第38狂・イエローゼラニウム__生き別れ、想わぬ再会
自分自身は、理性と感情が抑えられない生き物だと思う、
現にその毒素を誰かに当たらなければ生きていきけない。
けれどもこの感情的の炎を晴らさずには居られない性格だとも
透歌の事を秘密を含む、
純架はまるで鳥篭の中でいつの間にか繭から蝶に変貌を遂げている事も。
透架の秘密も、玲伽の秘密も、どちらも知りたい。
陶酔し敬愛して止まない玲伽の秘密ならば、尚の事だ。
けれども、純架の交換条件を、桜の手元にはない。
だからこそ、この煮え切らないものを、晴らさないと居ても経っても居られないのだ。
桜は澁谷家に乗り込むと、出迎えた薫に手を上げた。
薫は高潮し腫れた頬を押さえつつ、唇から血が出ていた。
容赦なく頬を叩いた影響だ、だが気にする事も顔を伏せている。
「どうして、透架を、見放したのよ!!」
桜の絶叫が、澁谷の館に残響する。
桜はそのまま薫の胸倉を掴むと、ぎろりと恨めそうに睨んだ。
「悲劇のヒロインぶっているんじゃないわよ。
貴女の詰めが甘いから、透架は行方不明になった。
慈悲に満ちたふりをしていただけなのね、この偽善者!!」
「ねえ、それとも行方を知っているの? 透架は、何処にいるのよ」
「それは…………なんとも言えません」
「ふざけないで!!」
薫の香弱い声に、桜は、胸倉を掴み直して引き寄せた。
「本当なんです。あの日に突然、消えて手掛かりもなくて」
純架の言う通りに出来たのならば、
透架を人質にして、玲伽の秘密が、聞く事が出来るのに。
それが出来ない事が歯痒く腹立たしく、桜は、歯軋りをした。
「…………打ち切りよ」
「…………え」
「御影家からのあんたの支援は打ち切りよ。
御影家の子女の目を離したせいでね。恨むなら自分自身を恨みなさい!!」
「それは困ります!!」
薫は叫んだ。
透架の養育費、御影家からの支援で生きてきた様なものだ。
行き場の無い未亡人だった薫の元に舞い込んだのは、
御影家の子女を育てる代わりに生活を支援する、というもの。
(今更、打ち切られてしまえば、終わりよ)
「………と、トーカを呼び寄せますから」
「………じゃあ、この場で呼び寄せて。居場所を知っているならば出来るでしょう」
「………それは」
「やっぱりハッタリ? 心がみすぼらしい………軽蔑するわ」
虫の居所が悪さも治まったので鼻でせせら笑い、 踵を返す。
しかし項垂れていた薫は桜の後ろ姿が“あの女”に重なった。
疼いた感情が、水面に浮かぶ。
「“あの子”にした事が許されるとでも!?」
庭先にいた桜を追いかけて、そう叫んだ。
そして地を蹴り桜の腕を掴むと睨みを利かす。桜は不服な表情を浮かべていた。
「30年前、あんたの姉が原因で、あの子が犠牲になったこと」
「あれは姉のせいじゃなかった。貴女の勝手な思い込みよ」
「“あの女”さえいなければ………“あの子”は生きていたのに」
「それが姉のせいだとでも? 姉にしないで!!
…………玲伽は関係ないわ。………貴女の妄言よ」
どん、と桜は薫を突き飛ばした。
肩で息をしながら桜は去っていく。薫は倒れたままだ。
去り行く背中を見詰めていると、
「大丈夫ですか」
柔らかな声音。
顔を見上げると、温和な青年が其処には居て、
彼はハンカチを取り出すと口許に当てた。
「聞いていますよ、貴女は、慈悲に満ちた心で、
養女である少女を娘同然にお育てになったと」
「…………貴方は、」
「誰でもよいではないですか」
主に全身強打による打撲。脳挫傷、だとヒヤヒヤとしたものだが。
しかし御影透架が眠りに付いた、それには裏の原因がある。
重なった不眠症に起因する不眠症、及び重度の過労。
智恵は、透架の行いに頷くしかなかった。
ICU<集中治療室>での経過観察である。
透架は目を覚まさない。
心療内科受診の名前である【香取真帆】の名札を入れた。
そして、
「どうしても、この目でお目にかかりたいのです。
私の大切な人かも知れないから………」
(こんな素敵な妹ちゃんを、無下にするなんて、
透架、貴女は、罪な女ね)
智恵は純粋無垢な、純架の気持ちを無下には出来なかった。
一方通行の思いながらに姉妹の気持ちは思い遣りに満ちている。
このまだ知名度の知れない
循環器病センターのICUは個室に近いだろう。
名札は変えてある。純架が納得する様に。
「………」
ずっと半信半疑だった。
自分自身の思い込みだったらどうしよう、と思ったものだ。
けれども。
(透架………)
茫然自失とする中で、心の中でそう呟く。
忘れられない。忘れる筈がない。
自分自身と同じ容貌を持つ姉。
生まれる前からずっと一緒に居た姉を思い生き続けていた。
姉は様々な管に繋がれながら、眠り続けている。
10年経って、ようやく再会出来た。
迷わず握ったその白い華奢な手は氷の様に冷たい。
あの頃と同じだ。冷え性の透架の手はいつも冷たかった。
10年経って、漸く再会出来た。
香取真帆という名札を見て、
やはり御影透架ではなくなったのだと理解出来た。
御影家がずっと自分自身に隠していた双子の姉はここにいる。
「………透架。此処にいたのね」
ずっと恋い焦がれた姉。
香取真帆などではない。彼女は、正真正銘、御影透架だ。
けれども、彼女の顔を見た瞬間。
純架は言葉には出来やしない、複雑化した気持ちに苛まれた。
記憶喪失となり
自分自身の素性と“あの秘密”を知ってしまう彼女に待ち受けるものは、
何と言葉にしたらいいのだろう。
いよいよ、透架と純架が再会しましたね。
純架にとっては念願の再会。透架にとっては………?
これからどうなるのか。ようやく核心に近付いていきます。




