05 ゴーレム戦の後
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : ブロンズナイフ/ ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】地下の古代遺跡
地下の古代遺跡――。
桜、楓花、カメリア、ひまわりの四人は、激闘の末、ようやく岩巨人に大打撃を与えた。
しかし、頭を失った岩巨人は、それでも倒れなかった。
「……え?」
桜が息をのむ。
ほかの三人も、同じ気持ちだったに違いない。
首から上を失った巨体は、何かを探すように腕を振り回した。
もちろん、もう目はない。何かを見ているわけでもない。ただ、目の前にあるものを押し潰そうとするかのように両腕を振り回しながら、ひたすら前へ進んでくる。
「後ろに下がるよ」
楓花の声に押されるように、四人は後ろへ下がった。
それでも桜だけは、ほかの三人より半歩前にいる。
銅の剣――もう刃こぼれしている――を構え、岩巨人の動きをうかがっていた。
桜自身には、その自覚はなかっただろう。
けれど、知らず知らずのうちに、戦士としての自覚が芽生え始めているのかもしれない。
岩巨人は、頭を失ったことで、かえって動きが荒々しくなっていた。
壁へぶつかり、床を拳で砕き、それでも止まることなく前へ進んでくる。
幸い、その動きそのものは速くない。とはいえ、四人にとっては、その巨体との距離を保つだけで精一杯だった。
「どうする?」
ひまわりがカメリアに尋ねる。困ったとき、彼女はカメリアを見る癖があった。
「もう魔法は使えない?」
「さっきので、空っぽや。魔力切れ」
ひまわりが答える。
二度にわたる攻撃魔法は、岩巨人の頭を吹き飛ばすほどの威力を発揮した。
その代償として、ひまわりの魔力も完全に底をついていた。
カメリアは短剣を手にしたまま、迫ってくる岩巨人をしばらく見つめていた。
やがて短剣を収めると、今度は腰に差していた短い杖を取り出した。
魔法使いは長い杖を好むものだが、カメリアが手にしているのは、指揮棒にも似た短い杖だった。
「それ、使うん?」
ひまわりが、カメリアの手元を見る。
学校の授業では、ほかの生徒と同じように長い杖を使っている。けれど、こちらが本来の彼女のスタイルなのかもしれない。
「うん。そうだね」
カメリアは短い杖を構えた。
胸元の首飾りが、わずかに揺れる。
「――地撃の呪文」
杖の先を床へ向けると、岩巨人の進路上に淡い光を帯びた魔法陣が浮かび上がった。
「でも、すぐには発動しない」
「どうするん?」
カメリアは、目の前まで迫ってきた岩巨人を見た。
頭を失ったことで、もはや本当に石の化け物としか呼びようのない姿になっている。
「魔法が発動するまで、時間を作って」
それを聞いて、桜は折れかけた息を吐いた。
結局、自分たちがやることは決まっているらしい。
「分かった」
桜は再び銅の剣を構えた。
岩巨人が迫ってくる。
頭を失ったせいで、その動きは先ほどより読みづらい。それでも桜は、振り下ろされる腕を見て、剣を斜めに添えた。
受け流す。
続く一撃も、横へ逃がす。
しかし、腕にはもう力が残っていなかった。
剣を握る指は痺れ、呼吸も乱れている。
それでも、魔法陣の淡い光が消えないかぎり、カメリアの魔法は発動しない。
「もう少し……」
桜は歯を食いしばった。
そのとき、岩巨人の腕が剣へまともにぶつかった。
ガキンッ、と嫌な音が響く。
銅の刀身に亀裂が走り、次の瞬間、ぱきん、と乾いた音を立てて折れた。
「……あ」
桜の手には、短くなった柄だけが残った。
――ここまでよく持ったほうだ。
この剣は、何度も岩巨人の拳を受け流し、岩の身体へ刃を打ち込んでも、最後まで桜の手から離れなかった。
手入れがよかったのか、もともと頑丈につくられていたのか。それは分からない。けれど、少なくともこの場でできる仕事は、十分に果たしてくれた。
――とはいえ、この先、どうすればいいのか。
「桜っ」
楓花の声がした。
振り向くと、楓花が腰から麻でできた太い紐を取り出している。
――どういう場面を想定して、こんなものを持ってきていたのだろう。
ふと桜は考えたが、今はそんなことを聞いている場合ではなかった。
「これなら、どう」
楓花は岩巨人の足元へ駆け込み、二本の足を何重にも紐で縛りつけた。
咄嗟の動きだったはずなのに、手先の器用さがここでも役に立った。
岩巨人が足を動かそうとすると、張りつめた紐が二本の足を互いに引き止める。
巨体が大きく傾いた。
その動きを見た四人が身を伏せた直後、岩巨人が轟音とともに床へ倒れ込んだ。
地面が震え、砂埃が舞い上がる。
「……倒れた?」
ひまわりが顔を上げた。
しかし、桜は答えなかった。
砂煙の向こうで、岩巨人の腕が動いたからである。
「まだ動く!」
楓花が声を上げる。
頭を失い、足を縛られ、それでもなお巨体は起き上がろうとしている。紐が引きちぎられるのも時間の問題だった。
桜のほうは、もはや驚く気力さえ残っていなかった。
岩巨人とは、これほどまでに頑丈なものなのだろうか――。
