06 開錠
【現在のステータス】
桜 LV 3(戦士)
E : 砕けたのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 3(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 3(魔法使い)
E : カメリアのステッキ/ ぬののローブ
ひまわり LV 3(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】地下の古代遺跡
「もし古文書にあった岩巨人なら――」
カメリアが、崩れ落ちた巨体を見つめたまま言った。
「時間が経てば、また復活する」
四人は、あらためて倒れた岩巨人を見る。
頭部を失い、身体もいくつもの岩塊へと崩れている。さすがに、これでまた動き出すとは考えたくない姿だった。
けれど、それらの残骸は消えてはいない。
「とりあえず、早くここを出たほうがいいね」
桜が言った。
岩巨人がいつ復活するのか分からない。そうである以上、ここでのんびりしている理由はなかった。
「うん。そうだね」
カメリアも頷いた。
「それに――」
彼女は、あらためて周囲を見渡した。
「この地下に広がる空間といい、ここを照らす魔法灯といい――それに、床の音さえ吸い込む白い石といい――」
少し考えてから、続ける。
「私たちが知っている世界の常識だけでは、測れないものばかりだからね」
「あと、この光のつるぎ――だね。それもそうだね」
桜が、自分の手にした剣へ目を落とした。
先ほど、礼拝堂で手にした剣。
仮面の男には抜けなかったものが、なぜか桜には抜くことができた。
けれど、不思議なことに、その剣からは圧倒されるような力強さが感じられない。むしろ、長い眠りについているような、妙に静かな剣だった。
もちろん、半人前の戦士である桜に、剣の良し悪しを見抜けるはずもない。それでも、どこか飾り物の剣のように感じられた。
この「光のつるぎ」の由来は分からない。
けれど桜は、勝手に結論をつけていた。
――きっと、何かの儀式に使う祭具なんだろう。
「うん。そうかもしれない」
カメリアが話をつなげる。
「だから、何が起きてもおかしくないと思う」
――何が起きてもおかしくない。
この遺跡に入ってから、そんなことを何度思ったことだろう。
「急ごう」
楓花が言った。
四人は岩巨人の残骸を避けるようにして、入口へ向かった。
その途中だった。
残骸のほうから、何か物音が聞こえた。
四人の足が止まる。
一瞬、誰もが息を呑んだ。
しかし――。
「ごめん」
ひまわりが小さく手を上げた。
見ると、彼女の足元に小さな石が転がっている。
どうやら、不用意に蹴ってしまったらしい。
「……びっくりした」
桜が胸を押さえる。
「ほんま、ごめん」
ひまわりは申し訳なさそうに笑った。
入口まで戻ると、楓花が岩巨人によって塞がれた場所を調べた。
崩れた岩塊が入口を埋め尽くし、まるで四人を外へ出すことだけは許さないかのようだった。
「やっぱり出られない。完全に塞がれてる」
「どうするの? 私たち、このまま出れへんの?」
ひまわりが、四人の誰もが考えていたことを口にした。
けれど、その声は不思議なくらい明るかった。
そのためか、四人はいつまでも立ち尽くしている気にはならなかった。
地上へ脱出できないのかもしれない――そんな恐怖よりも、どうすればここから出られるのかを考えなければならないという気持ちが、少しずつ勝っていった。
残された選択肢は、引き返して、正面にある大きな石の扉と、その左右にある二枚の木製の扉を開くだけだった。
「じゃあ、さっきまでいた礼拝堂を見てみる?」
ひまわりが、片側の木の扉へ目を向ける。
「たぶん、そこも無理だと思う」
カメリアが答えた。
「どういうこと?」
ひまわりが扉を開いた。
その瞬間、四人の間を妙な違和感が走った。
扉の向こうには、先ほどまでいた礼拝堂がある。
けれど、その奥へ進もうとすると、見えない何かに押し返されるような感覚があった。
空気そのものが、そこから先へ入ることを拒んでいる。
「……結界?」
ひまわりが呟く。
カメリアは静かに頷いた。
「うん。そうだね」
そして、桜を見る。
「桜が、この部屋で光のつるぎを抜いたことで、礼拝堂の役割は終わったんじゃないかな」
桜が光のつるぎを抜いた直後から、礼拝堂を照らしていた魔法灯の光は、一つ、また一つと消えていった。
たしかに、それは何かの終わりを告げるような出来事だった。
「役割が終わった?」
「うん。だから、もう誰も入れないように、結界が張られる仕組みになっていたんだと思う」
「これも、古文書に記されていた?」
桜が尋ねた。
カメリアは少し考えてから、首を横に振った。
「いや。私が知っているのは、いくつかの古文書に残された断片的な記述だけ。それが、この遺跡に当てはまるのかは分からないよ」
「じゃあ、どうして分かるん?」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「うん。こういうことは、雰囲気で分かることもあるから」
ひまわりが目を丸くした。
「そういうのが分かるって、カメちゃん、まるで魔法使いやな」
「ひまわりも魔法使いでしょ。同じ専門課程で学んでいるはずだよね」
楓花が淡々と返した。
「そういうのは苦手やねん」
ひまわりが、少し頬を膨らませる。
攻撃魔法なら得意なのだが、それ以外となると、同じ魔法でもどうにも勝手が違うらしい。
「またー。ひまわりをいじめる」
