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第31狂・ラベンダー__呪い縁と鎖




何故、一人になりたがる。

 

答えは簡単た。

独りであればこの心の計画と思惑も、

嫌という程の人の顔色を伺う、という煮え湯も呑まなくていいのだから。

けれどもその一言に、ある思いが脳裏に浮かんだ。


(私って、一人だった事はある?)


 今は一人だ。

あの悪魔の館を逃げる様に出てから。

物理的な話として自分自身は一人になった事はあるか。



私にはずっとあの子がいた。

生まれる前から、生まれ落ちてからも、“あの日が訪れるまでは”。

そしてまた薄い(ヴェール)越しに彼女を、手の届かない場所で見詰めている。

出会う事もなく別々の道を進みながら、

ただ二人の設定は赤い細い糸よりも、硬い縄で縛った様な切っても切れない縁で結ばれたままだ。



(純架にとって、私との縁は呪いでしかない)



 御影家に絶望の残響を突きつけられても、

澁谷家へ追放されても心は孤独感を憶えていても、

実際は御影家、澁谷薫から鋭い眼光で束縛されていたのかも知れない。

 


(純架の為ならば堕ちても、構わないわ)


だってそれが、贖罪だもの。







____仮眠室。

 



「純架ちゃん曰く、7歳離れた兄がいるんですって」

「7歳…………離れた……?」


 あの日は10歳になる前日だった。

7歳差とすれば、兄は当時17歳あたりだと推測出来るが、

そう言われても現実味も記憶もない。そもそもが初耳だからだ。


兄は本当の居るのか、それとも純架のフェイクか

透架は項垂れる様に首を横に振って、視線を落とした。

あの日の記憶を持つ人間は、自身と純架、そして要因である人物しかいないと思っていた。

けれどもあの日の記憶を持つ、兄という人物が居るのなら。


 

その素振りを見て、智恵は悟る。

 

「本当に“貴女には”心当たりないのね」

「……ええ」



智恵には後で取り返しの付かない秘密が、無いまぜになる前に全て話した。


自身達が、

加害者家族であると同時に被害者家族という意味は伏せて。


「………ねえ、透架。

私と初めて出会った時は憶えているかしら?」

「ええ。確か智恵が怪我した時……よね?」

「そうそう」


あれは純架と引き裂かれて、澁谷薫に引き取られた後の事だ。

あの日、御影の家で目を覚ましてからの記憶は鮮明にあるというのに。




「………長期記憶障害」

「え?」

「貴女の主治医として言います。長期記憶障害でしょう」


透架は茫洋な瞳で、虚空を見ていた。

なんとも思っていない様に見えた。


 透架は秘密主義者だから、何故、離れ離れになったのか。

頑なに双子の妹との再会を拒絶しているのか、それらが分からない。

それは純架も同じで年の離れた兄と双子の姉がいる、と

言いながらも離れて暮らす理由は絶対に語らない。


だが。

智恵は薄々、気付いていた。この姉妹には秘密があると。

純架の男性恐怖症にPTSD、透架に至ってはサバイバーズ・ギルト、PTSD、幼い頃の長期記憶障害。

長期記憶障害はPTSDの残響もあるのかも知れないと

心の病も底知れぬ深刻さを物語っているのだから。


(一体、何があったの?)


長期記憶障害と言われても心は、動じなかった。

記憶にはない兄という存在を純架が口にし、自身の記憶にはないという衝撃の天秤で揺さぶられ、(うつつ)を抜かして、

本来の目的を見失う事態になりそうだった事を

今更気付いた。


 今更、兄の存在が浮上しようが現れようが

透架がずっと抱いてきた理想郷の決意も思惑は微塵も変わらない。

純架と過ごした日々の記憶を喪った歯痒さもあるが、

本来の目的という名の贖罪を絶対に見失っていけないのだ。


(例え兄が、居ようが居まいが、その人は純架を救えない)

(私は、最後まで、妹の贖罪の為に生きる。

兄がいたかなんて関係ないわ。私は、純架の為だけに

生きればいい屍だ)


「ねえ、催眠療法を受けてみない?」

「どうして?」


透架は、向こう側の隣にいる智恵を流し見た。

その瞳は、心做しか怜悧で物憂げだ。


「ほら、

 循環器とは別に、記憶を扱う専門外来が出来る計画を知っているでしょう? だから……ね?」

「私には必要ないわ」


 パッサリと透架は切った。

今の自分自身に必要なのは、喪った記憶ではない。

双子の妹に尽くし生きる事だ。


 

現に純架を此方へ取り戻す事も、出来た。

このまま進んで行けばいい。あの頃に覚悟を決め

医学の道を志し、この世界でしか妹を救う術がないと悟ってからというものずっと長年に渡って描いてきた理想郷を、

地道に現実のものとする事しか今の透架には眼中にないのだから。

まるでジグソーパズルのピースを埋めていくかの様に。


(催眠療法なんて、道を外している場合ではないだろう?)


自分自身に自己投資する程、無駄なものはない。

早く脳内に描いてきた計画的を、現実のものとしなければ。


(それが、私自身が下した利用価値)

 


______病室。


「忘れたなんて言わせない」


 薄暗い明かりが、彼女の心の闇を映し出す。

そっと目を閉じて、己の人工心臓にふれると、純架は口角を上げて微笑んだ。


「この心臓がある限り、透架は私を忘れる事が出来ない筈よ。

いいえ忘れさせないわ。きっと透架は、私の所に来てくれるに決まってる。

……例え御影を無視してでも」

 

今度こそ、誰も邪魔する者はないのだから。


「でももう待ちくたびれそう。

透架。貴女は、いつだってのんびりとしているけれども

私は堪忍袋の緒が切れそうよ?」


子守歌の様な優しい声音の中に潜む、闇を佇ませた切なさ。

透架は愛しいたった一人の姉。


「会った暁には、残酷だけれど、

私の傷を受けていれてくれるわよね。だって貴女はとても優しいもの。

あの時だって“身代わりになってくれたもの”。

これでお愛顧(あいこ)で、今度こそ、ずっと一緒に居ましょう?」


切ない独り言は、残響して淡く消えた。

その開かれた闇色を映した瞳は、影を落としながらも、何かを疎む様な眼差しで告げた。

 

 


「お母さん、本望でしょう?

“自分自身の思い通りになって”

…………きっと天国で嘲笑っているのでしょうね、でもそうはさせない。

私達はもう大人よ」





姉妹の想いは、すれ違いながら狂気を孕む。

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