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第49狂・ピンクスターチス__還れない想い人




 御影桜に首を絞められ、

呼吸困難に陥った後で、透架は思ったのだ。




____己の “心臓” は大丈夫なのかと。




 心エコーと心電図を取って欲しい、と伝えた。

智恵も精密検査をとそう思っていた所だ。けれども

彼女は心臓に関する検査だけでいいと言う。



 彼女は茫然自失として仰向けに天を仰いでいる。

透架の瞳は、何時も何処か虚空を彷徨い続け、掴めない。

その姿はまるで人形のようだけれども、心電図の独特の音と波形図のにより生を実感する。


 「心電図の波形に乱れはない。心臓も綺麗よ」



 透架にとっては喜ばしくも、何処か皮肉な言葉。

けれども透架は微笑んでいた。心臓さえ何も無ければいい。



(あれは、狂犬に等しい)


 御影桜に出逢って、透架はそう思った。

御影家の人物達は己の欲望や理性が渦巻くからこそ、

感情的な人な多い傾向にあるのだが___桜はどことなく違う。


 そんな気がした。

御影家の命令で動いているわりには、御影家などはどうでもよい。

自身の劣情だけで歩んでいる様な感覚を覚えてしまう。


 あの手から伝わったのは、

母である玲伽への尋常ではない程の執着心。

御影玲伽にしか視えていない__そんな理性を喪う程の狂気的な盲愛。

桜の心の狂気を突き動かすのは、紛れもなく玲伽の存在。



 そして気になるのは、


『玲伽を殺した女。

『あんたと、純架は生まれるべきではなかったの………。

“貴女達さえいなければ、丸く収まっていたのに』



(…………あれは、どういう意味?)


 玲伽を喪った悲しみもあるだろう。

けれどもトランプカードが裏表ある様に、玲伽の身の異変に何かがあった事を

憎悪を孕んだあのドスの聞いた声音を吹き込みながら匂わせた。

 あれは、只事ではない。

純架に対する罵詈雑言の当たりの強さも、衝動的だとしても自身に食って掛かった仕打ちも。

 

そして何よりも自身と純架の事に対しての表情は

 常軌を逸するものだ。





 桜の本音を吐き出させる狂気と接するには必要なもの。

あの狂気は尋常ではない。それに、玲伽という姉に対する想いも。


 (………私と純架の出生には、何か裏があるの?)


 御影家には、何も告げられないままに、追放された。

御影家の子女で、篠宮透架だった、という事実だけ。

それ意外は何も知らない。


 御影家には関わる事もない。

だとすれば、何も手掛かりすらも掴めない。



「有難う」

「…………ねえ、あの人」


 透架を伺い、智恵は心配そうに告げる。

透架は額に手を乗せて何処か達観した面持ちに憂いの(ヴェール)がかかった面持ちを浮かべる。


「あれだけ身体を張らないといけないの?」

「_____少なくとも、そうだと思う」



 何を、と言おうとして智恵は寸前で言葉を飲み込んだ。

透架の双眸はぼんやりと此方を見詰めてはいるが、

其処から先は逆鱗に触れる様な感覚がしたからだ。



_____透架は、妹の為ならば、なんだってする。




「………純架の容態は?」

「ええ、安定を取り戻したわ。

きっと貴女達の光景を見てショックを受けたのでしょうね。

今は眠っていて(やが)て意識も戻ると思う」

「……………そう。なんだか悪い事をしてしまった」



 掛けられたタオルケットを、畳みながら透架は呟く。

今回の件は自分自身の危機管理能力が甘かったせいだ。

それが故に純架にまた、苦しい想いをさせてしまった。





 何故、彼女は香取真帆、という名前だったのだろう。



____不意にそんな疑問が浮かんだ。


 ハイボールのグラスを置いて、桜は考え込んだ。


 御影家は、透架を養女として出してはいない。

渋谷家には里子として預けたのだと桜は思い込んでいたし、

戸籍を確認しても透架は改竄(かいざん)した戸籍である、

玲伽の妹の1人とされている。


 香取真帆。

薫は密かに御影家を裏切り

何かを企み、二重の形で透架を養女に出したのか。


 そう言えば、未成年後見人だった頃、

透架は庭に出されて軽く桜が透架の身なりを確認するだけだった。

薫は見張る様に透架の後ろに付いて、鉄仮面の様な微笑みを浮かべていたか。

 


