第54狂・マツムシソウ__架せられた報い
【警告】
終盤のシーン、刃物描写有。
閲覧にはお気をつけ下さいませ。
自身と純架が生きているから、里穂がいない。
自身と純架が生きていなければ、里穂が生きていた。
30年に天秤に揺らいだ結果、前者が現実になっている。
本当は里穂の適合ドナーは桜だったとしても
澁谷薫にとっては桜を見捨てた人物が玲伽である事には変わりはない。
感傷に浸っている透架はある言葉と光景が、脳裏に残響する。
いずれにしても
里穂を犠牲にして、透架と純架が生を受けた事は変わらない。
感傷的になる透架の脳裏に溢れたのは、嘗て見た夢の光景。
『このまま貴女の身勝手を通したら、里穂がいなくなっちゃう』
『…………じゃあ、この子達を殺せと?』
あの頃は分からなかったけれども、この女性は薫と玲伽だ。
悩ましげにも少しその面持ちには怪訝さが見えたのは当然だ。
娘の人命がかかっている。察するに時間の猶予はないだろう。
薫は膝を付き、玲伽スカートの裾を引っ張る。
「お願いよ。
その子達を諦めて、今は里穂を助けて頂戴。
これも運命と思って。貴女しか里穂の命綱はいないのよ」
「…………………」
懇願する眼差しから、滴が伝ったのは、嘘じゃない。
縋り付く彼女は玲伽は唇を噛み締めて、ただただ俯いていた。
自身と純架を諦めて、里穂を選ぶのか。それとも逆か。
其処に居たのは、眠り姫だと思った少女は里穂だ。
人工呼吸器に繋がれ、顔色はよくない。リミットの存在を透架は感じた。
けれども、ここで透架は引っ掛かる。
まだ自身と純架が生まれる前の話だ。
けれどもこの光景は鮮明で映画を見詰めているようだった。
胎内記憶として刻まれていたのか。
だとすれば、純架の脳内にも潜伏している可能性がある。
けれども怒涛の半生を歩いていた透架にとって、
“今まで一度も思い出せなかったもの”だ。
それは、無視していたのか、
元々から気付かなかったのか。
(あの子は、だれ?)
玲伽の隣に居た少年。
玲伽をひたすら心配を寄せている誰か。
宏霧かと思ったものの、彼の面影は微塵もない。
額に手を当てて俯いた、透架は、渇いた嘲笑いを浮かべる。
薫からの疎まれ、
仕打ちや態度が漸く理解した。
彼女は全てを知りながら仇の娘の片割れを引き取った。
その面影を自身の娘に重ねる度にどんな思いだっただろう。
(…………ごめんなさい)
「あら、来たの?」
枯木と枯葉だらけの広い庭はまるで砂漠を想わせた。
朽ち果て寂れた庭は廃墟を思わせるけれども、
透架の事を見詰めてきた女を手放す訳にも行かない。
(しぶとい子)
薫は笑みを浮かべる、何処かでそう思いながら家に招く。
桜はトーカの御影家での保護責任者という立場らしい。
現に彼女が居た頃は月に1回程度、訪問として澁谷家に現れていたが
何処か面倒臭そうな態度が、記憶に色濃く残っている。
「………あの、透架の部屋を見せて貰っても?」
「突然、どうしたのよ?」
「今まで透架の事を目を背けていたから、
あの子が過ごした部屋を見てみたくなって………駄目でしょうか」
何処か、物腰柔らかくそう謙虚に、桜は微笑んで見せた。
仮面の微笑みは慣れているが、あの小娘の為だと思うと憎い。
本当は嘘八百だ。
透架の部屋に行けば、なにかの手掛かりを掴めるかも知れない。
薫は地下室ではなく、表向きの部屋である2階の奥部屋に入る。
暫く足を運んでいなかったせいか、誇りや塵が目立つ。
「里穂さんのドナーが、間に合っていたのなら、
此処は間違いなく里穂さんの部屋になっていたのですよね」
