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第61狂・コルチカム___踊り子に隠された秘密

【警告】

刃物描写有。

閲覧にはご注意下さい。




 夜。

お散歩しましょう、と告げられて

少しだけ怪訝に思った。


連れて来られたのは、一瀬循環器病メディカルセンターの廃館。

………前身である一瀬病院の館と聞いた事がある。




 夜風は思っていたよりも、寒い。

何故、こんな所へと思いながら辺りを不思議に見回していると

純架を連れてきた智慧は、膝を(かが)めて目線を合わせる。


「此処で、純架ちゃんに、会いたい人がいるんですって」

「…………私に?」





(…………誰? どうして、こんなところで?)











___数時間前。


 

 


『純架を廃館に連れて来て欲しいの』




 透架は、それだけ告げた。



 姉妹の時間が持ちたいから、と。

ようやく、妹に再会する心構えが出来たのだと

智慧は微笑ましくあった。けれどもひとつ心配なのは



 “その柔和な微笑みは

何処となく物悲しさを語っているのが、気がかり”だが。




 (何故? 透架………貴女は、何を考えているの?)




 


 廃墟を連想する様な、

朽ち果てた洋館は何時から時を刻んできたのだろう。

今は誰も訪れない場所にひっそりと呼吸をしている。

____彼女を、連想した。



 しばらくしてからだった。

血相を変えて、慌てて御影桜が飛び込んできたのは。

 



「助けて、助けて………」



 桜は息を切らし

顔面蒼白になり、袖を掴んだ指先が震えている。



(此処で会いたいのは、桜?)



 何処か鬱陶しい面持ちで

桜の指先を振り解き、無慈悲に突き飛ばした。

そのまま転がったまま動きやしない、寧ろ小刻みに震えている。






「なに? 貴女らしくないわ」




 





「_____では、御影桜らしさってなに?」



 


 自身と同じ声音が残響する。

純架は自身の視界に映るものを疑った。



 同じ容姿、容貌。

恋い焦がれ、何処か懐かしい。

______香取真帆ではない。御影透架だ。



 



 自然と口角が上がり始めた矢先。

不審に思ったのは、後々から現れた玲緒の姿。




 玲緒の事を自身は知っていても、

透架はその存在さえ知らない筈なのに。

阿吽の呼吸で行動している姿は、顔見知りではないと無理だ。

ふたりの雰囲気で、何処か純架は気に入らない。





 ただ抱いた違和感は、

透架が医療用のメスを持っていること。

そして、それを桜に向けていること。



「逃げたって無駄よ、観念なさい」

「なんであんたが医療用メスを持ってるの? 違法でしょう」

「違法じゃない。 私、医師だから」

「………え」


 


 震えていた桜が呆然自失とする。

それは、純架も例外ではない。



 透架はそれを象徴するように

喪服を連想させる黒いワンピースの上に白衣を纏っていた。

桜は鼻で嘲笑いながら、



「貴女が医師? 笑わせないでよ」

「疑うのならば、その御影家の力を使って調べればいい」




 凛然と透架は告げる。

しかし刹那に純架がすかさず、叫んだ。


 



「透架は医師よ!!

透架が嘘を付ける筈がない、偽物みたいに言わないで!!」

「____姉には盲目的で、盲信が激しいこと」


 

 それは、純架が火を灯したのか。

先程までまるで追い詰められた様な弱気な桜の姿はない。

開き直り、此方を蔑んだ眼差しで微笑している。



 悲劇のヒロインを思わせる姿勢だ。



「へえ………盲信してるのね、透架は嘘が付けないの?」

「そうよ。貴女みたいな虚言癖と一緒にしないで」




「じゃあ、(すが)ったら? 

ずっと会いたくてたまらない姉だったんでしょ?



_____透架に依存しなさいよ」






(依存なら、もうし続けている)



 桜の挑発に、純架は開き直っていた。

これが異様だと、依存していると言われても構わない。

透架は自分自身だけのモノだ。


 恍惚にも似た、微笑みを浮かべる。



「いいわ。特とご覧なさい。

私の、透架への一途な盲信を…………」




 挑発的な桜の言葉に誘われ、先に純架は動いていた。



 装置がギリギリの距離だが、透架には近付ける距離。

車椅子のハンドリウムを動かし、ゆっくり透架に近付いて、

恐る恐る伸ばした右手で、その頬に触れようとした。





_____けれど。






 パシン、という乾いた音が静寂な廃墟に響く。





 突然の行動に、透架の行動に、玲緒、桜、



そして当人の純架は

目を丸くして驚きの色を隠せない。

……透架が、純架を拒否した?