 部屋に招かれた時もあってけれども、

透架は玲伽が命を絶つ要因として、憎しみを抱いていた為に

どうでも良かったので彼女の部屋に訪れた事もない。


 寧ろ

あの頃、不幸になって欲しいとすら願っていた日々。


_____けれども、今はどうだろう。



 あの時に見た、腕を埋め尽くす程の痛々しい程の傷痕。

何処か薄幸さを滲ませながらも、自棄的な雰囲気。

そして首許に触れた刹那に見た透架の儚さの中で、感じた想い。



(お願い、そのまま____)



____私の命を、連れて行って。



 一瞬、今にも泣き出しそうな少女の香り。

人生に諦観を抱いた哀傷が突き動かし漂うなにか。



 それは、異様なもの。

薫と過ごした11年を、桜も、御影家も誰も知らない。

桜は知る機会があったにも関わらず、憎悪から放棄して

見て見ぬ振りをしたのだ。


………一体、薫との間に何があったのだ。


 


 透架をお金目当てで、里子として引き取ったものの、

ずっと透架を見詰める度に薫の瞳には、常に憎悪が(ほとばし)っていた。


 透架ではなく“あの子”の姿が、成長が見届けられていたら

どれだけ幸せだったのだろう、と薫は想いにふけた。

生きていれば自分自身もこんなに(ただ)れ落ちぶれていないと言える。

 

 透架が視界が入る度に

理性を奪う程の憎悪と、“あの面影”に重ねる度に辛い。


(透架ではなく__“面影”が存命していたら、良かったのに)

 

 “あの子の面影”を透架に重ねたくとも想像出来なくて、

想像してしまえば、煮え(たぎ)る憎悪から彼女が穢れてしまいそうで出来ない。


 透架は___“あの面影”と引き換えに生まれた娘。

あの女が透架を選んだ瞬間に、薫は絶望に叩き落された。 

 透架の実母が彼女を選ばなかったら、どれ程に救われていたか。


 透架は生きているべきではない、とさえ、その存在感すら否定していたあの頃。

だからこそ薫は透架に辛く当たり、

事情も知らぬまま、冷遇され続ける度に冷ややかに透架を嘲笑っていた。


 それでも。どんなに軽蔑され、冷遇を受けようとも

まるでドライフラワーの様な存在感を示す透架は、儚くも懸命に生きていていたと思う。

無気力で覇気のない人形の様な、少女だった。


(____あの子が生きる糧はなんだったのだろう?)


 御影家という名門家の誇りか。

それとも自分自身に対する見せしめか。



 しかし

どんなに罵詈雑言を浴びせようとも、透架は動じなかった。

正反対に何かを追い求める様な感覚と意志を彼女は強く持っていた。

 それか何物なのかを悟らせない覚悟。薫の言いなりのままに

医師を目指していた理由も、宏霧の身代わりだけではないか、

____そんな感情を抱いたのはつい最近だ。



「5歳の時に、御影家と養子縁組____」


 興信所から調査して貰った報告書には、

事細かく御影桜という詳細が載せられていた。


御影家との無縁の、内部監査人の女性。

御影家の養女であり最愛の姉の死をきっかけに心が憔悴し

現在は休職中でアルコール依存症である事も。



 透架が驚いたのは、

御影桜が御影透架、純架姉妹の未成年後見人であったこと。

その関係が消失しても御影純架に対して懇意にしている、とのこと。


(……だから)


 呆笑を浮かべる。点と点が繋がる。

だから彼女は、御影家から月一度、渋谷家に訪れていたのか。

未成年後見人としての責任を今でも持ち込んで、純架に接触しているのか。


 けれども。

役目と責任を終えた彼女が今更、接点を持つ筈がない。

御影家からは疎まれている罪人の双子の姉妹。

それでも桜が、自身と妹に執着するのは___


(…………桜が、私達に近付こうとするのは、)


____玲伽が関係しているのだと。

 


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