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第60狂・スカビオサ___贖罪との別れ

【警告】

刃物、人質の描写有。

閲覧にはご注意の程をお願い致します。




 「本当にいいんですか」

「こんなこと、兄である貴方にしか頼めませんから」








 その狂喜の身勝手は、最期の我儘なのかも知れない。










_____刑務所、面会室。






 


 仏頂面の篠宮貴宏を、後目に透架は、微笑んでいた。


それが何故なのか___今まで張り詰めた表情しか

見せていなかった、その彼女の意図は汲み取れない。




しかし貴宏が余裕で要られたのは、ここまでだったのだ。




透架が差し出した切り札、言葉は刃物よりも鋭い事を。










「私や純架の話は全部聞きました。桜さんから………。

 私は何も知りませんでした。私自身が御影の娘という事以外」




 


 あの頃は、純架を助ける術を身に着ける為に必死だった。


それしか透架の瞳や脳裏には映らないまま、籠の鳥の生き

澁谷家にいる条件を逆手に取り、それらを利用したも同然だったと反省している。


















「お父様。

私は………実は医者なんです。専攻は心臓外科医。



何故、心臓外科医になったか分かりますか?」






 貴宏は俯いたまま、何も言わない。

けれども透架の言い分は意図せずとも、読み取れたそれはきっと、“双子の妹の存在”があるからだ。






(透架は、昔から責任感が強かったから)



 透架は、まるで改装するかの様に視線を伏せ

悟りを開いた瞳を下へ落とす。もう未練はない。




「…………私ね。いつかは、


純架に自分自身の心臓を渡すんだって

思いながらずっと生きてきたの。


それが私自身の役目だと思っていたし、

自分自身が出来る贖罪だと思っていた。



20年間、その想いは

変わらなかったけれど………最近ね、変わってしまったの」




 貴宏は思わず、透架の方に視線を向けた。

透架は何処か、危うさを秘めながらも憑き物が落ちた穏やかな面持ちをしている。


ただその双眸はくすみかかって、虚空を写していた。

視線は交わらない。



 ミステリアスで、何処か、掴めない。






「………それは私の独りよがりで、

 それが間違いだったと、痛感したの」

「………………」

「それは私の身勝手なエゴだった、エゴでしかなかった」

「……………………」










「私___純架を、道連れにして地獄に堕ちるわ」



「………………は?」




 床下に潜んでいる玲緒は、思わず口に手を当てた。

透架が何も言わない秘密主義な癖は、父から娘への遺伝なのかも知れないと____思いながら。




ただ、一つ、言えるのは。






(____透架は変わってしまった)






 その背中には、

双子の妹を一途に想い続けた女の背中はない。

あの時に、玲緒がエゴだと告げた時の、懇願する様な悲哀の表情も姿勢もない。


無慈悲な狂喜に狂わせた、“見知らぬ誰か”だ。






「だって………全部、知ってしまったんだもの。


 純架が、桜を(そそのか)して糸を引いて、あの惨劇を生んでしまった事を。


そして本当は純架に刃を向けたのは、“貴方ではなく桜だという事も”」




 自虐的な表情と声音。無意識に鳥肌が立つ。

頭から冷水を浴びた様に貴宏の中で、熱が冷めていく。



 透架は何も知らなかった。けれども全てを知ってしまった。




 玲伽が御影の呪縛によるノイローゼで

透架を虐待した末に秘密裏に御影家に引き渡そうとしたこと。

加えて何よりも悟られてほしくなった出生の秘密と、双子の姉妹を桜が襲おうとしたこと。




(墓場まで持っていく、つもりだったのに)






「………実はね、事件が起こったあの日。

純架が私のふりをして、桜に言ったんですって。

私を襲えば、玲伽と一緒に居られるって。____だから、


…………あんな惨劇が起きたのよ」



最期の言葉は、雪よりも冷たい。





(純架が………?)






