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第12狂・マリーゴールド____御影家の娘

透架の過去編となります。

前作より再構成されている為、

少しばかり長くなるかも知れません。




 あの呼吸を失う程の悪夢の

次に目を覚ましたのは、和風の世界だった。

緑々とした畳、鮮やかな襖。そして布団に横たわる自分自身。


此処は何処だろう?


「目が覚めたかね?」


その一言で、一気に現実に戻される。

視線だけ向けると袴姿の見知らぬ男性が此方を見ている。

厳しい面持ちは、何処か威厳のある面持ち。年は50代半ばくらい。

その凛然とした風格に圧巻されてしまう。


あの出来事は夢だったのだろうか。

思い出した刹那に、呼吸が締め付けられそうになる。

何も触っていないのに、あの鮮やかな深紅色を思い出した。

純架は? と問いかけたかったが、上手く声が紡げない。

喉元に手を当てながら、

透架は傍らに正座している男に視線を向けた。



「_____玲伽に似ているな」


「______…………」


玲伽という名は、自身の母親の名前だ。


玲伽はどうしているのだろう。

全て喉元まで止まった言葉達は、透架に思考回路の疑問ばかり生み出す。


 透架の傍にいた男性は、硬く頷くとそのまま告げる。


「玲伽から、実家の事は聞いているか?」

「…………」


上手く発生出来ない代わりに、静かに首を横に振る。

透架の様子を見た後に、男性の物憂げな(かげ)りを見せた後に頷いた。


「己の身の程というものは、知っておくべきだ」


母は、御影家の期待の子女だったという。

御影は母親・玲伽の実家であり、

御影家は地元の地主であり地元の名士だという。

母の素性を、母の生家というものを初めて思い知った。




「いいか。“御影透架”。それが、君の名前だ。

御影家の子女として相応しい振る舞いとすること。いいな。

それ以外に現うつつを抜かすな」




その娘は、

大人を失望させぬように、振る舞い続ける。


だから透架も試された。

華道や踊り。御影家に似合う子女かどうか。

テストと表して、透架は立ち振る舞いや礼儀、マナー等を叩き込まれた。

 

黒子の様な、スーツ姿の大人は、

透架を軽蔑し嘲笑うかの様な軽薄な眼差しで見続ける。



その者が持つ個性や人格は、この人達は要らない。

欲しいのは御影家の子女としての気質だけ。

大人が待つもの、求めるものを体現しなければ。



“御影家の娘なら、こうあるべき”

“御影家の娘として相応しい振る舞いを“




「貴様は物覚えが良さそうだ。

御影家の娘として相応しい振る舞いをする様に、ではなく

御影家の娘として生まれ落ちたからには、

貴様は御影家に尽くすべきなのだ」




嗚呼。

思い返せば

母親は何処か影を感じさせる儚げな人だった。

そして彼女は何処か自棄的だった。

何処か影がある人である理由を、今更、解ってきた。


(やが)て呼吸する様に

大人の表情を機敏に感じ取る様になった。


この人達が求めるのは、

御影家の子女・娘としての相応しい振る舞いと存在。

それ以外は本当に何も要らない。どうでもよいのだ。




(この人達の言う通りにしていれば、純架に害は及ばない)


純架が傷付かぬ様に済むなら、幾らだって我慢する。

 

それに反比例する様に、透架の感性や感情は、

静かに心から溢れ落ちていき、自分自身を見失っていた。


 御影家から躾けられ、

常に目覚めた時に威厳と風格のある彼の後ろに着いた。

大人の顔色を伺うのが習慣化とした頃合いには、

すっかり御影家の子女として出来上がり、

その代償と言わんばかりに己という我を失っていた透架は操り人形と化していた。

微動打もせず、瞳にも生きる力を感じられず、何処か物憂げなものだ。


(______もう、誰も信じられない)




心に佇む闇が、

心を腐食し、感情を奪っていき、

この頃の透架は、もう何も感じなくなっていた。




心はどんどん熱を失い氷の様に凍り付き浸食してゆく。




あの時、目覚めた時に、身の程を知れ、と宣告された。


それはまだ幼げな少女にとって

冷酷と夢から現実に引き摺ずり下ろすには、十分過ぎる薬。


_____お前の父親は、犯罪者となった。妹を殺めようとしたんだ。


______犯罪者の娘として、曰く付きの娘として、それ相応に生きなさい。




父親は犯罪者となって、逮捕された。

犯罪者の娘、曰く付きの娘……幼心に刻まれた現実は

少女の心から感性を奪い、人格を奪い削ぎ落としてゆく。


ただ、父親の事等、どうでもよい。




純架は、双子の妹は。




____君の片割れは、重度の心疾患を発病した。

病院の鳥籠から出られないだろうな。




(_____私のせいだ)