 純架に至っては、

唖然としたまま、開いた口が塞がらないでいる。

ショックが大きかったのだろう。



 純架はその場に佇み、

そして透架は距離を取った。





「………………どうして」




 思わず、玲緒は呟く。

けれども今更、気付いた。



 その闇色に染まった眸は

影を落とし虚空を見詰めている事に。

何処か哀傷的で、悲観的に妹を見ている事も。





 そして玲緒は悟ってしまった。


 “透架が陶酔していた純架”は、

 もう彼女の中で何処にもいないのだと。

 消えてしまっのだと。




「ごめんなさい。この手は受け取れないわ」



「…………そんな」


 

 悲痛を佇ませた声音。

嬉々とした(ひとみ)が絶望に染まっていく様。

純架は手を項垂れ落とし呆然としている中、




 玲緒は透架が、此方に視線を寄せている事に気付いた。

微かに動いた口許が、純架と距離を離すように告げて

玲緒は茫然自失の純架を此方に引いた。



 目線の先にいる姉から視線を反らしていない。

それを見透かしたかの如く透架は背を向けた事を、

周りを唖然とさせて、更に妹を絶望に叩き落とす。






 


 

 その様に、桜は瞳に喜色を写しながら嘲笑う。

壊れたカラクリ人形の如く嘲笑い始めた。


「あはは!! 

長年、夢にまで見た姉に拒絶されるなんてね!!


___良い気味だわ」



 廃墟に轟く、狂気的な嘲笑。

姉妹の末路を頬を紅潮させて、感情を昂る様は

そうなるように望んでいたかの様だったが、

やがて桜は凍り付いた。



 冷ややかな軽蔑。

その非現実的な酷薄な微笑は、背筋が凍る。

彼女は手許に持っている医療用メスを鼻先まで近付けた。



 恐怖感がこみ上げた時、

彼女は後ろ手に回り、桜の首元に突き付けている。

悲鳴が出そうになる前に口許を抑えられ、囁かれた。


「____怪我したくなかったら、大人しくして?」



 桜も、玲緒も、純架さえも、

今の透架が、理解出来ずに、何処か恐怖感を誘う。




「_____純架。

私はずっと貴女が愛おしかった。

私のせいで心臓に怪我を負って、人生を奪った。

ごめんなさい。




 確かに貴女の存在で、今まで私は生きて来られた。

愛おしい大好きよ、たった一人の双子の妹」



 誰もが、固唾を呑む。

人質に取っている桜を流し目で見たあと。




「_____けれど、今は違うわ」



 

 闇を落とした声音。

顔付きもそのまま、此処にいる誰もを睨み付けている。

彼女の行動に、純架、玲緒、桜が皆、目を見開く。




 

 


「30年前のあの日、私のふりをして桜を(そそのか)した。

あの時、私達を襲ったのは父親じゃない。この人でしょう?」


 透架は、医療メスを少しばかり近づけ、

桜の嗚咽にも似た悲鳴が一瞬、聞こえた。

悲鳴を上げられては面倒だと言わんばかりに、

ガーゼで口許を抑えている。



「…………………」

「私だけ母親に虐待されていた事も、事件のあの日も。

何故か思い出せなかった“篠宮透架”のこと、

やっと思い出した。


でも、思い出して吐きそうになる。



___裏で全て、糸を引いていたのは貴女だよね」



「…………………」



 その刹那、

顔面蒼白になり、罰の悪い顔付きをして俯く。

玲緒の服の袖を掴むと子供のように、

透架の元に連れていけ、という。





「こないで」




 しかし透架は叫んだ。

姉の拒絶に、涙目になりながら、純架は告げる。




 「ねぇ………分かって、透架。

私は貴女と離れたくなかった。

けれども、玲伽は私達を引き離そうとしたのよ? 


 私と離れたくなかったでしょ?


そして貴女は

玲伽から冷遇されてる、貴女が不憫で……

あんな大人さえいなければ…………」

 

 後悔の色はない。

何処か姉に同情して、同意を求めている。

 


 両親、兄、大人は誰も要らない。

求めるのは、思うのは、片割れの事ばかり。

傍に居てくれば他には誰も、何も要らない。

それらに必要価値もない。



 透架は目を細め、

何処か悲哀に満ちた表情で、俯き告げる。


 

「妹からの慈悲が、こんなに物悲しいものだなんて、ね」

「………………え?」



「……………もう偽物ごっこは、終わりにしましょう?」




 “今”の透架に、もう妹の言葉は響かない。




「_____どういう事?」



 手が置かれた事で、気の緩みが出たのか。




 人質にされて大人しくしていた桜が呟と、

耳許で『今に分かる』と告げられた瞬間。

刃物は更に距離を縮めて有無も言わさない圧力。




 桜の瞳が大きく恐怖の色に染まる。

刹那的に恐怖心が勝り、やめて、と告げる前に

また口許ごと顔を手で塞いで、透架は手を振り上げた。







「______やめろ、透架!!」



 コンクリートの世界で、玲緒が叫ぶ。

その言葉が留め金かの様にピタリと止まった狂気。

けれども透架の瞳はずっと虚空だ。




 透架は玲緒の方に向く。

そのミステリアスな微笑は今にも哀傷的だ。



「………………私は、透架じゃない」



「______え?」





「____忘れた?

