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第36狂・ヤマツツジ___不透明な記憶、純粋な記憶を持つ者




〈____御影純架を傷付けたのは、篠宮貴宏じゃない〉




たった一通の言葉を、衝撃に揺さぶるのは容易い事だった。



(どういう意味?)


腕組ながら、透架は考える。



差出人不明の言葉。

透架は開いた口をぽかんと開けながら、理解しがたいものだった。


新聞紙の記事も、透架の脳裏にしがみついている

“この記憶”も、確かに純架を傷付けたのは貴宏だ。

だからこそ貴宏は何も言わない。


それらが、物語っているではないか。


だが、この言葉は

純架を傷付けたのは、貴宏ではないという事だ。



幼き日の記憶がない透架にとって、

それは戦慄的で衝撃的な記憶を遺しているあの光景。

あの鮮明な記憶が、偽りだとは等に思えない。


けれども。

記憶と言われてしまえぱ、透架は憂鬱さから抜け出せない。

記憶というものは、思い込みや洗脳、精神的なショックによって

勝手に自分自身や他者が創り出し、反対に消し、消えてしまう事もある。


記憶は勝手に創り出され、本物の記憶が消えてしまう事。

最も恐ろしいのはそれが自身の記憶だと信じて疑わず思い込む事だ、と智恵が言っていた事がある。


(あの記憶は、確かのはず)


 あの戦慄の脳裏にしがみついて離れないおぞましい記憶。

幼き日の記憶がない中で、あの記憶だけは曖昧さはなく

鮮明に、振り返れば昨日の如く思い出されている。

あれは幻想でも理想郷でもない。本物なのだと信じたい。

 

そして現に純架は闘病を、貴宏は逮捕された。

それが証明ではないか。なのに。


(イタズラ?)


そう思おうとした。けれども矛盾が生じる。

双子の妹や父親の名前は世間には公表されていない。

なのに何故、〈御影純架〉〈篠宮貴宏〉と名前入りで、

透架の元にメールを送って来たのだろう?


 純架に至っては篠宮ですらないのだ。

犯罪者の娘という事を隠す為に、母親の旧姓である御影姓になった事は誰も知らない筈なのに。


 あれから自宅に戻ったら

透架はずっとパソコンのキーボードを触っている。

仕事もあるのでなかなか、特定には至らないものの、

コンピューター系のシステムを探る事は長けている。

透架にかかれば朝飯前の事で、IPアドレスを辿りながら発信元の端末のプロバイダーを突き止めていくしかない。



イタズラにしては巧妙でそうとは言い難い。

何故、御影純架、篠宮貴宏、と記名したのだろう。

どうして個人名を知っているのか。


透架の心は揺らぎはしない。

そう思いながら、キーボード操作していると携帯端末が震える。


透架は、目を見開いた。

画面に表示されたのはあの、差出人不明の複雑なメールアドレス、

恐る恐る中身を、開けてみると、絶句し茫然自失とする。

手のひらに握っていた携帯端末は、するりとすり抜けカタン、と音を立て床に落ちた。


〈___君の妹に尋ねてごらん。

君の喪ってしまった記憶の欠片を、純架は持っている〉 



 

 

面会時間はもうすぐ終わりなのに、居座っている神経を疑いたい。

ナースコールでも押して看護師に咎めて貰おうかとも思ったが

それではなんだか味気かない。




「ねえ、私がこうなったのは、誰のせいだと思ってる?」


望まない来訪者を前に純架の問いかける。

そのあどけない声音に刹那的に桜は瞳は据わりその色を変わっていく。


「あんたのせいでしょ? 母親殺しの天罰よ」


きっぱりと告げる桜に、純架は頬杖を付いて

まるで挑発するかの様にふっと鼻でゆっくりと首を傾け嘲笑った。

その純架のなんでもない仕草に桜は、その表情に泣きたくなる。


(どうして、貴女は理性を奪うの?)


純架の微笑みは不思議だ。

抱いたこの感情によるかも知れないが

平然とそよ風が吹く様に、まるで盗人の様に人の理性を喪わせる。

それが当たり前かの様に。



思わず立ち上がり、机を叩いた。


きつい酒の香りが、漂う。

この女は姉の事を匂わせると単純に、激高させる。

だからこそたまに試したくなってしまうのが悪い癖だ。


「やめて、心臓に障る。ナースコール押すわよ」


そう言いながらも、桜の感情の昂りに慣れ切った純架は優雅に告げても尚、その微笑みを崩さない。

ずる賢い女、と桜は思いながら、純架の暴走を考えたら何も手を出せない。


 淡い光りが灯す

あどけない少女を連想させる要素が残る顔立ち。



「あんたのせい、ですって? ___それは酷いわ。誰のせいだと?」

「_____分かってるわ。父親のせいでしょ?」


純架はくす、と微笑んで俯く。そして、


「____まあ、“表向きはそう”ね。でも解っていない。

貴女の中で私がこうなったのは、母親殺しの代償で、

天罰だとばかり思い込んで陶酔しているものね」

「___“表向き?” 何それ?」


 桜は、眉を潜めた。

純架の表情は変わらない。だが、含みを孕んだ微笑みで告げた。


「……………今はそうやって自分自身に陶酔していればいいわ。

そう思い込んでいる理想郷を覆していつか思い知らせてあげる」

「そんな勿体ぶらず教えなさいよ」


脅す様に迫る桜に対して、純架は思惑めいた微笑みを深める。

姉に対する強烈な過干渉と依存性、陶酔さ。

なんでも子供の様に知りたがる。

 

「____知りたい?」


玲伽の事になれば、この女は理性を捨てて見境すら無くなる。

固唾(かたず)を飲み込んでじっくりと見詰めてくる桜に、

純架は内心、哀れみながら肩を落とし素振りを見せる。


「条件があるわ」

「なによ」



純架は視線を上げた。




「______もし、此処に透架を連れてきてくれたら、本当の事を教えてあげる」




 桜の強気な顔が一瞬でみるみる青褪めていく。

透架を連れて来られないという事を出来ない事だと解っているからこそ、無理な条件を提示した。


(見ていればいいわ。

私を傷付けて、透架と離れ離れにした本物の犯人を、

貴女は悟ってしまえぱ、貴女は戦慄の沼に沈んでしまうから)



いよいよ登場人物それぞれが、本音を露わにして参りましたね。


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