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第51狂・オジギソウ__それぞれの糸を引いて

繊細な糸で交差するのは、策略か一途な思いか。


 どうやら自分自身は抱え上げられているようだ。

そのまま行く宛もなく夜道を走っている。

 

 冬の肌寒い冷たさが

頬に触れて“は“痛感を伴いながら過ぎ去っていく。

 不意に見た彼女の横顔に思わず固唾を呑んでしまい、少女は押し黙った。

 それでも。

時折に瞳を潤ませながら、少女に対しては彼女は呟く。



「…………これで、全てが………」


 切羽の詰まった、狂気的な声音に、背筋が寒くなった。

 

 



 

 

 (どうして、私がこんな思いをしないといけないの__) 


 夜空の夜風がの寒さが心まで、熱を奪う。

 心に染み込む冷たさが凍傷となりそうで痛い。

(うずくま)ったまま、桜はそう思ってから(すすり)り泣く。


 ただ玲伽と一緒に居たかった。

 

 あの双子の姉妹さえいなければ、

透架が行方不明にならなければ、純架が致命的な傷を負わなければ。

否、初めからあの双子の姉妹さえ生まれていなかったら。



 純架や玲緒に

こんなにも責められて、軽蔑される事もない。


ただ純真に

玲伽を慕っていた。孤独な桜には玲伽しかいなかったのだ。

だからこそ透のや純架は、玲伽を奪う邪魔者に見えた。


だからこそそれを奪った、

玲緒や、透架、純架____隆宏が憎く恨めしくて仕方なかったのだ。


玲伽がいなくなってから、常に憎悪の劣情に駆られていた。




(だってあんな悲劇的な、

致命傷を追うなんて思ってもいなかったんだもの………)


 全ては玲伽を取り戻す為に。

玲伽を、取られたのが悔して、それが雪辱の様に感じた。



「____あら、貴女、どちら様?」



 あの玲伽の冷たい瞳が今も忘れられない。

 そして玲伽に手を引かれて、此方を伺い見た少女を忘れない。


 あの少女が、姉を変えたのだ。

玲伽はいつも優しい微笑みを向けて、

手を差し伸べてくれていたというのに。








 そもそも、

何処で間違えてしまったのかは、もう分からない。

あの時に自分自身が囁いた言葉が引き金になっていたのだとしたら。



『____透架を、連れ去って』



(あの言葉が、引き金だとしたら)



 そうすれば、透架とずっと一緒に居られる。



 両親の事などどうでもいい。

双子の姉さえいれば自分自身には何も要らない。

それに“玲伽が消えてしまえば、双子の姉は救われる”と純架は一途に信じていた。






 純架は何も知らないだろう。

自分自身に重度の自傷癖や、不眠症や鬱病を発症している事も。

感情を欠落させた生きている(しかばね)という事も。

現に手首サポーターを用いて手首のおびただしい傷痕を無かった事にする。


 今までは記憶喪失だったので、ごく自然に交えていた会話も

記憶を取り戻した現在(いま)ならば、

今まではどう振る舞えばいいか、と思ってしまう。

 

 もう忘れてしまった篠宮透架の人格の人を手繰り寄せよう、とした時。

ドアが開いて御影純架が現れた。

 


「こないだは、ごめんなさい」

「いえ………」


 車椅子越しに、純架は頭を下げた。


「あの人は私の叔母なの。私と貴女を間違われてしまったみたい」

「……………いいのです。それより、顔を上げて下さい……」


 申し訳無さそうに告げる純架に、透架は身を乗り出した。


「私こそ申し訳御座いませんでした。

 貴女に苦しい思いをさせてしまって。

それで………あの…………その………何故、あのような」


 しどろもどろな口調に交えながら、透架は身を乗り出した。

純架は一度だけ瞬きをしてから斜めに視線を落とす。

それは険しい表情(かお)で何処か疎ましい感情が混じっている。




「叔母は私の事が嫌いで………。昔から犬猿の仲。

私の自我が現れてからは尚更に険悪になったの。


 昔から同じ……成長しない人。

私が知人に似ているという理由だけで私に固執している。

その知人さんとは険悪な仲だったから同一視しか出来ないみたい」



(………私達に、固執?)


 それは、初耳だった。 

御影家の関係者だと思っていたけれども、純架に執着心と固執を寄せているとは。

それは20年前の事が関係しているのか分からないけれども。


「…………あの時のような事を貴女も?」

「…………いいえ。私はこの身体の事ももある。それにお互いに

長い付き合いだから相手の短所も弱みも解っているし……。

………それにね、この場所にいる限り、身の安全は守られているわ」


 偽りじゃない。

純架は__桜に散々、煮え湯を飲まされ苦しめられている。

身体的な暴力でなくとも、言葉の刃ものは容赦がないのだから。

 


(弱み?)


