10 謎の光
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】クヴェル村の洞窟
洞窟は相変わらず暗く、湿り気を帯びた土壁と岩肌が続いていた。
四人の行く手を照らしているのは、二つのランタンだけだった。
安物なら、とっくに灯は弱まっていただろう。
だが、父から譲り受けた桜のランタンと、楓花が選んだフエゴ製のランタンは、濡れた岩肌までくっきりと映し出していた。
その灯とは別に、もう一つの光がある。
淡く揺らめきながら洞窟の奥を漂う、小さな光。
なぜか、それは桜にしか見えていなかった。
蛍火ほどの光は、呼吸をするように明滅しながら一定の距離を保ち、まるで「こっちだよ」と誘うように洞窟の奥へ流れていく。
もちろん蛍ではない。
洞窟の奥深くには、洞窟蛍という発光生物もいると、以前カメリアから聞いたことがある。
けれど、それではない。
なぜだか、この光には意思があるように思えた。
「……私にしか見えてないの?」
もう一度、確かめるようにつぶやく。
楓花は桜の見つめる先へ視線を向けた。
だが、その先にあるのは黒々とした闇だけだった。
「私には何も見えない」
短く答える。
「でも、桜が見えたって言うなら、それは事実なんだと思う」
いつもなら「また、からかってる」と切り返すところだが、こんな場面で桜が冗談を言うはずもなかった。
「うちも見えへん」
ひまわりも笑ってうなずく。
「でも、桜がからかうわけないやん」
その一言に、桜も思わず笑った。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけやわらいだ。
自然と三人の視線はカメリアへ集まる。
ランタンの灯が、腰まで届く銀色の髪をやわらかく照らしていた。
やがて青い瞳がゆっくりと上がる。
「なぜ桜にだけ見えるのかは、今の私にも分からない」
言葉を選ぶように少し間を置く。
「でも、それが桜だけに見えているのなら、その光は桜へ何かを伝えたいんだと思う」
誰も口を挟まなかった。
カメリアは三人を見回し、小さくうなずく。
「私は、その光が導く先へ行くべきだと思う」
静かな声だった。
けれど、その静けさの奥には揺るぎない意思があった。
桜は、そんなカメリアを見るのは初めてのような気がした。
楓花は小さく息をつく。
「危険なのは変わらない」
兵士が引き返すよう勧めたのも、洞窟で迷うからではない。魔物も油断はできないが、それ以上に警戒すべき相手がいる。
あの仮面の男だ。
去り際に残した「立ち去るがいい」という言葉は、脅しというより警告だった。
仮面の男が探していたのは泉癒草ではない。
この洞窟のさらに奥に眠る何かであり、その警告を無視したと知れば、どうなるかくらいは想像がつく。
「でも――」
その静けさを破ったのは、やはりひまわりだった。
「ここまで来て引き返したら、あとで気になるやん」
「何もなかったら、そのまま戻ればええし。もし仮面の男がおったら……」
そこで言葉を切ると、にっと笑う。
「そのときは逃げたらええやん」
あまりにもひまわりらしい答えだった。
桜は思わず吹き出しそうになる。
楓花も呆れたような顔をしたが、それ以上は何も言わない。
カメリアも静かにうなずいていた。
桜は三人を見渡した。
――結局、自分たちはいつもこうだ。
楓花は理屈で考え、カメリアは静かに見守る。ひまわりが笑えば、それだけで張りつめた空気も和らいでしまう。
もう迷いはなかった。
「行こう」
その一言だけで十分だった。
ランタンを持ち直し、四人は再び洞窟の奥へ歩き始める。
桜にしか見えない淡い光も、それを待っていたかのように、ゆっくりと動き出した。
少し先を一定の距離で漂いながら、桜を洞窟の奥へ導いていく。
しばらく歩いたところで、楓花が思い出したように立ち止まる。
「一つだけ約束」
真剣な声だった。
「もし仮面の男の気配を感じたら、何より先に逃げること」
楓花らしい忠告だった。
桜はまじめな顔でうなずいたかと思うと、すぐに悪戯っぽく笑う。
「了解っ」
そして肩をすくめた。
「逃げ足だけは、自信あるから」
「それ、自慢するとこ?」
ひまわりが吹き出し、桜もつられて笑う。
その笑い声を聞きながら、カメリアもほんの少しだけ口元を緩めた。
張りつめていた空気は、ようやく少しだけほどける。
けれど、その先に待つ闇だけは何も語らない。
二つのランタンの灯だけが、静かに洞窟の奥を照らしていた。
ふいに、桜は足を止める。
「……あ」
さっきまで少し先を漂っていた淡い光が、その場で揺らめきを止めた。
やや強く輝いたかと思うと、静かに闇へ溶けるように消えていく。
