第25狂・アンズ__記憶から取り出したい人
<患者カルテ NO・XXXX
患者氏名:御影 純架 (ミカゲ スミカ)
生年月日:19XX年 12月11日 女性
主治医:御影 透架 (循環器科専門医)
循環器科 入院中。
X月X日に、喀血の症状が見られ、肺炎を併発。
ICUにて意識不明、バイタルは不安定。
心臓の現状を鑑み、投薬治療を続けてにて経過観察。本日、意識回復>
_____循環器科、医局。
まるで、
“逃亡者”みたいと言われて、透架はそれを聞き流した。
御影純架の意識回復した旨を電子カルテで打ち込みながら。
生憎、この医局に
何処にも医師はいなかったので幸いだが。
「あの時だって、居たのに………」
智恵は名残惜しそうに、呟く。
図星を突かれた影響か、透架は一瞬だけぴたり、とキーボードを弾く指先は止め、瞳をを伏せた。
純架の傍にずっと傍に居たのは、透架だった。
片時も目を離さず、不眠不休で
ずっと彼女の傍から離れなかったのに。
ちょうど智恵が居合わせた時に、純架の瞼が動いた。
それに勘付いた透架はベッドの下に蹲り、
呼吸を殺してその身を潜めてるかの様に屈でいた。
(…………純架ちゃんが目を覚ました時にいるのは、私じゃない)
純架の事になると、
物憂げな瞳はますます捉え所が無くなってしまう。
透架は手先を持ち上げると伏せた幸薄い雰囲気の
眼差しで指先に視線を落とす。
「…………今日で確信した。
私はやっぱり、良く思われていない証拠だと思う。
現に智恵が来たら、純架は目を覚ましたでしょう。
それが物語ってる」
鷹揚のない声音で、
告げる彼女は、薄幸に満ちている。
「貴女がそう思っても
純架ちゃんは、絶対、そう思っていないと想うわ」
「……例え、心がそうだとしても、身体が拒絶していたとしたら?」
智恵は、ぴたり、と止まった。
確かに症例は多々ある。
精神的な要因で目を覚まさない等は。
実際に智恵の担当している患者でもある事なのだ。
此方は心療内科専門医なのに、
先駆けて、その台詞を言われて絶句してしまう。
私情を挟むのは駄目だろうが、
智恵はそうではない、と思いたくて仕方なくがなくなった。
身勝手な大人の鉄槌により
大人の事情で引き裂かれされた双子の姉妹は、
互いを思い遣る心は通じている様で、その想いはどこまでも一方通行だ。
医学を志望するのならば
心療内科の専門医を進められ、臨床心理士になればいいと
周りからから言われてきたのに、透架はそれらを
蹴って循環器、心臓外科医になる事を望んだ。
それは、双子の妹が関係している事に他ない。
(どうか、双子の妹に対して悲観的になるのは止めてほしい)
双方な一方通行な
健気な思いに泣きたくなるのは、此方だ。
智恵は透架の華奢な肩を、叩いた。
「今日はこのまま、帰宅よね。しっかり休息を取る事」
「………分かりました」
帰宅し
透架はベッドに横たわると、どっとした何かが押し寄せた。
けれども物憂げな表情と眼差しは変わらない。
どんなに身体を疲労を訴えていても、
リラックスや癒し、という感覚は透架には分からない。
否、分からないと共に出来ないとでも言うべきか。
横向きになり、不意にナイトテーブルに置いてある、
処方された複数の睡眠導入剤や抗鬱剤に視線を向ける。
不眠症、
入眠困難と心療内科医の智恵から診断を受けた。
なので、例えどれだけ眠らなくとも、眠気は訪れない。
透架自身、自分自身でも未知で不思議な体質だ。
内服薬を服用しなければ、
透架は眠りに着く事すら出来ない身体であり体質だ。
ただ、最近は、入眠困難により
眠りに意識に溶け込めない事も多い。
目許に腕を起いてただ瞑想する様に目を閉じて
茫然自失のふりを努めた。
月夜が、凛とした物憂げな薄幸な彼女を、
まるで、紗の如く淡く包み込んでいた。
(………この身体………精神は、もう、壊れてる)
透架は静かに己を嘲笑う。
これが純架を傷付けた代償だとしたら、軽過ぎるのではないか。
罪なき純架が苦しみ、
罪人である自分自身が、のうのうと息をしているのだろう。
透架は静かに嘲笑う。
これが純架を傷付けた代償だとしたら、軽過ぎるのではないか。
罪なき純架が苦しみ、
罪人の自分自身が何故、のうのうと息をしているのだろう。
_____ココハ、ドコダ?
「おめでとう、透架」
隣には、
暖かくて花の様に微笑みに溢れている純架がいて、
姉と目が合うと更に微笑みを深めた。
生命維持装着も、
カニューレタイプの酸素も、備えていない。
自分自身とそっくりな顔立ちには暖かな陽の様な微笑み。
知らないファミリータイプのマンションのリビング。
テーブルにはあの頃みたいに隣同士で、自分自身と純架が座っていた。
隣には、嬉々として温かな微笑みに溢れている
純架がいて、目が合うと微笑みを深めた。
「透架、凄いわ。今日は合格のお祝いよ」
「…………?」
隣には、嬉々として温かな微笑みに溢れている
純架がいて、目が合うと微笑みを深めた。
「今日は合格のお祝いをしなくちゃ。
透架は、本当に頑張っていたから」
(知らない女の人の声。誰の声だろう?)
