第33狂・クレマチス__透明な横槍
____半年前。
透架は循環器科のある病院で、
その秘められていた能力を発揮していた時だ。
そんな透架の元にある尋ね人が訪れた。
一瀬誠治と申します。今度、国の認可を下される事を
目指す循環器病センターを私が院長として設立する予定です』
一瀬誠治は、胸を昂ぶらせていた。
心臓外科医の最高峰という代物、という女医が現れた事に。
若くして名声を手に入れた彼女は、理性的で聡明さを匂わせるものの、
何処か儚げな深窓の令嬢、を連想させた。
差し出されたパンフレットに載っている写真。
其処には近未来的で壮大的な白い西洋風の白亜の日本離れた城。
未来予想図の建物を見つめながら
循環器、という言葉に惹かれたが、彼女は瞳を伏せて
首を微かに傾けて目の前の男に尋ねる。
「何故一瀬様が、何故、凡人の私に?」
「貴女はだいぶご自身を謙遜を。貴女の評判は聞いていますよ、
今年、研修生を修了した天才で優秀な心臓専門の外科医だとか。
我が病院は募集を募っているのです。
循環器に秀でいる医師を集める事が始まりですから。
………その一人に私は貴女を推薦します。是非とも我が院に」
この病院は、一瀬誠治は、
優秀な人材を求めて自らのスカウトに来ていた。
彼女はその端正な面持ち固まった表情から、軈て流し目を伏せた。
(………循環器専門のセンターなら)
これは救いの糸だと思った。
引き裂かれた遠い彼方にいる、あの子を救う術を見つかる。
たった一人しかいない、双子の妹を守れるのなら。
「了解致しました。
ご推薦頂き、光栄で有難く思います。……ただ」
「ただ?」
彼女の表情は、何処か浮かない。
「代わりに、私の条件を呑んで下さいませんか」
彼女は、真っ直ぐな瞳でそう告げた。
若くして孤高として高みの階段を歩み続けた女医の推薦はやはり一筋縄では行かないか。
けれども彼女のその言葉は決して高飛車なものではなく
物腰は低く何処か何かを懇願する様な眼差しだった。
(純架の、成年後見人は、もしかして)
20年前、会堂大学病院から、透架を拐った犯人か。
でも
透架は、既に御影家に引き取られていた。
彼女の消息が不明になったのは19歳になる年だ。だが。
(透架は誰かから、操られていて脅されていた?)
実は消息不明は仕組まれたもので、御影家が操られている?
透架の後ろには何者かがいるのだろうか?
病院で、
傷心の記憶喪失の状態の少女を無慈悲にも拐った見知らぬ黒幕。
今度は、彼女の片割れである妹を拐うというのか。
けれども透架が姿を消した時とは違い、純架の事はなんか独特なものだ。
玲緒は純架から予め、聞いていたが、
純架が一瀬循環器病センターに転院した時、
御影家は、闘病中の子女が突然にして姿を消したと混乱の最中にいた。
まるでチェスを取る様に
彼女をゆっくりと、御影家から引き裂く様なやり方。
そして縄張りの様なバリアを撒いて、誰も近寄らせない。
(…………何故?)
透架は微笑する。
「___目障り」
物憂げな冷たい言葉が、暗室に響いた。
隠れ家的な部屋にはパソコンモニターには御影純架の病室の様子が映っている。
「ストレスは、身体には毒。心臓には尚更、猛毒なのに」
邪魔者。
素直にそう思った。
最近、酷い程に頻繁に現れているこの女性の存在が、悪い意味で気になった。
心当たりはないが罵詈雑言を互いに浴びせ合っている関係。
最初こそ純架の知り合いだと思っていたが、
こんなに口汚く罵るものかと疑問に思ったところ、あの言葉を聞いてしまった。
『母親殺しが欲を言ってはならないわ!!』
実母__玲伽の自殺を知っているのは、御影家だけ。
この人物は御影家の人間だと心が警鈴を鳴らした刹那、全てを悟り野放しにしている場合ではないと思った。
なんせ双子の妹を苦しめている元凶だとも連想したからだ。
“透架の思惑”が、御影家に伝わってしまえば、元も子もない。
まだ純架を守る材料は足りないのだと痛感した共に
彼女は邪魔者と思い始めてからの透架の行動は、早かった。
成年後見人に名乗り出、成年後見人の許可がなければ、
御影純架に接触する事は全てを悪だと成した。
(純架は絶対に離さない。渡さない)
御影家の誰か?
