第26狂・ダチュラ__姉の行方、贖罪の邪魔者
『双子の姉妹のうち、
一人は無事のようで、もう一人は危篤状態だ』
確か、
双子の内の一人は無事で、
もう一人は危篤状態だと確かにそうだった筈だ。
なのに。
(透架は、何処に行ってしまったんだ?)
空白の20年間、
自分自身が出逢った女医は、
確かに“御影透架”だと思っていたのに。
茫洋の瞳。
物憂げと悲哀の混じった瞳と顔付き。
薄幸で硝子細工の様ような、触れてしまえば
壊れてしまいそうな危うい錯覚を与える女医。
捉え処のない表情。
真実か否か分からない容貌と口振り。
“御影透架の安否不明”だからこそ、余計に混乱するのだろうか。
「玲緒?」
「………あ、ごめんごめん」
「なんだか今日はずっと上の空。……体調でも悪いの?」
「いや、全然?」
温かみをを讃えた穏和な双眸。
それはユリの花の様な純真無垢で柔らかな表情。
純架は、“彼女”とは何もかも違う。
「その、純架は、もし透架と再会したら、何がしたい」
その質問に純架が丸みを帯びた瞳を、
数回、瞬きさせてから途端に神妙な真剣な面持ちになり、
目を伏せて窓の向こう側の景色を見詰める。
現実離れした横顔は少しばかりか、
虚空を見詰めている様に見えた。
「………知ってて尋ねるのは卑怯だわ。
だって、玲緒は
私が透架と再会したい理由を知っているでしょ?」
その柔和な表情には
純真な瞳が闇を潜め据わっている。
基本的に穏やかな面持ちと性格なのに
たまに狂気は、悪寒が迸り、背筋が凍る。
「………色々と言いたい事はある、
けれど。それが終わったら……」
純架の口角が上がり、何かを含んだ様に微笑んだ。
「もし、透架と再会したら玲緒を紹介する」
「どうして?」
「だって、玲緒も私の救い人でしょう?
新田先生は命の恩人で、貴方は私に、
透架の事を教えてくれた恩人だから。だから、ね?
透架はね。人見知りだけれど
でも、私を救った命の恩人というのなら、
受け入れてくれると思う」
ミディアムヘアの毛先をはらいながら、
自信有りげに深い微笑を浮かべる。
その圧のある迫力に圧巻されてしまいそうだ。
(打算がなければ、玲緒。私は貴方とは関わらない)
双子の姉の何かしらを、玲緒は知り悟っている。
だからその口から吐露する日を毎日、願いながら
待ち望んでいる。
同じ人生のレールを辿っていた双子の姉妹が、
大人の事情という身勝手な鉄槌の巻き添えになった
末に人生も引き裂かれた。
それぞれ違うレールを与えられた姉妹が
どういう心情を抱いて人生を歩んで行くのが、
一卵性双生児の瓜二つの容姿と容貌を持っていても、
与えられた環境や境遇により顔付き等の
纏う雰囲気も変わるのだから。
そんな事は薄々気付いていたけれど、
この双子の姉妹が体現している。
あの元凶を元に………。
あの元凶の影響から、双子の姉妹はどんな人生の道を辿り
どんな人格に生まれ変わるのか。
____結局、自分自身は何をしたいのだろう。
澁谷家で見付けた人生計画とその中で抱いた目標と設計図。
循環器の専門の医師になり、純架を呼び寄せて、
御影家から離し取り戻した。
この胸に憎の抱えた炎も、
氷柱の様に抉れて削れ、
傷付いて溢れた雨の様に降り注ぐ硝子の破片はまだ止まない。
だが、今の透架にはもう失うものが何もない。
(あとは、“あの事が現実“となれば、悔いはない)
命をかけたタイムリミットは近付いて来ている。
それで妹が救われるのなら、姉としては本望だ。
(罪滅ぼしなんて、望まない)
けれども傷付いた代償。
あの男の標的が、純架ではない事が幸いか。
きっと狙っていた自分自身が消えたと知ったとしたら、
危害は加えない。
あわよくば、あの元凶の男が、
純架の目の前に一生、現れないで欲しい。
(本当ならば、消えて欲しいくらいに_____)
スマートフォンが、
ニュースサイトの記事の通知した事を伝えるアラーム。
医師として日々、忙しく立ち回っている透架にとって、
世間を知る要でもある。
”_____10年前の殺人未遂事件により
服役中の受刑者が、模範囚として出所の可能性があるという“
その文字に、透架の指先が凍り付いた。
父親・篠宮貴宏の刑期が確定したのは、透架が12歳の夏。
彼は下された判決には控訴せず
刑が決まったと澁谷家に届いた新聞記事で知ったのだ。
彼の残る刑期はあと15年。
“篠宮貴宏受刑者、模範囚により、出所の可能性有”
(あの人が、現実に還ってくる?)