遠目に懐かしく愛おしく膝を落として
床を指先で撫でながら、桜は呟く。
「里穂」というワードに薫は機敏に反応し、頷いた。
里穂は、宏霧の妹であり、薫の娘だった。
重い難病を持ち移植ドナーをただ待っていた。
その幼い身体ながらにも懸命に闘病していた姿が霞んで桜から視線を逸らす。
裏切り見捨てた御影家に
里穂の事を容易く、御影の人間を語ってほしくない。
心中では桜を睨み付けた。
「そうね。でも、
里穂を殺めるきっかけになった御影家に
語って欲しくないわ。御影家が……貴女の姉が、
ドナーになってくれていたら里穂は今でも……」
思わず、語尾が涙に滲む。
31年前の春
危篤状態の里穂は、薫の腕の中で息を引き取った事を。
里穂の移植ドナーだった玲伽は、彼女はそれを受け入れなかった。
代わりに身籠っていた双子の娘を選んだ。
もしドナーになれとせめられても、母性本能で
己の子供を選ぶのは当然だと頭の隅では分かっている。
けれども此方は里穂を見捨てられた身である事が、事を割り切れないでいる。
だから。
薫は玲伽が、自ら命を落としたと聞いても動じず
その憎しみ故に玲伽の娘である透架を故意に引き取って
玲伽に抱いていた憎悪を劣情を透架で晴らした。
(大人の事情も知らずにぞんざいに扱われて翻弄されている子)
思う存分に甚振って、
自分自身の意のままに操り人形と化している透架を見て、
薫は恍惚にも満ちた感情を抱いては嘲笑っていた。
(憎しむなら、元凶の母親を恨み、憎しみなさい)
桜は振り返り、口を開いた。
「……もう一度だけ、お尋ね致します。
御影透架は“本当に行方不明”になったのですか」
「何故、それを尋ねられるの?」
「透架は、此処から行方不明になりました。
この11年、御影家は手段を選ばず捜しました。
けれどもどんなに手を尽くしても見つからないのです。
疑われるのは貴女か、息子様しかいない………」
桜は声を震わせる。
何度も疑ったものの、香取真帆は、御影透架の人格を有していない。
彼女を追いかけても無駄だった。
「宏霧ちゃんが悪いっていうの!?」
「疑っている訳ではない事をご了承を。
そうではなく。遺留品すらない。御影家は勿論、
この家のものすらも____。
お聞きしますが、
澁谷様のお宅に、透架の遺留品はありますか?」
真剣な瞳で桜に尋ねられて、薫は困惑した。
透架が過ごした地下室の狭い物置部屋は、
透架を追い出した後に、穢らわしいと感じて、
物は全て捨てて清掃業者を呼んでまで痕跡を無くした。
だからこそ、この家に透架が過ごしたという事実しかないのだ。
_____病室、香取真帆として。
(私は、どうして母親の記憶がないのだろう)
実の所、
透架は玲伽との日々を思い出せない。
事件後、あの御影家で目を覚まして以来、
澁谷薫に引き取られてからの、記憶は鮮明なのに。
(純架に問いかける訳にもいかない)
自身が贖罪として出来る事は、
彼女に自身の心臓を譲り第二の人生を与える事。
決して御影透架としては、絶対に彼女の前に姿を表さない。
それが、透架の秘事だ。
(それに、あの人に合わせる顔もないもないのだから)
薫は、本当は、ずっと辛かった筈だ。
そんな中で、
不意に首元に、ぎらり、とした銀色が月光の下で光る。
一瞬、疑問に思ったものの、それが刃だと知った刹那に
瞳を見開く。
「…………お姉様は、あんたになんて言ってた?」
ねっとりとした執念深い声音に、ぞっとする。
瞳孔だけを動かすと恍惚な瞳を浮かべた御影桜がいた。
いよいよ………?




