第50狂・ヘンルーダ__盲愛の裏に秘めた自己愛
「申し訳御座いませんが、
純架さんの意識が戻るまでは面会謝絶とさせて頂きます」
草摩智恵の言葉に、桜は不満げな面持ちのまま、
玲伽の秘密を聞きたければ、
透架を連れてこいと言ったのは純架。
けれどもあの時に見せた純架の絶望的な表情は、恍惚に心が踊った。
玲伽を追い詰めたあの双子の姉妹の表情を見るのは
桜の自己顕示欲が満たされる。
(___そうよ。私は、貴女のその表情が見たい)
誰もいない暗闇の廊下が見える。
いつも悪役にされるのは、自分自身ばかり。
透架の首許に手をかけるという衝動的な行動を取った時も。
(何故、御影透架が、香取真帆になったのか)
薫は、何を施したのか。
透架は知らない間にどう過ごして、此処にいるのか。
疑問は募る。
何故、姉妹が同じ病院に入院しているのか。
透架は何故、此処に居たのか。影で糸を操っている人間でもいるのだろうか。
(………まさか、“あの事”は、バレていないわよね?)
一瞬だけ、鉛を舐めた様な感覚に襲われて、心が凍る。
人知れずの住宅街に囲まれた公園にのベンチに座る。
全てが上手く行かない。
純架も思い通りにならない、透架の生い立ちがどうなのかも。
誰もいないから人知れずの誰もいないからと盲目的になって
鞄に入っていた買ったばかりの60mlのウィスキーの小瓶を
無造作に取るとそのまま呑もうとしたのに。
「え、ちょっと………!!」
ウィスキーのボトルごと、玲緒は直接流し込む。
桜は躊躇う。聡明で理性的な青年が、起こした突発的な行動に。
度数の強い酒に、喉が痛く痺れていく。
それでもあの妹達を経験した辛さを思うと容易いと感じる。
ウィスキーボトルが空になると指先で口許を拭い、
鳩が豆鉄砲を食ったような面持ちにの桜に、嘲笑した。
…………桜にではなく、自身に。
「急性アルコール中毒になるわよ………」
「貴方にだけは、言われたくない」
断罪するかの様に玲緒は、冷めた双眸で告げた。
何処か無気力そうな面持ちを乗せて、隣に座ると伏し目がちに頬杖をつく。
その姿はメンズ雑誌に載っているモデルの様に端正で微かな色香を感じさせた。
「出禁になったんでしょ?」
「失礼しちゃうわ、面会謝絶よ」
桜の言葉に、玲緒は鼻で嘲笑う。
夜風の無慈悲的な冷たさが頬を撫でる。
「出禁と変わらないじゃないじゃないか。
純架が最も苦痛になる光景を見せて、純架は意識不明なのに」
「だって、透架を連れて来たら、お姉様の秘密を言う、
そう言ったのは純架なのよ。だから………やっと捕まえた透架を」
「…………漸く、透架にまで、か」
純架は孤独の中で余程、双子の姉に焦がれていたのだろう。
だからこそ、桜が絶対に聞き逃さないパワーワードを囁いた。
玲伽に盲目的な桜は、“玲伽の顔を知らない”。
玲伽をこっそり心で蔑ろにし、
軽蔑している玲緒にとっては何処がいいのか、と問いたくなる。
玲伽はそんなに盲愛する程に慈悲に満ちた人間なんかじゃないのに。
「飽きないね、君の姉妹いびりも……」
「だって、当然じゃない。お姉様が自害するきっかけを作ったのよ?
それでのうのうと生きている方がおかしい。苦しむべきよ」
「____じゃあ、僕もか?」
そう言った刹那、桜は固まった。
そして思い出したのだ。玲伽の子供はあの双子の姉妹だけではない事を。
刹那げが漂わせる青年は酷い程に聡明で隙がない。
「玲伽の秘密を純架だけが握っている、と
思い込んでいる様だけれど、案外、そうとは限らない。
_____かも知れないよ」
含みを持った微笑。
それは誰かを嘲笑う様な微笑みで、惹かれてしまう。
しかし突然、電池が切れた様に立ち上がると玲緒は歩き出す。
その後ろ姿は何処か物悲しく、慌てて桜は玲緒の手を取った。
氷河の如く冷たい手は、誰かを連想させた。
桜は上目遣いに、そのまま玲緒を睨む。
「じゃあ………純架だけじゃないの?
…………貴方もお姉様の秘密を知っているというの………?」
玲緒は冷たい瞳で、嘲笑う。
純架から、事の真相を聴かれされて
自暴自棄になっているのは否めない。
けれどもその元凶を思うと純架は悪くもない。
玲緒は心の中で舌打ちした。
盲目的に渇いた娘の好奇心な程、厄介なものはないから。
心無しか桜は、子供っぽく今にも泣き出しそうだ。
(…………罪深き、哀れな人達め)
あの日。
透架の記憶喪失になったのも、
純架が心臓病を抱える事になったのも
貴宏が殻に籠もってしまったのは誰のせいだ?
玲緒は視線を夜空に彷徨せると、
あの日々の回想が脳裏に流れ込んできた。
「もし、知っていると言えば? それで何が変わるの?」
「…………え」
「それに、透架や純架を追い詰めたって思い込んで
ひたすらに二人を責めて憎しみを抱いているけれど、君だって非が全くないと言えるの?」
「それは………」
そうだ。酒に酔う玲緒は、その性格が更に冷たくなる。
絶句をして気を抜いている桜に摑まれた腕を解く。
「__いいか。御影玲伽は、そんなに綺麗な人じゃない」
「_____え?」
桜は固まる。
喜色を宿した瞳は、青年の狂喜を写している。
思わず背筋が寒くなり、それは骨が晒されている様な錯覚に陥った。
「………どういうこと?」
「どういう事だって? 戯言は辞めてくれ。
君の妄言と狂言は聞き飽きた。何処まで振り回すつもり?
本当の事__それは自分自身が知っているんじゃないの?
______“玲伽と君は、共犯者だろう?”」
「やめて」
「透架をいびって御影家から追い出して、
純架には生死を彷徨う程の傷痕を追わせてしまった。
誰かに狂わされ無ければ二人はどんな道を
歩んでいただろうかと思うと、哀傷が止まらなくなる。
玲緒の言葉責めは止まらない。心を抉る様に捲し立てる。
桜は今にも泣きそうで、口許が抑えている。
「____何より、父に全てを擦り付けて気楽か?」
「やめて!!」
桜は身を屈ませて、耳許を塞いで蹲る。
涙腺が崩壊して涙が溢れ出すものの、闇夜を映す玲緒の嘲笑いは止まらない。
「_____姉妹を殺した張本人のわりに、
姉妹を想う偽善者でいられて楽しいか」
反吐が出そうだ。
玲緒は泣き崩れる桜に対して、踵を返し去った。
【お詫び・注意歓喜】
ウィスキーの描写ですが、
間違っても絶対に真似をしないで下さい。
また過激な描写ばかりで申し訳御座いません。
この場を借りて、御詫びを申し上げます。
さて。
20年前の過去。実はどうなのでしょうか。
小出しで申し訳ないですが、過激さとスリリングも含めた愛憎劇を
見守って下さると嬉しいです。
(尚、玲緒はかなりお酒が強いです)




