04 地下遺跡のゴーレム
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】古代の地下遺跡
――この地下遺跡から出るには、目の前の岩巨人をどうにかするしかない。
四人には、それしか方法がないように思われた。
ほかの二つの扉は、ひとつが強く施錠され、もうひとつは開ける方法さえ手がかりがない。そうなると、地上へ戻るには、もと来たこの入口を通るしかない。
身長は普通の人間の倍ほどもある。ごつごつした石をそのまま人の形にしたような身体に、分厚い胸板と岩塊を思わせる両腕。
魔法灯の光に照らされた巨体は、それだけで四人に重い圧力を与えていた。
「……これが岩巨人?」
桜が確認するように尋ねると、カメリアは静かにうなずいた。
「そうみたいだね」
ひまわりが「えっ」と短く声を上げ、信じられないというように目を見開く。
楓花も驚きを隠せないまま、すぐにその巨体へ視線を移した。
恐怖より先に、観察しようとする目だった。
実物を見るのは、四人とも初めてだったはずである。
教科書や授業で知っている魔物と、実際に目の前に立つものとでは、恐ろしさがまるで違う。ただならぬ気配に、四人の身体が自然と強張った。
それを追い払うように、桜は銅のつるぎを構え、一歩前へ出る。
――さきほど手にした光のつるぎは使わない。というより、扱えるとは思えなかった。
どこか儀礼のための剣のように見えたし、実際に戦うためのものには思えなかったからだ。
その後ろには楓花、さらに少し離れたところにカメリアとひまわり。
学校で何度も繰り返してきた模擬戦闘の隊形が、ほとんど無意識のうちにできていた。
楓花は果物ナイフを構える。
岩巨人相手に通用するとは思えない。それでも、今はそれしかない。
ひまわりは、先端に赤い魔石を埋め込んだ木製の杖を握り、いつでも魔法を放てるように身構えた。
身体が小さく震えている。
それでも、杖を下ろそうとはしなかった。
一方、カメリアは杖も武器も抜かなかった。
ただ自然体のまま、岩巨人の動きを静かに見ている。
今日初めて魔物と戦ったばかりの四人が、いきなり岩巨人を相手にしている。
逃げ出したくなるのも当然だった。
それでも四人は、その場から逃げずに立っていた。
それだけでも、彼女たちなりに一歩、前へ進んだ証なのかもしれない。
四人が学校で共通して教えられてきたのは、正体の分からない魔物を相手に、むやみに戦端を開かないことだった。
――まず相手の動きを見定め、それから動く。
その教えを思い出した、まさにそのときだった。
岩巨人が、ゆっくりと桜との距離を詰めるように前へ進んだ。
「桜、無理しないでね」
カメリアが背後から静かに声をかける。
「分かってる」
桜は答えながら、ゆっくりと息を吐いた。
岩巨人が腕を振り上げる。
次の瞬間、巨岩のような拳が桜へ向かって振り下ろされた。
まともに受けてはいけない――。
そう判断した桜は、剣を斜めに添え、拳の軌道を横へ逃がした。
轟音とともに拳が床を叩き、その衝撃で身体がよろめく。
それでも桜は、どうにか踏みとどまった。
受け流すことだけなら、昔から得意だった。
剣の腕はまだ未熟だ。けれど、力の強い相手と剣を交えるなら、まともに受け止めるより、相手の力を利用して流したほうがいい。
その技術だけは、学校でも何度となく褒められていた。
続く二撃目を身をひねってかわし、横薙ぎに振られた腕を剣で受け流す。
さらに拳が迫り、それをかわして、また受け流す。
岩巨人の攻撃は単純だった。
技も駆け引きもない。
ただ圧倒的な力で、目の前にいるものを叩き潰そうとしてくる。
それでも、単純だからこそ恐ろしい。
剣で受け流すたび、桜の足は少しずつ後ろへ下がっていった。
三撃目、四撃目と、岩巨人の力任せの攻撃が続く。
腕のいい剣士なら、その動きを見極めて反撃に転じることもできたのだろう。
だが、今の桜にできるのは、ただ必死に受け流すことだけだった。
受け流せても、剣を通して伝わる衝撃は手に残り、指先までじんじんと痛む。
桜は思わず顔をしかめた。
「桜……もう少しだけ」
楓花の声が飛ぶ。
「分かった!」
桜は奥歯を噛みしめた。
楓花が何を狙っているのか、桜には分かっていた。
――こういう相手に正面から挑んで勝てるわけはない。
となれば、相手の隙を突くしかない。
不意に楓花が左へ飛んだ。
岩巨人の顔面へ向かい、さらに踏み込んで左目を狙う。
岩巨人が反射的に左手を上げ、楓花を払いのけようとした。
「今っ」
楓花の声に、桜もすぐに反応した。
踏み込み、銅の剣を両手で握り直す。
隙のできた左脇へ、渾身の力を込めて突き立てた。
ガチャン、と鈍い音が響いた。
だが、銅の剣は岩の身体を貫くことも、砕くこともできなかった。
岩巨人が後ろへよろめく。
それでも、すぐに姿勢を戻した。
桜の両手に、強い痺れだけが残った。
「……だめか」
桜と楓花の声が、ほぼ同時に漏れた。
ふたりの息は、驚くほど合っていた。
けれど、相手は岩巨人である。
いくら息が合っていても、それだけで倒せるほど、この巨体は甘くなかった。
そのとき、詠唱を終えたひまわりが前へ出る。
