第23狂・ブーゲンビリア__霊の憑依した生ける屍(しかばね)
透架への純架への感情を表すとしたら、
花言葉はこれなのだと思います。
空っぽなのだと、自らを嘲笑う。
絶望した刹那、
心が欠落した刹那に、同時に透架の意思は消えた。
自我とは、意見とは何か。感情とは何か。
自らの意思とは何かと思うけれど、
その意見や意思、感情は浮かび上がらない。
休憩の為に上がった屋上は、まるで庭園の様だった。
いずれ国際的な循環器病センターとして
有力視されているこの病院だ。
解きほどいた髪が、淡い風に揺れて頭を抑えた。
「______浮かない顔ですね」
「…………?」
透架は固まった。
目の前にいるのは、あの純架の家庭教師だと言うのだから。
優美で柔らかなで顔付きと紳士的雰囲気と振る舞いが目立つ。
かなりの童顔で
年齢は分からないが、硬い面持ちのままの透架とは
反対に飄々として余裕綽々に微笑む青年の意図は読めない。
透架の脳裏から薫の事を蘇らせた男。
「世間は狭いですね。
まさか双子のお姉様が勤める病院に、
純架が転院する事になるなんて、ね。
______ですよね、御影透架さん」
胸ポケットに掲げた医師名刺で、
名前が明らかになってしまった事は分かる。
けれども何処かで、悟っている様な知った様な口振りと眼差しが奇怪に見えた。
___何故、御影純架の双子の姉と、名指しした?
例え、純架が姉の事を口走ったとしても
きっと誰も“御影透架は見付けられない”。
双子の姉だと明らかに、怪しまれる事はある。
現に外見や顔立ちは瓜二つなのだから。
「でも、似てないですね」
「………」
「外見も中身も正反対だ。加えて言えば、人生も」
バッサリと、青年は言い捨てた。
透架は軽く傾けると
(この人は、何者だ?)
人の心に
土足で踏み込んでいると思えば、何処か距離感を保っている。
だからこそ人間性が読めないのだ。この心の意図が。
似通っている名前。
一卵性双生児特有の瓜二つの容貌。
故に分かりやすい容姿なのも分かっている。
でも顔付きは置かれた環境下を反映させるのだ。
同じ日に生まれ、同じ様に過ごしてきたのに
大人の身勝手な下された鉄槌のせいで、
9歳のあの日、生き別れた。
別々の道を歩んできて、今では酷い程に
一卵性双生児の同細胞とは思えない程に変わってしまった。
ただ何処か似ている、としか思われない。
なのにこの男は、すぐに当てた。全てを。
妹がお世話になっているというのなら、
姉として挨拶しなければ行けないと思っていた。
けれど怪奇的な青年を見た刹那に、気持ちは消え失せた。
「エンプティ(空っぽ)とも言いましょうか。
または『心臓にしか興味のないマリオネット』_____。
人間味が薄くて、
何処か凍り付いた、酷く何処か機械的な人間。
見て驚きました。純架とはちっとも似ていなくて、
私には純架の仮面を被った、
何かの霊が憑依した生ける屍の様に伺えますが」
丁寧な口調で告げる割には言っている事は、
失礼極まりなくゲスの塊だ。
しかしながら彼が告げた事が図星だ。
自分自身そのもので透架は内心、鼻で自身を嘲笑った。
青年の告げた“何かの霊が憑依している屍”という面白い話も一理あるのかも知れない。
(人間らしさ、なんて何処かに棄てた)
(私には要らないもの、だもの)
あの忌まわしい御影家と澁谷家の記憶。
人並みの感情や感性に振り回され揺さぶられて、
傷付くだけなのなら、それは透架にとって要らないものだ。
感情は麻痺して固く凍ったまま雪融けはもうこない。
現にこの心は誰にも心を赦さない。
だからこそ、空っぽになったこの身に。
はっきり申して、“透架は純架の事しか興味がない”。
純架の為に、双子の妹の贖罪の為だけに生きていればいい。
この身体という器は、贖罪と果たす為の道具。
だいぶ遅くなってしまったが、
やっと漸く純架を引き取り、取り戻した。
御影に連れて来られたあの日。
絶望と諦観の心が、染み着いて離れない。
淡々と過ぎ行く日々。
感情の欠落と共に色を失ったモノクロームの視界。
成人という年齢、地位と権力、
純架の平穏無事を願いながらもその容体、
多額の医療費を彼女の面倒を全てが賄える様になった現在は他者に興味がないに等しい。
誰も要らない。純架に触れて欲しくない。
そして、“純架によって”
たった一つだけの、自身の生きる意味を下されている。
(そうでもしないと
空っぽの自分自身は、本当に無力で生きている意味がない)
純架が居なければ、
自分自身は本当に無意味な生ける屍。
ある意味、自分自身は透架は純架に生かされているのではないか。
(私自身の身体に憑依したものは_____純架への贖罪?)
