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第52狂・ロベリア__愛し憎しむ人

お久しぶりです。




「なんだか、とてつもなく違和感がある」


「そうかしら? とても素敵よ?

普段から見慣れていないだけでしょう」




 






 服飾と化粧品コーナーのアルバイト経験のある智慧に


Burで似合う振る舞い、

ドレスコードを伝授して欲しい、と尋ねた所

智恵に引き摺られる形で、衣装とメイクアップを

快く快諾してくれた。




 メイクが完成するまで、自身の容姿を見てはならないらしい。





 けれど進行形でちらりちらりと髪の毛先や服に視線を落とす。



「透架は清純派だから、

それを残しつつ、色香をプラスするといいよ」



 ヘアスタイリング剤の、仄かなフローラルの香り。

額に淡い風が感じて違和感がある。いつもはすとん、と

迷い無く落ち流れている髪は、いつの間にか螺旋階段を描いていた。



 元の顔立ちや骨格は一緒だけれど、

純架も綺麗におめかししたら、きっとかわいいのだろう。

純架はどんなお洒落が似合うだろう?



「…………純架は、どんなものが似合うのかな」



 不意に現れた透架の言葉を智慧は、聞き逃さなかった。

智慧は手を止めて、顎に当てて考え込む。



「そうね……そう考えたら、

純架ちゃんは大人っぽい雰囲気を引き立たせてた方がいい。

なんだか私の主観だけど、不思議と純架ちゃんの顔立ちは

お姉さんっぽくて、透架はおぼこいのよね」



 それは辛い闘病生活を送り、

何処か達観した思いと博識を持っているからだろう。




 医術しか知らない、

来る者拒み去る者ですら興味のない、

世間知らずの娘とは大違いだろう。


 人は生まれ落ち、育った環境や性格が、

顔立ちの雰囲気に反映されるとも聞いた事がある。

それらは大きく人生の中で左右するものなのだろうから。




(生きてきたレールが違う)



 それは、比べものにならない程の………。





「はい、出来た。どうかしら?」

 


 三面鏡の鏡に写る自身を見詰めた。

其処に自分自身は居らず、別人が姿を現している。

前髪を流したワングレス、毛先を緩く巻かれたウェーブヘア。


 黒のシースルーの上品なワンピース。ピンヒール。




 生まれてこの方、贖罪を背負い、

この身に架せられたものを果たす為のレールを歩いてきた。

化粧も着飾る事もあまりせず、未知のものだった。



 自分自身だけ自由に生きている事が後ろめたくて

この瞬間でもお洒落をし着飾り、


 やがてお酒の香りを佇ませるのも、

少し後味悪いがしてならない。




 けれども何処か、この手の自身は新鮮味があり、

何処か違和感と人格離れしている。そんな気がした。

後はこの人格と性格をカモフラージュするだけだ。



 御影透架じゃない。

今、鏡に映るのは儚さと憂いと哀愁に変わった人間。








 時計は現在22時を示す。



 ずっとカウンターで待ちぼうけしていても、

張り詰めた警戒心と緊張感は増すばかりで、

水を含み紛らわせる。





 ここまで御影透架の面影を消して、武装するのは理由がある。

先日、息抜きにたまに訪れるburで、偶然的に御影桜を見つけた。



 いつもは寡黙なバーテンダーによれば、


 最近、彼女をよく見掛けるらしい。




 自身の隠された思いをどれだけ隠そうとも、

美酒が留め金が外すのならきっと、その方がいい。

その抱えた本音を誘い出してくれるであろう。




 呑まれない程度に此方は身構えていながら、

桜が本音を吐露するのを待ってみようか。




 (知りたくなったの。

透架と純架(わたしたち)の事も、御影が隠す秘密をも)




 知る権利があると思ったと同時に、知りたいと思う。

香取真帆として、彼女の前に現れても結局は他人となってしまう。

かといって当然、御影透架として現れる訳には行かない。


だとしたら、偶然を装って彼女に寄り添えばいい。




 先日、burのカウンター席に座る、

桜の動向を遠い席で眺めている分には彼女は

お酒の前ではかなり本性を見せ憔悴している姿が見えた。


 その普段の威勢はどこへやら、憔悴している姿が見えた。

物悲しく何処か虚ろで、自暴自棄な姿。



 本当は____心弱き女性。




 そんな感想を抱いた。




 (狂犬に噛み付かれる前に、此方が先に首輪を持って手懐ける)