「そこ、どいて!」
桜が横へ退く。
ひまわりは杖を岩巨人へ向けた。
普段なら、恐怖で直視することさえ難しいはずだった。
それでも今は、その恐怖を押し込めるようにして、杖の先へ魔力を集めている。
「――火の玉の呪文!」
杖の先に炎が生まれた。
一つ。
そして、二つ。
生まれた火球は次々と形を整え、ひまわりの叫びとともに岩巨人へ飛んでいく。
「いっけぇ!」
連続して叩き込まれた火球が、岩の巨体を包み込む。
爆炎が通路を赤く染め、遅れて押し寄せた熱風が、四人の髪を激しく揺らした。
火の玉の呪文そのものは初歩的な攻撃魔法である。
だが、それを連続して放つのは、魔法が得意であっても、十五歳の学生には容易なことではない。
教師から「まるで曲芸のようだ」と評されるほどの、ひまわりならではの巧みさだった。
二つの火球が岩巨人の胸部へ直撃した。
巨体が大きく後ろへよろめく。
「やった!」
ひまわりが拳を握った。
――だが、岩巨人は倒れなかった。
ゆっくりと身体を起こし、崩れかけた姿勢を元へ戻していく。
「……うそやん」
ひまわりの声から、先ほどまでの勢いが消えた。
「効いてはいる。でも、倒せてない」
楓花が岩巨人を観察する。
その声には、驚きよりも冷静な分析の色があった。
「やはり正攻法では無理ね」
カメリアが静かに前へ出ると、短剣を抜いた。
「カメリアさん、魔法は?」
桜が不思議そうに尋ねる。
学校では魔法使いの専門課程で優等生といわれているカメリアが、魔法ではなく短剣を選んだからだ。
そういえば緑凝体のときもそうだった。
状況に応じて、使うものを選んでいるらしい。
「時間を作るよ」
カメリアは短剣を手に、桜と並んだ。
岩巨人が腕を振る。
桜がそれを受け流すと、その隙をつくようにカメリアが横へ回り込んだ。
短剣で傷をつけることが目的ではない。
桜が正面から攻撃を受け流している間に、カメリアが別の方向から動くことで、岩巨人の注意を分散させ、わずかな余裕を作っているのだ。
しかも、少し離れたところには、何かを狙っている楓花もいる。
正面から桜とカメリアを相手にしながら、その楓花にも注意を払わなければならない。
もし岩巨人が言葉を話せるのなら、「うるさいハエどもめ」とでも言ったのかもしれない。
もっとも、この石の巨体に、そんな人間らしい意思があるのかどうかさえ分からない。
ともあれ、三人の動きは、少しずつ効果を見せ始めていた。
桜の剣先が、岩の身体をかすめるようになる。
カメリアが注意を引き、その隙に桜が刃を入れる。
傷は浅い。
それでも、岩巨人の動きを牽制し、わずかながら混乱させることには成功していた。
だが、その一方で、桜の疲労は隠せなかった。
人間である以上、戦い続ければ腕も重くなり、動きも鈍る。
岩巨人には、その様子がない。
やがて岩巨人が、桜へ向かって左腕を大きく振り上げた。
その一撃が振り下ろされれば、今度こそ受け流すこともできないだろう。
まさに、その瞬間だった。
カメリアが短く詠唱する。
「――脆化の呪文!」
カメリアの声とともに、岩巨人の左腕と頭部が淡い光に包まれた。
光が消えると、茶色だった岩肌が白っぽく変わっている。
その表面には、細かな亀裂がいくつも走っていた。
まるで長い年月をかけて風雨にさらされた岩が、急に脆くなったようだった。
「楓花」
カメリアにしては珍しく、鋭い声だった。
楓花がすぐに反応する。
果物ナイフを逆手に握り直し、刃ではなく柄の部分を、脆くなった左腕へ叩きつけた。
ぽろり、と石片が落ちた。
完全に砕くほどの力はない。
それでも、振り下ろされた腕から桜を守るには十分だった。
また、それは岩巨人の動揺を誘うにも十分だった。
桜は痛烈な一撃をよけようとして、身体をよろめかせていた。
だが、その一撃が来ることはなかった。
カメリアはその様子を確認すると、振り向くことなく、ひまわりに声をかける。
「ひまちゃん、もう一回お願いね」
カメリアが岩巨人の視界を遮るように立つ。
「絶対、今度こそ倒すで」
ひまわりが杖を握り直した。
残った魔力を杖の先へ集める。
「――火の玉の呪文!」
先ほどより詠唱に時間がかかった。
それでも、炎は明らかに大きかった。
カメリアは岩巨人を引きつけ、炎が完成する直前に、ふっと右へ身体をそらした。
岩巨人の赤い目に映ったのは、木製の杖を構え、渾身の魔力を込めたひまわりだった。
「いっけぇぇ!」
大きな火球が放たれる。
狙いは、岩巨人の頭部。
カメリアが唱えた脆化の呪文の効果が、まだ残っている。
炎は一直線に岩巨人へ向かい、その頭部をまともに飲み込んだ。
轟音。
熱風。
そして――岩の頭部が、首から吹き飛んだ。
「やったー!」
ひまわりが両手を上げる。
脆化の呪文で脆くなったところへ、ひまわりの強力な魔法を叩き込んだ。
だからこそ、誰もが一瞬、倒したと思った。
だが。
頭を失った岩巨人は、倒れなかった。
「……え?」
桜が息をのむ。
首から上を失った巨体が、ゆっくりと一歩を踏み出した。
さらに一歩。
そして、何事もなかったかのように巨大な腕を振り上げる。
「ええ。そんなのあり?」
ひまわりの声が裏返った。




