09 疑問
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2(魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 2(魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
【現在の場所】クヴェル村の洞窟
兵士のランタンの灯が闇へと消えると、大空洞には再び静寂が戻った。
聞こえるのは、水滴が岩を打つ音だけ。
二つのランタンの淡い灯に照らされながら、桜、楓花、カメリア、ひまわりの四人は、誰からともなく洞窟の奥を見つめていた。
仮面の男はもういない。
それでも、その気配だけは、なお闇のどこかへ残っているような気がした。
「兵士さん……無事に洞窟を出られるといいけど」
この洞窟には魔物がいる。
兵士なら戦う術はあるだろう。それでも、首筋へ受けた衝撃はまだ残っているようであった。
自分たちも一緒に入口まで戻るべきだったのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
それでも足は動かなかった。
何かが、この場へ引き留めている。
その「何か」は、自分でもうまく言葉にできない。ただ漠然と、まだ戻ってはいけないような気がしていた。
その感覚は、自分だけなのだろうか。
桜は三人の横顔をそっと見渡した。
「めっちゃ怖かったわ」
ぽつりと漏らしたひまわりの声にも、まだいつもの明るさは戻っていない。
楓花も、カメリアも、黙って小さくうなずく。
桜はその様子を見て、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ギュンターおじさんが言ってたよね。妙な仮面をつけた男が、この辺りをうろついているって」
クヴェル村で武器屋を営む主人の話である。
あのときは村人の噂話くらいにしか思わなかった。
まさか、その男と本当に出会うことになるとは、誰ひとり想像もしていなかった。
ランタンの灯を受けて、楓花のスクエア型の眼鏡がかすかに光る。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「あの仮面の男……何者なの?」
その問いには、おのずと三人の視線がカメリアへ集まった。
分からないことがあれば、まずカメリアへ尋ねる。
それは四人の間で、いつしか当たり前になっていた。
しかし、当の本人はすぐには答えない。
わずかに目を伏せ、考えるような間を置いてから、静かに首を横へ振った。
「はっきりとは分からない」
その歯切れの悪さは、かえって三人を驚かせた。
「カメちゃんでも分からんことがあるんや」
ひまわりが目を丸くする。
カメリアは苦笑するでもなく、小さく肩をすくめた。
「うん。そうだね。私でも、知らないことの方が多い」
世の裏表に通じた人間でもなければ、世界中の出来事を知っているわけでもない。
古文書を読み、地誌を調べ、昔の言い伝えを知っているだけで、人の素性まで見抜けるわけではなかった。
それでも、何か思うところがあったのだろう。
今度はカメリアの方から楓花へ視線を向ける。
「楓花」
「なに?」
「あの仮面の文様……見覚えはあった?」
カメリアが質問へ質問で返す。
それだけでも、桜には少し意外だった。
楓花は眼鏡の奥で記憶をたどる。
恐怖を感じながらも、あの仮面だけは妙に印象へ残っていた。
白く鈍い光を放つ材質。
細かな幾何学模様。
そして、どこの国とも結びつかない、不思議な意匠。
やがて静かに首を振る。
「……ない。少なくとも、私が知っているどの国の文様とも違ってた」
カメリアは小さくうなずいた。
「やはり」
それ以上は何も言わない。
その短い一言だけが、かえって四人の胸へ重く残った。
「それで、結局、何かわかっていることがあるんでしょ?」
楓花の口調には、彼女にしては珍しく熱がこもっていた。
仮面の男そのものよりも、楓花の興味を引いたのは、あの仮面だった。
見たこともない材質、見覚えのない形状、そして表面へ刻まれた奇妙な文様。
そのどれ一つとして彼女の知識には当てはまらず、見たことのない機械や仕組みに目がない楓花の好奇心を強くかき立てていた。
そんな横顔を見ていた桜は、思わず口元を緩める。
「ふーん。どうしたの? やけに真剣になって」
楓花は少し照れくさそうに眼鏡を押し上げた。
「だって……あの仮面、気になるじゃない」
桜は苦笑した。
人を見ているようで、実は仮面ばかり見ていたらしい。
そのあたりも、やはり楓花だった。
「もしかすると、今読んでいる古文書の中に、何か手がかりがあるかもしれない」
カメリアは静かな口調でそう言った。
その一言に、ひまわりがすぐ反応する。
「そういや、カメちゃんは古文書も読めるん?」
