03 ――光のつるぎ
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】地下の古代遺跡
四人は改めて、静まり返った広間を見渡した。
仮面の男と、その付き従う情報屋が去ったあと、白い石壁に囲まれた空間には、魔法灯の淡い光だけが静かに満ちている。
正面には創世の女神クレアの石像が佇み、その穏やかな微笑みは、時の流れさえ忘れたかのように、変わらぬ慈愛をたたえていた。
町で見かける礼拝堂によく似た造りである。しかし、ここは地下深く眠る古代の建造物だった。
本当に女神へ祈りを捧げるための場所なのか、それとも別の意味を持つ空間なのか、桜にはまだ分からない。
ただ、仮面の男と向き合っていたあいだは、そんなことを考える余裕すらなかったのである。
そのときだった。
「あっ……」
桜は思わず息をのんだ。
また、あの光だった。
洞窟に足を踏み入れたときから、自分だけを導いてきた、蛍にも似た淡い光。
光は、前と同じように何事もなかったかのように静かに姿を現し、音もなく女神像のほうへ漂い始める。
「桜?」
楓花が小さく声をかけた。
「……また、あの光」
桜が答えると、それだけで三人は理解した。
桜だけに見える不思議な光が、再び彼女を導こうとしているのだ。
光は長椅子の並ぶ中央の通路をゆっくりと進み、女神像の足元へ向かう。その動きには迷いがなく、まるで最初から行き先が決まっていたかのようだった。
やがて石の台座へ突き立つ一本の剣の前で静かに止まると、ふわりと宙へ浮かび上がる。
桜の背丈より少し高い位置。
そこで小さく揺れながら、先ほどまでよりも淡く、それでいて確かな輝きを放ち続けていた。
まるで、
――こちらへ。
そう優しく招いているようだった。
桜は吸い寄せられるように、一歩、また一歩と歩き始める。
そのあとを、楓花、カメリア、ひまわりも静かに続いた。
桜が向かう先は、さきほどまで仮面の男が立っていた場所だった。
近づくにつれ、石の台座へ突き立てられた一本の剣が、その全貌をゆっくりと現していく。
黄金も、宝石も使われてはいない。
飾り立てた豪華さとは無縁でありながら、不思議なほど目を離すことができない静かな存在感だけが、その一本の剣には宿っていた。
柄から鍔へ刻まれた繊細な文様にも、華美さはない。
それでも一本一本の線は、長い歳月を超えてなお失われなかった気品と、神聖さだけを静かに語りかけているようだった。
楓花は、思わず歩みを止めた。
視線は自然と剣の柄へ吸い寄せられていく。
柄頭から鍔へと流れる曲線は、華やかな装飾とは無縁でありながら、どこまでも洗練されていた。余計なものを削ぎ落とした先にだけ残る美しさ――そんな言葉がふと頭をよぎる。
鍔や柄には細やかな文様が刻まれている。
蔦にも見え、光の流れにも見えるその意匠は、眺めれば眺めるほど規則性を失い、まるで生きているかのように静かな存在感を放っていた。
「……」
楓花は目を細める。
どこかで見た覚えがある。
そう思った瞬間、あの仮面が脳裏をよぎった。
仮面の男。
その仮面にも、よく似た文様が刻まれていたはずだ。
もちろん、同じものとは言い切れない。暗がりのなかで見ただけでは判断できるはずもなかった。
楓花は小さく息を吐き、隣のカメリアへ視線を向けた。
カメリアが読んだ古文書のなかには、このような剣の記述はあったのだろうか。
その問いを察したように、カメリアもまた静かにその剣を見つめていた。
柄から鍔、そして石の台座へ。
記憶をたどるように、ゆっくりと視線を巡らせる。
やがて、小さく首を横へ振った。
「少なくとも、今の私には分からない」
一方のひまわりはというと、そんな二人のやり取りにも気づかないほど、目の前の剣へ見入っていた。
茶色のポニーテールを揺らしながら、ただじっとその姿を眺めている。
「……きれい」
それは畏敬でも恐れでもない。
ただ、美しいものを見つけた少女の、飾らない感想だった。
三人の視線を背中に感じながら、桜は静かに石の台座の前へ立った。
――桜の目の前には、台座に突き立つ一振りの剣があった。
たしか、仮面の男に付き従っていた男は、この剣を「光のつるぎ」と呼んでいたはずだ。
その名がふさわしいのかどうかは、まだ分からない。
