第48狂・チューベローズ__通じない願い、拒絶される者
玲緒は、正真正銘、透架と純架の実兄。
______そして、隆宏のもう一人の子供。
妹達は玲緒が17歳の時に生まれた。
けれども、それを素直に喜んでいたわけじゃない。
「誰が何を言おうと、
御影家が、その事実を捻じ伏せようとも僕にとっては
透架も、純架も大切な妹である事には変わりないんです」
切実さが、玲緒の声音に滲む。
あの日からずっと後悔を抱えてきた。透架を守れなかった事を。
渋谷家に引き取られた時に身を呈して味方になれなかった事も。
だからこそ、残された純架を見守ってきた。
思惑潜む御影家の手が彼女に及ばない様に、
今思えば透架への罪滅ぼしにも似た感情を、純架に接する事で
なくした透架を接している様な錯覚に陥っていたのかも知れない。
純架が成長する度に、思ってきた。
透架はどんな姿になっているだろう。
妹達を遠くから、傍にいて見守りたい。それだけでいい。
この素性を彼女達に名乗るつもりはない。
玲緒は、それで充分だった。
そして、透架と再会した。
純架を引き剥がす、
純架を取り上げる者として、望まない形での再会だった。
けれども何処かで安堵感を覚えた。
透架は渋谷家から逃れて自身の道を歩んでいるようで。
彼女の所在を行方不明の扱いの御影家に対して驚いたが、
険悪ながらも彼女も見守る事が出来た事を玲緒は細やかな喜びだ。
「二人は………兄がいる事を知っているのか」
圧巻された表情で尋ねる隆宏に玲緒は首を横に振る。
その表情には何処か焦燥感が見え隠れしているのを、
玲緒は内心、冷ややかな眼差しを見詰めた。
(____僕の存在が悟られれば、
あの二人は哀傷の“あの秘密”を知ってしまうからか)
あの頭を抱えたくなる酷い記憶が、脳裏を霞める。
“あの秘密”を知ってしまえば、二人は衝撃を受けると危惧していた。
…………今までは。
昨日、純架の口から語られた過去を聞いて、驚愕したが
それすらも超越するあの慟哭の記憶達を。
「____遠回しに接しているだけです。僕は」
素っ気なく告げる。
透架にも純架にも、自身が兄だなんて伝えるつもりはない。
そんな事は口が裂けても言えない。
兄としての責任を何も果たしていないのに。
「二人はあの日に、御影家によって引き裂かれた。
けれども道は違えど自分自身を確立してます。
物言わぬ人形みたいな変わらない貴方とは違って」
辛辣的な言葉を乗せた。
隆宏はあの日から変わらないままだ。何も。
この男が煮え切らない態度や生涯を送っている事が
玲緒にとっては腹立たしい。
「いつまでそうやって、黙っているつもりですか。
貴方が何か発言や行動してくれなければ、
_____“二人は、ずっと罪人の娘”ままです」
あの日の事も、
あの事も心に秘めたまま消えゆくのか。
(双子の娘は何も知らないまま、御影家に操られているというのに)
一度捉えたものは、逃すものか。
(あの記憶を持っている透架の事を何としても、捉えて口封じしなければ)
あれから桜は、純架と接するよりも、
まるで迷子の様に病院内を徘徊する様になった。
透架も同じ病院内にいる。ならば病院内の何処かに居るはずだ。
眼を血走らせて般若の形相で、黙々と歩いていた。
一瀬循環器病センター内 監視センター。
「すみません。御影純架の主治医の草摩です。
担当機器にアクシデントが起こってしまって、念の為に監視カメラを確認させて下さいませんか」
「それは、どうぞ。どうぞ」
監視人の青年は慌てて席を譲る。
御影純架は心臓移植を控えている患者。
循環器科の医師達だけではなく、監視カメラセンターの警備員等、情報を張り巡らせている。
智恵は、面持ちや仕草、口調、存在感は
切羽詰まる面持ちはまるで本物の女優のようだった。
そして監視カメラ映像を見せて貰う。
“_____いたわ。循環器A棟を彷徨ってる。様子がおかしい”
その連絡を受けて医局にいた際にメールは届いた。
透架は微笑した後に白衣を脱いで予め着ていた病院着姿になる。
桜を惑わせて誘わねばならない。
案外、
御影家の闇深い陰謀を孕んでいる割に警戒心は希薄だ。
だからこそ餌の罠を仕掛けてものこのこと現れる。
それに感情的な人間が多いのも特徴的で、
その感情を逆撫でてしまえば、手柄は此方のものだ。
(____落胆的な人達)
顔にかかる、髪の毛を払いながら、そう思った。
智恵には純架が病室に訪れる時間帯や日を聞き出していて、
その間に自身や智恵の担当患者のオペを行う。
多忙なものの、
役割が終わってしまえば、“香取真帆”という虚像を演じる。