学校で教えられ、これまで聞かされてきたどの岩巨人よりも屈強で、まるで何があっても倒れるものかという意思さえ宿しているように思われる。
そんな岩巨人を相手に、十五歳の少女四人がここまで持ちこたえている。
これは奇跡と言わずして、何と言えばいいのだろう。
不思議なことに、桜はそのとき、自分たちが置かれている状況を妙に客観的に眺めていた。
――そのときだった。
カメリアが静かに口を開いた。
「そろそろだね。伏せて」
四人が身を低くする。
カメリアが短い杖を振り下ろした。
瞬間、床に描かれていた魔法陣が強い光を放った。
魔法陣の中心にあった床そのものが、跳ね上がったように見えた。
次の瞬間、床の底から岩の塊が噴き上がり、岩巨人の巨体を下から激しく突き上げる。
いくつもの岩塊が刃物のように、その石の身体へ突き刺さった。
轟音とともに巨体が持ち上がり、そのまま床へ叩きつけられる。
今度こそ、岩巨人は動かなかった――と思われた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、ひまわりが恐る恐る顔を上げる。
「……倒した?」
「たぶん」
カメリアはそう答えたものの、完全に安心した様子ではなかった。
その理由は、すぐに分かった。
倒れていた岩巨人が、ゆっくりと身体を動かし始めたのである。
頭を失い、身体も崩れかけている。
もはや、かろうじて人の形をとどめているにすぎない。
それでも、なお動く。
「まだ動く?」
――この問いかけは、今日になって何度目のことだろう。
ひまわりが青ざめる。
だが、今度の岩巨人は四人へ向かってくることはなかった。
まるで自分の役目を知っているかのように、よろめきながら後ろへ下がっていく。
やがて、その巨体は遺跡の入口を塞ぐ位置まで移動した。
「何してるんやろ……」
ひまわりが呟いた、その直後だった。
岩巨人の身体が、内側から弾けた。
轟音とともに岩塊が吹き飛び、入口付近の壁が大きく崩れる。
爆発は四人とは反対側へ向かったため、幸いにも直接の被害はなかった。それでも、爆風だけで身体がよろめくほどだった。
ただ、不思議なことに、その爆発音はほとんど反響しなかった。
これほど狭い空間なら、耳をつんざくような轟音が響いてもおかしくない。それなのに、音は大理石の壁や床に吸い込まれるように、妙に和らいでいる。
――この遺跡を覆う白い石には、やはり何か不思議な性質があるらしい。
砂煙が晴れる。
そこには、完全に塞がれた入口があった。
「……出口が」
桜が呟く。
まるで最後の最後まで、四人をここから外へ出すことだけは許さない――そんな意思が、あの石の身体にあったかのようだった。
「たぶん、これは普通の岩巨人ではないね」
カメリアが倒れた巨体を見ながら言った。
「古文書の記述にあったのだけど、重要な遺跡を守るためにつくられた岩巨人だと思う。こういう岩巨人は、忠実すぎるほどに、その役割を果たすんだよ」
「これまで普通の岩巨人にも出会ったことがなかったんだけど」
桜が言うと、ひまわりが思わず吹き出した。
ようやく、四人のあいだに少しだけ余裕が戻った。
「それにしても、カメちゃん、すごいわ。うちより、すごい魔法やん。隠してたん?」
「隠してたわけじゃない。それに魔法にも相性もある」
カメリアは苦笑する。
「この魔法は発動するまで時間がかかるの。敵の動きが鈍っていないと、肩透かしになるから」
「なるほど」
楓花が頷いた。
「その前に岩巨人の身体に状態変化を起こさせたけど、あれも時間がかかる?」
「うん。そうだね」
カメリアはあっさり答えた。
「だから『時間を作る』って言ったの」
楓花はしばらく黙ってカメリアを見つめた。
「……いったい何者?」
「本当や。カメちゃん、いったい何者なん?」
ひまわりまで真顔で尋ねる。
「うん。まあ、努力の賜物だね。それに、ひまわりの魔法も負けていないよ」
カメリアが困ったように笑う。
すると、それまで黙っていた桜が口を挟んだ。
「楓花、私も頑張ったんだから、ほめてよ」
「桜も?」
「ずっと、あの化け物の攻撃からみんなを守ってたでしょ。それに、剣まで折れたんだから」
「……それは、頑張ったね」
楓花が素直に答える。
「でしょ?」
桜が、少し嬉しそうに笑った。
考えてみれば、楓花が素直に桜を褒めることは滅多にない。
いつもは照れくさいのか、それとも、またからかわれるのを警戒しているのか。
ほんの少しだけ、張りつめていた空気がほどけた。
だが、カメリアは倒れた岩巨人から目を離していなかった。
「それで――」
その声に、三人が振り向く。
「もし、古文書にあった岩巨人なら……時間が経てば、また復活する」
「えっ?」
三人の声が重なった。
四人は、あらためて倒れた巨体を見る。
巨大な石の身体は、いくつもの岩塊へと崩れ、頭部も失われている。それでも、その残骸は消えることなく、そこに残っていた。
そう。
ほかの魔物のように、消え去ってはいないのだ。
それは、カメリアの言葉を否定するには、あまりにも不気味な証拠だった。