喜怒哀楽が激しい感情的な薫でも、
機械和音の集まりの様な無機質な声音の御影の人間でもない。
不思議そうに、ただ首を傾げていた透架に対して
毒の氷柱が、とどめを差した。
「今日は、透架の国家資格合格、のお祝いだよな」
聞き慣れた声。忘れられない声。憎しみの声音__。
反射的に前を見ると透架は悪寒が迸り、
目を見開いた。
テーブルの向こう側には夫妻がいた。
けれどそれは、能面な顔立ちのまま、相手が誰か分からない。
誰だと思った時に、心から込み上げてくるどす黒いい名前の正体は………。
冷たい床が、身を凍らし、全身に衝撃を受ける。
現実感を心に染み込ませながら、
透架は暗闇に蹲り、動けないままだ。
呼吸が苦しい。
両親の顔は、
もう透架の記憶にはなかった。_____否、消した。
だから夢の中に現れた両親は能面だったのか。
思い出したくもないが、両親の顔は思い出せない。
自分自身と妹を生き別れにした身勝手な張本人達。
あの男が父親だった頃の顔付きも、
母親という憎い女の顔も。
透架は無責任な両親の事等、忘れてしまいたかった。
現実的な理不尽な鉄槌を下した元凶の父親を憎しみ、
悲劇のヒロインとして自身に心酔し、憔悴し
自分自身だけ安堵の地へ逃げた母親を、透架はあまりよく思えないのが本音だ。
(私はあんな、無責任な大人の二の舞にはならない)
(………純架を置いてきぼり、になんて出来ない)
いつか、母親の様に
無責任な人間側の末路を辿る自覚はある。
けれども無責任に犬死の様な、無駄死になんて、
透架はそれらを絶対にしない自信だけは心に存在した。
(必ず、この禊も、贖罪の十字架も、
責任を果たした後に、この身を投げて果たすから)
まるで子守唄の様な
悲哀に満ちたソプラノ歌手の歌声が耳に心地好い。
透架は片隅でグラスを持ち上げて
水を見詰めて物憂げな瞳で、見詰めて目を伏せた。
あのまま薬を服用した上で、眠る事も出来たけれど、
引き継ぎであの夢の続きを見てしまいそうで、
透架は睡眠を放棄した。
身体は何処か、気怠くスッキリとしない。
あの夢を崩す為にマンションから徒歩1分の所にあるクラシックbarに訪れていた。
そんな中、不意に目の前が黒い影が、横切った。
誘われる様に視線を見上げると
またうんざりした感覚を覚える。
______目の前には、高梨玲緒がいたからだ。
「偶然ですね」
「……………」
「せっかくbarにいらっしゃったのに、お冷やですか」
「白湯です。職業柄、アルコールは支障が出ますので」
素っ気なく、淡々とした声音。
お酒の香りは、嫌という程に味わった。
嫌いなものは、度数のきつい酒と、酒気帯びと存在感の強い香水の香り。
呑めない訳でもないので、
お酒なら淡いものは好きだが、透架はアルコールは口にしない。
玲緒はいつの間にか目の前に居座ってお酒をオーダーしている。
___近付かれ、勘付いてしまったら、一貫の終わりだ。
ならば、今の内に離れて距離を取った方が幸いだ。
純架とは接点がある必要性は感じるけれど、
自身との接点は自滅するかも知れない。
「………疑われたまま、
誤解されたままなのは嫌なので訂正します」
「何をですか」
「あなたは
私が御影純架さんの双子の姉、と言っていましたよね。
_____私、“御影純架さん”という方とは
お名前をお聞きした時から初耳で、赤の他人なのですが」
感情殺している生きる透架にとって、息苦しくなる嘘。
自分自身は双子ではない、双子の妹はいない。
(それは純架の存在を否定してしまうから)
透架の告白に玲緒は一瞬だけ目を丸くしたが
軈て口許を手で覆いながら、微笑みを隠し切れない。
「無理があるでしょう? 同じ名字。似通った名前。
加えてそっくりな容貌。それに僕は純架から聞きました。
______姉の名前は“透架”だと、ね?」
逃げ場なんて、言い訳のしようがない現実。
しかし純架が助かる道が崩落し塞がれてしまうのなら、本末転倒だ。
「………私、養女なんです。元の名前があります。
養女に引き取られた時に、
その養父母の亡き娘様のお名前をそのまま譲り受けました。その方が“御影透架”さんです。
………私は、名前を持った傀儡にしか過ぎません」
「………貴女の、元の名前は?」
「それは個人情報ですよ。
私が生い立ちを勝手に話すという事は
養父母にも、本物の、御影透架さんにも失礼に当たります。
それに“世の中には3人、顔の似た人がいる”という噂と言い伝えがあるでしょう。
高梨さん、
恐らく他人の空似に遇われたのかと。
きっとその類いです。
……ですが、私。
御影純架さんとは、
私は似てないですよ。ご本人様に失礼です」
他人のふりを、貫き通す。………心苦しくても。
(それが純架を守る術ならば)
御影純架が“自分自身の双子の妹”という事が
明らかになれば弊害が出るだろう。
先日の一瀬聡太の事が脳裏に過ぎり
身に染みて、それを露にしている。
純架には心は平穏無事で居て欲しい。
冷静沈着のままの透架とは違い、玲緒は愕然とした。
(………… 確か、双子のもう一人は無事だった、はず)
(どういうトリックなのか)
微かに心に渦巻いた動揺を、微笑みでかき消した。
冷静沈着のままの透架とは違い、玲緒は愕然とした。