 貴宏は思わず、目を見開く。

最後の語尾は、最期の言葉は、

雪よりも冷たくかなりドスの効いたものになっていた。






「_____今は全てが憎いの。


狂気に狂って、私達を産んだ玲伽も。

私達が生まれる為に、誰かが犠牲になって命を落とした事も。




桜を意図的に唆そそのかした純架も」



 双子の妹を、溺愛し盲愛していた筈だ。

それを眼の前の彼女は、憎い、と片付けている。

その瞳には軽蔑の色が混じり始めている。




「今まで

純架には愛おしさしかなかったけれど、今は違うわ。


彼女が全ての首謀者。






最初はもう、純架のドナーにならないと思ったけど

なんだか落ち着かず、腑に落ちなかったの。

そして気付いたわ。


純架には、

私の心臓を埋め込んで貰って、純架だけ生きて貰う」






パーティション越しに視える、透架の狂気。

それはテーブルの下でスタンバイしている玲緒も同じだった。




 玲緒は思っていた。






(……………透架が、一番の被害者だ)






 いったい、歯車は何処から軋み出したのだろう?

玲伽が兄を盲愛する様になってからか、我々、兄妹が生まれてしまったからなのか。


 それに加えて、

桜の狂喜の身勝手という横槍が露になったからか。








「お父様は

加害者ではなく、玲伽と純架の被害者だよね。


あの人と、あの子がいなければ、

こんな牢屋に入らなくて済んだのにね」






 自虐的に告げる言葉は、厳冬を思わせた。

そして脳裏にある幼き頃の淡い娘の微笑みが、向こう側にある。







 透架がパーティーションに手を当てた。同時に服の袖が落ちていく。

華奢な腕が露になり、絶え間なく傷付けられた痕。

玲伽が付けたものではない。これは………と絶句していると








「狂気の目は早く摘まないといけないわ。

……………だから。私が終わらせる」











「___話はそれくらいにしません?」






 貴宏は固まる。視覚野にはいない、聞き慣れた声。


キョロキョロと視線を惑わせていると、

パーテーション越しに見えた光景は非現実感を与えた。

恍惚な微笑を浮かべた青年が包む様に、肩を寄せて片手にはナイフを持っている。




 驚いたのは、それだけはない。



その刃先が、妹の首筋を人質に取っている事も。








「…………透架は純架しか見なかった。それは確かな事です。


けれども裏を返せば、罪の意識から、

純架に囚われられ、鳥籠に閉じ込められた小鳥なのだと僕は思います」




 透架が今まで、

純架の人生を奪ってしまったと自責に駆られていたのなら、

純架も自身が招いた惨劇によって、透架を束縛していたのだ。






「透架は、純架の操り人形だったもんね?

ねえ。透架、貴女は、純架の手の中で踊らせされていたんだよ?」




低い声音。

透架自身ですら、ぞっとした。






(___私は、純架に)






 愛おしかった、護りたかった。



傷付けてしまった分、

人生を奪って辛い思いをさせた責任感から

自身がどうにかしないといけないと自責に駆られながら思い続けた。




 向こう側にいる父親はわなわなと震えているのみだ。

玲緒は余裕の微笑みを見せているが、その瞳は反抗的だ。





(貴方にも責任がある)






 嘲笑う様に、軽蔑する。






「貴方にも責任がないと言えませんね?

透架が、玲伽の不安のはけ口にされていたのを、見てみぬふりしていた。




だから

純架が、桜を(そそのし)てまで、

ああするしかなかったんですよ。きっと」




 (むご)いですね、と告げたまま、

玲緒は透架に刃を向け、透架を引き摺る様にして、面会室から消えた。

















「………有難う御座いました」

「まさか、妹に刃物向けて脅せ、って。聞いた時には

驚きましたよ。貴女もかなり破天荒だ。


………結局、こうしても無意味でしたね」




「_____いいえ」






 透架は俯いて、そう告げた。






「…………私は、純架に、(あやつ)られていたと


分かりましたから」






 そう呟く声は、悲哀に満ちていた。



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