続けて、少し困ったように笑う。
「うち、あの文字、よう分からんわ」
桜もつられて笑った。
「魔法を勉強するなら、必須なんじゃないの?」
「分からんもんは、分からん」
あっけらかんと言い切るひまわりに、楓花まで吹き出す。
カメリアも、ほんの少しだけ口元をほころばせた。
張りつめていた空気が、その一瞬だけ和らぐ。
ランタンの炎が小さく揺れ、四人の影も岩壁の上でゆっくりと揺れた。
やがて笑みが消えると、桜は再び洞窟の奥へ目を向けた。
「ねえ」
三人が振り向く。
「本当なら、この時間、はじまりの神殿で、十五歳の巡礼の儀式を受けているはずだよね」
楓花とひまわりがうなずく。
「うん」
「でも、理由も聞かされないまま、儀式は止まったまま」
桜は言葉を選ぶように続けた。
「いつ再開されるのかも分からない」
少し間が空く。
「王女さまが、この村へ来ていた」
洞窟には再び静寂が戻り、水滴が岩を打つ乾いた音だけが規則正しく響いていた。
桜は小さく息をつく。
「……偶然なのかな」
その問いは、誰へ向けたものでもなかった。
王女。
はじまりの神殿。
そして、あの仮面の男。
これまで無関係に思えていた出来事が、どこか一本の糸でつながっているような気がしてならない。
カメリアが小さくうなずいた。
「……その可能性はある」
短い答えだった。
楓花の考えは決して突飛なものではなく、少なくとも考える価値のある推測なのだと、三人は理解したのである。
桜は腕を組み、あらためて考え込んだ。
ふと、神殿の受付で交わしたやり取りが脳裏によみがえる。
――『申し訳ありません。本日の巡礼は、重要な儀式の準備のため、お待ちいただいております』
あのときは、それほど気にも留めなかった。
巡礼の儀式が少し遅れるだけの話だと思っていたからである。
しかし今になって考えると、あの「重要な儀式」とは何だったのだろう。
そこへ、兵士が薬草――泉癒草を探しに洞窟に来た。
この村の宿屋の一室で、病に伏せる風の国ルフトの王女のために。
さらに、仮面の男までもが「はじまりの神殿」という言葉へ反応を示した。
桜は知らず知らずのうちに、その出来事を頭の中で並べていた。
そして――。
思わず小さく身震いする。
今、自分がたどり着こうとしている疑問は、つい先ほど洞窟で対峙した仮面の男が口にしたものと、まったく同じだったのである。
それが妙に気味悪く、胸の奥へ小さな棘が刺さったような感覚だけが残った。
考え込んでいた桜は、ふと顔を上げる。
自然と視線はカメリアへ向かった。
腰まで届く銀色の髪を静かに揺らすカメリアを見ていると、桜は子どものころ読んだ絵本の一場面を思い出すことがあった。
『知恵のティアラ』――身につけた者へ、あらゆる知識を授けるという神の秘宝である。
もちろん、本人へ話したことは一度もない。
そんなことを言えば、きっと呆れたように笑われてしまう。
それでも桜にとってカメリアは、分からないことへ道筋を示してくれる存在だった。
そのカメリアも今は黙ったまま、ランタンの灯を見つめている。
彼女もまた、何かを考えているようだった。
四人は、ランタンの灯が届くその先、洞窟の奥へ視線を向けた。
やがて桜は小さく息をつき、三人へ向き直った。
「そろそろ戻ろうか」
その一言は、自分へ言い聞かせるようでもあった。
この先が気にならないと言えば嘘になる。
だが、ここまで来た目的は果たした。これ以上危険を冒す理由はない。
「ここにいてもしかたがない。兵士さんも無事に戻れたようだし」
ひまわりは、ほっと肩の力を抜いた。
「うちも、それがええと思う」
洞窟の奥をちらりと見やり、苦笑する。
「また仮面の男とばったり会うなんて勘弁やわ。今度は、ほんまにただでは済まへん気ぃする」
楓花も静かにうなずく。
――「立ち去るがいい」
仮面の男が残した言葉。あれは脅しではない。本気の警告だったのだろう。
カメリアが何かを言いかけた。
――そのときだった。
桜の目の前を、淡い光がひと筋、音もなく横切った。
唐突に現れたその光は、蛍火ほどの小さな輝きでありながら、不思議と闇へ溶けることなく輪郭を保ち、ゆっくりと洞窟の奥へ流れていく。
その先は、仮面の男が姿を消した方向と、まったく同じだった。
桜は思わず目で追う。
「……あれ?」
三人が一斉に桜を見る。
「どうしたの?」
楓花の問いにも、桜はすぐには答えず、ただ光を見失うまいと指先をその先へ向けた。
「あそこ」
三人も闇へ目を向ける。
だが、その表情には戸惑いこそあれ、光を見つけた者の驚きはなかった。
楓花は首をかしげ、ひまわりは不思議そうに目を細める。
カメリアもまた、桜を見つめたまま黙っていた。
誰一人として、その光を目で追ってはいない。
桜は、そこで初めて違和感を覚えた。
――もしかして。
この光は、自分にしか見えていないのだろうか。