この罪を、蔑ろには、有耶無耶な事にはしない。
けれども自分自身を殺めようとした元凶の男は、
きっと再び純架の前に現れ
自分自身を今度は確実に殺める事だろう_____そんな気がした。
そうなればきっとまた、純架はまた巻き添えになる。
あの悲劇が繰り返されてしまう。
(……………まだ、この贖罪を、純架に還せてはいないの)
自分勝手で身勝手なのは、分かっている。
けれどもこの身体を投げ売って、
贖罪を終える計画を果たせていない。
(この男が、現れる前に果たさないと、純架の身が危ない)
最初に思い浮かんだのは、それだった。
(お願い。この贖罪が御開きになるまで、
それまでは、大人しく塀の中で留まっていて)
まだ現実世界に解放して欲しくない。
せめて、この贖罪を終えた後で、現れてはくれないか。
____20XX年、誘拐事件。
幼女及び少女の誘拐事件の事例は、0件。
あの日、あの時、透架が誘拐されたのなら、
彼女は全く違う人物として生きているかも知れない。
本当はこの目で捕まえて置きたいのだが
けれども病院という箱庭から離れられない純架は、
ネットワークシステムからの情報収集だけが救いだった。
“もし透架を見付け出せるか”
という自信だけならば、純架にはある。
この同じ容貌を見逃す訳はない。
一瞬、瞳に焼き付けただけで見つけられるだろう。
けれども。
(首謀者が、御影家ならば?)
御影家が内々で、
透架を拐ったのならば、第三者はどうにも出来ない。
身内の事情という事で病院は、大人達は片付けたのも知れない。
己の手を汚す事以外なら平気で何でもやり遂げる、
あの冷酷な人間の集まり。
透架は御影家に拐われたと
思っただけで、悪寒が走ってしまう。
(あの御影の毒の刃の餌食になっていたとしたら、
透架は針の筵で、傷付く事しか意味は与えられない筈だ)
不意に脳裏に余儀った、あの夜。
朦朧とした意識の中で見た双子の姉____御影透架の姿。
あれを最後に
御影透架という人間は知らない、何処にも居ない。
だとしたら。彼女は、何処にいるのか。
母の実家。
母親は、御影家を怖がり何よりも怖れていた。
怖れていたというよりかは怯えている、という
言葉が相応しいのか。
悪い人がたくさんいるお家だと
幼い娘達に何度も何度も教えて事を、純架は覚えている。
時にお経の様に聞き飽きたと思う事もあったが、
あの母の形相は今でも鮮明に思い出せる。
そんな母親を
御影家から救ってくれたのは、父親だったという。
(御影家を怖がる、
あの人の表情や態度は、尋常ではなかったから)
(母親は御影家の毒針に、
恐怖に戦いて完全に支配されている)
いつも御影家を語る玲伽の表情は
顔面蒼白で、声音も震えて恐怖を佇ませていた。
幼心に絵本で見た悪役を連想したものだ。
“知らない人には着いて行ってはいけない”ではなく、
“御影家の敷居を跨いではいけない”。それが母親の
狂喜に狂う18番の台詞だった。
御影家に囚われた末に
我を失った母親は、憐れだと思う。
御影家がある土地から離れていても
あの穏やかな生活でも何処かでは怯えていたのではないか。
父親が消え、傷付いた娘達の将来に失望し
自身は御影家に連れ戻される事を、
母親はただただ恐怖心を抱いていたのだと思う。
現に双子の娘達の存在を忘れて
狂喜と狂乱の絶望の末に、自ら身を投げたのだから。
『母親殺しの、親不孝な娘!!』
目覚めた時に、
御影家の人間である人物______
姉妹の後見人となった御影桜から、そう罵声を浴びせられた。
『罪の意識があるのなら、此処で息を潜めながら
人殺しの罪に苛まれながら生きれぱいいわ。
そうすれば貴女の命は保証してあげる』
『…………ごめんなさい、ごめんなさい』
あの罪を素直に受け止めていた自分自身は、
ずっと桜に縋り付いて泣いて、涙が枯れるまで泣き続けていた。
母が自ら命を絶ち、
双子の姉の消息不明なのは、親不孝の罪だから、と。
…………不安と孤独感に苛まれながら。




