07 闇のつるぎ
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 砕けたのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 3(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 3(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 3(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】地下の古代遺跡
四人は、しばらく閉ざされていた木の扉を見つめた。
ここまで来るのに、岩巨人との戦いまで経験している。それだけに、たった一枚の扉を開けることさえ、妙に大きな出来事のように感じられた。
「じゃあ、行こうか」
桜が扉を押し開ける。
その向こうには、暗い空間が広がっていた。
壁に取り付けられた魔法灯が淡い光を放っているものの、部屋の奥までは届かず、ところどころに濃い影が残っている。
それでも、目が慣れてくるにつれて、部屋の輪郭が少しずつ浮かび上がってきた。
「ここも、礼拝堂みたいやね」
ひまわりが呟いた。
先ほどの部屋とよく似ている。
白い石造りの床が正面の祭壇へ向かって伸び、その左右には木製の長椅子が並んでいる。広さも、ほとんど変わらないようだった。
ただ、こちらのほうが暗い。そのせいか、正面にあるものは、まだはっきりとは見えない。
そのとき、背後――岩巨人の残骸があるほうから、物音が聞こえた。
四人は振り返らなかった。
桜がやや慌てた様子で扉を閉める。
楓花は、周囲を見渡した。
「……いない」
「何が?」
「仮面の男と、その付き人」
楓花は念のため暗がりまで目を凝らした。
「やはり、この部屋には入っていないみたい」
「ということは、もう外へ出たんかな?」
ひまわりが言った。
「たぶんね」
楓花は答えたが、確信があるわけではない。分かっているのは、少なくともこの部屋に姿がないということだけだった。
ただ、すでに地下の古代遺跡を出て、もと来た洞窟を抜け、地上へ戻ったと考えるのが自然なのだろう。
となると、桜にはひとつ疑問が残った。
――なぜ、あの岩巨人は自分たちの前に現れて、仮面の男の前には現れなかったのだろう。
「ひょっとしたら……」
桜は、手にした光のつるぎを見つめた。
「このゴーレムは遺跡を守っていたんじゃなくて、この剣を守っていたのかもしれない」
どこか祭具めいた光のつるぎには、いまだに謎めいた佇まいがあった。
ひまわりが突然、正面の祭壇へ歩き出した。
こういうときの屈託のないひまわりの行動が、張りつめた空気を少しだけ明るくする。
「なあなあ。こっちにも剣があるんとちゃう?」
「どうして?」
桜が後ろから尋ねる。
「だって、さっきの部屋にもあったやん」
あまりにも単純な理由だった。
しかし、ひまわりの予想は当たっていた。
祭壇の中央にある台座。その上に、一振りの剣が置かれている。
「……あった!」
ひまわりが嬉しそうに声を上げる。
四人が台座の前に集まった。
そこにあったのは、先ほど桜が手にした光のつるぎとは、まるで正反対の剣だった。
光を放っているわけではない。刀身の周囲だけが妙に暗く見える。闇の光を放っているというべきか。それでいて魔法灯の光さえ吸い込んでいるような、不吉な静けさもあった。
「これ、闇のつるぎなんかな?」
光とは対極にあるのが闇。
ひまわりの勝手な思いつきではあったが、こういうときの彼女の直感は、妙によく当たる。
そして、何の根拠もなく桜を見る。
「これも桜が抜けるんとちゃう?」
「また私?」
桜は苦笑しながら、剣を眺めた。
「でも、この剣、なんか暗そう。楓花のほうが似合うんじゃない?」
「なに? その偏見」
間髪入れずに楓花が返す。
「楓花、そういうの好きそうじゃない?」
「そういう問題じゃない」
桜が楽しそうに笑う。
ようやく四人にも冗談を言える余裕が戻ってきたらしい。
まだ脱出する道は見つかっていない。それでも、こうして四人でいれば、根拠はなくても、いずれ道は開けるような気がしてくる。
そんな四人を見ていたカメリアが、ふと桜に尋ねた。
「光は?」
ここへ来てから何度か桜を導いてきた、桜にしか見えない淡い光のことだった。
「今は、あらわれていないね」
桜が答える。
「そうか」
カメリアは、あらためて闇のつるぎを見つめた。しばらく考えてから、静かに口を開く。
「これは直感でしかないけど……この剣は、今ここにいる私たちの誰にも抜けないと思う」
「うん」
楓花も剣を見ながら頷いた。
「私も、そんな気がする」
桜も、不思議とその言葉には納得できた。
