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第63狂・シダレヤナギ___身勝手な罪が待つ末路



 いつも薄暗い隅に膝を抱えている少女。

あの家のコンクリート壁の壁は、とても冷たかった。

そして大人の目を盗んでは、時折、あの場所に来ていた事も。



「純架」



 そう名前を呼ぶと、貴女はそう微笑んでくれた。






 不衛生な環境。

むき出しのコンクリートは常に怜悧だった。

色褪せた灰色のワンピース何処か煤けている。

暗闇に慣れた虚空の双眸。

傷と痣だらけの姿。










 いつの間にか、

首元に手は掛けられたままだったが

口許のガーゼは外されていた。


 桜は悲痛な表情で、透架に問いかける。

それは今にも泣いてしまいそうな、脆い表情で。




「…………そんな。そんな、この私を騙したの?」



 桜は透架に問いかける。



 双眸の縁には雫が留まっている。

憎悪、悔しさ、怒り、哀しみ……その要素が混ざり合った

言葉にしい得ない表情は何処か悲痛なのだろうか。

今にも崩壊しそうな脆さ。



「騙す……。そうね。でもどうだった?


 玲伽は貴女の元に戻ってきてくれかしら?

私に騙されても、自らの手を穢しでも尚、

玲伽に(すが)っても、彼女は貴女の言う通りにした?」

「……………………」



「結局、あんたは今も昔も、玲伽の奴隷でしかないのよ」



 トドメの台詞だった。


 月夜の下の双眸は、狂気を孕んでいる。

桜が浮かべた苦悶の顔色には一筋の涙が頬を伝った。

脳裏に思い起こされた、あの日の玲伽の言葉が波紋する。


 

『そんな事はないの!! 

私は貴宏さえいれば、どうでもいいの!!


貴女だって____私には要らない』




 狂気を(いっ)した義姉の言葉。

この身を手を穢してでも、玲伽と居たかった。


 けれども結局は

自己陶酔した操り人形でしか無かったのだ。





(双子の妹を偽った娘は、

こんなに闇色の(ヴェール)を被っていたのか)


 

 茫然自失としながらも、

彼女の黒い感情も思惑に誰もが絶句する。

心臓病の抱えながら純粋無垢な、健気な女性という像は

狂喜に呑まれ消え失せた。


 ずっとあの日の秘密を胸に秘めていた。

そしてあの日の悲劇の首謀者であり、黒幕だった。


 彼女が、本当に双子の姉なのか。

その思惑を孕み、弱みを縦に誘惑した末に。





「………………あの人は、どうしてたの?」



 そんな中、ぽつりと言ったのは玲緒だ。


 

 ああ、と興味無さそうに前置きして、



「貴宏の事?

貴宏は常に純架を気にかけていたわ。

そして、玲伽の突発的な暴力が始まれば、必ず仲裁に入ってた。


そして玲伽は躍起になって、暴力を振るうのよ。

貴宏に取られそうだと恐怖心と嫉妬心に駆られて………ね。

馬鹿みたいに」



 その声音は氷柱(つらら)の如く鋭い。

その冷めた表情は母を嘲笑するかのようだ。

項垂れながら玲緒は、ぽつりぽつりと告げる。





「俺は、玲伽と桜が、共犯だと思ってた。

純架……………いや透架が(そそのか)したのではなく、

玲伽が桜を操って、あんな横暴に出たのだと思ってた。


透架にされた純架を、拐ったのも桜。

現に姉の指示なら、君は動くだろう?」

「……………」



 玲緒が真剣な眼差しを向けると

潤んだ瞳で、恐る恐る桜は玲緒を見上げた。

そんなやり取りも煩わしいと言わんばかりに

物憂げに、双子の姉は話し始めた。


「貴宏は、貴女の面倒を見てた。


いや、貴女の世話を見たがってたと言おうかしら。

玲枷が狂気的になって阻止されても、隙を見計らって。

痣が酷いと医者になった玲緒の知識を借りて手当てまでしてた」



 娘に対して、献身的な父親。

けれども疎ましげな瞳で、透架は続ける。



「けど貴宏も、私にとって疎ましかったわ。

双子の妹を取られている気がして邪魔だったから

あの人には濡れ衣を着せて、近づかせない様にしたのよ」



「だから冤罪を……。濡れ衣を着せて、牢獄に………?」




 双子の妹の問いかけに、姉は微笑んだ。



「私はね、純架。双子の妹と居たいの。

けれども大人が、私の気持ちを横槍を入れて邪魔するの。

だから____私は邪魔者を追いやっただけなのよ?


…………ねえ、純架? 

私、凄く頑張ったでしょう?

