02 光のつるぎ――
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】地下の古代遺跡
地下の古代遺跡――。
四人が足を踏み入れたその部屋は、通路とはまるで別の空間だった。
楓花は最後まで気を配りながら、背後の木の扉をゆっくりと押し戻す。
かすかな音を残して扉が閉じる。
それだけで外界とのつながりを断たれたような感覚を、桜は覚えた。
室内には淡い魔法灯の光が静かに満ちている。
だが、通路に比べ、その明るさは意図的に抑えられていた。
白い石へ柔らかく溶け込む光は、空間そのものへ静謐さを与え、どこか礼拝堂の内部を思わせる厳かな雰囲気を漂わせている。
もうランタンは必要なかった。
いまさらながら、そのことに気づく。
楓花が小さく目配せすると、桜たちは黙って火を落とした。
魔法灯だけで十分な明るさがある以上、ランタンの炎は、かえって自分たちの居場所を知らせるだけだった。
洞窟の闇からランタンの灯へ、そして魔法灯へ。
短い間に何度も明るさを変えた目も、ようやくこの静かな光へ慣れ始める。
やがて部屋全体の輪郭が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
そこは、桜が想像していた以上に広い空間だった。
白い石造りの床は祭壇へ向かって真っすぐ伸び、その左右には木製の長椅子が整然と並べられている。
正面の壁際には、一段高く築かれた石の壇があった。
その中央には、創世の女神クレアの石像が静かに立っている。
神話よりもさらに遠い昔、この世界を創ったと伝えられる女神である。
等身大ほどしかない像でありながら、その存在は部屋全体を満たし、見る者へ自然と畏敬の念を抱かせた。
胸元で静かに重ねられた両手と、穏やかな微笑みは、桜には自分たちを見守っているように思えた。
「女神さまに祈りを捧げる場所なのかな」
ひまわりが思わず小声でつぶやく。
桜も同じことを思っていた。
だが、地下深くに眠る古代遺跡である。
本当に礼拝のためだけに造られた場所なのか、その確信までは持てなかった。
カメリアは答えず、近くにあった木製の長椅子へ視線を落とした。
そっと指先で木肌へ触れる。
「……この木」
その声は、ささやきよりも小さかった。
「どうした?」
楓花も静かに歩み寄る。
「古文書で、それに似た記述を見たことがある。かつては、木を千年は朽ちさせない加工技術があったらしい」
桜は思わず長椅子を見つめた。
たしかに長い年月を経ていることは分かる。
それでも朽ちるどころか、今なお人が腰を下ろせそうなほど、しっかりとした形を保っていた。
楓花も木肌へ手を添え、ゆっくりと指先で感触を確かめる。
「扉も同じだったな」
木目を目で追いながら、小さくつぶやく。
「何か特殊な薬品を塗っているのか。それとも木そのものが違うのか……」
やがて、静かに首を横へ振った。
「見当もつかない」
そのときだった。
桜は何気なく部屋の奥へ視線を向ける。
そして、そのまま息をのんだ。
女神像の足元。
そこに、二つの人影が立っていた。
一人は長身の男。
黒い外套をまとい、女神像の前へ静かに立っている。
背丈だけではない。
その場の空気そのものを支配するような気配が、桜へ男の正体を悟らせた。
――仮面の男。
その隣には、もう一人の男が付き従っている。
さきほど洞窟で出会った、あの二人だった。
桜は思わず身体を強張らせた。
その視線を追うように、楓花たちも奥へ目を向ける。
誰一人、声を上げない。
あの二人が、この場所にいる。
それだけで、張りつめた空気がさらに重くなった。
四人は、思わず身を低くし、物音を立てないよう、その場に身を潜めた。
先ほど楓花が言ったばかりだった。
――仮面の男の気配を感じたら、何より先に逃げること。
けれど、いざその本人を目の前にすると、楓花自身も含め、誰一人として動くことができなかった。
逃げなければと思う。
それなのに、身体が動かない。
仮面の男が放つ静かな威圧感に、四人はただ息を潜め、その場に立ち尽くしていた。
仮面の男は女神像の前へ歩み寄る。
付き従っていた男が、小さく頭を下げた。
「これです。女神像の台座へ刺さる、光のつるぎです」
仮面の男は静かにうなずく。
「おまえの情報は、おおむね正しかったようだ。ここへたどり着くまで、ずいぶんと遠回りをさせられたがな」
一拍置き、静かな声が部屋へ響く。
「文献の記述とも一致する」
四人からは、台座の様子まではよく見えない。
仮面の男の背中が、それを隠していた。
男は右手を前へ伸ばす。
何かをつかむような動き。
次の瞬間、その肩へゆっくりと力がこもる。
何かを引き抜こうとしている。
桜にも、それだけは分かった。
男の身体が、わずかに横へ流れた。
その一瞬だけ、背中の向こうが見える。
白い石で造られた神聖な台座。
その中央へ、一本の剣が深々と突き立っていた。
仮面の男は、その柄を握っている。
さらに力を込める。