ふらっと純架と同じ髪色が、角を曲がった。
透架だと気付いた刹那に、桜は視線を流しながら薄暗い廊下を走る。
焦燥感と切迫感が、動悸と共に高鳴る。
透架が曲がった角をなぞる様に、
曲がると休憩ステーションに突入する。___桜は息が止まりそうだった。
「____待ちなさいよ!!」
廊下に響いた怒号。
透架は驚いた様な、困惑している様な表情を浮かべた。
しかし心の中では微笑を浮かべる。
(馬鹿な人。理性を失い感情だけで動いている獣)
桜は血相を変えて、透架の華奢な肩を掴む。
彼女は肩で息をしながらも透架をきつく睨み付け、顔中に皺を走らせる。
「………あの」
「やっと、見つけたわよ………自由に逃げ回るなんて許さない………」
摑まれた両肩が痛い。
透架は小首を傾げつつも、
「あの時は唐突過ぎて、混乱してしまいました。
………あの私の事をご存知の方ですか」
(この子は何を言っているの)
「貴女は、御影透架! 尊き御影家の娘………‥」
「御影 透架?………」
まるで復唱するかの様に、透架は呟く。
そうよ、と満足げに告げながら微笑みながら桜は影を落とす。
憎悪を抱いているせいなのか。その何食わぬその無垢な表情でいる事に腹が立って仕方がない。
(____こいつと、純架はさえいなければ……)
「玲伽を殺した女……」
思わず、呟いてしまった。
え?と目を丸くする透架に、桜は無性に腹が立ってしまう。
この娘さえいなければ、姉は、玲伽は自ら消える事はなかったのに。
何も考えていない様な面持ちに腹が立って、理性を失った。
「あんたと、純架のせいよ…………」
壁に押し付けるとそのまま、透架の首に手をかける。
透架は抗いを見せながら桜の手首に手を添えた。
(私はまだ、まだ終われない…………)
お願いだ。命だけは残してくれ。
じゃないと、純架への贖罪を何も果たせないじゃないか。
傷付いた妹への償いをさせて欲しいと透架は心中で叫んだ。
けれども理性を失った桜は本気で首を絞め上げようとし
その狂気を孕んだ瞳も、心から湧き上がる力も漲る。
呼吸が苦しい。
けれども、純架は日々、苦しい思いをしている筈だ。
「あんたと、純架は生まれるべきではなかったの………。
“貴女達さえいなければ、丸く収まっていたのに……”」
「…………え?」
そう呟いた刹那。
「_____やめて!!」
今にも泣きそうな、透明感のある甘美な声音が響いた。
朧気に視線を向けると其処には哀しげな面持ちをした
同細胞が今にも泣き出しそうに口許を両手で抑えている。
背後にいた草摩智恵や看護師は総出で透架から
桜を引き剥がそうとするが、桜の手は透架の首から離れない。
皆が緊迫する中で、
酔いしれた桜は純架に向けて恍惚な微笑み浮かべる。
「ねえ、純架………? 貴女の言う通り、透架を連れてきたわ。
だから貴女が知り秘めているお姉様の秘密を教えて頂戴………?」
「………………」
透架を連れてきたら、玲伽の秘密を教える。
純架はその言葉を話した事を心の底から後悔した。
「………やめて、やめて………」
(私から、透架を奪わないで)
潤む双眸に、喉が凍り付く茨。
その刹那、純架の生命を繋ぐ機器達が、エラー音を廊下を轟かせる。
一斉に皆が、純架に目を遣る。
心拍数、血圧が急激に低下して行き、次第に純架の顔からは生気が青褪めていた。
「_____御影さん、御影純架さん!!」
智恵は駆け寄ると、
機器の確認と気を失った純架の頬と手首に手を当てる。
顔は顔面蒼白で瞳を閉じていて、脈は危うく意識レベルが低下している。
「早く、病室に運んで!!」
「はい!!」
緊迫した現場で智恵は尚も冷静沈着に告げる。
桜は茫然自失としていつの間にか透架の首から手を離していた。
純架の病室は集中治療室も兼ねている為に、治療も可能だ。
(………嗚呼、)
(…………私は、純架を苦しめる事しか出来ない)
妹を苦しめたくない思いとは裏腹に、
どうして現実の自身は、彼女を苦しめる事しか出来ないのか。
知らぬ間に、ピアノの鍵盤の様に鳴る段落の音。
桜から開放された透架はそう思いながら、壁を背でなぞる様に項垂れ落ちる。
哀傷の残響。
透架は少しばかりか自身を嘲笑んで、そのまま意識を失った。
(御影桜、後悔させてやる。許さない……)
透架は倒れ伏せる。頬を伝う涙。
闇夜の中で、無垢な純架の声が聞こえる。
(_____桜、待ちなさい___………)
絶叫にも似たドスの聞いた声音が、残響した気がするけれども
それはとても。純架の声とは似ても似つかない気がした。
色々な意味を含めての花言葉です。