「たしかに。さっきの光のつるぎとは、違う感じがする」
「うちは、なんか禍々しくて触るのも嫌やわ」
ひまわりは、台座から少し距離を取った。
「うん。そうだね」
カメリアも否定しなかった。
楓花が、ふと尋ねる。
「古文書とかには載っていないの?」
「光のつるぎもそうだけど、私が読んだ古文書の中にはなかった。学校で読めるものは、あらかた読んだけどね」
カメリアは少し考えてから、続けた。
「古文書のほとんどは抽象的な表現も多いから。似たようなことが書かれていても、それがどこの遺跡のことなのか、何の剣を指しているのかまで結びつけるのは難しい」
その話に、楓花が応じる。
「それに、昔の人の勘違いや、誇張もある。根拠のない伝聞を、見たことのように書き写したものもあると教わった」
楓花は、少し考えるように眼鏡の位置を直した。
「すべてのことが古文書に残っているわけでもない。あれは昔の人が書いたもの。今もこうして新しいものが見つかっているんだから、実際に調べてみないと分からないことも多い」
いつになく、楓花の言葉が長く続く。
実際に目で見て、触れて、確かめる。
そういう話になると、彼女は少しだけ饒舌になるらしい。
――もっとも、古文書の話を振ったのは、自分自身だった。
「うん。それはそうだね」
カメリアは、いつもの淡々とした調子で話を続ける。
「そもそも古文書というのは、失われているものも多いし、書かれていることがすべて正しいとも限らない。でも、それを読み解くのが、面白いところなんだよ」
「ちょっと、学校以外でそういう真面目な話するの、やめてよ」
横で聞いていたひまわりが、すっかり辟易した顔をする。
カメリアにとっては興味深い話でも、ひまわりにとっては、せっかく学校を離れたのに始まった補習授業のようなものだった。
桜は三人のやりとりを聞きながら、ふと学校での光景を思い出した。
――ずいぶん昔のことのように感じる。
――そのときだった。
桜の目の前を、淡い光が横切った。
蛍に似た小さな光。桜は一瞬目を丸くし、それから苦笑した。まるで四人が話し終わるのを待って、現れたような気がしたからだ。
「……そういうことね」
「何が?」
楓花が尋ねる。
もちろん、三人には光が見えていない。
「また、例の光?」
「そう」
光は桜の前をすっと通り過ぎ、闇のつるぎには目もくれず、部屋の右側へ進んでいった。
桜が後を追うと、三人も自然についてくる。
光は、並ぶ長椅子の間を抜け、部屋の右奥まで進むと、そこでふわりと一度だけ宙を回った。
「ここ?」
桜が立ち止まる。
光は、そのまま消えた。
四人は壁を調べ始めた。
一見すると、どこにでもある白い石の壁だったが、楓花が指先で表面をなぞっているうちに、わずかな違和感に気づいた。
「ここ、継ぎ目がある」
「ほんま? よく気が付くんね」
ひまわりが覗き込む。
楓花は壁の一部を押したり、周囲を確かめたりした。そして、やがて小さな突起を見つける。
「たぶん、隠し扉」
「また扉?」
桜が苦笑する。
――こういった仕掛けは、まだほかにもあるのだろうか。
「押すね?」
楓花が尋ねる。
「うん」
三人も頷いた。それ以外に選択肢はないように思えた。
楓花が突起を押すと、石の奥で小さな音がした。
やがて壁の一部がゆっくりと動き始め、重い石の擦れる音とともに、隠された通路が姿を現した。
その先には、暗い上り階段が続いている。
「階段や。こんなところに隠されてるんや」
ひまわりが、少しだけ声を弾ませた。
地下へ入ってから、ずっと下へ、下へと進んできた。だからこそ、上へ向かう階段が見えただけで、四人の気持ちは明るくなった。
「行こう」
桜が言った。
四人は闇のつるぎを残し、隠し通路へ入った。
階段は思っていた以上に長かった。
洞窟の中では何度も角を曲がり、北へ向かっているのか南へ向かっているのかさえ分からなくなっていた。けれど、この階段は不思議と同じ方角へ向かっているようだった。
しばらく進んだところで、桜がふと口を開いた。
「なんとなくだけど……方角的に、村へ戻ってきてない?」
桜がふと口を開いた。
「うちは方向音痴だから、分からへん」
ひまわりが即答する。
「ひまちゃん、それが普通だよ。入り組んだ洞窟の中では、たいていの人間は方向感覚を失うから」
「桜の直感は、あてにならないからなあ」
楓花が付け加える。
「ふーん」
桜が少しだけ振り返った。
「じゃあ、もしこの先、村の近くまで抜け出せたら、どうするの?」
「どうするって?」
楓花が首を傾げる。
ひまわりは少し考えてから、あっさり答えた。
「まあ、どこでもええから、早く地上へ出たいよ」
桜は笑った。
「そうね。それが一番」
四人は、それ以上は何も言わず、長い階段を上っていった。