部屋の空気が張りつめた。
しかし――。
剣は微動だにしなかった。
もう一度。
さらに強く。
それでも、石へ突き立った剣は、まるで世界そのものと一体になっているかのように、ぴくりとも動かない。
やがて仮面の男は静かに手を離した。
「……なるほど」
その一言だけだった。
付き従っていた男が、思わず息をのむ。
「そ、そんな……情報では確かに……これが光のつるぎのはず」
仮面の男は台座を静かに見つめる。
「どうやら、この剣は私を選ばなかったらしい」
ほんのわずかに口元が緩む。
「それとも……私には、この剣は必要ないということか」
淡々とそう言うと、静かに踵を返す。
そのまま入口へ向かって歩き始めた。
そして――。
歩みが止まる。
整然と並ぶ長椅子の向こう。
四人の姿が、その視界へ入った。
桜たちは動かない。
いや、動けない。
張りつめた空気だけが、大広間を満たしていた。
仮面の男は、しばらく四人を見つめていた。
桜は無意識のうちに一歩だけ前へ出ていた。
右手が、腰の銅の剣の柄へ自然と伸びる。
抜いたところで勝ち目などない。
それでも、その手を止めることはできなかった。
三人をかばおうとしたのか、それとも身体が勝手に動いたのか、自分でも分からない。
ただ、この場で誰かが傷つくことだけは避けたいという思いだけが、胸の奥から込み上げていた。
楓花は視線を仮面の男から外さないまま、わずかに腰を落とした。
下手に武器を抜くことが命取りになる。
そのことは誰よりも理解していた。
カメリアもまた静かに呼吸を整えていた。
詠唱はいつでも始められる。
だが桜には、その一節を紡ぎ終えるより早く、仮面の男の剣が届くように思えた。
ひまわりも小さく唇を結び、いつでも杖を呼び出せるよう右手へ意識を集中させている。
四人は誰一人として逃げようとはしなかった。
逃げられないと思ったからではない。
背を向けた瞬間、それが終わりになる。
誰もが、本能でそう悟っていた。
――沈黙を破ったのは、仮面の男ではなかった。
付き従っていた小柄な男が、肩をすくめるように笑う。
「おや……お嬢ちゃんたち。まだいたのか」
口元には、いつもの胡散臭い笑みが浮かんでいた。
四人をゆっくりと見回し、軽くため息をつく。
「旦那の忠告を聞いていなかったのか」
仮面の男は四人へ静かに視線を向けた。
白銀にも似た仮面が、魔法灯の淡い光を受けて鈍く輝く。
「まあ、いい」
怒りも驚きも感じさせない声だった。
「これ以上、ここで無駄な時間を費やすつもりはない」
その言葉に、小柄な男の視線がゆっくりと四人をなぞる。
そして、不意に桜の前で止まった。
笑みは変わらない。
だが、その奥の光だけが、何かを見定めるように鋭さを帯びる。
桜は思わず息をのんだ。
その視線は自分を見ているようでいて、自分の内側にある何かを覗き込まれているようでもあった。
「……旦那」
付き従う男が、静かに口を開く。
「このまま見逃していいんですかい。ここで見たことを吹聴でもされたら、あとあと厄介になりますぜ」
仮面の男は、付き従う男を一瞥した。
「どうした。妙に饒舌だな」
仮面の男の声は、どこまでも平板だった。
「聞こえなかったのか――無駄な時間を費やすつもりはない」
付き従う男は肩をすくめ、苦笑する。
「いや、その甘さが、いずれ禍根を残さなきゃいいんですがね」
仮面の男は四人へ静かな視線を向けた。
「女子供を斬るために、ここまで来たわけではない」
そう言い残し、踵を返す。
付き従う男も、やれやれとでも言いたげに肩をすくめながら、そのあとへ続いた。
四人の横を通り過ぎる際、付き従う男は口元だけで笑う。
「運がよかったな、お嬢ちゃんたち」
二人の姿は、そのまま静かに部屋の外へ消えていった。
あとに残ったのは、魔法灯の淡い光と、耳が痛くなるほどの静寂だけだった。
二人の姿が扉の向こうへ消えても、四人はその場を動けなかった。
礼拝堂のような大広間には、再び静寂だけが戻ってくる。
魔法灯の淡い光は何事もなかったかのように白い石壁を照らし、創世の女神は変わらぬ微笑みをたたえたまま四人を見下ろしていた。
どれほどそうしていただろう。
ようやく楓花が、張りつめていた息を静かに吐く。
「助かったな」
その一言に、誰も異論はなかった。
あの男が、その気になっていたら、四人とも、この場へ倒れていたに違いない。
しばらく黙っていた楓花が、ふと白い壁へ視線を向ける。
「……そうか」
独り言のようにつぶやき、静かに続けた。
「あの男は、途中まで私たちに気づいていなかった」
たしかに、仮面の男は入口へ向かって振り返るまで、一度もこちらを見ようとはしなかった。
「この石だ」
楓花は白い壁へ軽く手を添える。
「音だけじゃない。私たちの気配まで吸い込んでいたんだ」
男が光のつるぎへ意識を向けていたこともあるだろう。
だが、それだけでは説明がつかない。
四人は改めて、静かな礼拝堂を見渡した。
この地下の古代遺跡には、まだ自分たちの知らない秘密が、いくつも眠っている。




