第35狂・アサガオ__消えない執念とともに
もうひとつの花言葉と、言いましょうか。
___御影、本家。
「桜」
「お父様…………」
威厳のある面持ちで腕を組み、
紋付き袴を来た男性が、桜を見た。
真剣な顔立ちと眼差しを崩さない彼は御影家の当主・御影千宏である。
彼は桜の父親でもあり、
テーブルに転がる無数の小さな瓶に、眉を潜めた。
桜は心無しか何処か窶れている。自暴自棄的になっている、とも取れるのかも知れない。
「もうそろそろ、そのくらいにしておきなさい」
「……………お父様」
乱れた髪で俯いている桜は、呟いた。
「…………どうして、あの双子を受け入れたのです?」
その弱り切った声音にはドスと怒気が潜んでいる。
千宏は顔色を一つ変えず、やや視線を俯くと顔を上げた。
「そろそろ、受け入れなさい。そして赦すんだ。
…………あの子達は、どちらも被害者で哀れな子だ」
「…………哀れ?」
桜は、ケセラセラと微笑む。
「玲伽を殺した張本人ですよ? それを被害者ですって?
あの子達が居なければ玲伽は今も………生きていたのに」
「透架と純架を結び付けるな。母子と言えど別人格。
子供には何の罪も責任もない。玲伽は自ら自害を選んだのだ」
傷心の娘達を残して、
玲伽が消えたのは、紛れもない事実なのだから。
千宏の中で、不意に玲伽のあの表情が脳裏に浮かんだ。
あの時、危うさを伏せ持つ玲伽を宥める方法は、たった一つしかなかった。
桜の言い分は逆恨みだ。玲伽を陶酔し透架と純架を
罪人と思い込んでいる。その身勝手な自己洗脳は未だに解けない。
(子供は、大人の身勝手な感情に振り回されてしまう)
本当は透架を御影家に置き、傍で育てると千宏は思っていた。
けれどもこの娘が居たら、透架は無事では居られない。
『可愛い子には旅をさせよ』ということわざがある様に
後ろ髪を引かれる思いで御影家から突き放した。
けれども今は後悔しか残らない。
____透架は、生死さえ、分からない。
“あの時” 玲伽を止めれば良かったのか。
透架に旅をさせると言いながら、突き放さなかったら良かったのか。
どれが正しいのか分からない。
だからこそ。
(純架の事を頼むぞ。………玲緒)
「何処に行く?」
「純架のところに」
「やめろ」
ふらふらとした足取りの桜を、千宏は受け止める様に止めた。
「桜。透架と純架に対する役目は終わった。もう関わるのは止めなさい。
それに成年後見人が現れた今、私達には何も出来ないだろう?」
突如として現れた、姿を現さぬ、“御影純架の成年後見人“
。
それに御影家の誰もが該当者は居らず、未だに千宏も内心で困惑している。
まるで小鳥を鳥籠に閉じ込め、拐うかの様に。
「お父様は、あの双子の肩を持つというの?
あの双子は……御影家に泥を塗ったも同然なのに」
声が詰まる。
無意識的に膝から崩れ落ちて、涙が溢れた。
袖に握る指先には殺気が籠もっている。
「赦せないの………赦せないのよ。憎むしかないの。
私には玲伽しかいなかったんだもの……。
だから、
玲伽を誑かしたあいつも、
玲伽が自害するきっかけを作った、双子も………皆、許せないの。
死んでも離れないわ」
あの時、自ら進んでいれば、純架は傷付かなかった。
全てを自分自身で決めて、レールを敷いた。
その道しか歩けない様に心の足枷を付けて、逃げない様に。
(今まで、
私は双子の妹という存在に依存して、逃げてきたのかも知れない)
自問自答しても、純架を、と結論付けてしまえば、終わる。
あの子の事だけを想えば全てを忘れて、進む事が出来るから。
だから、周りなんてどうでもよい。
両親に対しては父親の事を憎しみ、母親を哀れんでいた。………それだけだ。
不思議とその思いだけで生きて来られてきたのだ。
___けれど、もうそれだけでは生きていては駄目だ。
純架が自由に成る前に、始末をしておかないと。
(それが私の役目なのだから)
___無人図書館
無人駅の如く図書館を足を踏み入れ、そのまま、
暗闇の如く奥のスペースには、
新聞紙が薄いフィルムに包まれ丁重に保管されている。
並べられている地方新聞に透架は、物憂げな眼差しを落とした。
あの事件の概要を探る為に、
透架は過去に過ごしていた地の図書館に足を運んでいた。
小さな町で起きた悲劇を探るならば、地方紙の方が詳しいと思ったからだ。
誰も教えてくれない。誰も知らない。
あの日の強烈な記憶を残して、透架自身の記憶には保証がない。
歩みを進めながら
20年前の12月及び、翌年の1月の新聞を探す。
探し当てて、そのまま新聞紙を取るとテーブルに広げた。
一枚一枚、丁重にめくり目を凝らす。
ネットニュースには、
殆ど概要は伏せられ、ただ模範囚の事しか書いていない。
篠宮貴宏が起こした悲劇は事を知らないかと思い、
新聞を見詰めるがそれらしきものは見付からない。
新聞紙を素通りしかけた時、やっと見付けた。
〈__容疑者は、12時未明、
自身の長女〈9〉を殺害しようとした、殺人未遂により県警は通常逮捕〉
〈___長女〈9〉は重体。容疑者は黙秘をし続けている〉
名前も写真もなかった。
記載された言葉は、〈容疑者〉と〈長女〉だけ。
思わず見落としてしまう所だった。ただ、内容と長女の年齢は合っているので、そうだろう。
誕生日の前日の事だったから、まだ9才。
しかし疑問に思ったのは新聞紙の裏面の片隅に
小さな淡々とした呆気ない書き方。地方新聞記事には、
この記事の小さな枠での事実しか書いていない。写真もなく
事件の記載は続報もなく、この記事だけで終わっていた。
何度も何度も確かめても、関連する記事は何処にもいない。
(何故?)
霧のかかったとした気持ちが残る中で、透架の中で疑念が増す。
しかしそれすらも、
“あの権力と圧力”が脳裏に浮かんだ刹那に、ぞっとした。
不意に携帯端末が震えて、画面を見る。
誰でもない、心当たりのない不明なメールアドレス。
そっとメールフォルダを開けると、透架は呆然自失とした。
〈____御影純架を傷付けたのは、篠宮貴宏じゃない〉
狂気に狂う人々。