私は“透架”じゃない。




____御影透架は、あなたよ」



「「___え」」



 玲緒は困惑した表情を見せる。桜も微かに首を上げた。

透架の告げた意味の、意図が解らないと言わんばかりに。





「母は……………玲伽は、

貴宏以外の人間は、どうでも良かった。



一卵性双生児で

私達は見分けが付かなかったものだから。

たまに間違えられたよね」

「どういうこと…………?」


 

 純架は、戸惑う。透架は凛然としていた。

さっきから荒波の如くずっと心情を揺さぶられる。

透架は流し目で見たあとに



「御影の呪縛とノイローゼで狂い始めた時、

母は………長女だと思っていた“透架”を、

私だと、思い込んでいた。思い込んでしまった。


でも、本当の私は…………純架。



 けれど

あの人はずっと私を、透架、透架、って呼んだ。

そして貴女もやがて自身の事を純架、と言う事になった。


私は…………私達は。

あの人に恐怖心で支配されていたから、

洗脳されて自我すら無くなりかけていた」


 桜に目線を合わせると

柔く微笑んで愉しげに首を傾けた。

その微笑みに桜は戦慄している。


「だから_____貴女が襲った相手は、合っていた。


貴女が間違えて襲った娘も、

ずっと見てきた娘も透架だもの。

あの娘は………純架じゃない。


貴女のひとつの間違いは、

透架と思った私を、会堂病院から拐った事と

御影家に透架だって言い張り、思い込ませていること」

「………う、嘘よ、嘘よ!!

出任せを言って人を惑わせているんでしょ?」



(違う。私が襲ったのは………)



「母である義姉に依存して、

子供の御伽噺(おとぎばなし)を語った透架に惑わされた末に、

自らの手を穢した。


…………………でもなにも生まれなかった。

取り残されたのは、残酷さだけ」 

「やめてぇ…………離して………」



 首元に落ちた手の力が強くなる。

脳内が混濁する桜に、それを喜ぶかのように、

恍惚な微笑みを寄せる。



 その潤みを帯びた瞳から静かに伝いながら


 混乱しているのを後目に透架は、

悪夢が憑依した天使の様に恍惚的に微笑む。

否定の先入観に入ろうとしている中で、

玲緒は疑問符が解けていた。



 20年前のあの冬の日。



「……………だから、傷と痣だらけだったのか」



  玲緒の、諦観にも似た呟き。



 会堂病院に、危篤状態で双子の姉妹が運ばれてきた時、

精神的に疲弊して混乱している姉は、

身体中が傷と痣だらけだった。


 その意味が解らず、

当時は貴宏が純架を傷付けただけでなく、

透架も襲われたのではないかと不可思議と

疑念の天秤が揺らいでいたのだ。



「貴女が純架と思っていたのは、私よ。

此処には居るわ。それを知らないまま、



純架である私を拐った。

そして純架だと思い込んだ透架を罵倒し続けた………ややこしい話よね」



 その微笑に悪寒がする。

思い返せば可笑しいのだと今更気付いた。

義姉は純架しか可愛がらず、純架を常に連れて一緒にいた。


(透架は、その存在感すら匂わせず、現さないのに)



 だからあの時、透架だと名乗った少女を初めて見た。

彼女はまるで、精霊の様に、自身の渇望したものを

取り戻す方法を告げただけで消えたのだ。



(自身を救いの手を差し伸べた天使だとさえ、思っていた、のに)


(愛しい人を奪った小娘を、

ずっと(ないがし)ろすると誓ったのに……違ったの?)


 

 欲張りにも御影家に渡した娘は、

御影家で(しいた)げと思っていた矢先、

彼女は澁谷家に里子に出したと言われて宛が外れた。


 残されたのは、

自身が襲った娘を(しいた)げる事しか念頭になかった。

純架だと思い込んでいた彼女の願い____双子の片割れに再会したいという願いを阻むこと。

 

 それをさせない事は、

最高峰の復讐していると恍惚の微笑みにさえ浸っていた。


 故に行方不明者と言われて、純架と思っていた彼女に

『透架を連れてくれば、玲伽の秘密を暴露する』と

言われた時、焦燥感に包まれた。



 


 「透架は、純架で、純架は、透架だったの………?」


【お詫び】

医療用メスの描写を、

物語の構成の為とはいえ、こうした形で表してしまった事

心からお詫びを申し上げます。


また、ご気分を不快に思われた読み手様 

申し訳御座いません。



【補足】


実は、純架でありながら、透架になり演じた透架。

透架でありながら純架とされた透架。実は


今まで純架だったのが長女の透架、

翻弄され生きてきた透架が、次女の純架となります。

ややこしくてすみません。


発端は、母親である玲伽の間違いです。

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