それがはっきり出来たのなら。
映像を止めて拡大してみる。
「…………」
『母親殺しが、悠々と生活して』
(あの人だ)
澁谷家に来ていた、御影の使い。
薫への虚言を吐いていた透架を、強い眼差しで見て睨み付けては嫌味を執念深く告げていたあの女。
追放されてから、御影家の人間と関わっていたのは彼女だけだから、印象強く覚えていた。
(どうして、純架に………)
「待って下さい!!」
いつも通りに、純架の病室をドアを開けようとした桜の手を止めたのは居合わせた看護師だった。
看護師に喰ってかかる桜の前に現れたのは、見るからに人良さそうな爽やかな女医だ。
彼女は微笑みを抱えて、看護師に視線を向けた。
「佐藤さん、どうしたの」
「面会の方が………でも、」
看護師は口を噤んだ。
其処に庇うように現れたのは主治医。
「分かったわ。………御影さんのご面会に来られた方ですよね」
「そうです。どうして止められたのか………」
看護師の俯いた表情を鑑み、女医は屈託ないの笑顔を向けた。
「丁度良かったです。少しお時間宜しいでしょうか」
_____病棟、休憩スペース。
「身分証明書?」
桜は、眉を潜めた。
対して、女医の穏やかな表情は変わらない。
彼女は御影純架の主治医__草摩智恵と素性を明かした上で
「御影純架さんは心臓移植を待っておられます。
一日のバイタルチェックも厳重に行っているドナーを待つ患者様です。
無作為に面会を許可をさせるのは無謀だと思いましてね。
理事長と主治医の私と話し合いを重ねた結果。
御影純架さんの面会に致しましては、
面会者の方の身分証明書を提示、及びこの来訪者書にサインを頂く形式となりました。
お手数おかけしますが、
身分証明書の提示、この来訪者書にサインを頂けますか」
「そんな………」
桜の声音に落胆の声が、溢れ落ちた。
「要するに信用がない、って事ですよね?
私は何度も面会に訪れました。
親族なのにこんな不審者みたいな扱いをされて」
「そうだとは申しておりません。
ただドナー患者様の安全保護の規律により身分申請をして頂く。
それが当院での決まりとなったのです。
形式的な事です。
此方にも書かれている通り、個人情報の保護は致します。
この形式を通して下さらないと、面会謝絶となります」
穏やかながらも、淡々と真剣に話す草摩智恵。
桜は、感情を昂らせた。
何度も足を運んでいるのに。
最近、純架との壁がどんどん作られていく。
上手く行かないもどかしい気持ちに対して
私情が昂ぶり紙を裂きたくなったものの、これからを考える。
____面会謝絶となれば、この劣情を晴らせない。
劣情を晴らさないと、自分自身は生きていけない。
透架が見つからない今、この胸の内を晴らせるのは
純架しかいない。
今、感情的になれば、全てが終わる。
「…………分りました」
運転免許を提示し、来訪者書にサインをする。
氏名、生年月日、患者との関係、面会の頻度、等を記載すると、
待っていたかの様に智恵はテーブルをスケートリンクの如く
来訪者書を素早く指先で滑らせ智恵は指先で此方の懐に持った。
「御影桜様、ですね。
お時間をさいて頂きましてありがとうございます。
代わりに、こちらをどうぞ」
智恵は、プラスチックのカードを渡した。
【4040】と刻まれたそれに、桜は目を落として智恵を見る。
「なんですか、これ」
「定期的に面会されるとの事ですので。
近々、御影様の病室に入室される際には暗証番号が必要となります。
入室の際には近々設置するドアロックに暗証番号を入力頂けますと幸いです」
涼しげに智恵は告げた。
桜は不本意そうな表情を浮かべながら、立ち上がる。
_____マンション、透架の部屋・リビングルーム。
「流石、演技。圧倒された」
「あはは。私は貴女の思考と計画性に脱帽よ」
陽気に智恵は微笑んだ。
まさか学生時代に所属していた、医療演劇部での技が此処で役に立つとは。
悪巧みに微笑んだ後で智恵は、茶封筒を差し出した。
それより、貴女のご希望のモノよ、どうぞ」
「……ありがとう。嫌な仕事をさせてごめんなさい」
「いいのよ。貴女は、私の恩人なんだから」
家族とディナーの予定があるの、と 智恵は消える。
封筒を見詰めながら、透架は隠れ部屋に籠もった。
来訪者書と、ICUレコーダーに、小型カメラ。
仕込んでいた。“彼女の素性を確かめる為に”。
智恵の白衣の胸ポケットにバッチ式の隠れカメラロール。
ポケットの中にはペン型のICUレコーダー。
それらをパソコンに送り取り込むと、USBメモリーに取り込む。
「………御影桜、ね」
名前まで知らなかった。
けれども、これで御影家の関係者だと豪語出来る。
来訪者書の患者との続柄の欄には【叔母】【未成年後見人】と書かれていた。
「詰めが甘いわ。私が鈍感だとでも?」
家族なんて、妹以外、もういない。
今更、気付いた。監視人の如く、
彼女こそが、御影から指名された未成年後見人だった事を。
御影家から追放されたのは間違いだと痛感させられた。
けれど、もう。
「貴女の思う様には、事はさせないから」
薄闇の中で、透架は嘲笑うように、微笑んだ。
純架の部屋にドアロックが備わるのは事実です。
段々、透架が本領発揮を見せていきます。
桜はどうなるやら。




