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イケメン上司とボク  作者: 夏目 碧央


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仕事にならない

 とても満ち足りた気分で仁さんを駅まで送り、その後ずっとニタニタしていた俺。ベッドに横になるや、枕を抱えて右に左にゴロゴロしてしまう始末。幸せ過ぎて怖い。また来週も仁さんはうちに来てくれるだろうか。来てくれたら、また今日みたいに……してくれるだろうか。

 思わず不安になり、スマホを手に取る。仁さんとのトーク画面を開けるが、また来週も……と打って躊躇する。やっぱり辞めよう。何だかかっこ悪い。一度書いた文章を消し、その代わりに『お休みなさい』と書いて送った。すぐに既読になり、『お休み』と返って来た。それだけで不安は消えた。


 翌日の日曜日も前夜と同じ状態だった俺。月曜日には流石に顔を引き締めないとまずい。仕事中にニタニタしているわけにはいかない。

 会社に着き、周りの人と挨拶を交わすと、

「あれ、成海君何かいい事でもあった?」

と、同僚の吉沢さんに言われてしまった。そんなはずないのだが、まさか俺はまだニタニタしているのだろうか。

「え、どうして?」

恐る恐る聞いてみる。すると吉沢さんは、

「なんか……表情が明るいから。」

と言われた。

「そう?別に何もないよ。」

何食わぬ顔で返す俺。でもやっぱり、機嫌がいいのは確かだ。ほら、仁さんがやってきた。彼を見るだけで心が躍る。

「おはよー。」

仁さんが言うと、職場の皆が口々におはようございます、と返した。仁さんも明るい顔を……いつも明るいから、いつも通りだな。

 しかし、俺の機嫌が良いのはここまでだった。仕事をしていると、仁さんの事が気になってしまう。仁さんをチラリと見ると、今度はベッドの上での乱れた仁さんの顔が頭に浮かんでしまう。ダメだ、朝からこんな事じゃ!

 ちょっと顔でも洗って来ようと席を立つ。洗面所で顔を洗い、戻って来ると仁さんと目が合った。また、艶めかしい仁さんの肌を思い出す。

 いかん、いかん。俺はかぶりを振った。どうしてもダメだ。これじゃ仕事にならない。仁さんのいないところでないと。

 とはいえ、今はそんな事を言っていられない。とにかく浮かんで来る仁さんのみだらな映像を打ち消し、打ち消しながら、何とか午前の仕事をこなした。


 そんな日々が数日続いた。一日か二日で慣れるかと思ったのに、相変わらず仁さんの事を見るとふしだらな映像が脳裏に浮かび、仕事どころでなくなってしまう。

「成海君、大丈夫?体調でも悪いの?」

吉沢さんに言われてしまった事も。

 ある昼休み、またもや洗面所で顔を洗っていると、

「成海、どうした?眠いのか?」

後ろから仁さんの声がした。驚いて顔を上げると、鏡越しに仁さんが微笑んでいる。

「あ、いえ……あはは。」

仁さんがハンカチを差し出してきた。それを断って、自分のハンカチを出して顔を拭いた。そして、二人で一緒にトイレから出る。

「実は……ご相談が。」

俺が小さい声で言うと、

「ん?今聞いた方がいいか?」

と言った。俺は頷き、その足で休憩スペースへと行った。だが、人がいて話せない。

「もうちょっと向こうに行くか。」

仁さんが言い、廊下を誰もいない方へと歩いて行った。周りに人がいなくなると、俺は小声で話し始めた。

「俺、仁さんの事が気になって……仕事に集中できないっす。なんか、この間の事を思い出してしまって……。」

「成海……俺のせいで仕事ができないって言うのか?」

仁さんは、小声ながらも少し語気を強めて言った。俺は慌てた。

「あ、違います。仁さんが悪いんじゃないです。俺が悪いんです。すみません。」

と、頭を下げる。何でこんな事を仁さん本人に言ったのだろう。でも、他の人には言えるわけがないし。

「いや、まあ……分かるよ。俺もしょっちゅうお前の事が気になってしまうし。職場恋愛というのは、こういう所が良くないんだな。知らなかったよ。」

仁さんが言った。

「仁さんと一緒に仕事が出来るのはすごく嬉しい事なんですけど、どうしたらいいのか、俺よく分かんなくて。」

情けない俺。ガキみたいだ。

「うん、そうだな。上に掛け合ってみるよ。お前を他の部署に移せないかって。」

仁さんが言った。

「え?俺、左遷ですか?」

「いや、違うよ。お前を出世させてくれって頼むんだ。栄転だな。」

焦った。上司から追い払われる事になるのかと思った。

「そろそろ成海をリーダーにって推薦するよ。すぐにってわけにはいかないけど、ちょうど来月は新人が配置される月だし、上手く行けばその時に係長になれるかもしれないぞ。」

仁さんが言った。出世できるなら嬉しいが、発案課でなくなるのは寂しいかも。いや、そんなわがままを言ってはいけないな。

 それからは、なるべく仁さんの事を意識せず、何とか仕事をこなした。振り返りたいという気持ちを一心に堪えて。


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