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第40狂・オダマキ__疑心暗鬼と偽りの天秤



 もしも天秤に乗せられた命が、どちらかに傾いたとしたら、

どちらが正解だったのだろう。


 あの日、彼女が選択した事は間違いだとも思わない。

運命は皮肉にも残酷なレールを歩ませるものだ。


けれど、止む終えない

断末魔の悲劇を生み出した張本人を同情する気はない。





 女性の二人の罵声が聴こえる。

喧嘩でもしているのかとそっと膝を抱え俯いていた顔を上げた。

少年は壁の奥手に隠れてただただ怯えながらも、その現実を見詰めている。


「このまま貴女の身勝手を通したら、里穂がいなくなっちゃう」

「…………じゃあ、この子達を殺せと?」


ストレートロングヘアの彼女は、

悩ましげにも少しその面持ちには怪訝さが見えた。

動じない彼女に対してショートヘアの彼女は、膝を付き、スカートの裾を引っ張る。


 天秤は、どちらかにしか片方に傾かない。



「お願いよ。

 その子達を諦めて、今は里穂を助けて頂戴。

これも運命と思って。貴女しか里穂の命綱はいないのよ」

「…………………」


(違う)


何度も、心の中でその言葉が、残響している。

けれども身勝手な大人達の思い込みを子供が覆せる訳でも、

信じて貰える訳がない。


縋り付く彼女は、唇を噛み締めて、ただただ俯いていた。


何故なのか知らないけれども無性に

心の中で怒涛の様に悲哀の様な複雑な感情が渦巻いて、何とも言えない気持ちになった。

まるで螺旋階段から落ちる様に。


(_____を、責めないで)



 

 其処に居たのは、眠り姫だと思った。

私とそっくりな眠り姫は、酷く無情で非現実感を与えているけれども、その傷痕は痛々しい。


 純架が見たのは、あの頃の姉ではない。

冷たく凍り付き哀傷に満ちた、誰か。

そしてあの硝子細工の様な危うさを抱えた、“あの人”に酷く似ていると思う。

それだけを述べるとしたら、彼女は、彼女の“生き写し”だ。

ただ一つ違うところは、彼女の場合“眠り姫の硝子細工は亀裂を生んだまま時が止まっている”。

 

 

透架を塗り潰してしまったのは、誰なのか。


(透架は、どうしていたの?)


香取真帆。

名前すら変わっていた。

“殺人者の娘”というレッテルを貼られた事を危惧した、御影家が彼女を追い出したのか。


 でも、という否定が純架を横切る。

当時、自分自身は重体で危篤状態が続いていた。

御影家はその血に拘るのだから、望みがない事は解っていた筈だ。



 だからこそ“殺人者の娘”というレッテルを疎ましく思い、

苦虫を噛み潰しながらも、姉を御影の籠に閉じ込め続ける。

母がいなくなってしまった御影家の直系血族の子女は、否が応でも“双子の子女しかいないのだから”。

多少なりとも


 母は、玲伽は、一人娘。

妹と謳われた桜は養女で、彼女は御影家と交流がある家の娘らしい。


 母がいなくなった後は、

御影家の子女の椅子は透架に譲られている、そう純架は思っていた。

けれどもそうでも無さそうだった。


((ようや)く再会出来たのよ。透架から、直接聞き出せばいい)



 

 セピアカラーの情景は、硝子の破片の様に脳裏に流れ込んでくる。

カレイドスコープは濃厚で断片ばかりが、色濃い。

 


ショートカットの女性は、此方を恨めしく睨んでいる。

不意に見上げた此方側のストレートロングヘアの女性は、

浮かない顔をしながらも、何処か腹を括った様な面持ちをしていた。

彼女は沈黙の後に、


「ごめんなさい。私はこの子達を、選びます。

 ____は、出来ません」

「______っ」


そのまま向こう側から

張り手が飛んで彼女は、赤く腫れた頬を押さえ項垂れた。

少年は驚いた表情を見せて彼女の身を案じた後に、

恐る恐る視線を流し見、刹那に目の前の女性に怯えた。


「じゃあ、見殺しにするの? 希望だけ持たせて……。

人の命が天秤にかけられているというのに。綱を自ら切るのね……最低な女」

「…………それは、」

「前言撤回しなさい。なんとしても、____を助けると。

差も無くなければ、あんたも、その子達の身も危うくしてやる。

許さないわよ」


 ドスの聴いた声が、心を震わせた。


 


 「透架………、一体、何があったの?」


冷たい手を、両手で包み込みながら純架は問う。

透架は何も反応を示さない。切なくも、何処かもどかしく感じては疑念ばかりが膨らむ。


何度もこの病室に通う様になって、気付いた事がある。


(貴女は独りぼっちだった?)