 透架は、茫然自失とする。

弱みを握っている関係、余程、彼女の事をリスペクトしている。

純架と離れていた期間で、彼女は御影家の何かを握っているのか。



 何かあれば、この病院のスタッフが黙ってはいない。

脳裏に純架を罵倒する御影桜の事が思い浮かぶ。

純架の容態を貶める者、そして何よりも彼女は___“透架の計画を邪魔する”者だと直感が働いた。


 冗談じゃない。純架を思い、彼女の存在を糧にして、

____そして“自分自身にしか、純架に対して成し得ない事を果たす為に生きてきた”。


 死を誘う、希死念慮に悶え苦しみながらも、

双子の妹にまだ何も果たせていないと思えば、奮い立たせる事が出来た。


それが自尊心と尊厳を喪った透架の唯一無二のアイデンティティ。


(____生涯の半生を、密かに想い温めてきたものを、簡単に潰させない)


 20年前のあの日、感じた贖罪と後悔。

桜はどうして盲愛的に玲伽に対して、透架や純架に対して

愛憎にも似た憎しみをぶつけている?


 (あれは、尋常じゃない)


 浮かない表情を浮かべる透架の手を取って、

純架は前のめりに姉を見詰めた。


「だから__香取さん。あの人には、注意して?

あの人は………私を見ると見境が無くなってしまう人。

私は……護ってくれる人がいる。でも貴女は危険だと思う。


貴女にも危害が及んでしまうから」

「………私が、別人格でも?」


 苦虫を噛み潰したように、純架は頷いた。






_____透架、自室。


 ヘッドフォンをあてて盗聴器から聴こえる言葉を一言一句逃さない。

頬杖を着きながらも自然とその面持ちは険しい表情になっていた。


 (純架に向けられている全てを、私に向けさせる)

 

 純架の苦しみを、今度は此方に向ければよい。

その為には思わせぶりな行動をして、相手の感情に火を灯せば、

純架とも透架だとも見境なく猪突猛進してくる筈だ。



 何度も見ていると、“玲伽の娘”というだけで、

桜はどちらに矛先を向けても良さそうな人物だった。

単に透架に刃が向けられなかったのは、御影家の行方不明者とされているに過ぎない。


(その代わり、純架はずっと傷付いてきた)



 こないだは失態を犯してしまった。

だからこそ智恵には予め、純架が病室を訪れる

タイミングを教えて貰おうとも思っていたが純架に遭遇するかも知れないリスク。

 


 それならば興信所から得た情報である、

桜がよく頻繁に出没するBarに偶然を装って現れた方がいいのかも知れない。

酒気を含ませた方が人間の心の闇に潜む本音は、意外と現れるものだから。



 純架の面会謝絶が解けてから、

桜の心に異変を(もたら)せていた。

今までは純架しか視えていなかった___ものの、香

取真帆という存在を知ってしまってから、何処かで彼女を捜している。


(香取真帆は絶対に、透架よ)


 純架と全くの同じ容姿。

ただ名前が違うだけで、記憶喪失も計算されたものかも知れない。


(本当は何かを知っている上で近付いてきたのだとしたら?)


 実は何も知らないふりをして、

水面下では姉妹が繋がっていたとしたら?

思い込み始めたら、どれが正しいのか分からなくなる。




「こないだは、衝撃的なものを見せてくれたわね」



素っ気なく、純架は呟く。

あの光景を目にした時は、心臓が止まってしまう様な感覚に陥った。

純架の冷たい態度に怒気の表情を秘め、鼻を鳴らす。


「いい気味よ。いつもいつも、私に反抗してる罰よ」

「やることが幼稚で子供っぽい。貴女は成長しないのね」


 桜の性格は、何処か子供じみていて、

精神年齢は少女のままで止まっている。

幼少期からずっといびられ続けている純架にとって、その成長の無さは顕著なものだ。


 だからこそ隙を突かれたり、いつも感情任せに

幼稚な行動を取っては咎められたりするのだ。




「なによ!!

あ、でもそうね………貴女が私に逆らったら透架を矛先が向く。

そう思ってみたら?」

「どうぞご勝手に」



 呆気なく響いた声音に、桜は拍子抜けをしてしまう。

その端正な横顔にもう未練はない。そう現しているかのよう。

この娘は、純架は、ずっと双子の姉ばかりを思っていたのてはなかろうか。


 思い出した様に、純架は呟く。


「私___冷めたわ。

私がずっと思い焦がれていたのは、

“私を覚えている透架”で、あの子は透架にそっくりな別人格だもの。



香取真帆さんに、もう用はないわ」



 嘘八百だ。

あの時は透架を喪う恐怖心と絶望の色に染まった。

目を覆いたくなる程の、透架の表情が脳裏に焼き付いている。



 本当は今でも、全てを投げ出して会いに行きたい。

 ずっと傍に居たいし、居てほしい。


 20年間、変わる事のない思いは微動すらしなかった。


 寧ろ、何もかも忘れてしまった無垢な彼女を

守りたいとすら感じてしまった程に。



 



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