私を認めて? 二人だけでずっと一緒に居ましょう?」



 恍惚な微笑み。

反省の一欠片もなく、それが当たり前だと言わんばかり。



 

「______拒絶する」



 

 玲緒と桜、張本人の透架は、目を丸くして見開く。

薄幸で儚げな、触れたら崩れてしまいそうな表情で、

彼女は告げる。


 


「…………貴女は、玲伽の生き写しそのもの。

私はずっと罪の意識に駆られていた。


私のせいで、

貴女の人生を奪ったと思って生きてきたから。

私なんてなんの価値もない。そう思い続けた。


 けれど、全ては計画されたものだった。貴女の……。

そんな思惑を孕んでいる貴女には、

私は一緒にいる事は出来ない」


 そう告げると、

桜に向けていた医療用メスを桜から離す。

もう桜は30年前の真相を聞かされ、絶望の眸を佇ませる。



 桜から離れて、双子の姉へ前に歩み寄る。

 


 純架は何処か怪訝な顔をして、双子の妹を睨んだ。




「怖い顔しないで? 全ては貴女と私の為よ。 

私は、貴女と一緒に居たかったから」

「その根源が私にあった事も、それで貴女が暴走した事も

申し訳ないと思ってる。だから____」





「_____私の心臓を、貴女にあげる」




 透架は、愕然とし表情をなくした。





 心臓は、一つだけ。

移植手術となれば片方は、消えてしまう。

月夜が照らすその面持ちは優しい微笑みを浮かべている。



「大丈夫よ。

それが貴女に唯一無二出来る、私のお詫び。

拒絶反応もないと思うから。


移植の順位は一位。

貴女が望むのであれば、今すぐにでも出来る」



 透架は唖然としていたが、

やがて首を横に振り、涙ぐみ始めるが、

純架の声音は冷静沈着で何処か優しくも杞憂だ。


 宣告に聞いていた玲緒も

改めて愕然とし、何も知らない桜は唖然としたままだ。



「………嘘でしょ」



 桜の言葉。

純架は静かに首を横に振ってから、微笑み

桜の元に戻るとしゃがみ込み、目線を合わせた。

優しさの中で狂喜的な微笑。



「貴女のドナー……澁谷里穂さんの兄の代わりに、

医学部を目指す事が、あの家に居させて貰える条件だったの。

心臓外科医になれば、助けになれるかも知れない。

それにずっと、心臓を移植する事は決めていたから。


それが志望動機。

もう決まっている事だわ。

それを邪魔するなら、私は容赦しない」





「______そんなの嫌!!」





 闇夜に、響いた声音。



「心臓なんて要らない…………!!

私は、純架。貴女と一緒に居たい、生きていたいの……」


 懇願する様な、縋る様な声音は泣き声混じりだ。

けれどもそんな双子の姉の懇願に、彼女は目を伏せて

悟りを開いた表情を見せる。



「全てが明らかになった以上、

私達、もう普通の姉妹では居られない。

それにほら移植すれば、私は貴女の心臓として生きる。

 

貴女の望んだ、一緒に居られる事が出来るのよ。

それって____本望じゃない?」



 その物憂、杞憂、物寂しい怜悧さ。

微笑みが意味するものは、なにか。



 その瞬間、携帯端末のアラームが鳴った。



「貴女、そろそろ戻らないとね。心臓に障る。


___“お兄様”。

廃館の入口に、草摩智慧医師と

看護師さんが待機していると思うから、お姉様を引き渡して」

「_____待って、純架!!」

 



 透架のふりをし続けた、純架は振り向かない。

玲緒も透架の心臓の波形が乱れている事から

渋々、透架を連れて身を引いた。



 

 この場で残されたのは、桜のみだ。



「…………本気なの?」

「私が、あの娘に嘘を付くと思う? 全部、本気。


…………ある意味、あの日、

貴女に拐って貰って良かったのかも知れない。

じゃないと、透架に対して何も出来ないままだから。

_____有難う」



 


 悟りを開いた微笑み。

後を引いて、純架そのまま、(きびす)を返す。

けれども思う事があったのか、立ち止まるとぽつりと呟いた。



「先に、

貴女の大好きなお義姉様の元に行って

ごめんあそばせ」





 廃館を出ようとした時。

階段下で、玲緒が悲哀の表情で待ち構えていた。



 あの娘は連れられた様だ。

通り過ぎようとした刹那、玲緒は声をかける。 


「…………心臓移植を、透架が、望むと思うか」

「…………前に貴方、言ったでしょう? エゴでしかないって」

「それは」

「最近ね、妙に現実感がないし、喜怒哀楽がないの。

このまま生きていても、自身でも虚無だと思う。


それに疲れちゃった。しばらく、休みたいわ」


 

 本心も、本音も言わない。ただ。


 

「_____透架の事を、よろしくお願い申し上げます」



  純架に戻った娘は、優しく微笑んだ。



完結まであと数話です。


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