第65狂・スカビオサ____絶望的な宣告
酸素チューブ、酸素ボンベ、人工心臓。生命維持装置、
今まで、それらは
「純架と再会する為のもの」と見ていたのかも知れない。
けれども現在は。
(____今の私には、意味はない)
透架は鼻で嘲笑って、
瞳の縁から今にも溢れそうな涙を手の甲で拭う。
純架に拒絶された今、
透架は、完全に無気力で生きる意味を喪っていた。
もう全てを投げ出してしまいたい。治療にも消極的になった。
今、この装置を投げ出してしまいたい程に自暴自棄になっている。
(____今までの私は、何をしていたのだろう)
純架が消えてしまうなら。
桜は相変わらず傍の椅子に座っているが、
どことなくその双眸は虚ろで、もぬけの殻の人形だ。
亡霊の如く覇気はなく、何処か顔面蒼白なのに
眸だけが赤い。
そんな虚無感の漂う病室で、スライドドアは開く。
「_____玲緒」
何処から窶れている青年が現れた。
此方も眸の下には深い隈、瞼は腫れている。
悲哀と諦観じみた表情。
「すみ……いや、透架」
まだ慣れていないのだろう。
けれども透架は迷いなく、玲緒に告げた。
「____純架は、どこにいるの?」
躊躇う言葉に棘が刺さる。
玲緒の表情は変わらない。透架は視線を寄せた。
何処か狂気的な眼差しに玲緒は目を伏せ、息を呑む。
病院のスタッフ一覧表で、
循環器科の名簿に御影透架、と記されている事を
彼女は知ってしまった。
「…………香取真帆は純架で、純架は、この病院の
心臓外科医だと聞いたわ。ずっと此処にいたんでしょう?
そして今もいるのでしょう?
玲緒、連れてきて」
懇願する様な瞳は、
自身がいつの日にか、
純架に対してエゴだと告げたもう一人の妹に似ていた。
けれども一つだけ違うのは、狂喜に狂った瞳の奥の熱さ。
純架は名前の通りの子だ。
純真な心で、姉の為だけに十字架を背負い、生きた。
玲緒は、何も言わない。
ただ視線を伏せている。
けれども透架の狂喜は治まらない。
なかなか言えずいる玲緒との視線に、鋭い眼光を絡めた。
「もしかして、口裏を合わせでもしてるの?
私達を会わせないようにって………もしかして皆、グル?」
「……………そう思う事しか出来ない、哀しい娘だな」
何かが決壊した様に悲哀じみた表情が崩れ
玲緒は今にも泣きそうな、切ない面持ちに変わる。
透架は玲緒に手を伸ばす。
「皆、誰も知らないうちに私の手の駒になっていた癖に。
今度は誰にも邪魔なんかさせない___拒否権はないのよ。
分かったなら
黙って聞いて、此処に純架を、今すぐ連れてきて!!」
玲緒の両袖を掴んで、透架は揺さぶる。
罵倒にも似た懇願はまるで届いていないかのように
玲緒は項垂れて、揺さぶられているだけ。
今の理性を喪失した透架には、何も伝わらない。
それは欲望と狂気。
皆、マリオネットの様に踊らされていた。
持ち主である、彼女が望む舞踏会ずっと、ずっと。
「ねえってば!!
貴女に拒否権はないって分かってるでしょ___」
「___もうやめて………!!」
透架が玲緒の両腕の袖を掴んで
激しく揺さぶっていたのを誰かが留めた。
けれどその人物は反動で突き飛ばされていて、
玲緒は心無しか目を丸くする。
仲裁に入り、
影響で突き飛ばされていたのは、桜。
彼女の指先はずっと震えていて、灰色の床にぽたり、ぽたりと
雫が落ちた。
桜に視線を向けると、
彼女はそのまま項垂れる様に座り込んでいる。
狂乱していたかつての面影は何処にもいない。
荒れた前髪から覗いた眸は潤んでいる。
「…………私が、全部、私が悪かったの。
貴女の言葉に真に受けて、あの日の過ちを起こしたこと。
お義姉様が自害した原因が、
娘である貴女達にあると思い込んで虐げていたこと。
それが正しいと思っていた私が、子供で馬鹿だったの」
初めて、桜が告げた悔恨。
あの事実を知ってから、桜はずっと罪の意識に苛まれていた。
玲緒は何かを告げようとして止める。
黒幕の首謀者である透架。
自分自身の罪を被って未だに牢獄にいる貴宏。
義姉を追い詰めた憎しみから、あの日、
会堂病院から純架を拐った事も。
「貴女が、首謀者かも知れない………でも、
それを増長させたのは、私よ…………」
今にも消えそうなか細い声。
床に溢れ落ちた滴。
初めて見せた後悔、反省。
だが、透架の眼差しは怜悧なものだった。
「貴女なんて、どうでもいいのよ。
あの日、子供に唆されたくらいで狂気に狂って。
失敗したから、人のせいにして罵詈雑言を。
貴女さえ横槍で入って来なければ………」
「透架」
怜悧な物言いに、憔悴している桜は反論しない。
見ているのが耐えられなくなって、玲緒が会話を遮る。
強めに、玲緒が告げる。
話が逸れた事に気付いて、透架は
「分からないの。
純架と一緒に生きる為にあの日を引き起こしたわ。
純架がいる世界じゃないと、私は生きていけないの。
だから、ね?」
連れてきて、と言おうとした。
けれども。
「____もう、“純架はいないよ”」
「……………え?」
次回、最終回です。
お伝えしましたが、
物語の構成上の上で、最終回を含め後2話で完結致します。