桜が笑いながら口を挟む。
「そんなつもりはない」
楓花は真顔で答えた。
残るのは、二枚の扉だった。
正面の大きな石の扉は、やはり開かなかった。
高さ三メートルほどもある一枚岩のような白い扉には、取っ手もノブもない。押してみても、びくともしない。
そもそも、どうやって開くものなのかさえ分からなかった。
「こっちは無理ね」
楓花が諦める。
そうなると、残るのはもう一枚の木製の扉だけだった。
この扉も、遺跡へ入ったときに確認している。
そのときは鍵がかかっていて、結局、開けることができなかった。
「行きのときに確認したときは、鍵がかかってたよね」
ひまわりが扉を見て確認する。
「うん」
楓花が頷いた。
「そのときも言ったけど、無理に開けるのは危ない。鍵がかかっているだけならまだいいけど、罠が仕掛けられている可能性もあるから」
「でも、ほかに行けるところないんやろ?」
ひまわりの言葉に、楓花は黙った。
そのとき――。
「どうすればいいか……」
桜が呟いた。
ふと、その目の前を淡い光が横切った。
蛍に似た、小さな光だった。
「……あ」
桜には、それが何なのか分かった。
以前から、ときおり自分にだけ見えていた光である。
光は桜の前をすっと通り過ぎると、施錠された木の扉の前で、ふわりと宙を一周した。
そして、まるで「こちらへ」とでも言うように、そのまま扉の向こうへ消えていった。
桜は、しばらくその扉を見つめていた。
もちろん、ほかの三人には何も見えていない。
「……この扉?」
自分でも、確信があるわけではない。
けれど、あの光が、この扉を示したように思えてならなかった。
楓花も扉の前へ進み、鍵を調べ始めた。
「言われなくても、この先へ行くしかないのは分かってる」
鍵穴を指先で確かめる。
「でも、かなり複雑だよ。それに、強い施錠の魔法もかかってるみたい」
楓花は鍵穴から顔を上げ、カメリアを見る。
「ひょっとして、その魔法を解くことはできるの?」
どうやら扉全体に、魔法による防御も施されているらしい。
楓花はその方面には詳しくない。それでも、扉から伝わってくる妙な違和感から、それを感じ取っていた。
「うん。そうだね。一度、見てみようか」
カメリアは静かに答えた。
愛用の短い杖を手に取ると、鍵の部分へかざす。
杖の先から、ふわりと淡い光が広がった。
扉に施された魔法の構造を、読み取っているようだった。
「そういう魔法って、なんか教科書にあったね。たしか……万鍵の呪文?」
ひまわりが首を傾げる。
「どんな扉でも開けられる魔法やったっけ?」
「それは古代の魔法だね。さすがに、今の私では使えないよ」
カメリアは、いつもの調子で答えた。
ひまわりが言った万鍵の呪文は、魔法の授業でも古典的な分野で名前だけ登場するような、失われた魔法だった。
ひまわりに言わせれば、古代魔法の講義など、小難しい古文書を読みながら「ああでもない、こうでもない」と聞かされるだけの、眠くなる授業らしい。
それでも、こういうところだけは妙に覚えているようだ。
やがて、カメリアが杖を下ろした。
「分かった」
「何が?」
「たしかに強力な魔法が施されている」
そして、さらりと続けた。
「でも、この程度の扉なら、古代の魔法などに頼らなくても解除できると思う」
桜には、カメリアの言う「この程度」が、決して簡単という意味ではないことくらい分かっていた。
学校で教師が舌を巻くほどの優等生だからこそ、「この程度」で済むのだろう。
それだけに、桜はふと思った。
この扉を閉じた者は、よほどこの先の部屋に他人を入れたくなかったのではないか。
「それにしても……」
桜は扉を見つめた。
「鍵も魔法も、両方かけてあるんだね。そういう扉って、めずらしいの?」
「用心深い人は、どこにでもいると思う」
楓花が答えた。
その言葉を聞いて、桜はふと別のことを思い出した。
――仮面の男は、なぜこの扉を開けなかったのだろう。
行きも。
帰りも。
そのとき、桜の中で何かがつながった。
――そうか。
開けなかったんじゃない。
開けられなかったんだ。
こちらの扉は、向こう側にあった木の扉より、ずっと厳重に施錠されている。
おそらく、向こう側の扉には、この魔法の施錠がなかった。だから、仮面の男は強引にでも開けることができた。
だから、この扉には手をつけられなかったのだ。
――それにしても、あきらめが良すぎるのが気になる。
「考えれば考えるほど、分からなくなるなぁ」
桜は小さく呟いた。
では――この先には、いったい何があるのだろうか。
その横で、カメリアが短い杖を取り出した。
「楓花。そっちはそのまま続けて」
「分かった」
楓花が鍵穴へ向き直る。
カメリアは扉へ杖を向けた。
銀髪の間から、胸元の首飾りがのぞいている。
「――開錠の呪文」
杖の先に淡い光が灯る。
それは細い筋となって扉の表面を走り、目には見えなかった魔法の施錠を探るように動いていった。
しばらくして、カメリアが小さく息を吐く。
「魔法のほうは解除できたよ」
「意外に早いね」
楓花はそう言いながら、細い道具を鍵穴の奥へ差し込んだ。
「……こんなに早いのなら、最初からやってよ」
ぼそりと愚痴をこぼしながらも、指先は止まらない。
道具をほんのわずかに動かす。
桜とひまわりは、息を潜めて見守った。
やがて――。
カチリ。
小さな音が響いた。
楓花が顔を上げる。
「開いた」
物理的な鍵も外れたらしい。
四人は、閉ざされていた木の扉を見つめた。
その向こうに何があるのか。
まだ誰にも分からない。
ただ、桜には、その先で何かが待っているような気がしていた。