ただ、その剣の上で淡い光だけが小さく揺れ、何も語ることなく桜を待っていた。
不思議だった。
剣を抜こうと思ったわけではない。
まして、自分に抜けるなどとは考えてもいない。
それでも、その柄へ触れなければならないような気がした。
後になって思えば、なぜあのとき手を伸ばしたのか、自分でも説明がつかない。
あの仮面の男でさえ抜くことのできなかった剣である。
それでも右手は、ごく自然に柄へ伸びていた。
指先が触れる。
冷たいと思っていた柄は、不思議なほど手になじんだ。
まるで、ずっと前からそこにあるべき手を待っていたかのようだった。
桜は小さく息を吸う。
そして、ほんのわずかに力を込める。
石を削る音はしない。
金属が軋む音もしない。
ただ、ごく自然な流れのなかで、一本の剣は静かに石の台座を離れ、桜の手へ収まった。
礼拝堂のような広間を、沈黙が支配する。
誰も声を失っていた。
仮面の男でさえ抜けなかった光のつるぎが、今、桜の手に握られている。
桜自身でさえ、その事実を理解できず、ただ静かに手の中の剣を見つめていた。
その頭上で。
桜にしか見えない淡い光が、祝福するように小さく揺れた。
光のつるぎ――。
桜は、手にした剣を静かに見つめた。
不思議だった。
この剣の手応えはあまりにも静かだった。
圧倒されるような力強さも、身体の奥まで震わせるような気配も感じられない。
まるで、長い眠りから覚めたばかりで、まだ本当の目覚めには至っていないかのようだった。
もちろん、見習い同然の剣士である桜に、剣の本質など分かるはずもない。
それは、ただの思い過ごしだったのかもしれない。
桜は小さく首をかしげ、ふと頭上を見上げた。
いつの間にか、自分をここまで導いてくれた淡い光は消えていた。
まるで、その役目を終えたことを静かに告げるように。
――その静寂を破ったのは、何の前触れもない出来事だった。
一室を照らしていた魔法灯が、一つ、また一つと明かりを失っていく。
「えっ……」
ひまわりの声が漏れる。
たちまち礼拝堂のような広間は闇へ沈み、白い石壁も創世の女神の姿も、ゆっくりと暗闇へ溶け込んでいった。
「桜っ」
楓花の声とほぼ同時に、フエゴ製のランタンへ火が灯る。
橙色の小さな炎は心許ないながらも、四人の姿だけは確かに照らし出した。
桜も慌ててランタンへ火を移す。
二つの灯が揺れると、闇はわずかに後退した。
「どうして急に……」
ひまわりが不安そうにつぶやく。
カメリアは答える代わりに、礼拝堂の奥を静かに見渡した。
「光のつるぎを抜いたことと、何か関係があるのかもしれません」
いつものように断定はしない。
だが、その声には隠しきれない警戒がにじんでいた。
「何かが発動した可能性がある。この場に留まるのは危険だね」
カメリアの声に、楓花は短くうなずいた。
「ここを出よう」
四人は足早に礼拝堂をあとにした。
通路へ出ると、そこを照らす魔法灯は何事もなかったかのように淡い光を放っていた。
一瞬、四人は胸をなでおろす。
礼拝堂だけの異変だったのかもしれない。
だが、その安堵は長くは続かなかった。
楓花は眉をひそめ、素早く周囲へ視線を走らせる。
まず目に入ったのは、大きな石の扉。
その隣には、閉ざされた木の扉。
どちらも礼拝堂へ入る前と変わらない。
楓花は無意識に木の扉の鍵へ目を向けた。
細部までは見えないものの、鍵が掛かったままであることだけは確認できる。
やはり何も変わっていない。
「入口は……」
桜がつぶやき、四人はほぼ同時に通路の先へ視線を向けた。
仮面の男と情報屋も、あちらから去っていったはずである。
そして、その先――。
一見、そこには何の変化もないように見えた。
だが、次の瞬間、四人は息をのむ。
入口には、入ってきたときにはなかったものが立っていた。
いや、あれほど巨大なものが最初からあったのなら、気づかないはずがない。
岩を削り出したような石の巨人。
人の倍はあろうかという巨体が、通路を塞ぐように静かに立っている。
ごつごつとした顔。
分厚い胸板。
岩塊を思わせる両腕。
まるで石像そのものへ命が宿ったかのような、不気味な存在感だった。
「……岩巨人?」
誰ともなく漏れたその声に応えるように、石の巨人の両眼が、ゆっくりと赤く燃え上がった。
その巨体が、ゆっくりと動く。