 しばらの間く待っていると、 カランとドアが開く。

覚束無い足取りで彼女は、

バーカウンターに奥から3番目の席に座る。



 桜だ。透架は待っていたかの様に、身を乗り出した。




「___お隣、宜しいですか?」








 頭が痛い。ふらふらとする。けれども止められない。


 渦巻く様々な感情を忘れてしまいたい時だってある。

日常と化して酒に呑まれる事で現実逃避をする、

あの日からその繰り返しだ。


 毎日、夜な夜な酔い醒ましの如く

何軒もburを渡り歩いて、アルコールに溺れては

不安を掻き消す日々。







 透明感と、聡明さを称えた顔立ち。


耳許には優雅にシルバーのピアスが揺れている。


フレア素材のシースルーの衣装や優美に踊る髪も、

その姿はアカデミー賞のレッドカーペットを歩く女優のようだった。


 


 現実と幻想の見境が無くなり、

酒に呑まれながらも桜は頬杖をつく。

頼んだんだウォッカを口にしながら、ちらりと隣を見遣る。




「貴女、モデル?」


「ええ、まあ……」




 どことなく据わった目付き。

自身を偽る為には、そういう事にした。




「………貴女、私の知り合いに似てる」




 ちくり、と胸に刺さった棘。


 内心、正体を悟られていないだろうか、と思いながら、表情には現れない様に平常心を保つ。

慣れない微笑みを浮かべながら、透架は




「人違いだと思います」

「ふーん………」






  重たい沈黙が佇む。

お酒に呑まれ切った桜は、何処か虚しく微笑んだ。




「貴女は、誰かに殺生をした事がある?」

「_____」




 透架は視線を向けた。

桜は頬杖を付いたまま、何処か妖艶に微笑んでいる。




「___あたしはね。あるの。



大好きな人に殺生されて、裏切られて、絶望した。



だから殺生をして試したの。そうしたらね。

もしかしたら……あたしのところの所に帰ってきてくれるんじゃないかって。




でも………その人は、いなくなっちゃった」




「………それは、殺生を試す程、大切な人だったんですか」




 憂鬱な闇色が、桜の瞳に堕ちた。




「____あたしの全てだったの。

でもあたしを選んでくれなくて、あたしは哀しくて悔しくて

………あたしに与えられた“ある条件”を、その人をすり替えた」




 (この人の大切な人___)




 


 桜が、今も昔も、執着しているのは考える間もなく悟る。




____玲伽だ。






 心臓が脈を打つ。

鼓動を抑えながら、透架は首を傾けた。




「それが、どんな条件だったのか、お聞きしても?」




 


 透架は誘う様な微笑みを浮かべる。

水面下でのポーカーフェイス。透架にとって大切なものは 双子の妹しか居ないのだから、




 きっと桜が話すであろう母親の事も、何処か他人事のように尋ねていた。




 今の桜は呑まれてしまっている。

流し目に透架を見詰めながら、その口角を上げ微笑みを深め

満更でもない面持ちでいいわよ、と呟いた後に___




「ある人の、臓器移植ドナー適合者だったの。あたし。


 けれどもあたしは、すり替えた。

あたしが本物だったけれど、その人を適合ドナーとしたわ」




 瞬間的に背筋が凍り付き、ぞっとした。

思わず反射的に突き飛ばす様に、離れて目を剥く。




 (ドナー?)




 桜が臓器移植のドナーだった。それを玲伽としたのか?


 彼女は自らの私情の為に姉と、

生きる事を願う人をを巻き込んだ。


誰が、誰のドナーだったのだ? 

どの何を必要としていた?




「絶対的な条件を前に優しいあの人ならYESと言ってくれて、

あたしの元に戻ってきてくれると信じていたのに……。

裏切られたの………」




 それは、愛憎に満ちた声音。睨み据えた瞳。

けれども裏切りの憔悴を佇ませている。



「そこまで………してでも……」




 反吐が出る。心から軽蔑の感情が泉の様に湧いた。

桜は勿論、玲伽にも。




「その人は、何故、貴女の元に戻らなかったんですか」

「………その時にね、その人を(そそのか)した悪魔が居たのよ。


その時にそいつがいなければ、と思うと今でも悔やまれるの」




 (悪魔?)




  偽りとはいえ

玲伽がドナーを断ってまで、着いて行った魔物。






 駄目だ。

気付いたら、駄目だ。自身の心が粉砕してしまう。

けれども勘付いてしまった思考は、止まらない。




 透架の脳裏にある会話が浮かび上がる。




 『里穂(りほ)。生まれつき腎機能に問題があって

移植を望んでいた。で、叔父さんと再婚する人が、

里穂のドナーだった。でも……里穂は、移植の数時間前に天国に行ったんだ』






 宏霧の妹は、ドナーを待つ者だった。

まさかと思いながら、世の中は狭く偶然的な運命が重なる事がある。




(そのドナーって………)




 宏霧の妹、なのか。










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