驚きはなかった。
不思議と、それで役目を終えたのだと感じたからだ。
そして、また会える。
なぜだか、そんな気もしていた。
光は消えた。
それでも、その想いだけは残っていた。
――この先へ進め、と。
「消えたね」
小さくつぶやく。
その光は桜にしか見えていなかった。
けれど楓花も、カメリアも、ひまわりも、それぞれに何かを感じ取ったように静かにうなずく。
四人は、そのまま奥へ歩き出した。
どれほど歩いただろうか。
洞窟は相変わらず暗く、湿り気を帯びた土壁と岩肌が続いていた。静寂を破るのは、水滴と四人の足音だけである。
曲がりくねってはいるものの道はほぼ一本道で、人ひとりがようやく通れるほどの狭さのところも、いくつかあった。
やがて、広がった空間にたどり着いた。
しかし、ランタンの灯の先に、一枚の大きな岩壁が四人の行く手を遮った。
桜と楓花は、ランタンの灯で壁を照らす。
左右へゆっくりと灯を動かし、さらに天井へ向ける。
振り返って後ろの通路も確かめたが、新たな道は見当たらない。
「……行き止まり?」
桜が首をかしげる。
ひまわりも振り返って苦笑した。
「ほんまや。ここで終わりや」
だが、楓花だけは返事をしなかった。
その視線は、岩壁の違和感を追っている。
岩壁へ歩み寄ると、ランタンを近づけ、指先で岩肌をゆっくりとなぞった。
「……違う」
三人が顔を上げる。
「これは自然の岩壁じゃない。人の手で削られてる」
さらに細かな傷を指先で追う。
「しかも、岩肌に見えるよう細工までしてある。間近で見ないと分からない」
カメリアも壁へ目を向け、小さくうなずいた。
「うん。そうだね。地下の古代遺跡には、こういう仕掛けがよくある。侵入者を惑わせるために、迷路のような構造にしたり、どこかに隠し通路を設けたり」
地下の古代遺跡。
その言葉に桜は小さくうなずく。
だが、気になったのは別のことだった。
「でも……」
三人の視線が集まる。
「しばらく一本道だったよね?」
ひまわりは振り返る。
「せやな。分かれ道なんてなかったで」
楓花もうなずいた。
「じゃあ、仮面の男と、一緒にいたあの人は……どこへ行ったんだろう」
その疑問に、誰も答えられなかった。
洞窟には、水滴の音だけが静かに響いていた。
その静寂を破ったのは、またしても桜だけに見える淡い光だった。
「また……光」
思わず声が漏れる。
楓花たちも桜の視線を追うが、その先にあるのは黒々とした闇だけだった。
淡い光は待ちかねていたように岩壁の左端へ飛び、洞窟との境目にも見える場所で、くるり、くるりと小さく円を描く。
やがて桜がその場所へ目を向けたのを確かめるように、ひときわ強く輝いた。
そして、ふわりと闇へ溶けるように消えていく。
「そこ」
桜は迷わず指をさす。
「光が、あそこに何かあるって教えてくれた」
ランタンの灯を向けると、小さな窪みが浮かび上がった。
自然にできたものではない。
人の手で刻まれたような、不自然な窪みだった。
まるで、誰かが押すことを前提に造られたかのようだった。
「ここだ」
桜が手を伸ばしかけた、その手を楓花が素早く止める。
「待って」
楓花は窪みへ身を寄せ、縁に触れた。
「……やっぱり」
「この部分だけ土が新しい。誰かが、ごく最近ここへ触ってる」
その一言だけで十分だった。
地下の古代遺跡へ続く仕掛け。
しかも、それは、ついさっき誰かが使ったばかりかもしれない。
四人の脳裏に、仮面の男がよぎる。
緊張が走る。
――いや、一人だけは違った。
「これを押して、仮面の男は中へ入ったんかな」
ひまわりはそう言うと、誰も止める間もなく、人差し指で窪みを軽く押した。
「ひまわりっ」
桜は反射的に声を上げかけ、すぐに飲み込む。
洞窟へ漏れたのは、制止とも、あきれともつかない小さな声だけだった。
その声とほとんど同時に、洞窟の奥底から重い響きが返ってきた。
だが、その音は意外なほど周囲へ反響しない。
まるで、この場所だけで音を閉じ込めているかのようだった。
ランタンの灯が揺れ、砂煙が静かに舞い上がる。
やがて岩壁と思われていた一角が、長い眠りから目覚めるように、ゆっくりと横へ動き始めた。
その奥に姿を現したのは、周囲に古代の文様が控えめに刻まれた、人ひとりが通れるほどの小さな木製の扉だった。
長い歳月を経たことだけは分かる。
それなのに、朽ちている気配だけが、どこにもなかった。
四人は誰ひとり言葉を発しない。
ただ、目の前に現れた小さな扉を見つめていた。
その先には、長い歳月を眠り続けてきた地下の古代遺跡が、静かに待っている。
そんな予感だけが、四人の胸に広がっていた。