関係者が誰も来ない。

養女に出されたのならその親族と出くわすだろうに、

人っ子一人も居らず、この病室は眠り姫を残していつも冷たく虚無感を漂わせている。

ますます、御影への疑心暗鬼と軽蔑が、心に横たわった。


「香取真帆、なんて嘘よね?」



 「少しだけ、傍に居て下さる? 一人だと心細いのよ」



(孤独が大嫌いで、警戒心もなく誰を問わず、人を求める)


澁谷薫はそんな人間だった。

この人は誰かがいないと駄目な事を玲緒は解釈して、微笑み

自身が医者だと身分を明かした上で

薫に怪我はないかと観察するふりをしていた。

警戒心が皆無故にその弱い心根に踏み込むのは意外に簡単だ。



この人は誰かがいないと駄目な事を玲緒は解釈して、微笑んだ。






「貴女は、養女を迎えて慈悲深く育てたとか」

「そんな……」


(謙遜しているふりだけは昔から得意義だった)



と不意に脳裏に過ぎる。







「どんな子だったか、聞いてもよろしいですか?」


一瞬見せた薫の顔の強張りを、玲緒は見逃さなかった。




「凄く秀でていた子だった。

 優秀過ぎて手に負えなくて、私からしたら子供らしくなくて生意気に見えたの。

自分自身が何も持っていなかったから僻みもあったのかしらね」

「…………そうですか」



「でも、ある日、神隠しの様に姿を消したの」

「それからは?」

「知りません。知りたくもないというか………」


本音が口に出かかって口元を抑えたものの、玲緒は見逃さなかった。

この人の性格は口は災いの元、という言葉を具体化した様なものだ。


「亡くなられた娘様だと思って、大切に育てられたのでしょう?」

「そ、そうです。娘の、様に………でも」


話が矛盾しかけた事を隠そうとしていても

心の感情は隠せない。どことなくその瞳は、何処か迷惑そうなものだ。

まるで、疎ましく目障りの様な。



 「お名前を聞いても? その子の名前」



薫は、戸惑った。

透架の事など一度も名前で呼んだ覚えはない。

息子の影武者として責任に担ってさえくれればいい。

それ意外はぞんざいに扱ってきたのだから。

 

(トーカ。彼女の本当の名前は、漢字はどう書くのだったか)

 

それすらも薫は無興味で気に留めた事すら一度もなかった。

 

 薫の戸惑う表情に、玲緒は怪しむ。

透架は自分自身の事を養女を言い、その養父母の亡き娘の名前をそのまま譲り受けた、と言っていた。

 

なのに。

娘の名前がすっと現れない。


 薫は、

何処か透架の話題を出すと疎ましい瞳をし伏せる。

切り札をいつ差し出すのを待ちながら、時計を見上げて呟く様に言う。


「………もしかして、その子は、“透架”ですか?」


「その名前は、出さないで!!」


(何度聞いても、反吐が出るわ)


咄嗟に反射的に出た罵声に、玲緒は目を丸くし、謝罪した。

薫は危ういと思ったものの、口にしてしまった言葉はもう取り返しが付かない。

透架の事で感情的になってしまう癖が未だに抜けない。


そう思い、開きかけた口を薫は閉じたものの

薫の瞳が揺らぐのを、刹那に、唇を噛んだのを、玲緒は見逃さなかった。

取り繕った笑顔を見せて、玲緒の心にすり寄る薫に玲緒は無情を抱く。


「あら、ごめんなさい。

娘の生まれ変わりとして思い込んで育てていたの。

 

私の娘の名前でしか呼んでいなかったから、 

彼女の本当のフルネームは忘れてしまったわ。

あの子………なんという名前だったかしらね」



額に手を当てるその仕草も、口調も、わざとらしく白々しい。

要はその子の人権はそのまま無視していた、という事か。

事情は組むけれども、亡き娘の姿だけをその子に求めていて、その子の個性なんてどうでも良いのだ。


(あの子が、危うさと自棄を込めた性質の理由が解った気する)


そして、同時に


(御影透架さん、綺麗な偽りをそのまま風に乗せた)


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