第45狂・オドントグロッサム___執着心と愛着心
「_____純架?」
純架の病室に入ろうとした時に、不意に見た横顔。
純架が其処にいる、と桜は不審に思い小首を傾げた。
刹那に疑問が走る。
純架は医療機器、沢山の管に繋がれていて、身動きが取れない。
けれども向こう側にいるのは、全てから解放されている純架の姿。
______何故だ。
そう思った刹那に、気付いた。
あれは自分自身がずっと探し求めていた人物の姿なのだと。
渋谷家から忽然と姿を消して11年。何も手がかりも掴めないままだった。
彼女は、御影 透架だと気付いて、ハッとした。
(_______やっと、見つけた)
それは、恍惚感にも似た感情だった。
ねえ。貴女と呼ばれて、
透架は警戒心なく振り向いた。
目の前には何処か疑心暗鬼の心を面持ちに浮かべた女性がいた。
桜は固まる。
そこには、純架と同じ顔立ち、容姿を持った人物が居たのだから。
心の整理は着いていた筈なのにいざ実物を前にすると絶句してしまう。
透架も固まっていた。
まだ若い。自分自身よりもいくつか年上の人と感じるが
童顔故に何処か幼さを感じさせる可憐な面持ちだ。
誰だろうかと想像に浸る暇もなく、
彼女は怪しく睨み付けながら、此方に近付いてくる。
その刹那。
透架は小首を傾げる隙もなく、桜は透架の両肩を掴んだ。
「名前は?」
「…………香取 真帆、です」
摑まれた両肩が強く、故に痛みが迸る。
この人は誰だろうか。
虚空の記憶を辿ってみても、この女性には心当たりがない。
初対面の筈なのに
何故、そんな般若の如く張り詰めた顔で自分自身に迫るのだろうか。
透架には心当たりもなく分からず首を傾げるばかりだ。
「貴女、もしかして___透架?」
「______透架?」
透架。
見知らぬ名前。心当たりすらない。
けれども透架という言葉を脳裏が飲み込んだ刹那、
急激に頭が締め付けられる感覚、胸が締め付けられる感覚がして視界が眩んだ。
そして脳裏に木霊する。
『______透架』
幼い少女の声。
そしてまたセピアカラーに視界が包まれ、情景が現れる。
青年を見上げている。そして青年はそのまま微笑んで、
頭を撫でてくれた。
顔立ちそのものは、純架と瓜二つだった。
しかしよく間近に見てみると、物憂げさと茫洋を顔立ちに称え
何処か生気を感じられず、薄幸さを滲ませる雰囲気が、
純架との決定的な相違点だった。
しかしながら、
やっと見つけたと、桜は有頂天になる。
「ねえ、貴女は透架よね?」
狙った獲物は逃さぬ、という勢いの眼力。
視界が眩むのを、彼女は引き戻した。
(あの声、あの青年、この女の人は、だれ?)
「…………何よ、何か言いなさいよ。
もしかして他人のふりをするつもり? 私の事を覚えているわよね」
胸に手を当てながら
切羽が詰まった強い物言いで告げる桜に、透架は視界が揺らぐ。
身体に力が入らない。
記憶はなくとも、身体が震え、心が静かに萎縮していく。
萎縮していく心に共に恐怖心が芽生えて、次第に動悸がする。
目眩を誤魔化す様に突き飛ばすかの様に透架は、摑まれた両肩を解いた。
その仕草から、桜は苛立ちを覚える。
不意に見るとその顔立ちには怯えが生じて微かに小刻みに震えている。
「生意気。なんで拒絶するの? 貴女____透架でしょ?」
「…………」
(その人はだれ?)
彼女は、微かに首を横に振る。
しかし桜は一歩も引かず、その華奢な手首を掴んだ。
睨み据えた目付きが執着心を物語っている、透架は固まって目を閉じて伏せた。
しかし、呆気なく強く引かれ摑まれた手首は呆気なく解ける。
「………っ、」
白い肌に更に浮かんだ、痛々しい程の傷痕。
咄嗟に驚いて桜は手を離してしまった。その隙を狙い、
最後の力を振り絞り、逃げる様に透架は足早に去っていく。
「______待ちなさいよ!」
静寂な廊下に怒号が残響した。
____病室。
「なんだか、叫んでいたけれど、どうしたの?」
怪訝な面持ちで、純架はそう告げた。
なんだか桜は楽しそうだと思っていると嬉々として桜は
恍惚な微笑を深め、勝ち誇った面持ちで傍らに座る。
「聞いて驚きなさい?
私___透架と再会したわ。奇遇ね、この病院にいるなんて」
「そう」
素っ気なく純架は告げる。
馬の耳に念仏で
元から桜が自身の言い分等、信じていない事を解っている。
純架が透架と再会を果たしたという話は、
何処かで妄想故の戯言だと思っているのだろう。
「……“良かったわね”」
流し目でそう煽った。
桜は、勝ち誇った表情を浮かべ腕を組んだ後に妖く微笑む。
大人なのにその子供じみた態度が、どことなく疎ましい。
「純架。貴女は生意気がっているけれど、
御影の権利には勝てないのよ。私が透架を連れ戻すわ。
所詮、口ばかりの生意気な小娘の貴女には何も出来やしない」
(透架と再会した事が、
戯言と思われていた事は良かった事なのかも知れない)
(桜より、早く透架を見つけられて良かった)
「________……………」
その刹那、ガシャン、と何かが割れる。
その破裂音に桜は、咄嗟に瞳を閉じた。
恐る恐る瞳を開けると、純架の向こう側___花は倒れ、
硝子は鋭利な破片が散り散りになって床に転がっていたのだった。
「……………もう一度、言ってみて」
此方に振り向いた
純架の双眸は据わっていて声には怒気が籠もる。
桜は怪訝な色を瞳に浮かべながら、純架を睨む。対して純架は
余裕綽々に微笑んでいた。
「生意気? それでいいわ。
でも透架を貴女には渡さない。いいえ、貴女だけではなく
…………誰にも、ね。
私だけの透架なの。
私だけが____透架を自由に染められる」
「…………何を言っているの?」
純架は、幸薄い面持ちで、視線流し落とす。
(貴女は知らないでしょう___“玲伽の本性”を)
表向きは、虫も殺せぬか弱い女。
けれども、そうじゃない。
「…………貴女は一歩遅かったようね。
透架を見つけただけで狂喜乱舞しているようだけど、
それは無駄な喜びよ。
____私には切り札がある」
「…………切り札?」
「この切り札をまだ透架に何も伝えられていない。
けれども“この秘密”は、あの子には知る権利がある。
さっきも言ったけれど、“私だけの透架なの”。
だからこそ、透架を御影家にも、貴女にも奪わせやしない。
そして植え付けるの_____私以外は信用しないように。
今の内に………今なら間に合うだろうから。
真剣で、何処か思い詰めた表情で、純架は告げた。
(______私は、何者?)
そう思いながら頭を押える。…………そして不意に気付いた。
______自分自身の面持ちをまだ確認していない事を。
匂わせる様な事を純架は告げるけれども、
その確信的なものを、出来事を口にした事は一度もない。
心の中にだけに秘めているようだが、それが桜には焦らしている、と感じて生意気だ、と思っていた。
(お姉様の秘密って、なに?)
御影家から飛び出した10年、一体、何があったのか。
それを知っているのは、純架、透架と___あの男だけだ。