足許から何かが崩れていく感覚を覚えた。

あの時、もっと警戒心を抱いていたら。

庇われても彼女が傷付かないように、出来ていたら。




全部、自分自身のせい。

あの時、自分自身が殺められ潔く消えた方が良かった。

もしそうしていたのならば

純架は傷付かずに済んだというのに。

頭の中は次第に後悔、懺悔、自責に苛まれていく。




(私が生き残っても、意味なんてない)


(ただ大切な人を傷付けただけだ)




自分自身も

あの男と等しいくらいの、ナイフを持っていた。


「誇り高き御影家の顔に泥を塗った、醜い女」

「あの子が御影家にいれば、御影家は没落する」


御影家の人間達の白い目。蔑む様な、軽蔑する様な。

そうなって当たり前だと透架は視線を伏せながら俯く。






(どうして、私が生き残ってしまったの)



そして同時に余儀ったのは、父に対する、深い嫌悪感と憎しみ。

純架を傷付けて、自分自身はのうのうと息をしている。

奴はどう思っている? 何を思って、息をしているのか。






(…………許さない。貴方を)



平和で心優しい日々を壊したのは、あの男。


正気を喪わなければ、起こる事のなかった悲劇。


純架が苦しむ事も、母が悲観の末に己から消える事を選ぶ事はなかっただろう?




(私は全て壊されて、奪われた)




そう思う事は贅沢なのだろうか。


父親への憎しみを抱く事すら、

自分自身には赦されない気がして、どこかもどかしい。

ただ透架の中にあるのは、煮え(たぎ)る父親への憎しみ、

そして、双子の妹への取り返しの付かない懺悔。


(私が生き残ったばかりに、純架を苦しめる形に為ってしまった)

(________ごめんなさい)



「犯罪者をお父様をどうする、おつもりですか?」

「その言い方は止めなさい」

「だってそうじゃない。

いくら御影の娘とはいえ、“曰く付き”の娘を、

由緒正しき御影に置いて置く訳にはいかないわ。」

御影家が穢れてしまいます!!


噴火の如く、感情を顕にする娘を、彼は見上げた。

このままでは、“あの二の舞い”を生み出してしまうかも知れない、と。

 

子供だから分からない。

だから何も言っても構わない。


そう思い込んでいるのは大人だけで、

子供には意外にも過敏に感情を見透かしている。

ちゃんと少女の心には届いていた。____言葉のナイフとして。




そんな罪の擦り付け合い。

曰く付きの娘を、早く御影家から追い出してしまいたい。

そんな御影の大人達が出した結果。




「…………その子が、透架ちゃん、ですか」




御影家と懇意に交流している

近隣住民の澁谷家へ引き取られたのは間もなくの事だ。

澁谷 薫は、医師の夫に先立たれた未亡人の女だった。




「ああ、そうだ」


「まあ、御影家のお嬢様の養育という機会を与えられた事は光栄です」




薫は明るく告げる。

明るいトーンのショートカット、

上品の雰囲気、覇気のある女性だった。

けれどその微笑みに癖がある、と思ったのはきっと気のせいだろう。


少女を絶望へ突き落とした男は、かがんで、

少女の両肩を掴み目線を合わすと静かに告げた。

虚空を彷徨い続けている透架の瞳を、しっかりと除くと


「いいか。この御影家を離れても

“御影の子女”としての意識を失わぬように、振る舞いなさい。

それが君が御影家に対して出来る唯一の償いだ。

我々を失望させぬ様に。………分かったな。御影 透架」

「………はい」




もう、自分自身は、篠宮透架ではない。


______御影透架だ。




(……………私なんて、もうどうなってしまっても、いい)




か細く、透架は頷いた。

罪ある者の娘。それらは闇に葬った上で生きるのだ。

あくまでも御影家の子女・御影透架として。





それよりも、

純架を傷付けた十字架が、

透架の背中には癒着するかの如く張り付いていた。



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