「嗚呼、薫さんの事は思い出しました?」
何故、薫に拘るのだろう?
ただ一つだけ解るのは、
この青年は平気で人の傷口を抉る人間なのだと。
警戒心が蠢いた。
___そんな中で、胸の携帯端末が震えた。
『御影先生、早く来て』
智恵からだった。
何処か張り詰めていて、何処かすがる様な声音。
「………どうしたの?」
『純架ちゃん、先程、喀血 したわ』
…………喀血。咳と共に吐血する。
それを聞いて背筋が凍る程の衝撃だった。
意識を失った純架を、智恵は手術室に運ぶから来てほしいと冷静沈着に言う。
透架は、
屋上から手術室まで急ぎ足で、地を蹴り続けた。
手術室に駆け込むと、オペ着を着た智恵が先にいた。
頭上のモニターには心電図として、
純架のSPO2の数値が現れている。いつもより低く、現在も危うい低下を続けていた。
「草摩先生。状況と経緯は」
「今朝、検温をする為に訪れた看護師が発見、
その先にはもう喀血していて、意識不明だったそうよ。
その際にはもう酸素濃度も低かった、と聞いてる。
ナースコールで連絡を受けて私が着いた時にも
更に酸素濃度は更に低下し始めていたわ。
ルート(血管確保)と気道確保はした」
「OK。ありがとう。心エコーに移る。要因は何処か…………」
不意に双子の妹に自然を向けた。
眠り姫の様に目を閉じて動かない純架の顔色は悪かった。
ぐったりとしていて、口許にはうっすらと吐血のある。
チアノーゼ反応は現れていないが、青白く、
今にも何処か現実離れした面持ちだ。
「………どう?」
「見つけた。……肺炎を起こしてる。
痰を上手く吐き出せなかった為だと思う。
その証拠に気管支が傷付いている数ヶ所、箇所見られる。と推測。
酸素濃度低下に従い、心臓の動きも鈍くなっている」
モニターをくまなく、しらみ潰しに見詰める透架。
心エコーは智恵が担当している。
「酸素濃度に気を配るわ。後は輸血も見据えたいのだけれど」
「私の血液を確保して、輸血に回して」
現実に肺は白く染まっている。重度の肺炎の症状だ。
一瞬、心臓破裂を起こしたのではないかと背筋が凍ったものの
心臓は鈍くも確かに鼓動を繋いでいて、安堵した。
ICU 〈集中治療室〉へ移送と決断した後に、
智恵が輸血申請の後に、透架の再現を極秘で行う。
「言わば大量出血の影響で、貧血の症状に陥っている」
「多めで」
一卵性双生児、細胞も血液型も同じだ。
双子の姉__透架の輸血からならば
拒否反応も出ないだろうと見据えていた。
(この身体ごと、血を抜いて欲しい)
妹に血を渡すのは、一滴も惜しくない。




