神殿もええけど、お腹も大事やろ?」
「ひまわりらしいね」
桜が笑う。
「巡礼の前に食べ過ぎたら、神様に怒られたりして」
「えぇ、それは困る」
ひまわりが本気で心配そうな顔をするので、桜はまた笑った。
「たぶん大丈夫」
その声は、銀色の長い髪を揺らして本を閉じたカメリアからだった。
腰まで届く銀髪と静かな青い瞳の持ち主で、その胸元には、銀のくびかざりが揺れている。
容姿だけを見れば、四人のなかでもっとも大人びて見える。
「うん。そうだね。生命の神ヴィータも、それくらいで怒ったりはしないと思う」
「ほんま? よかったぁ」
ひまわりは心底安心したように胸をなで下ろす。
桜は思わず吹き出し、楓花まで眼鏡の奥でわずかに目を細めた。
馬車の中に、小さな笑いが広がった。
四人とも十五歳。
幼なじみではあるが、こうして四人そろってクヴェル村へ向かうのは、実は初めてだった。
桜は父の赴任に伴って何度も村を訪れている。楓花も、幼い頃に一度訪れたことがあると聞いていたし、カメリアとひまわりは、まだ小さかった頃に家族ぐるみで一度、一緒に訪れたことがある。
だから、四人の記憶に残っているクヴェル村の姿は、それぞれ少しずつ違っていた。
「カメちゃん、『はじまりの神殿』のこと覚えとる?」
ひまわりが、ふと思い出したように尋ねる。
「うん。そうだね」
カメリアは窓のない馬車の外へ目を向けながら、記憶をたどるように答えた。
「礼拝堂の天井が、とても高かったこと。それから、生命の神ヴィータの像。六柱の神々を描いた壁画もあった」
「うちはなぁ……」
ひまわりは腕を組み、しばらく真剣に考えていたが、やがて照れくさそうに笑った。
「広場で食べた焼き菓子しか覚えてへん」
「ひまわりらしいね」
桜が吹き出す。
「ええやん。めっちゃおいしかってん」
「それは否定しないけど」
「もし今も売っとったら、帰りに食べよ」
「巡礼が終わって、時間が余っていれば」
楓花が口を挟んだ。
「まずは目的を済ませるべき」
「もう、楓花は真面目やなぁ」
ひまわりが頬を膨らませると、桜が笑い、カメリアも静かに微笑んだ。
そのやり取りを背中越しに聞いていた御者も、前を向いたまま、口元をわずかに緩めているようだった。
街道は深い森の中へと入っていった。
木立に囲まれると、馬車の車輪と馬の蹄の音が、静かな森に響いた。
しばらくして、御者が前を向いたまま声をかける。
浅黒い肌をした五十代ほどの男で、愛嬌のある目をしていた。
「今日は皆さんだけでしたね」
「この時期は珍しいの?」
桜が尋ねた。
「秋は巡礼が多いんですが、この季節は落ち着いています。皆さんのように春を迎える頃に来られる方もいますし、収穫を終えてから、ゆっくり来られる方もいますから」
「そうなんだ」
桜は頷き、再び街道の先へ目を向けた。
十五歳を迎えた若者が生命の神ヴィータへ祈りを捧げ、一人前である証となる――それが、この地方で古くから続く「十五歳の巡礼」だった。
特定の日に一斉に行われるわけではない。
十五歳を迎えてから十六歳になるまでの一年のあいだに、それぞれ都合のよい日に「はじまりの神殿」を訪れ、これまで受けてきた加護への感謝と、これからの人生の健やかな歩みを祈るのである。
神殿ではほぼ一年を通して巡礼者を迎えている。
だから、この旅を急ぐ必要はなかった。
それぞれが自分の節目として神殿を訪れれば、それでよい。
そして、その背景には、この世界に古くから伝えられてきた、女神さまと六柱の神々の物語がある。
創世の女神クレアが世界を創り、その世界に秩序を与えたのが、裁きの神ユディス、戦いの神ベルム、知識の神サピア、豊穣の神フェリア、調和の神コルダ、そして生命の神ヴィータ――六柱の神々であると伝えられている。
人々は、それぞれの暮らしを司る神へ日々祈りを捧げる。
なかでも風の国ルフトでは生命の神ヴィータへの信仰が篤く、十五歳の巡礼もまた、その加護への感謝を表す大切な儀式として受け継がれてきた。
「本当に、女神さまが、この世界を創ったのかな」
ふと、桜の口からそんな言葉がこぼれかけた。
けれど、すぐに飲み込む。
巡礼へ向かう馬車の中で、そんなことを口にするのは少し気が引けた。御者の前で、わざわざ波風を立てる必要もない。
それに、神話を信じることと、神殿に興味を持つことは別の話だ。
何百年ものあいだ人々の祈りを受け止めてきた「はじまりの神殿」を、桜は自分の目で見てみたかった。
神の奇跡よりも、そこに残された人の仕事のほうが、今は気になっていた。
森の中では風もやわらぎ、若い芽をつけた枝の間から、木漏れ日が車体へ淡い影を落としていた。
やがて街道はゆるやかな下り坂へ差しかかり、木々の向こうが少しずつ明るくなっていった。
御者が前方へ目をやり、わずかに手綱を引く。
「もうすぐですよ」
御者の声に、四人の視線がそろって前を向いた。
森の切れ間から、赤茶色の屋根がいくつも見えてくる。煙突からは白い煙が細く立ち上り、若い木々に囲まれた小さな村が、春の陽射しのなかに静かに佇んでいた。
クヴェル村だった。
馬車は、そのままゆっくりと坂を下っていった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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